インフィニット・ストラトス~A new hero, A new legend~   作:Neverleave

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なかなかクウガを出せない現状。前置き長すぎィ!!


男卑

 

 ――××中学校――

   12:26 a.m.

 

「――であり、この問題はこの数式にあてはめて、数字を代入すると一問目の解が出る。二問目からの問題は、一問目の解の数値を代入し――」

 

 今の授業は数学。黒板に板書をしながら、先生が問題の解法を説明する。ほとんどの生徒はその話に耳を傾けながら一心にノートに書き込んでいたり、隠れて内職したり、推薦ですでに進路が決まっている者は退屈そうに黒板を眺めていたり……と、様々なことをして過ごしている。

 

(うーん、まぁここはさっき解いてみた通りって感じだが……この数式使ってみるとか、他にも解がありそうだな……あとで聞いてみるか……)

 

 その授業に参加している一夏は、他の生徒よりも熱心に聞いて勉学に励んでいた。自身が目指す学校はすでに手が届く範囲にあるが、万が一のことがあってはならない。板書の隣にも自分なりの解釈を横に書き込み、わからないところもメモをして後で先生に質問できるようにまとめていた。

 

(一秒も時間を無駄になんかできねぇ。絶対受かってやるんだ、私立藍越学園に……)

 

 私立藍越学園。学力は平均的、ポレポレからも近く、なにより私立でありながら学費は他の学校よりも格段に安いという要素を兼ねそろえた高校だ。

 私立でありながら学費がなぜ安いのか? その理由は、学園卒業後の進路九割が、学園法人の関連企業への就職だからだ。

 一時期、就職氷河期とすら言われた時期からは外れたものの、卒業先の進路すら提供してくれるというのは、一夏にとってはとてもありがたいことだった。しかも進路先の企業は全て地域密着型の優良企業であり、ここ東京から離れる必要もない。

 早く自立し、これまで自分を支えてきてくれたたくさんの人々――みのりさんやマスター、そして千冬に恩返しがしたい――その思いを抱えてきた一夏にとって、この学園は最高の条件を揃えた学びの場であると言っても過言ではないのだ。

 何が何でもここへ入りたい。否、入らなければならない。そのためには油断も遊びもしている暇などない。彼にできる最良の選択は、先生の一言一言を注意深く聞き、自身の学を向上させることだ。

 

 そうこうしていると、授業終了のチャイムが鳴り響く。それを耳にした先生はある程度切りのいいところまで説明し終えると、生徒たちの方へ振り返って授業の終了を伝えた。

 

「――ではここで時間となったので、今日はこれまでとする。質問などあるなら、個人的に聞きに来るように」

 

 「起立!」と今日の日直の生徒が呼びかけると、全員が一斉に席を立つ。「礼!」の一言を続けざまに言うと、全員が先生に向かって頭を下げた。

 午前中の授業が終わり、昼休みを迎える。先生のもとへと行き、質問をしてある程度疑問を解消したところで、一夏は鞄から弁当箱を取り出して友人のところへと歩み寄った。

 

「弾、一緒にメシ食おうぜ」

「おう一夏。今日もおかず分けてくれよ」

「オメー実家が食堂の息子だろうが。俺じゃなくて自分でなんか作って持って来いよ」

「食堂が実家だからってお前みたいになんでも作れると思うなよ」

 

 一夏が声をかけた人物は、彼の悪友こと五反田弾。五反田食堂というちょっと名の知れた店が実家の男子である。受験勉強が本格化するまではよくつるんで遊んでいた仲で、この学校では最も一夏を知る人物と言っても過言ではない。

 一夏が近くの人から席を借りて弾と机越しに対面する。机の上で自作の弁当を開くと、「うひゃあ」と肝を抜かしたように弾が呟く。

 

「相変わらず気合入った弁当だな。色が鮮やかで、肉も野菜もよりどりみどりってか」

「一番気をつけなきゃいけねぇのは体調面だからな。それにこうやって毎朝作ってると早起きが自然に身に着いて、ライフサイクルが上手いこといく。今からでもやることおススメするぜ?」

「無理無理、今更んなこと俺にゃできん。ったくお前はホントいろいろとすごいよな」

 

 んなことねーよ、と手を振って返事をする一夏。

 しかし実際、一夏の家庭スキルは半端ではないことも事実だ。朝早く起きたかと思えば店のためのカレー作り、千冬と自分のための朝食と弁当を同時進行で捌き、帰れば店の手伝いをする。それを終わらせると自室や千冬の部屋の片づけ、洗濯から何まで一手に引き受ける。しかもどれかを適当に済ませるだとか蔑ろにすることはなく、全て完璧に済ませるのだ。

 まだ中学生の身であるというのに、その働きぶりはまさに主夫の鏡。将来引く手数多となるだろう彼の能力は、伊達ではない。

 

「あとは冒険癖をどうにかしたら、完璧なのにな」

「何が悪いんだよ。だって、冒険は男のロマンじゃん! 男からロマンをなくしたら何が残るって言うんだ!」

 

 意味深に放たれた弾の発言に、一夏は心外だというような表情で反論する。

 熱弁する彼の言い分は、まぁわからなくもない。それが、過度にまで行きすぎていなければの話だが。

 

「だからって学校の校舎を素手で登るこたないだろ。しかもなんだっけその理由、えーと……『校舎が登ってくれって言ってそうだったから!』だっけか。この校舎の壁面、手をかけられるような場所も少ないってのに」

「少ないからこそ『登ってみろ!』って言われてるような気がするんだよ。ここだって誰かに踏破されたかったに違いないさ」

 

 傍から聞くと頭がどうにかなってるんじゃないかとすら思えるこの発言。しかし当の本人である一夏は、大真面目で自分の意見を主張しているのである。

 いったいどこの誰に影響されたのかはわからないが……小さい頃から、一夏はちょっとしたことでも、冒険をせずにはいられないような子供だったのだ。

 先ほど言及された校舎のロッククライミング然り、謎の洞穴を見つければ意気揚々と突入したり、遊具で大技に何度も挑戦をすることもあった。それで大怪我しかけたこともしょっちゅうで、何度千冬に迷惑と心配をかけたかわからない。

 ある程度落ち着きが出てきたことや、大人になってきたということからそれも減ってはきたが……彼の根本にある冒険野郎としての心意気は昔から何も変わってはいなかった。

 

「はぁー。どうしてこんなヤツが女子に人気なのかさっぱりわけわかんねぇな……」

「ムグムグ……あ? なんか言ったか?」

「なんもねぇよ、そのまま夢中になって飯食ってろ!」

「? なんだいったい?」

 

 目の前の無自覚色男に心底呆れ、嘆息を吐く弾。一夏はそんな弾を見ても、不思議そうに首を傾げることしか出来ないのであった。

 二人がいつものような、穏やかな昼休みを過ごしていたその時。

 

 

「ちょっと! 何よあんた、あたしの言うことが聞けないっていうの!?」

 

 不意に彼らのクラスから、女性の怒鳴り声が響く。

 何事かと一夏と弾が声のした方向へと振り向いてみれば、そこには一人の男子を囲む数人の女子の姿があった。

 男子を囲んでいる女子たちは皆凄んで、怒りと苛立ちに満ちた視線を男子に向けている。対して男子は、自分に向けられた複数の敵意を前にして、完全に委縮してしまっていた。元々背が高い方でないようだが、威圧されてたじろぐその姿は、それ以上に彼の背を小さく見せてしまう。

 

「お、お金なんてないよ……僕、自分が買うだけの分しか持ってないんだ……」

「どうせそんなこと言って持ってんでしょ。隠してると後がひどいよ、さっさと私たちの分の昼ご飯買ってきてくれない?」

 

 話の内容を聞く限り、どうやら昔で言うところのカツアゲに遭っているらしい。女子たちは無理やり彼から金を奪うどころか、それでパシリに行ってこいと言うのだ。

 明らかに悪質な虐めが行われているのに、そこにいる生徒たちは誰も彼を助けようとしない。自分たちが関わって、後で同じような目に遭うのが怖い……誰もがその光景に不快さを感じているというのに、クラスメイトたちは男子に手を差し伸べようとはしなかった。

 ――ただ、一人を除いて。

 

「やめろよ、そういうの」

 

 横から割って入ってきた声に、一同はハッとして振り返る。

 そこに立っていたのは、先ほどまで弾と食事を楽しんでいたはずの一夏の姿があった。浮かべていた微笑みはどこかへと消え、表情はそれに代わって苦虫を噛み潰したようなものになっている。

 一方で男子に金をせびっていた女子のリーダー格はというと、男子に向けていた時の怒りの表情とは打って変わった満面の笑顔……しかし明らかな作り笑いを一夏に向けて、甘い猫なで声へと声音も変化させた。

 

「い、一夏君なぁに? どうしたの、やめようって、何のこと?」

「……あんまり、見てていい気分がしねぇんだ。そういうの、やめろよ……俺、お前が暴力振るったり、友達が虐められたりするのなんて見たくねぇ」

「ぼ、暴力なんて……あたしたち、手をあげたりなんかしてないよ? それにこれは……虐めなんかじゃないわ。前から約束してて、この人が今日の昼ご飯おごってくれるって言ってたのよ。だから……」

「俺にはそんな約束をしてたようには見えなかった。とにかく、こういうことはもうやめてくれ。あと少しでみんな卒業するのに……こんなこと、してほしくない」

 

 お互い苦笑し合いながら会話する女子と一夏。女子の言い分は言うまでもなく嘘八百、約束も何もなく、男子からただ金を奪い取ろうとしていただけだった。

 この男子のことを、女子は何も考えず傷つけようとしていた。その事実を知り、一夏の心にズキリとした痛みが走る。

 

「そんなことないってば。もう、心配性だなぁ一夏君は。でもそこまで言うなら、もうやめるよ……行くよ、皆」

 

 女子が呼びかけると、仲間は輪を崩して後に続く。女子が振り返って虐めていた男子を一瞥すると、その顔が一瞬、悪意で歪んだ顔つきに変わる。一夏に見えないようにしていたつもりなのだろうが、それは彼の友人である弾の目にハッキリと映っていた。

 

「大丈夫か?」

「…………」

 

 未だに縮こまったままでいる男子を気にかけ、一夏は彼に問いかける。男子は何も言わず、ただそのまま逃げるように教室から出て行ってしまった。

 そこでようやく、全員が緊迫した空気から解放され、安堵の表情を浮かべる。しかし彼の後姿を眺めていた一夏の顔には、さっきまであったような笑みはなかった。表情は悲しみの色に染まり、悔しさが彼の胸中を掻き毟る。

 

「……あんま気にすんなよ。あんなこと、今じゃよくある光景じゃねえか」

 

 弾はそんな一夏を励ますように、肩に手を置いて語り掛ける。

 今じゃよくあること。弾の言う通り、今では女子が男子に対して高圧的な態度を取ることが多くなった。先ほどあったような虐めは学校でも、そして職場であっても例外なく存在し、この世界中で蔓延る一つの問題となっていた。

 女尊男卑。女性を尊び、男を乏しめる世界となったのは、今から十年ほど前まで遡る。

 

 インフィニットストラトス、通称IS。それは元来、宇宙空間で自由自在に活動することを想定して、天才科学者・篠ノ之束によって開発されたマルチフォームスーツ。しかしこのスーツは本来の目的から外れ、超高性能の戦闘兵器として運用されることとなった。

 ミサイルや銃などといった物量兵器などよりも強力な火力。操縦者に迫る、ありとあらゆる危険を遮断し、守護する防御。縦横無尽に、高速で空を駆ける機動力を兼ねそろえたそれは、世界最高の戦闘兵器と称されるように、凄まじい効果を発揮する。

 しかし、このISの最大の特徴にして、最大の欠点ともいうべきものが一つある。それは、この兵器が……『女性にしか反応しない』ということだった。

 男性が使用しようとしても駆動すらせず、全く扱うことのできない兵器。必然的に軍事面での女性の地位は向上し、さらには社会的な女性の地位までもが高まった。その一方で相対的に男性の地位は低下し……その現象が十年間続いた結果が、先にあったような光景。

 これまでの人間の歴史と比べれば遥かに短いはずのその時間。たった一つの兵器の出現によって、あっという間に世界は塗り替えられてしまった。

 むしろ一夏は幸運な立場にあったと言えるかもしれない。彼自身は自覚していないが、その端正な顔立ちと優しさに溢れた性格。それでいて何事にも挑戦しようとする前向きな姿勢は、男女問わず人気を獲得する要因にもなっている。さっきのやりとりも、その人気があったからこそあちらは退いてくれたのだ。

 そうでなければ。彼は今頃、あの男子と同じように虐めの対象になっていただろう。

 

「……よくあることだ、なんて言葉で……自分を納得させたくない」

「……一夏……」

 

 ある意味、仕方のないことなのかもしれない。そう言い聞かせようとする一夏だったが、それでも理解できないものがあるのも否定できない。

彼はたまらなく嫌だった。誰かが誰かを傷つけるのも、誰かに傷つけられるのも。

 その時の痛みは、決して癒えないようなものばかりではない。しかし、それでも痛い思いをこれから抱えることは変わらない。

 暴力の果てに存在する、傷つけられた人達の涙……それは―夏の心にも深い傷を作ることとなり、忘れることなど絶対にできない。

 だからこそ、尚更に止めたいと思った。その手を汚す前に。その身が汚される前に。

 誰もが、清らかな思いで浮かぶ笑顔でいてほしいと。彼は常に、願っているのだから。

 

 そんな彼の願いに反して、世界は暴走の一途を辿っている。

 ニュースを聞けば、どれもこれもが女尊男卑の思想に染まったような報せ。社会の思想に反感を抱いて事件を起こす者。その思想によって理不尽な傷を負わされる、罪のない人々を貶すような報道。

 そして、自分たちが過ごすこの場所でも、それは起こっている。

 それを聞くたび、見るたびに……彼の心は人知れず、心に痛みを感じるのだった。

 

 




もし、この女尊男卑の社会に五代がいたら。彼はどうしたのでしょうか。
心優しい彼は、あの女子生徒に何を言ったでしょうか。
男子生徒を、どうやって助けてあげたでしょうか。

悩みながら書きました。一夏はまだ未熟なので、こうなるのかな……という感じでしたが、自分としてもまだしっくりとはきませんね。

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