インフィニット・ストラトス~A new hero, A new legend~   作:Neverleave

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皆さまお待たせしました。前回からかなりまた間を置いて、ようやく投稿出来たヨ~。
とりあえず一言だけ言わせてください。

こんなはずやなかったんや(白目)


嫌疑

 ――警視庁・会議室――

    8:00 a.m.

 

 警視庁の会議室。そこでは杉田や桜井、新井、そして警視総監といった様々な人員が集っていた。ほとんどの者があの忌まわしい事件――25年前と12年前の未確認生命体事件を経験してきた者達ばかりである。

 長い年月を経て、再び姿を現した未確認生命体。日本……いや、人類の危機と言っても過言ではない脅威の発生から約一日。僅かな時間しかなかったために警察としては人員を確保しきることが出来ず、事件を経験した刑事たちを集めるので精いっぱいであった。

 そのため、ここにいるほとんどが老齢に差し掛かった人物ばかり。そんな中に混じる千冬や金剛、三樹弥の三人は若いため、かなり目立った。

皆一様に彼女らを見ては、こんな若者がこの戦場に立つという事実を受けて、複雑な心境に陥っていく。特に三樹弥に至っては成人すらしていない学生に見えるため、皆が不安そうに彼女を眺めていた。

 

「……それではこれより、未確認生命体事件、IS委員会と警視庁による合同捜査本部の第一回会議を行います。杉田課長、お願いいたします」

 

 進行役となっている人物が口を開き、厳かに会議開始を告げる。呼びかけられた杉田は立ち上がると、その場にいる全員に向かって報告した。

 

「事件が発生したのは昨日午後4時ごろ。東京都文京区にて、巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされているとの通報を、現場に居合わせた一般市民の男性から受けたという報告がありました。それから間もなく出現した未確認生命体第50号は、粘着性の糸を吐き出して次々と市民を巣へと引きずり込み、殺害。一般人18名と、駆けつけた警官1名が殺害されました――映像をお願いします」

 

 杉田の呼びかけに応じて、進行役の職員が映像機器を操作。室内の電灯が消え、スクリーンに写真が映る。

 その場にいた警官らと千冬たちの目に飛び込んできたのは、ビル群の間に張られた、歪な蜘蛛の巣。そこから白く長い糸が吐き出され、人々が次々と連れ去られていく異様な光景。

 その射出速度、そして引力の強大さを物語るように、糸と引きずり込まれる人々の姿は残像でしか確認することが出来ない。何かを恐れて逃げ惑う人達の顔に刻まれた恐怖の表情は、見る者全員に事態の壮絶さを訴えた。

 写真が挿し替えられ、次に杉田らの目に飛び込んできたのは、拡大された蜘蛛の巣と、異様な存在感を放つ人間大の異形の映像。それを目にした途端、警官たち全員の目が釘付けになった。

 

「これが第50号……」

「第1号に似ていないか?」

「本当に復活したのか……」

 

 周囲が騒めき立ち、口々に言葉を呟く。

 報告こそ聞いていたものの、聞くのと見るのとでは認識に大きな違いが生じる。何せ最後に出現してから、12年もの歳月が経っているのだ。警察――いや、日本の国民達には、未確認生命体という存在はとうに消え去ったのではないかという淡い期待が、どこかにあった。

 今回も、何かの間違いなのではないかという思いがどこかであった。否、『間違いであってほしい』という気持ちが、彼らには確かにあったのだ。

 だが、彼らは視覚を通じて、現実を直視させられた。

 そこに映る、人と蜘蛛を融合させたような醜悪な異形。ビル群に展開された、巨大な蜘蛛の巣。

 人間の力では到底実現させることのできない、規格外にして残虐な殺人行為。

 目が、記憶が、経験が、彼らにどうしようもない事実を叩きつける。

 

 ――未確認生命体(奴ら)の再来を。

 ――未だかつてないほどの惨劇を生み出した、恐怖の復活を。

 

 会議室内が騒然とする中、写真は再び挿し替えられ……ある一枚の絵を、スクリーンに投影した。

 

 

 

 ……人々を次々と連れ去った、死神の糸。それが眼前まで迫る、一枚の写真を。

 

 

 

 思わず誰かが息を呑む。声に出さずとも、それを見た誰もが心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥り、水を打ったように周囲は静かになった。

 今まで沈黙を貫いていた杉田はそこで口を開き、説明を再開する。

 

「……この写真は、現場に居合わせたカメラマンが撮影された……彼の最後の写真です。現場に駆け付けた新井刑事がこれを発見しました」

 

 重々しい口調で写真の説明をする杉田。多くの未確認事件に立ち会い、事前にこれを見たであろう彼でもやはりいい気分はしないのか、映像を眺める杉田の顔には悔恨と憤りの色が見て取れた。

 

「――今回現れた未確認生命体第50号は、25年前……我々が初めて奴らと遭遇することとなった個体、未確認生命体第1号と容姿、特徴が酷似しています。これらの要因から、今回の事件を未確認生命体による事件……そして出現した個体を、第50号として改めて認定いたしました」

 

 そう杉田が言いきったところで、警視総監が彼に質問を投げかける。

 

「第50号の、その後の動向は?」

「一般人18名を殺害後、50号は駆けつけた第2号……白い4号と交戦し、逃走。その最中に4号を警官1名が援護したものの、50号はこれを殺害……それからの動向については、まだ追えておりません。目下捜索中です」

 

 捜索中、という言葉を紡ぐ時、杉田の顔が苦々しく歪む。彼自身、いつ人を殺すかもわからない怪物を発見できていない現状をもどかしく感じているであろうことは明らかだった。

 そこで金剛が挙手し、杉田に問いかける。

 

「捜索に関してですが、第2号や第50号の現在地や行動目的について、目星はついているのでしょうか?」

「……どちらも私共の推測でしかありませんが……現在地については、ここ東京の人口集中地区、あるいはその付近のどこかにいる、ということぐらいしか予想はできません。行動目的に関しても、自身に何のルールも課すことなく、無差別に殺人を行っている、としか……」

 

「それってつまり、何もわかってないってこと?」

 

 杉田の返答を聞いた三樹弥は、彼を鼻で笑うようにそう呟いた。

 そう発言した途端、警官たちから彼女に向けた嫌悪の視線が集まる。隣に座る千冬はピクリと片眉を動かし、金剛は三樹弥を諌めるように呼びかけた。

 

「三樹弥さん」

「だってそうでしょ? 東京って言ったって広いし、おじさんが挙げた条件だってここならどこでも当てはまるし。ハッキリ言って無能じゃん」

 

 咎められた本人はしかし、文句があるのかと言わんばかりに反論するばかり。反省はおろか、最後に警察を侮蔑するような発言までしだす始末である。

 若さゆえの向こう見ずか、はたまたISを駆使する者としての誇りからか。しかしその口から零れる言葉は、彼ら警察側からすれば傲慢なものでしかない。

 視線がより一層険しいものになり、杉田たちが危機感を募らせたその時、沈黙を貫いていた千冬が重い口を開いた。

 

「口を慎め三樹弥候補生。それでも日本の代表候補生か」

「……何? なんか私間違ったこと言ってるっての千冬『さん』?」

 

 千冬のかけ声に返ってきたのは、先ほどと同じような反抗の返答。一応敬称をつけてはいるが、彼女の声に敬意の響きはなかった。

 それを聞いた千冬は呆れたように嘆息し、彼女に訊ねかける。

 

「ならまず聞こう。お前は未確認生命体の行動原理と身体能力を理解しているのか? 奴らが何の目的で、どんな人々を標的としているのか。そして奴らの身体能力がどれほど人間の予想を遥かに超えるものか。25年前と12年前の事件など、貴様は関わることはおろか満足に情報を得ることすら出来ていまい」

「………………」

「奴らの中にはチーターを凌駕し、最高速度で長時間走り続けられる健脚を持つ個体もいたと聞く。皆が皆そうであるとは言い難いが、それでも我々の走る速さ、そして持久力など比較にもならん。既に事件発生から12時間以上経過している今、第50号はやる気になれば東京どころか関東地方を抜け出すことだって出来るかもしれんのだ……そんな奴がどこで何をしているのか、予測する術がお前にあるのか? 仮にもし出来たとして、警察以上に広範囲を網羅できるような人海戦術を取ることが、IS委員会側に出来るのか?」

 

千冬の口から出てきたものは、紛れもない正論であった。IS委員会側が持っている未確認生命体の情報など高が知れている。よしんば情報を持っていたとしても、実際に対峙してきた警察とは比べるまでもない。

それに彼女の言う通り、未確認生命体はひょっとすれば今も逃走し、この東京の外にいることだって出来るのだ。それでも杉田たちが東京都のどこかにいると断言できたのは、一重に彼らと戦ってきた経験と知識によるものである。

人間を殺戮対象としたゲーム、そしてそのゲームの舞台にふさわしいであろう、人口が集中した都市。それは日本の首都である東京しかない。

不十分と感じるかもしれないが、それでも東京都内と関東地域全域とではまるで違う。加えて、その全域をカバーし、的確に捜査できる指揮能力もあるとなれば、話は別だ。

 

 千冬に反論する言葉が見つからないのか、三樹弥は不満げな目つきこそ向けたものの、沈黙する。そんな彼女の姿に落胆したかのように、千冬は再度大きく息を吐いた。

 

「もう少し考えてからほざくんだな、馬鹿者」

 

 そう言いきると、千冬は目線を三樹弥から離す。一方で三樹弥は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、同じように千冬から視線を外した。

 千冬の発言で溜飲が下がったのか、いつの間にか会議室を取り巻いていたピリピリとした空気も霧散している。杉田はほっと胸をなでおろし、杉田と新井も安堵のため息を漏らす。

 

(ったく……勘弁してくれよ……)

 

 首の皮一枚繋がった。だが、もうすでに首の皮一枚しかない(、、、、、、、、、)。杉田はそう思わざるを得なかった。

 先の発言は千冬によって見事にカバーされた。しかし、警官のIS側に対する不信感――特に三樹弥に対するものは、大きくなったと言わざるを得ないだろう。

 今回の神経断裂弾の禁止も要因ではあるが、何より未確認生命体と直接対決する三樹弥には皆不安がっていた。ISという兵器を駆使するとはいえ、まだ成人すらしていないであろう彼女に、計画の要を任せなければならないのである。

 いや、それどころではなく。自分たちはこれから、彼女に命を預けなければならない(、、、、、、、、、、、、、、、)のだ。

 これは訓練などではなく、実戦。こちらが殺されるかもしれないという恐怖、人知を超えた怪物と対峙する畏怖、自身の失敗で新たに人死にが出るかもしれないという危機感……大人であっても狼狽するであろうそれらと彼女は戦わなければならないというのに、あまりに三樹弥は幼稚過ぎた。

 さらに、先ほどのあの発言。ISを過信、あるいは未確認生命体を過小評価しているきらいがある上に、協力関係にあるはずの警察をまるで信用していない。信頼関係を築こうともしていない。

 若気の至りと言えばそれまでだが、生憎とそんな一言で済ませられない結果が生じるかもしれないのである。

 さっそく出てきてしまった新たな頭痛の種に、杉田達は頭を悩ませるのだった。

 

「……こちらの者が不躾な発言をしてしまい、申し訳ございませんでした。その前後で話を切り出させていただきたいのですが、なぜ警察側は未確認生命体の現在地を、そこまで予測できたのでしょう? 彼らの行動原理とは? それらを踏まえた上で、どのようにこれから対策されるおつもりなのか、返答していただけませんでしょうか」

 

 金剛が一言謝罪しながら、杉田に質問を投げかける。思考を切り替え、杉田は金剛へ返答し始めた。

 

「わかりました。では、まず彼らの行動原理について説明させていただきます――」

 

 警察とIS委員会による、合同会議の序盤。まだ開始して間もない時間から、その場にいたほぼ全員に、様々な不安の種が植え付けられた。

 その種が根を張り、芽吹こうとしているのを感じながら。会議はその後、粛々と執り行われていった――。

 

 

 

 

 

 

――警視庁・取調室――

  8:08 a.m.

 

 唐突に発生した未確認生命体によって沸き立つ警視庁。どの部署もひっきりなしに対応に迫られ、あちこちが騒がしいにも関わらず、一夏と氷川がいる取調室は重々しい沈黙に包まれていた。

 何を話せばいいのか、何を問いかければいいかもわからず一夏が困惑する中。目の前に座る氷川が、その重い口を開く。

 

「――12年前に起こった未確認生命体事件について、一夏さんはどのくらい知ってますか?」

「……ニュースや、友達との会話で多少聞いた程度なら……ある会社のリコール製品であった酸素カプセルを利用していた個体がいたってこととか……」

 

 そうですか、と呟き、目を伏せる氷川。その後また無言になったものの、それは何から話すべきであるのかを整理しているためであった。一夏も彼が何かを自分に話そうとしていることはわかっていたため、口を挟むことなく静観している。

 

「厳密には父親だけでしたが……その酸素カプセルが、まだ子供だった彼の家庭を崩壊させたキッカケでした……」

 

 やがて氷川は再び口を開き、語り始める。

 

「彼の父親は整骨院を営んでいて、件の酸素カプセルも購入していました。父親もよくカプセルは利用していたそうで、ある日リコールされた製品が返ってきた時、ちゃんと使えるのかどうか確認がてら利用したらしく……その一週間後に、亡くなったそうです」

「………………」

 

 静かな声。しかしそこには憤りと哀しみの響きがあった。他人事であるはずなのに、まるで我が事であるかのように苦痛を堪えて言葉にしていくその様は、彼と三村の絆の深さを物語っている。

 

「まだ彼は小学校六年生の頃でした。三つ下の妹――理沙さんもいて、片親を失くした彼の家庭は、悲惨の一言だったそうです。母親は夫を亡くした衝撃から衰弱し、妹も優しい父親がいなくなったことを受け入れきれず、泣き叫ぶ毎日。彼を取り巻いていた環境は一気に変わりました」

 

 努めて冷静に氷川が語る中、一夏は無意識に手を握りしめた。

 彼が感じたのは、50号が三村の胸を刺し貫いた時と同じ、沸々と湧きあがる怒り。玩具のように人の命を扱い、亡骸をゴミのように払い落した、異形の者への激昂。

 そこから連想して思い出されたのは、そこから殺意すら抱いて50号に殴り掛かった、自身の暴力。

 途端に膨れ上がっていた激情はまるで風船のようにしぼみ……虚しさだけが残った。

 様々な感情が胸中を去来する一夏をよそに、氷川は言葉を続ける。

 

「両親ともに頼れる親戚はおらず、母親は一人で彼と妹を育てなければなりませんでした。仕事に明け暮れる毎日のせいで、母親は家にいる時間は全くなし。妹もまだ甘えたい年頃なのにその相手がおらず、彼も親を亡くした失意から荒れる日々。仕事と育児のストレスから母親は段々と正気を失い、生活は悪化の一途を辿っていくばかり……そして10年前に、あの出来事が起きました」

「……あの出来事って?」

 

 氷川の口から出た曖昧な言葉を聞いて、一夏は問いかける。

返答の言葉を選ぼうと迷っていた氷川だったが、やがて決断したのか一呼吸を置いてそれに応えた。

 

「……白騎士事件……世にISの強大さを知らしめた、あの事件です」

「……え?」

 

 白騎士事件。それは、世界初のIS『白騎士』が中心となって巻き起こされた、歴史的大事件だった。

 今から10年前、日本を攻撃可能な各国のミサイルが突如としてハッキングされ、制御不能に陥った。射出されたミサイルの数は、2341発にも及ぶとされる。

 危機的な状況となった日本国。誰もが絶望したその時、奇跡が起こったのである。

 それが、白銀のIS、通称『白騎士』の出現。発射されたミサイル全ては、たった一機のISにより全て無力化。それだけでなく、各国が送りだした戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基を、一人の人命も奪うことなく破壊したのである。

 一切の損害を出すことなく、ありとあらゆる現代兵器を無力化したIS。それはこのIS社会の幕開けでもあり、昨今に蔓延る女尊男卑の始まりでもあった。

 

「……苦しむ自分たちを省みぬ社会への鬱屈。育児と仕事へのストレス。父親の温もりを味わえぬ寂しさ。三村家に蓄積されていた悪感情は、その事件をきっかけに爆発してしまいました。母親と妹はISを盲信し、女尊男卑の思想へと傾倒。その飛び火は三村にも移り、家族の暴力や罵倒が彼に降りかかり……ついには、死んだ父親にも罵声を浴びせる毎日だったとか」

 

 ――ズキリ、と。胸に鋭い痛みが走った。

 ただ聞いているだけなのに、心臓をナイフで抉られているように苦しい。語る氷川もその表情を歪め、目を固く閉ざしている。

 家族を奪われた悲しみ。そして残った家族から謂れのない暴力を受ける日々。大切だったはずの、父親を侮辱する母と妹。

 それは、どれだけの痛みを三村にもたらしたのだろう。両親はいなくとも、自分と優しく向き合ってくれる姉、そして大人たちに恵まれた一夏には、想像すらできなかった。

 震える口を必死に抑え、氷川は言葉を紡ぐ。

 

「……『あいつが死んだのは男だったから』。それが、母と妹の口癖だったそうです……学校では女子生徒からの激しい虐め、家に帰れば、家族から理不尽な扱い。まるで自分を取り巻く何もかもが、敵になってしまったかのような感覚。自分の場所がいつの間にかなくなってしまった感覚。まだ幼かったはずの彼に、それからの日々は幾つもの傷痕を残していきました。彼は素行不良となり、男性の不良グループとつるんで家に帰らないことも多くなり、傷害事件を引き起こすまでになったそうです」

「……あの……人が……」

 

 無意識に、一夏は声を漏らしていた。

 第50号にも怯まず銃を構えていた時の、勇ましい顔つき。最後の瞬間に見せた、温かくて優しい笑顔。

 実際に触れ合った時間は短くとも。一夏には、彼が見た三村と氷川から聞く三村が、とても同じ人物だとは思えなかった。

 

「家庭内は険悪になり、三村も、母と妹も心無い言葉をかけあうばかりで……最後の会話は、『お前らなんか死んじまえ』。その言葉を放ったその翌日……母と妹は、交通事故で亡くなりました」

 

 ――自分の中の何かが、斬り落とされたようだった。鋭い刃物で切断されてしまったかのような欠落感が、一夏に去来する。

 無音の室内。静寂が包み込むその空間の中で、自分の鼓動だけが妙に大きく聞こえた。

 

「三村も言ってました。なんであの時、あんなこと言っちゃったんだろうって。母も妹も、同じ大事なものを失って、みんながみんな辛くて、苦しんでいた。自分だけが苦しい想いをしていると考えて、相手のことも考えずお互い罵り合って……父さんも何の前触れもなくいなくなったのに、どうして母さんと理沙はいつもい続けると思い込んでたんだろうって」

 

 耳を塞ぎたい気持ちが、込み上げてくる。しかし一夏は、それを必死に抑え込んだ。

 彼には、聞く義務がある。問いかけた彼には、最後までやる責務がある。

 親友が、語る覚悟をしてまで自分に伝えようとしてくれている。それを自分から放棄することは、一夏には出来なかった。

 

「天涯孤独となった彼は孤児院に入りましたが、素行不良の彼を引き取る里親はおらず、院内でも白い目で見られ、そんな現実から逃げるように悪行は激化するばかりでした。暴力事件、恐喝、窃盗、タバコ、酒……ひどいものだったそうです。その時の彼に残っているのは、未確認、IS、女性、そして社会に対する憎しみだけ……自分が何のために生きているのかもわからず、湧き上がる苛立ちを人やモノにぶつけるしかない毎日……そんなある日、彼は出会ったんです――新井刑事に」

「……新井さんに?」

 

 ええ、と氷川は相槌を打った。

 

「事件を起こした時、新井刑事の世話になったそうで……暴言は息をするように繰り返して、質問にも不真面目に返答、殴りかかることもあったり、唾吐きかけたり……で、新井さんも気が短い方だから、怒声を張り上げてと……それはもうひどい初対面だったそうですよ。それから何度も新井さんにしょっぴかれては説教されて、事件起こしてはまた……の繰り返し。『あの人ホントしつこい』って言ってましたけど……懲りずにまたやる三村も三村ですよね……」

「あ、あはは……」

 

 苦笑いしながら告げる氷川。その内容と、氷川の表情につられて、一夏も乾いた笑いを浮かべた。

 

「あぁ、すいません、ちょっと脱線しちゃいましたね……でもその日から、なんとなく変わっていったんだそうです。新井さん、それ以降ちょくちょく三村のいる孤児院に顔を出していたそうで、辟易しながらも三村は会話することになっていたらしくて……でもその時の話題はくだらない世間話ばかり。自分のことを責めるようなものじゃなかったそうです。家族でもなんでもない見ず知らずの他人、しかも刑事が、自分みたいな人間と普通に接しようとしているその姿勢を、三村は不思議に感じたそうです」

「…………」

 

 家族からも詰られ、女性からは蔑まれ、大人たちからは不良と罵られ。何もかもから理不尽な振る舞いを受けてきた三村。

 その彼を責める側であるはずの新井から受けたのは、叱責の言葉ではなく。ごく普通の人間と交わす、会話だった。

 

「それで彼は、思わず訊ねたそうです。どうして自分を責めないのか。自分のようなヤツを、どうして普通の人間として扱おうとするのかって。そしたらこう返ってきたらしいんですよ」

 

 

 

 ――そんなの、お前もう散々聞き飽きただろ?――

 

 

 

「…………」

「『どんな事情があろうと、社会は前科持ちに厳しいし、人間は脛に傷があるヤツはとことんそれを抉ってくる。確かに取り返しはつかないこともあるし、どうしようもない屑だっているのも事実。でも俺にゃお前はそんな屑じゃなくて、泣き叫んで喚く赤ん坊にしか見えん。だから俺はお前をあやすことにした。馬鹿な真似した時だけ怒ることにした』って……その時はほとんど信じなかったらしいですけど……でも新井さんは、事件を起こした時しか三村さんを叱らず、それ以外では馬鹿な発言をした時くらいしか怒鳴ることはなかったとか……」

 

 誰もが不必要に三村を誹る中、必要な時にだけ叱りつけ、それ以外の時には普通に振る舞う。

 そんな接し方をしてくる新井刑事は……まるで父親のように感じたのではないだろうか。

 ふと一夏は、氷川の話を聞きながらそう思った。

 

「今まで出会ったことのない、新井刑事という人。その人とぶつかったり、怒鳴り合ったり、お世話になったりを繰り返して……そんな奇妙な彼らの関係が、一転する事件が起きました」

 

 そこで氷川は一息つくと、やや間を置いて次の言葉を放った。

 

 

 

「三村は暴走族との喧嘩が発展して、ヤクザに殺されかけました。そこを、新井刑事が助けたんです」

 




――はい、今回は以上になります。

とりあえず書いてみて思ったこと。三村さんの過去くっそ長い。
纏めようと思っても、自分の技量ではこのくらいしか出来ず、途中で力尽きました……面目ねぇ……


パトラッシュボクモウツカレタヨ


三樹弥さんについては、典型的(?)なIS主義者として振る舞ってもらいました。杉田さん達を悩ませる人員ですが、はたまた彼女は何をしでk……することやら。

そして今回の後半にて主題となった三村さんの過去。かなり悲惨です。ここまでエグイとは予想された方も少なかったのでは?(まず思いついた自分がドン引いた)
家庭環境やら社会の変化やら、いろいろ書き殴っていったところ、現状こんな形にまとまることになりました。
少年法やら、天涯孤独となった場合のことやら、そこらへんの知識はほぼないため、どしどしご指摘いただければと思います。読者の皆さまにお任せすることとなってしまって申し訳ない……。

また、ゲラグやライオについてですが、彼らの正体については秘匿されている設定です。さすがにアイドルやら、政界の副大臣がグロンギとか、日本大パニックになると思われるので……。

いったいいつになれば覚悟完了するのか自分でもやきもきする毎日。チクショウメェェェ!!



批評、感想、ご指摘お待ちしております。次回も気長にお待ちください。

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