インフィニット・ストラトス~A new hero, A new legend~   作:Neverleave

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若干投稿が一週間より遅れた。申し訳ないです。

前回投稿しただけで評価が凄まじく上昇したうえにすごい量の感想いただきました。まだクウガもろくに出てきてないどころかISすら出てきてないんやで?
どういうことなの……(震え声)
皆さまには感謝の言葉しか思いつきません。こんな展開がなかなかないような作品ですが、今後ともよろしくお願いいたします。

あと感想返信は遅れ気味になります。どうかご勘弁を(汗)

ではどうぞ。


覚醒

 ――ポレポレ――

   6:15 a.m.

 

 ポレポレの二階。一階を店舗のスペースとして利用している一方、二階は生活を営むことができる空間となっており、そこには現在三人の人間が暮らしている。

 一人は、織斑一夏。もう一人は、このポレポレのマスターである人物。

 そしてもう一人は――。

 

「ええ。私は未確認生命体を殲滅するためにも、早急にISと警察による部隊の編成をすることが必要と考えております。その部隊を率いることを私に一任させていただきたい」

 

 織斑千冬。織斑一夏の実の姉にして、IS学園の教員を勤めている人物である。寝間着の格好のまま、朝早くから彼女は携帯電話で誰かと連絡を取り合っているらしい。

 

『……これはまた、急な話ですな』

「朝早くからお電話した挙句、前振りもなしに申し訳ありません。しかし、この事件は一刻を争う事態です。この一秒の間にも、奴らは人を殺すための算段を企てているかもしれない。奴らから人々を守るためには、ISの力が必要となるのは確実です。だがそれだけでも足りない。大規模な人員を動かせる組織との連携が不可欠となる……」

『そのための、警察ですか……』

「ええ……それに、警察は25年前と12年前、未確認生命体と戦った経験がある。それは私たちにはない、信頼できる土台です。私たちは武力にこそ優れているが、それをあいつらにどう扱えばいいのか、知識がまるでない。人民の救助のためにも、ここは協力を仰ぐしかないのです……お願いできますか、轡木さん」

 

 千冬の言葉に、電話向こうの相手は思案するように唸る。相手側の声は壮年の男性のものらしき低い声で、その声音には落ち着いた響きがあった。

 千冬が話している相手は、IS学園の事務員でありながら、実質的な理事長の立場にある人物、轡木 十蔵その人である。

 首をなかなか縦に振ってもらえないことをじれったく感じる千冬ではあったが、相手の立場を考慮するとその反応は打倒であるとも思えたので辛抱強く返答を待った。

 やがて、電話向こうの轡木は口を開く。

 

『あまり事を急いてはいけません。まず部隊を編成するとして、人員はどのようにするのです? IS学園から支給されるISを利用するとしても、それを操縦する者がいなければ話にならない。まさか、代表候補生を出すわけにもいきません』

「ええ。やはりそこは、我々職員が出張るしかないでしょう。信頼できる人員は何人かいます」

『IS学園の教員は日本国籍の方々だけではない。ここは様々な国の人々が集まる、一つの多国籍国家と言っても過言ではない。自分の立場の関係上、援助するのが難しい人だっています』

「生徒の命がかかっているとしても、ですか? いくら中立の立場を守る義務があるとしても、IS学園だって奴らの被害を被ることになるかもしれない。そうなれば、誰が学園の生徒を守るのです?」

『〝かもしれない〟。それが厄介なのです。IS学園にしかISはないわけじゃない。日本にも数機存在するのです。それなのに、ISを支給し、さらに人員を導入までする必要があるのか、という言い分が立ってしまう……あなたが言ってくださった通り私も打診してみましたが、向こうは許してくれませんでした』

 

 ギリ、と苦々しい表情で歯噛みする千冬。

 こちらの提案を、委員会はまたも無碍にしたというのだ。さらにはIS学園にすら日本の支援はするなと言ってきているらしい。こうなると、状況は最悪だ。

 千冬は、何も身動きが取れない。IS学園の職員である以上、勝手に行動してしまえば、中立の立場にあるはずのIS学園が日本にばかり贔屓しているとまた茶々を入れられる。そうなれば日本は国家間で後ろ指をさされることとなり、他国からの支援も受けにくくなるだろう。最悪、25年前や12年前と同じく日本国内のみで事件に対処しなければならなくなる。それでは前の事件の二の舞だ。

 

「……人命がかかっている事態だというのに、ひどく呑気なものですね、IS委員会は。あそこはまるで危機的意識というものを持っていない」

『私もそう思います。25年前と言えば、私はまだ大学に通う若造でしかなかったが……ひどいものでしたよ。毎日毎日、どこかで誰かが殺され、無残な最期を遂げる日々。ニュースを見れば、どこかで誰かが死んだという報道ばかり。次は自分の番ではないか、自分の大切な人ではないか……そう考えてしまうと、気が気でなりませんでしたよ。事件が終わった後も、大きな爪痕を残していった……今も当事者たちは覚えています。奴らがそこにいることの、〝恐怖〟を』

 

 轡木の言葉には、芯に迫る説得力があった。

 未確認生命体の恐怖。例え報道されてきた情報のみのものであったとしても、それを知ったときの恐ろしさは、言葉では言い表すことができない。

 

『進言はしました。だが、彼らはまるで聞き入れてくれませんでした。皆言うのです、日本ならば大丈夫だろう、と』

「……第4号がいるから、ですか」

 

 ええ、と。千冬の言葉を肯定するように返事をする轡木。千冬は嫌な予想が的中したと内心舌打ちする。

 再来した未確認生命体に対し、IS学園やIS委員会から支援を受けることが出来ない大きな要因の一つ。それは、日本が『唯一被害に遭った国』だから……もっと言うと、『未確認生命体第4号を所持(、、)している国』であるからだ。

 ごく一部の人間を除き、その正体の一切が謎に包まれた、未確認生命体第4号。当時何の対抗手段も持っていなかった日本警察が未確認生命体事件を解決できたのは、言うまでもなく彼の助力を得ることが出来たからである。

 現在、未確認生命体に対抗することが出来ると思われる手段は、推測を含めて三つ。

 一つは、かつて科警研の協力を得て製作することに成功した神経断裂弾。一つは、どこまで成果を上げることが出来るかわからない、IS。そして、『未確認生命体第4号』。

 

 IS委員会は、こう言っているのである。『ISと第4号がいる日本に、わざわざなぜもっとISを支給したり、人員を割く必要があるんだ? そんなのなくてもなんとかできるだろう?』と。

 

「……あいつらは、いったいどこまで人を馬鹿にすれば……!!」

『……申し訳ない。許可が得られない現状、私たちIS学園の者は何をすることも出来ないのです。無論、これからも打診はしてみるつもりですが……』

 

 無責任にもほどがある。自分たちにとって都合の悪い存在であるかのように第4号を扱っておきながら、いざとなれば体よく利用して自分たちに火種が来ないようにする。拳を固く握りしめ、千冬は怒りを隠すことなく声にした。轡木はそんな彼女の言葉を聞きながら、申し訳なさそうに謝罪するしかない。そんな彼の言葉にも、悔しさの響きが滲み出ていることに、千冬は気づく。

 

「申し訳ありません。せめて日本のISのみになるとしても、その部隊の指揮くらいは、私に取らせてもらうことは出来ないでしょうか?」

『わかりました。そのことも含め、IS委員会に連絡を取ってみます』

「お願いいたします。ではまた、後程に。失礼いたします」

 

 そこで一端会話を終わらせると、千冬は電話を切って大きく息を吐いた。

 行動こそしてみているものの、何一つ彼女にとっていいことは起こっていない。IS委員会は相変わらず頭が固い上に、IS学園からの支持も期待できないときたものだ。こうなっては、本当に警察しか未確認生命体事件に対応することが出来なくなってしまう。

 25年前や12年前とは状況が違うとはいえ、だからといって最善とも言える策がここまで機能しなくなるのはまずい。堅物どもの説得などに割いている時間はないというのに……。

 

「くそっ……あの馬鹿者どもめが……」

 

 思わず、暴言を口にしてしまう千冬。心境を考えれば致し方ないことではあるが、そんなことを言ってもどうにもならない。

 自分にそう言い聞かせ、さてこれからどうするべきか……そんなことを考え始めた時だった。

 千冬の携帯電話から、着信音が鳴る。

 

「……?」

 

 こんな時間に、いったい誰が? そう思いながら千冬は誰からの着信か見てみたが……ディスプレイ画面に映っていた文字は、『非通知』。

 

「…………」

 

 いよいよもって怪しい。訝しげに画面を見やる千冬であったが、ここで携帯電話と睨めっこをしていたところでどうしようもないと考え、思い切って電話に出ることにする。

 

「もしもし。織斑千冬ですが……」

 

 通話ボタンをプッシュし、耳にあてる千冬。そこから聞こえてきた声に、彼女は驚愕で目を見開くこととなった。

 

 

 

『ハロー、ちーちゃん!! 私だよ、久しぶりー!!』

「――ッ!!」

 

 突然にかかってきた着信。異様なほど高揚した……ざっくばらんに言えば、テンションの高い口調で話してくる非通知の相手は、彼女が良く知る人物であった。

 それは、この世界にとっては『革命』を起こしたともいえる人物。その天才的な頭脳と、壊滅的なまでに破綻してしまっている人格から、『天災』と呼ばれる人物。

 ――インフィニット・ストラトスの開発者、篠ノ之束。

 

「束……お前、いったいどうして……!!」

『ニュース見たよー。日本に未確認生命体第50号か……いよいよあいつら(、、、、)も本格的に動き出してきたってことだね』

 

 戸惑いながら投げかけられた千冬からの問いかけに、束はかみ合っているのかそうでないのかよくわからない返答をする。

 千冬は、茫然とするしかなかった。何せ彼女から最後の連絡があったのは、二年も前の話なのだから。

 唐突な電話に仰天していたが、頭を振って思考を一瞬で切り替えると、千冬は再度束に訊ねかける。

 

「……要件は何だ?」

『何だはないでしょちーちゃん。もちろん、ちーちゃんが気になってることについて、話しといた方がいいのかなって思ってさ』

「…………それは」

 

 気になっていること。そう言われて、ピクリと片眉を動かしてしまう千冬。相手に反応が見られているわけでもないはずなのに、身体がそう反応してしまったことが相手に伝わってしまったような気がした。

 

『いっくんが目覚め(、、、)ちゃった』

「……ッ」

 

 次に放たれた束の言葉は、先ほどとは打って変わって真剣な色を帯びたものだった。

 目覚めた。その一言で、千冬の背中に言いようのない悪寒が走る。

 その言葉に、いったいどのような意味が込められているのか。それは、言葉を放った当人である束と……千冬にしかわからないことであった。

 

『こっちで確認したよ。彼に施した封印が、解けちゃってる……バルバの奴が、解除したみたい……もうあの子は……〝三人目〟になった。今のところ、もう一つの封印は上手いこと作動してくれてるから、そっちの心配は――』

「そんなことはどうでもいい!!」

 

 声を荒げ、千冬は束の言葉を遮る。

 一度飛び出た言葉はそれでとどまることなく、千冬は続けざまに言い放つ。

 

「もう一度……もう一度、封じることは出来ないのか!? なんとかして、また戻すことはできないのか!?」

『無理だよ。あの時はいっくんの石が弱ってたからできたんだ。完全に覚醒した今、石は再び神経状の組織を伸ばして、彼の肉体を侵蝕し始めた……もう一回しようと思うなら、また弱らせないといけない……でもあれは奇跡に近い状態だったよ。いっくんが死ぬか死なないかの、限界まで痛めつけた状態……そんなこと、ちーちゃんにできる?』

「ッッッ!!」

 

 不可能。死。その言葉を耳にした途端、千冬の全身が総毛だった。

 現実を受け止めきれず、様々な方法が千冬の脳裏で提起され、その尽くが却下されていく。そのうち、思考がグチャグチャになり、千冬の脳内は言葉が羅列するだけのものになっていった。

 彼女の心境を知ってか知らずか、束は重い口を開く。

 

『……もう彼は、クウガになったんだよ、ちーちゃん。その事実は、どうしても変えることができない。石は彼を戦士と認めた。だから、白のクウガに彼はなったんだ』

「……あいつを戦わせることなんてしない……させんぞ、私は……」

『それはちーちゃんが決めることじゃない。私たちには、彼を止める権利はないの。彼だけが選べるんだよ、『戦う』か、『逃げる』か。戦った先を彼には見せた。だから、あとは彼次第なんだよ』

「逃げさせる。絶対に、関わらせてなどやらん。関わらせてなるものか」

 

 言い聞かせるように紡がれる束の言葉を、千冬は否定するばかりだった。その声音からは千冬の決意の固さが聞き取れ、そう簡単には揺るがない意思の強さが伺える。

 

『……ちーちゃん』

「……あいつは、あいつは優しいやつなんだ。私の……私のたった一人の家族なんだ。それなのに、なぜあいつが戦う必要がある? 私たちはもう……もう奴らと戦えるんだ」

『だとしても、今のままじゃ、第50号とも満足に戦えないよ? あいつらは、25年前とも12年前とももう違う。そのことを彼が知れば……』

「整える。何が何でも、どんなことをしても。もう二度と……家族を奴らに奪われてなるものか……」

『…………』

 

 たった一人の家族。それがなくなってしまうことの恐怖。それは、千冬を怯えさせるには十分すぎるものだった。

 意地を張っていることは、彼女自身重々承知している。彼女の願いを叶えることは、もう難しくなっていることも、理解している。

 それでも、諦めるわけにはいかなかった。諦めたくはなかった。

 最愛の弟を。惨たらしい戦いの渦の中に巻き込まれてしまうことを、止めないわけにはいかなかった。

 一時の沈黙。どちらもが口を閉ざし、重々しい空気がその場を支配する。

 やがて口を開いたのは、束だった。

 

『ちーちゃん……これだけは言っといてあげる。彼がどんな決断をしたとしても、彼が覚悟を決めたのなら、それを止めちゃいけない。否定しちゃいけない。悩んだ末に、彼が決断したのなら……その時は、支えてあげるんだよ……じゃあね』

「待っ――」

 

 呼び止めようとしたものの、一瞬遅く。ブツッ、という音がしたかと思うと、通話終了のピープ音が鳴るだけだった。

 再度かけなおそうにも、非通知であるためにあちらの連絡先はわからない。

 通話が終わったことを伝える携帯電話の画面を見つめたまま、千冬は固まる。

 

 

 

「……お前も……お前も知っているんだろう……戦った先に何があるのか……!」

 

 

 

 苦虫を噛み潰したように顔を歪め、千冬は独り言ちる。

 何もかもが悪い方向に、物事が進んでいく。そのことに苛立ちを覚えた千冬は頭を乱暴に掻きむしる。

 これからどうするべきか、彼女が頭を抱えていたその時。ゴトッ、と。下の階から何か物音が聞こえた。

 

「…………?」

 

 今の時間ならば、一夏がいつものように朝食と弁当、店用のカレーを作っている時間。何か物でも落としたのだろうかと首を傾げながら、千冬は部屋を出て下の階へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 ――ポレポレ――

   6:19 a.m.

 

「休校……?」

『ああ。そりゃ間近であんな事件が発生しちまったんだ。それこそ学校が休みになるのは当然の話だろ』

 

 分厚い雲が太陽の光を覆い隠し、どんよりとした天気で迎えた朝。

 いつも通り早起きをして朝食の支度を済ませた一夏だったが、そこに弾の電話がかかってきた。

 今日の授業はすべて取り止めとなり、生徒は自宅待機。外出はなるべく控えるように、とのことである。連絡網により、弾から一夏のところへと電話が来たらしい。

 

『ったく、これから大事な試験だってのに未確認の奴らもこっちの都合考えてくれねぇもんだな。えらい迷惑な話だ』

「……まぁ、仕方ないさ。まだ昨日の第50号は見つかってないんだから」

 

 愚痴を漏らす弾に対し、諫めるように言葉をかける一夏。

 彼の言う通り、学校が休みになってしまうことも仕方のない話だ。彼らの中学校はもちろん、あの事件が起こった文京区一帯は軒並み臨時休業となった店も多く、警察も厳戒態勢を敷いている。それだけでなく、周辺の地区はパトロールが強化されるほか、全国的に未確認生命体事件が再発したことを勧告し、夜間の外出を厳しく取り締まるようになったことなどもある。しばらくは全国民が神経を尖らせることとなるだろう。

 ちなみにそのような事態もあって、ポレポレも臨時休業ということになっている。

 チラ、と一夏はニュース番組が放送されているテレビに目をやった。当然のことながら、報道は未確認生命体事件一色であり、どれもこれもが未確認についてのレポートばかりである。

 

『――昨日夕方ごろ発生した未確認生命体事件。最後に発生した2013年の事件から換算すると、実に12年ぶりとなります。何の前触れもなく出現した未確認生命体第50号は、その猛威を振るい一般人を次々と殺害。現場に出現した第2号と交戦後行方を暗まし、その後の足取りは掴めていません。第2号がこの場に駆け付けるまでに、現在わかっているだけでも18名もの一般人が死亡、警察官も1名が亡くなる惨劇となりました――』

 

「…………」

 

 18名。あの三村という警察官を含めれば、19名もの尊い命が奪われた。

 その事実が、一夏の心に重くのしかかる。

これ程までに残虐な殺戮を起こした、第50号への憤怒。誰かが大切に思っていたであろう19人もの人々が死んでしまった悲しみ。自分や弾も、この数字に含まれることとなっていたかもしれないという恐怖。この数字が、もしかすればもっと少なくなっていたかもしれないという、己への怒り。

 様々な思いが混濁し、形容しがたい感情が己の中で沸々と湧き上がってくる感触に……一夏は、苛まれることとなった。

 

『お前のせいじゃねぇぞ』

 

 ふと、電話の向こうから弾が一夏に語り掛けてくる。

 ニュースの報道を見た一夏の心情を察しての、親友の発言。純粋に自分のことを気遣ってくれたその一言に一夏は感謝こそすれど、胸中に抱えたモヤモヤとした思いが晴れることはなかった。

 19人を殺したのは第50号であったとしても。その脅威から彼らを救えたかもしれないのは、自分なのだから。

 再び思考の迷宮へと自らが入り込みそうになった時、頭を振って気持ちを切り替える一夏。連絡網を回す人が他にいるなら、自分も手伝おうと思い、弾に話しかけてみた。

 

「……連絡網は、俺で終わりか? 他にいるなら俺から連絡もしてみるよ」

『あー……お前で最後のつもりだったんだけど……一人、連絡がつかねぇんだ……いや、もしかしたら、連絡の必要もないのかもしれねぇけど……』

「……? よくわかんねぇけど、一人か。誰だ?」

 

 そのくらいだと、自分が手伝うまでもないだろう。弾が言葉を濁しているのが気になり、いったい誰だろうと興味本位で訊ねてみた一夏。

 

『黒野。あいつだよ、お前が昨日女子たちに虐められてるとこを助けた……』

「……ああ」

 

 そう言われ、誰か得心した一夏。

 昨日の昼間、学校で女子たちに絡まれていた、あの気弱な男子。

 

「なんで連絡に出ない? ……まさか、昨日の事件に巻き込まれて……!!」

『そうじゃねぇ。そうじゃねぇんだ。けど……』

 

 最悪の事態を想像し、青ざめる一夏だったが、弾は間髪入れずに否定して彼を制止する。

 弾の言葉を聞いて、一夏はほっと胸をなでおろす。しかし、そうでなければいったいどういうことだろうか。さっきから弾が言いづらそうにしてどもっているのも気にかかる。

 話し相手が沈黙し、一夏が首をかしげていたその時。再びテレビに視線を戻すと、ちょうどニュースは犠牲となった人の名前を読み上げているところらしかった。

 そこに挙げられていく、何の罪もなくこの世を去ることとなった人たちの名前。その名前とともに張られた顔写真。宇野地を奪われた人々の顔を見るたび、胸を締め付けるような痛みが走る。

そのうちの顔写真の一つが目に入ったとき……一夏は、息を呑んだ。

 

 そこには。最初の犠牲者となり、一夏がその死にざまを目の前で見ることとなった……女性の顔が、あった。

 その女性の顔の下に並べられた、名前は――。

 

 

 

 ――黒野(、、) 千尋。

 

 

 

「……ぁ……っ」

 

 思わず、声がこぼれた。

 一番目の犠牲者。あまりにも惨たらしい最後を迎えることとなってしまった、一人の女性。

 その、名前。その、顔。

 一夏の中で……その二つの情報が、最悪の事実を彼に突きつける。

 彼の漏らした言葉を聞いたのか、『……見ちまったか……』と、弾は溜息まじりにつぶやく。

 

『あいつのお姉さんらしい。昨日家に帰ったら、生徒の安否確認のために担任から電話があってよ……それで黒野の、お姉さんが死んだってこと、先生から知ったんだ……俺らの中学校のOGらしくてな。多少ぶっきらぼうなとこはあるけど、弟思いのいい姉ちゃんらしくてさ……帰省でちょうど近くを通る予定だったから俺らの中学まで、弟に会いに来ようとしてた途中だったそうだ』

 

 己の中に、大きな穴が開いたような感覚。何かが抜け落ちて、空洞ができてしまったような空虚感が、一夏を襲う。

 何を言っても、弾の言葉は一夏の耳を右から左へと流れていくだけで、彼は何も聞いていなかった。

 彼の脳裏によぎるのは、黒野 千尋の死の光景。

あまりに残虐で、あまりに惨すぎた最後。見る者に吐き気を催すものだったそれに、一夏は皆と同様に衝撃を受けた――しかし彼の目に焼き付けられたのは、内側から弾けるように潰れた頭でも、その喉に大きく開いた風穴でもない、もっと別のものだった。

 それは……その女性の両目から流れ、こぼれ出た涙。

 

 誰か、誰か助けて……彼の目には、そう叫んでいるように見えた。

 

 ――何もできなかったのか。

 ――俺には、彼女を助けることができなかったのか。

 

(……何考えてんだ俺……あの時の俺に、何ができたっていうんだよ……50号から、守れたっていうのかよ……)

 

 あの時の一夏は、戦うことすらできなかった。

 ただ一方的に、殴られることしか、できなかった。殴り返すことなど、到底できなかった。

 そんな拳に何ができる? そんな力で、何ができる?

 自らの思考を、必死に修正しようとする一夏。しかし……そんな彼の思考はとどまることを知らない。彼の脳は、『守ることができた時の光景』を思い浮かべてしまう。

 

 同級生の黒野と姉が、涙ながらの再開を果たす光景。

 姉は、未確認に襲われたこと。自分もそのような目にあったことから、弟を心配して慌てて学校へと向かう。そしてそこで、不安げな表情を浮かべて学校で待機する弟の姿を、彼女は発見する。

 お互いの無事な姿を見て、泣きながら安堵し、お互いを抱き合う。

 そして――そこに、二つの『笑顔』が生まれた。

 

(ッ、バカバカしい!!)

 

 こんなもの、所詮は妄想でしかない。

 自分にとって都合よく解釈し、理想的なハッピーエンドを想像しただけでしかないのだ。

 それに……もう、こんな未来は、あり得ない。

 

 ――もう一人が『笑顔』を浮かべることは、もうできないのだから。

 

 

 

『……一夏? おい、一夏?』

 

 ふと、電話の向こう側から自分を呼ぶ声が聞こえてきたことに、一夏はハッとする。どうやら思考に耽ってしまっていたせいで、弾の話をろくに聞くことができていなかったらしい。

 慌てて返事をしようとした一夏。しかしそこで、再びテレビの番組が彼の意識を奪うこととなった。

 

 

 

 ――第50号とともに出現した第2号。正義の未確認生命体、第4号復活か?――

 

『今回発生した未確認生命体第50号。全国を不安の渦へと陥れたこの個体発生と同時に、現場に現れたのは未確認生命体第2号……世間的には、〝白い4号〟と呼ばれている個体ですが……12年前に発生した事件以来消息が不明だった2号がこうして再び戻ってきたことに、人々は喜びを隠せていない模様です』

 

 ニュース番組の下画面に張られたテロップ。それとともに、ニュースキャスターが言葉を放つ。

 そこで場面は変わり、人々にインタビューをしているところへと移る。

 

 

 

 Q.『第4号の復活について、どのように思われますか?』

 

『また現れた未確認から、僕らを守るために戻ってきてくれて、本当に安心しました!』

『子供たちのためにも、戦ってほしいです……どうか、守ってください』

『カッコイイ!! 悪いやつらをやっつけてくれる!! 僕も4号みたいになる!!』

『儂の孫は、未確認で死んだ。また奴らは人をたくさん殺そうとしている。孫と同じような目に遭う子供が出る前に、奴らを倒してほしい』

 

 

 

 男が。女が。若者が。子供が。母親が。父親が。老人が。口々に、第4号の復活を喜び、己が思いを吐き出している。

 ある者は、安堵を。ある者は、希望を。ある者は、羨望を。ある者は、願いを。

 誰もが。第4号がまた、未確認生命体と戦ってくれるものと信じて、疑っていなかった。

 

『……一夏。テレビ、切っとけ』

 

 弾は、一夏を思いやって、ニュースをこれ以上見ないようにすることを勧めた。

 しかし、当の一夏は、全く弾の言葉が耳に入っていなかった。食い入るようにテレビ画面を見つめ、彼らの言葉を聞いている。

 インタビューの場面はそこで終わり、再びニュースキャスターのいるスタジオへと戻る。

 そこではキャスターたちが、第4号の復活について話し合っていた。

 

『最初の事件から、早25年が過ぎようとしています。当時、第1号から第46号まで出現した未確認によって数千人……その後出現した第0号による一夜の犯行により、三万人もの人々が命を奪われる結果となりました。私は当時5歳の子供であったため、記憶も曖昧なのではありますが、当時はどこか殺伐とした雰囲気が漂っている印象がありましたね……』

『はい。いつどこで出現するかわからない未確認生命体。しかも彼らは人間に姿を変えることができるという点も合わさって、人々は恐怖のどん底に陥れられていました。ニュースで報道される度、とても怖い思いをしたこと……第4号が倒してくれたというニュースを聞くたび、安心した思いをしたことを覚えています』

 

 20代後半か、30代といった印象の男女二人組のキャスターが対談し、当時のことを語り合う。女尊男卑の風潮にあっても、お互いに壁を作ることなく対等に話し合うその一面は、現在の社会ではとても珍しいものだった。

 

『警察によりますと、今後の方針としてはパトロールを強化するとともに、IS委員会やIS学園にも協力を要請し、ISによる未確認生命体の殲滅も目視しているとのことですが……私としてはとても素晴らしい提案であると思うのですが、そのことについてはどのように考えていますか?』

『まさに鬼に金棒、その一言に尽きるでしょう。警察にとっても、第4号にとっても非常に心強い味方となり、結果として彼らは最高の成果を出せるのではと、私個人としては期待しています』

 

 男性からの問いかけに、女性が答える。その返答には嘘の響きなどはなく、実直な感情を以て言葉にしているということが伝わってきた。

 ISこそが世界最強の戦力であり、それを操る女性こそが至上であるとされる昨今の世界。その中において、女性でありながらこのような意見を述べる女性の言葉は、一夏に深く突き刺さった。

 

 ――彼女は……彼らは、第4号の再来を望んでいる。

 女性も男性も、ISも関係ない。自分たちを、守ってほしいと。願っている。

 一夏が戦うことを……信じている。

 

 

 

『……一夏!!』

 

 

 

 弾から一喝され、そこでようやく一夏は現実へと意識を戻す。

 ハッとした彼はテーブルの上にあるリモコンへと手を伸ばし、今度こそテレビの電源を切った。

 会話する声が消え、無音の静寂が店の中に漂う。

 

「…………」

『あんなの気にするな。昨日言ってたように、警察はもう未確認と戦う力があるんだ。それに、もうあれから25年も経ってるんだぜ? 人間の技術だって進歩してる、何よりISがあるんだ。お前が自分の手を汚す必要がどこにあるってんだよ』

 

 電話向こうの弾が必死の声音で一夏に話しかける。何度聞いたかわからない説得の文句は、今度も変わらず彼の心に納得の感情を抱かせることは叶わなかった。

 彼の心に残ったのは、表現のしようがない、〝しこり〟のような感覚だけ。

 

 己が関わることで、変わる他者の未来。

 己が関わることで、変わってしまう自らの運命。

 己が逃げることで、救われなくなる人々。

 己が逃げることで、犠牲とならずに済む自分の心。

 

 『戦う』ことは悪か?

 『逃げる』ことは罪か?

 『救う』ことは義務か?

 『放棄する』ことは権利か?

 『殺す』ことは使命か?

 『任せる』ことは許されなことなのか?

 

 正義とはなんだ。正しいこととはなんだ。優しさは。己の信念は。なすべきことは。選べることとは。悪は。救済は。義務は。力は。幸福とは。不幸とは。生は。死は。

 自分にできることは……いったいなんなんだ。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 叫びそうになる己を、必死に押さえつける一夏。足元がふらつき、崩れ落ちた彼の手から電話の子機が落ち、ゴトッと音を立てて床に転がった。

 一夏は壁に背を預け、膝を抱えて座り込む。呼吸は荒く、やがてそこに嗚咽が混じた。

 目から滴が流れ、止まることなくあふれた。苦しい思いは、どれだけ彼が泣いても晴れることはなかった。

 心の猛毒が、彼の身体の中を侵していく。頭は血が上ってぼうっとした感覚に包まれ、震える己の身体はどれだけ抑えようとも止まってくれない。

 

「……一夏?」

 

 二階につながる階段から、一夏を呼びかける声が響く。

 そちらに目をやれば、そこには寝間着姿の千冬の姿があった。おそらく子機が落ちた音を聞いて降りてきたのだろう彼女の顔は、壁にもたれて座る一夏の姿を目にしてか、困惑の色が見えた。

 そして。彼が涙を流している顔を見て、その表情は驚愕と焦燥のそれに変わる。

 

「一夏!!」

 

 駆け寄り、一夏を抱き寄せる千冬。彼を包み込む人の存在。頼る人がいない中で、自分を必死になって守ってきた、母代わりの姉の抱擁。

 それが、きっかけだった。ダムが決壊したように、今まで抱え込んできた思いが、彼の口から吐き出されていく。

 

「俺……ッ、ホントに、何もできなかったの? 何か、できたんじゃないの? 何かできたのに、俺は逃げちゃったの? できたの、できなかったの? 逃げてもいいの? 逃げちゃダメなの? 俺、助けられたの? 助けられなかったの? 俺、俺……!」

「何も言わなくていい……ッ、何も言わなくていいんだ、一夏!」

 

 錯乱したように、ただただ溢れ出る言葉を紡ぐことしかできない。

 そんな彼を、力強く千冬は抱きしめる。震えが止まらぬ彼の身体は、そうしなければどこかへと行ってしまいそうな気がして。彼女は、より一層、力を込めて彼を懐抱する。

 

「あの人っ……泣いて、たんだ……頭がグシャってなって、首にも、デガい穴が開いで、それで、泣いてて……助けてって、言っでだん゛だ……言っでだん゛だよ……ぢ、ふゆ゛、ね゛ぇ……ッ」

「お前のせいじゃない! お前のせいじゃないんだ! 誰にも、どうしようもできなかったんだ!」

「み、三村って人だっで……俺、守って、あの゛人、俺の、ために゛、死んで……銃もなしに……あの人、ただ、がっで……」

「その人を殺したのはお前じゃないだろう! 未確認は災害と同じだ、普通の人がどうにかできるものなんかじゃないんだ! 誰がお前を責めることなんてできる? お前を救ったその三村巡査だって、お前を恨んで死んでいったか!? 違うだろう、お前を守れたことを誇りに思って、殉職したんだろう!!??」

 

 終わることのないジレンマ。姉の必死の説得と、抱擁。

 安堵と自責の念がせめぎ合い、もはや自分ではどうにもできなくなった感情の濁流は爆発し……ついに、彼は泣き叫んだ。

 

「う゛あ゛……ああああああああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」

 

 悲痛な叫びが、部屋の中に響き渡る。

 彼にはもう、そうすることしかできなかった。姉に抱きしめられながら、子供のように、泣きじゃくることしかできなかった。

 たったの15歳の子供に襲い掛かる、残酷な運命。非情な現実。

 誰が彼を責めることなどできるだろうか。誰が彼を情けないなどと言えるだろうか。

 彼の痛みを、誰が想像することなどできようか。

 そんな彼を……千冬も、抱きしめることしかできなかった。

 

「一夏っ……!!」

 

 たった一人の家族を抱きかかえる千冬の口から、苦悶の声が漏れる。

 身近にいたからこそ、誰よりもよく知っている彼の心の痛み。

 あんなにも壮絶な事件に巻き込まれながら、誰かを助けたいと願った純粋さ。

 誰かの死を悼み、苦しむ様を見て、何もできなかった己を責めてしまう優しさ。

 その思いを察していながらも、どうすればいいのかわからず、こうなるまで放置してしまった自分の愚かさを千冬は恥じた。彼と同じく、自責の念に駆られた。

 こうして悲しみの咆哮をあげる彼を、受け止めること……その時の彼女にできることは。それだけしかなかったのだった。

 

 




自分の目の前で、助けを求めて死んだ人がいる。
自分の目の前で、自分を守って死んだ人がいる。
泣き叫んだって仕方ないよ。
苦しくて、当たり前だから。

自分としては意外と早めに束さん出してしまった感じですが、いかがだったでしょうか?
あの自由っぽさがかなり薄まっているので違和感を感じる方もいらっしゃいますでしょうが……

ちなみに何名かはすでに察していらっしゃるかもしれませんが、幻の中で一夏君に語り掛けた人物は彼女です。この作品における束さんはかなり白いです。

彼女の口から出た〝三人目〟という言葉。いったいどういう意味を表しているのか……

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