インフィニット・ストラトス~A new hero, A new legend~ 作:Neverleave
ただただレシピなどを読んでなんちゃって料理描写をしてみただけである。
――ポレポレ――
6:00a.m.
東京都の、文京区小日向5丁目15番地5号。都心から少し離れた、住宅街の中でひっそりと立つ住居一体の喫茶店。
開店から数十年以来、『オリエンタルな味と香りの店』を謳い文句としてここに居を構えてきた店の名は、『ポレポレ』。まだ営業開始よりも早い時間帯だというのに、何やら芳ばしい香りが漂っていた。
空腹感を刺激する芳醇な香りは、このポレポレのキッチンから流れてきている。そこに立っているのは、中学生か高校生と思しき顔つきをした一人の少年。
「♪~」
鼻歌交じりにキッチンで行われる作業には、少年が手馴れているためかテキパキとしており、無駄がない。材料となる野菜が一口サイズの大きさになるよう均等にカットされ、数種のスパイスをかけられると、少年は予め加熱しておいた鍋に野菜を放り込んだ。
それらを軽く炒めたところで冷蔵庫へと少年は向かい、そこからラッピングされた鶏肉を取り出す。これにもまた香辛料がもみ込まれているらしく、ラップを取り払うと、その肉から食欲を掻き立てるような匂いが発せられた。それでいて臭みは一切なく、生の状態だというのに思い切りかぶりつきたくなるような仕上がりになっている。
鶏肉の香りに納得したように少年は頷くと、鍋へとその鶏肉を追加し、火力を弱火へ。鍋底でジュウジュウと肉は音を立てて焼き上がり、赤みがみるみるうちに消えていく。今度は違う種類の香辛料を振りかけて、全体に等しく混じるようかき混ぜた。
程よい具合に火が通ったと見ると、少年はカレーの中に水を加えた。煮沸するまで待つこと数分後、少年は煮立った鍋の中にバターや生クリームを入れてよくかき混ぜる。
煮汁にとろみがついてきたことを確認すると、少年はおたまで中身をひと掬いした。
「さて、どうかな……」
おたまの中身を小皿に少し入れ、それを口に流し込む少年。舌に触れたそれはピリリとした刺激を与えるとともに、まろやかで香り豊かな風味が彼の味覚に訪れた。試しにライスにかけて口にしてみると、辛味と旨味がライスの甘味とほどよく組み合わさり、舌が幸福で満たされる。
良い出来栄えだ。そう感じた少年は思わず笑みをこぼし、大きく首を縦に振った。
「よし、とりあえずカレーはこんなもんかな」
そう独り言を漏らすと、少年――織斑一夏は今度はまた別の料理にとりかかる。先ほど彼が作ったものは、この喫茶店で出すためのカレーだ。今作ろうとしているものは彼本人と、彼とともに住む同居人のための朝ごはん。そして、今日の昼食であるお弁当の具材だ。
鍋に蓋をし、再び調理場にて作業に勤しむ一夏。しばらくそうしていると、階段から足音が響いた。
振り返って見てみると、そこから降りてきたのは彼の良く知る同居人。
「おはよ、千冬姉!」
「……おはよう……一夏」
寝ぼけ眼で現れたのは、一夏の姉にして唯一の肉親、織斑千冬。起きたばかりなのだろうか、少し足取りがふらついて覚束ない。手すりに身体を預け、ゆっくりと一段ずつ階段を下りてきている。
「ごめんな千冬姉、まだご飯出来てないんだ。もうちょっとしたら出来るから、待ってて」
「ん……」
先にテーブルへと座っているよう促すと、千冬は簡単な返事だけして椅子へと歩み寄る。
その様子を見た後、一夏は朝ごはんの調理へと戻ると手早く済ませた。今日の朝食は、白ご飯とみそ汁に、だし巻き玉子と焼き鮭。お盆に二人分のご飯を乗せ、テーブルに駆け寄ると千冬に笑いながら語り掛ける。
「おまたせっ、じゃあ食べよっか! いただきます!!」
元気よく張りのある声をあげ、一夏は合掌する。千冬は未だ眠そうに目元をこすらせると、小さく「いただきます……」と呟いて朝食に手を付けた。
一夏が作った料理はどれも塩分が控えめにして作られているが、それを補って余りあるほどの深い味わいがある。味噌汁はあっさりとした味で仕上げられ、寝起きでも飲みやすい。だし巻き玉子も、噛んだ瞬間にあふれ出る出汁と、ふわふわとした玉子との味わいと食感がたまらない一品だ。焼き鮭は口に入れた途端に濃厚な肉汁が口いっぱいに広がり、思わず舌鼓を鳴らしてしまう。
我ながら良い出来上がりだと内心ひそかに呟く一夏。チラと千冬の方を見やれば、彼女も美味しい朝食を口にして微笑みを浮かべていた。それを目にした一夏は、テーブルの下で小さくガッツポーズを取る。
味や見た目も一級。それでいて栄養価も満点なこのメニューを、二人はペロリと平らげた。
「今日も美味かったよ、ご馳走様」
「お粗末様。じゃあ俺この食器片づけてくるね」
自分と千冬の分の食器を回収すると、一夏はそれらを流し台へと運び、水に浸す。エプロンを脱いで二階の自室へと戻ると、通学用の制服に着替えて鞄を片手に一階へ戻る。
弁当箱を二つ取り出し、先ほど作ったおかずを中へ詰めていくと、蓋をしてハンカチで包む。
そこまで終えたところで、スーツ姿に着替え出かける準備を整えた千冬も一階へと降りてきた。相変わらずスーツ姿が良く似合ってカッコイイな、と思いながら時計を見れば、時間は7時半になろうとしている。
「もうすぐみのりさん来ると思う。その時に俺がここの鍵渡しとくから、千冬姉は先に仕事行って」
「わかった。遅刻するなよ」
「うん、大丈夫っ! 行ってらっしゃい!」
千冬に向かってサムスアップし、笑顔を見せる一夏。それを見た千冬も微笑しながら、同じように親指を立てて、そのまま玄関から出ていった。
これが織斑一夏の、今の日常。『ポレポレ』の手伝いをする傍ら、彼は千冬の私生活を支えるとともに、自身も通学していた。
十年ほど前にここを紹介された二人は、『ポレポレ』のマスターからも快諾されて居候させてもらっている。自分も千冬も幼い子供だったというのに、何も言わず二人を養ってくれたマスターに、一夏は頭があがらなかった。
千冬も今の一夏と同じようにここの手伝いをしていたが、今は別のところに就職して働いている。ここには普段マスターも一緒にいるのだが、親戚の実家へ訪れる用事が出来たとかで数日店を任せられている。もちろん一夏も学生という身分にあるためずっといることは出来ないが、そこはもう一人お手伝いに来ている人にカバーしてもらっているのだ。
そのお手伝いさんこと『みのりさん』が来るまで、まだ少し暇があるらしい。ちょっとした時間でも有効活用しようと、一夏は鞄から英単語帳を取り出して暗記に取り掛かる。
今の季節は冬。もうすぐ彼も高校受験を迎えるものだから、気は抜けない。受けようと思っている学校は模擬試験でそこそこいい判定をもらっているものの、油断は禁物だと一夏は自分を叱責する。
だいたい二ページ分の英単語にまで目を通し、復唱したところでポレポレの玄関が開く音がする。そちらに振り返ってみると、そこには二十代後半くらいに見える一人の女性が立っていた。
「あ、みのりさんおはようございます!」
「おはよう一夏君。ごめんね、結構待たせちゃったみたい」
はにかみながら謝罪を述べる女性に対し、「いえいえ」と一夏は気にしていないように言う。
彼女は四方みのり。織斑姉弟にとってもう一人の恩人とも言える人の妹であり、ここポレポレに無償でお手伝いに来ている人である。いつも愛嬌のある明るい笑顔を浮かべており、若々しく見える。が、実際には小学生高学年の息子を持った四十代であるというのだから驚きだ。
一夏がポレポレに居候させてもらってからずっと付き合いのある人であり、幼い頃から遊んでもらったり、いろいろと世話になった彼にとっては、みのりはもう一人の姉のような存在だった。
「そろそろ学校行かないと遅刻しちゃうよね、鍵だけ渡してくれたらあとはやっておくから、もう行っちゃって!」
「わかりました、じゃああとはお願いします! ポレポレカレーはもう作ってあるんで、注文されたらそれ温めて出してください!」
ポレポレの鍵を取り出してみのりに渡すと、一夏は英単語帳を鞄に仕舞って玄関まで駆ける。そこでみのりに向かって振り返ると、千冬へ向けてしたように、満面の笑顔とともにサムスアップをするのだった。
「じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
こちらも負けないくらいの明るい笑みを浮かべ、同じくサムスアップするみのり。それを見た一夏は一層大きく口を横に広げて、外へと出かけていくのだった。
――どうしたの? もっと感想を書いて、もっと僕を笑顔にしてよ――