零司がもらったのは半悪魔の回復力であって回復能力ではありません。
要するに自然治癒力が常人以上なだけです。
それが後々に響くわけですけど。
深夜。
街も、人も、活気も寝静まり誰もいないだろう時間帯に零司とキャスターはある家の前に来ていた。
ただの家ならどれほどよかったのか。その家こそ、今現在この冬木において人知れず行われている万能の願望機たる聖杯を巡る殺し合い『聖杯戦争』の原因となる聖杯を作り上げた”始まりの御三家”と呼ばれる魔術の名家、間桐である。
元々、間桐は日本の魔術家ではない。その昔、マキリと名乗っていた一族がこの冬木の土地に根を下ろす際、一族の名前を日本の名前に置き換えた当て字のようなものだ。聖杯戦争を形作る際においての役割はマスターの証でありサーヴァントの抑止力となる令呪の作成。
間桐の魔術特性である『吸収』と魔術属性である『水』はサーヴァントを縛る令呪を作るのに最も適していた。
魔術師の中で最も令呪のことについて詳しい一族でもある。
「……恐ろしいほど静かですね」
「今から対峙する相手のことを考えるとこれが普通なんだろうな」
雁夜から間桐桜の救出の依頼を引き受けてここに来るまでに一日も経っていない。
それでも一時的にとはいえキャスターの結界で雁夜の中の刻印虫との
しかし、魔の巣窟の目の前に立った二人が感じたのは無だけであった。
雁夜から聞いた間桐の家の構造を考えると恐らく本命は地下にあるという虫蔵なのだろう。気配らしい気配は外からは感じられなかった。
「キャスター結界は?」
「特に張られていません。どうやら外には力を入れずにとことん内部強化に特化してるようですね。全く…ホームなアローンでももう少し外に関心向けてるってのに…」
「そうか。んじゃま、正面からお宅訪問と行きますか」
キャスターの見解を聞き終え、零司はポケットの中に手を突っ込む。
中から取り出したのは一つの手袋だった。一見すると何処にでもありそうな手袋を少し見つめた後、両手に嵌めてグー、パー、と何回か確認する。
「ん……特に皺にはなってないみたいだな」
よかった、と小さく呟きながらドアノブを掴む。特に施錠はされていないようだ。それでも警戒するに越したことはないとキャスターに目を向ける。
零司の視線に気付いたキャスターがその意図に気付き頷く。
「じゃあ――――文明社会に似つかわしくない妖怪退治だ」
ジュッ、というドアノブからは聞こえないような音と共にドアノブを思いっきり引っ張り、ドアノブを外し、全力でドアを蹴飛ばす。
ドゴォオン!! という壁にぶつかる音を響かせながら蹴飛ばされた扉が倒れる。握られているドアノブはまるで
若干の赤みを帯びたドアノブをそこら辺に投げ捨て、家の中に足を踏み入れる。
今の音で完全に侵入者が来たことに気付いただろう。いや、家の前に来ていたときには既に気付いたのかもしれない。
それでも家の中は静寂そのものであった。
その様子に警戒しながら雁夜から聞いていた桜のいるであろう部屋にすぐに向かう。
「(俺たちが来たことはもう知ってる筈だ……なのにどうして何もしてこないんだ……?)」
虫蔵で待ち構えているのか? そう思った時に正面から何かが羽ばたくような音が聞こえてくる。
足を止め、二人は前を見据えて音の正体を探ろうとする。しかし、時間も相まって完全な暗闇と化した間桐邸の廊下の奥は音の正体を完全に隠していた。
しかし、間桐の魔術に精通した者、雁夜から臓硯のことを聞いていた二人はすぐにその正体に気付く。
音がどんどん大きくなり暗闇から姿を現したのは虫だった。
そのどれもがまず自然界では見ることは絶対にないであろう
「来たな」
「来ましたね」
軽くキャスターと口を合わせ、向かってくる虫を閻魔刀で切り付ける。キャスターも鏡で応戦するがその数にいくらか取りこぼす。
向かって来る虫を全部倒す必要はない。
本来の目的は間桐桜の救出と間桐臓硯の消滅。雁夜から受けたものは桜の救出だけだが、当然雁夜も分かっていた。例え、桜を救出したとしてもあの臓硯が黙っているはずはない。臓硯がこの世に存在する限り桜はその存在に怯え続けるだろう。
故に零司は臓硯の殺害は確実に行おうと思っていた。
実際に知っているわけではないが、雁夜の容態と雁夜から聞いた桜に対する所業を聞いただけで生きてる価値は無いと判断した。
一体どのような願いを持っているのかは知る由もないが、実の息子と養女に対して外道ともいえる所業をして何ら心を痛めていないのだ。その感性はもはや異常をきたしていると言ってもいいだろう。
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「……ここか」
向かってくる虫を切り、羽を銃で打ち抜きながら、桜がいる部屋に向かう。
本当はキャスターの呪術で一気に蹴散らしたほうが早いんだろうけど何が起こるのか分からないからなるべく魔力は温存してもらっている。
予定通りなら恐らく間桐臓硯との戦闘は避けられないだろう。人間がサーヴァントに敵わないことは既に把握しているが何事も例外は存在するものだ。
臓硯との戦いも比較的有利に進めるためにも隠せる手札は隠す必要があるからな。
部屋の前に着き、ドアノブを引こうとした時――――
「キイィィィイッ!!」
虫がドアの鍵穴から俺の首目掛けて飛び出してきた。
恐らく扉を開けようとした瞬間を狙って、首に噛み付いた後そのまま体の中を食いつぶすつもりなのだろう。だって体躯が妙にごつごつしてるし。
そんな明らかに掴もうものなら逆に手を引き裂かれてしまいそうな体躯の虫を――――
「―――よっと」
――――即座に掴み取った。
魔力で強化しているとはいえ相手は生物として強化されている虫だ。そんなものを掴もうものなら俺の手はズタズタの筈だ。
―――――普通ならな。
「ギィィィイイッ!!??」
ジュウゥゥッ、と言う音を出しながら虫が奇声を上げていた。
そのまま手袋に流し込む魔力の量を徐々に上げていくとそれに比例するように手袋が赤みを帯びていき、ついには手袋全体が燃え出し始める。
その昔一度だけツバキに聞いたことがあった。
ツバキの人脈や道具の良さは一体どうしたものなのか、と
『そうね~~………じゃあ教えてあげる』
『私の家系はなんか知らないけど早死にする奴が多いのよ。いや、本当に何でか知らないけど。魔術師っていうのは自分の秘術を後継者に受け継がせなきゃいけないんだけど、私の一族はその受け継がせる時間もないくらいに早く死ぬ人もいたらしいのよ。そこでご先祖は私たちの一族ならではの方法を考えたって訳』
『私って指が物凄く器用なのよ』
うん。それは既に知っている。
少し前に見せてもらったが、両手の指の間にコインを六枚ずつ置いてその全てを移動させながら会話をこなしていた時は流石に引いたが。
『まだ分かんないかな……じゃあ答えあわせしてあげる』
『―――――私の一族は代々魔術道具を作成している一族だったのよ』
『遠見の水晶だとか代行者が使っている黒鍵も私のご先祖が作ったのよ。だから魔術協会や聖堂教会ともパイプがあるのよ。そこで私の経歴も隠してもらってるって訳』
まぁ、私は継がなかったから別の人間が継いだと思うけどね、と笑いながら言うツバキを見て納得した。
以前から疑問に思っていたのだ。魔術協会や聖堂教会の情報をいち早く仕入れてきたり、エボニーを俺が扱いやすいように手を加えてくれたり、閻魔刀の鞘を魔力が通るように改良を加えてくれたりと、まるでどこぞのメカニックかのような手捌きに。
『話を戻すけど、私のご先祖は考えたの。自分たちが師事しなくても後世に自分たちの秘術を残す方法を』
そう言いながらツバキは一つの手袋を出してきた。
なんとなくそれに見覚えがあった。仕事のときにツバキが嵌めている手袋だった。最初は手の血行を良くしたいのか? とかそこまで寒いのか? とか思っていたけど、仕事中はまるで燃えているかのような反応を見せていた。
鉄柵を焼ききったり、焚き木を起こす時の火種にも使ったりと便利だなぁ、と思っていた位だったがそれが一体どうしたというのか?
『これ……実は私が作ったのよ』
『私のご先祖は自分が編み出した秘術の全てを使ってこういう風に魔術道具を作っていたのよ。魔術道具とは即ち歴史の集大成でもある。先代が人生を懸けて作り出した魔術道具を後継者に渡すことで家督を継がせると共に魔術の継承を行ってきたの』
『そして、後継者は継承された魔術道具を解析し、理論を学習し、また新しく自分だけの魔術理論を確立させる。それらを使い、また新しい自分だけの魔術道具を作成する。そして時が来れば自分の最高傑作とも言える魔術道具を選び出し、家督を継ぐに相応しい後継者に魔術道具を渡す。そして後継者はそれを元にまた新たな魔術理論を確立し、新しい魔術道具を作り出すの繰り返し。一般的に知られている魔術道具もその時その時の当主が作り出した作品の一つだったり最高傑作だったりの一つよ』
魔術道具の作成にのみ特化した一族―――――それが、ツバキの生まれたコーネリウスという一族だった。
それからツバキが死ぬ数日前に俺がツバキから託され、今の仕事には欠かせないものとなっていた。
まさか、それが形見になるとは思いもしなかったけど。
特に名前は決まっていないらしく、ツバキはこれのことを”グローブ”と呼んでいた。
「ぎ……ぎ………」
グローブの炎で完全に焼き焦がれ絶命した虫を適当に投げ捨てて改めて扉を開けた。なるべく優しく、乱暴にならないように。
「――――――っあ……」
扉の先にいたのは一人の少女だった。雁夜から聞いた情報と原作の知識の中から見覚えのある人物と完全に一致し、その少女……間桐桜を見つめる。
桜はこちらに驚きはしたものの逃げるような素振りも、怯えるような素振りすらも見せない。恐らく先ほどからの物音で予期せぬ事態が起こっていることは既に知っていたはずだ。普通の少女だったら家に見知らぬ男が入ってきたら、怯えるか、警戒するか、とにかく何かしらの反応を示すのが当たり前のはずだ。
「………こんばんは」
「………こんばんは」
「間桐―――桜ちゃんだね?」
「うん………お兄さん…誰?」
「お兄さんは、そうだね………誘拐犯、かな」
「そう…なんだ――――」
出来るだけ怖がらせないように膝を曲げて同じ目線で話しかける。俺の言葉を聞き、俯く桜。どんな表情をしているのかは窺い知る事は出来ない。それでも、その目を見た瞬間に感じたことはあった。
―――――酷い目だ。
それが間桐桜の第一印象だった。
知っている限りでは、十年後の第五次聖杯戦争ではもう少し明るい少女だったはずだ。だが、今目の前にいる少女から感じるものは諦めと絶望しかない。俺の言葉を聞いた今もそれは変わっていない。
雁夜から聞いた話では間桐に来る前は元気な子だったらしい。姉の遠坂凛と共に仲良く遊び、父親の時臣とも母親の葵とも何の問題もなく、遠出する雁夜のお土産にも心の底から嬉しそうに反応しているほどの子供だったみたいだ。
だが、今の桜からはそんな印象は何処にも見受けられない。
凛と同じ綺麗な髪は間桐の度重なる調整の結果、体の魔術回路が変化し、一年のうちに紫の髪に変色していた。
年相応の子供が宿している筈の輝きが、その瞳からは全く感じられなかった。
魔術師とは普通の人間の価値観とは異なる価値観を持つ者たちだ。
恐らく父親は娘の将来を危惧して間桐に養子に出したのだろうが、当の本人からしてみれば実の父親に騙され、正真正銘の地獄に叩き落された気分だろう。
実の親からももう一人の親からもそんな経験のない俺ではどんな言葉を掛ければいいのかなんて――――分かるわけがない。
今の俺では本当の意味で救う事は出来ないかもしれない。それでも………いまこの
「………今から俺は君を誘拐する」
「………うん」
「君をこの家から救い出してくれ―――――そう、君のおじさんから頼まれたからね」
「えっ―――――」
その言葉に驚いたのか顔を上げる。
だが、キャスターが桜の体に手を当てたかと思えばすぐに意識を失い倒れる。
「ご主人様、申し訳ありませんが一刻を争います。幼女のカウンセリングはまたの機会に」
「あ、ああ……。ごめんキャスター」
「いえいえ。それにしてもご主人様、言葉にはお気をつけ下さいまし」
キャスターの真剣とも言える表情と言葉に気を引き締める。それはそうだ。今の桜は心がとても不安定になっているはずだ。一体どんな言葉で心の限界を迎えるのか分からない。それも初対面の人間相手なら尚更だ。
何か相当まずいことを言ったのではないかと自分の言葉を振り返るが、キャスターの口から出てきたのは斜め方向の発言だった。
「今から俺は君を誘拐する――――――その台詞は女子が好きな人に言われたい台詞の上位に入るんですよ! それを私ではなく初対面の幼女如きに先を越されるなんてーーーー!!」
「え……えぇぇぇ………」
そっち? まさかのそっち? てゆうかこの状況で何言ってんのこいつは。シリアスでも遊び心を忘れないのは大事だとは思うけど、まさかそっちが本心で気絶させたわけじゃないだろうな。
「ささ! とにかく先を急ぎましょうマスター! 早く件の害虫野郎に八つ当た……げふんげふん。乙女の体を汚した報いを受けさせてやりましょう!!」
「なぁ、お前今八つ当たりって言いかけなかった?」
「気のせいです♪」
そう言いながら桜の体を保護する結界を張り、先に行こうとするキャスターと共に部屋を後にして虫蔵のある地下へと続く階段があるであろう場所へと向かった。
ホームなアローンとはもちろんマカリスターのことです。
昨日から、と言うより土曜日の夜中からFGOが全然繋がらない……。兄弟に聞いても接続できていないのは自分だけみたいだし、運営から届いた対処法を試しても全然効果がない……。
まだ諦めるわけにはいかない……ジャックから、アルテミスから、清姫から、タマモから、その他諸々からバレンタインチョコを受け取るまではまだ諦めるわけにはいかないんだぁ!!
という思いを秘めながら冷静に対処中ですので皆さんの祈りを少しでいいので自分に分けてください。