次元斬による遠距離からの不意打ち攻撃。これが今の俺に出来る最大の攻撃だ。
極限まで高められた集中力は突然の事態で完全に霧散し、その思考は
それでも――――
「見事な一撃……いや、
「残念だが、後一撃足りなかったようだな。もし、その太刀が三撃だったらこの首、体を離れこの地に落ちていたことだろう」
ランサーの体には二つの切り傷が出来ており血が流れていた。ランサーの言う通り俺が放った斬撃は二発だけだった。二発だけというより二発しか放てないのだけどな。
もし後一撃放てればランサーの防御を掻い潜り首に刃を当てられたのだろうが。
限定的な概念武装になるといっても何しろ欠点や制約が色々と厳しい仕様になっているのだ。本来の俺だったら一撃放つだけで上出来だ。それにキャスターのエンチャントのおかげで何とか二発放てるぐらいには無理することが出来る。
そもそもこの
ぶっちゃけただの技量だけでこれを行えるバージルが凄すぎるのだ。その実力を半分とまではいかないがせめてほんの少しでも欲しいものだ。
それらを重々承知した上での作戦でもランサーを倒すには至らなかった。歴戦の戦士と勘とも呼ぶべきものがランサーの命を繋いだのだ。
「(さ~て……どうこの状況を誤魔化そうか)」
完全にやる気を出したランサーにどれ位持つか分からないが長く持たないことだけは分かる。
故にさっきの攻撃で
セイバーの方は相変わらずバーサーカーに苦戦しているし。確かバーサーカーはセイバーに因縁のある人物だった筈だ。だから執拗にセイバーを狙ってくるし、セイバーが目に映れば周り全てが見えなくなる。サーヴァントとしては有能だが、欠点が大きすぎるのが問題の
「(サーヴァントとの実力差は分かったから後はこの場をどうするかなんだけど………)」
まだかまだか―――――そう考えている時だった。
「AAALaLaLaLaLaLaLaLaLaie!!」
「「――――ッ??!」」
雷鳴が辺りに迸るのと同時にライダーの操る
突然の攻撃に一瞬判断が遅れたが咄嗟に身を捻ることで直撃を避けたバーサーカーがその
「ほぉ……なかなかどうして根性のある奴ではないか」
相変わらず
その一撃で負ったダメージが大きかったのか、はたまた大分落ち着いたのかバーサーカーは現れたときのように黒い霧となり姿を消した。
「とまぁこんな感じで黒いのにはご退場願ったわけだが………。ランサーのマスターよ。これ以上騎士の戦いを愚弄するでない。これ以上そ奴に恥を掻かせるというのであれば、余はセイバーとキャスターのマスターに加勢する。三人がかりでランサーを潰しにかかるが――――どうするね?」
優しく、それでいて語りかかるように話し続けるライダーだが、最後の一言に纏わり付いていた雰囲気は明らかに戦士の戦いを汚す者に対する脅しのようなものだった。
『ッ……退くぞランサー。今宵はここまでだ』
「はっ! ……感謝するぞ征服王」
「な~に、戦場の華は愛でる
ライダーの言葉を聞き届けた後、セイバーに顔を合わせランサーは姿を消した。
「さて、それじゃ俺も帰るとするわ。もう用事は済んだことだしな。行こうキャスター」
「はいはいただいま♪」
ライダーの戦車から降りて、付いてくるキャスター。そんな俺たちをライダーが不満そうな様子で尋ねてくる。
「なんだもう帰るのか? この後、お主の健闘を称え一杯しようと思っとったのだが」
「嬉しい誘いだがまた今度な」
そう言いながら俺はキャスターと共にその場を後にした。
また今度――――ライダーの性格を考えずにその言葉を口にしたことを後々後悔するとは知らずに。
「(キャスターどうだった?)」
「(ええ問題なく。今から行けば間に合うと思いますけど……)」
「(分かった。ごめん。無茶なこと頼んで……)」
「(いえいえ♪ むしろご主人様の助けになる事ならいつでもウェルカムです!)」
キャスターに頼んでいた用事も上手く行ったようだし、すぐに目的の場所へと向かう。
どうやら俺たちの最初の夜はまだまだ明けそうもないか………。
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誰も気にしないような下水道に血を吐くような音が響き渡る。それも一度ならず先ほどから立て続けに何度も何度も。
血を吐いているのは人目を憚るように動いているような一人の男性だった。
その体は特に怪我をしているというわけではない。
「はぁ…はぁ……バーサーカーの奴……セイバーに向かって暴走しやがって……がはっ!」
悪態をつきながらも尚止まらぬ苦しみに再度吐血する。
彼の名は間桐雁夜。聖杯戦争に参加したバーサーカーのマスターである。しかし彼は普通の魔術師とは少し勝手が違っていた。彼の体には自身の祖父でありかつてマキリ・ゾォルケンと呼ばれた怪物、間桐臓硯によって作られた彼の分身ともいえる刻印虫が住み着いている。
肉を貪る事で魔力を与える間桐が生んだ呪いに近い秘術だ。
何故彼がそんなものを体の中に宿しているのか?
その昔、雁夜は間桐の家に生まれたが魔術師の持つ人を省みない人間性に嫌気が差し間桐の家を出た。臓硯にも二度と
そんな彼が何故聖杯戦争に参加しているのか。
間桐の家を出た彼だがもちろんその歴史は熟知していた。熟知していたからこそ家を出た訳だが。
もちろんその知識の中には聖杯戦争の知識も備わっている。だが、魔術の世界に背を向けた彼にはそんな事は関係なかったし、関わるつもりもなかった。
―――――それに、愛する者が関わっていなければ。
遠坂葵。今は遠坂時臣の妻でありその娘である遠坂凛と遠坂桜の母であり………雁夜の初恋の女性である。
かつては自分と結ばれることを期待していた雁夜だが、葵が選んだのは遠坂家当主である時臣だった。
最初は振り向いてもらおうと必死に頑張ったが、時臣の人柄と才能を無駄にしない努力を見て、葵の幸せを願って身を退いた。
それこそが彼女の幸せだと信じていたから。
それこそが自分の役割だと諦めたから。
―――――それが愚かな
自分が間桐の家を出て、未熟な兄の子供には魔術回路が備わっていなかった。純な間桐の血筋は絶たれこそしたがあの
そも、臓硯は聖杯戦争初期から存在している怪物。自ら編み出した秘術によって自らの体を虫にすることでこの世に留まっている、生に執着している外道だ。例え、間桐の血筋が絶たれようとあの妖怪には関係がない。
自らが聖杯を獲ってしまえば問題はないのだから。
しかし、臓硯自身が聖杯戦争に参加することは出来ない。
そこで目をつけたのが遠坂で生まれた二人の子供だった。
遠坂という魔術の名門から生まれた姉妹には優秀な魔術回路が備わっていた。臓硯は後継者の後釜を遠坂の子供に据え、今後の聖杯戦争に備える方法を選んだ。
遠坂の家督を継承できるのはただ一人のみ。かつてからの盟友である間桐の要請を渡りに船と考えた時臣は妹である遠坂桜を間桐に養子として送り出した。
優秀な魔術回路を持つ子供を守るにはそれが最もいい方法だと信じていたから。
だが時臣は間桐の魔術を真に理解していなかった。
間桐の魔術は体を、肉を蝕む呪いに等しい秘術。間桐に養子に出された遠坂の次女だった少女の体は一夜にして虫に蝕まれ、その心を壊していった。
雁夜にはそれが我慢ならなかった。
他の人物だったらまだ目を瞑ることが出来たであろう。不幸だと諦めることが出来ただろう。
――――でも彼女だけはいけない。
自身が初めて愛し、恋焦がれ、幸せになってほしいと願った彼女の家族だけは我慢ならなかった。
絶対に巻き込んではならない。幸せを願っていた彼女があんな悲しそうな顔をしてはならない。間桐の因縁は間桐が
だからこそ雁夜は聖杯戦争に参加した。
臓硯の刻印虫を体に埋め込み、一年でマスターとして相応しいまでに実力を押し上げた。
――――――その代償は余命一月。
十分だった。一月の間に全てのサーヴァントを狩りつくし、間桐に聖杯を持ち帰る。それと引き換えに桜を開放する。自分は助からないだろうが彼女たちの笑顔さえ守れるなら本望だった。
「がはっ!! ……あ、あぁぁ………」
あまりの吐血と目眩で倒れこむ。
まだ倒れるわけにはいかない。まだまだやれる、否、やらなけらばならない。心はまだ諦めていなくてもその体はすでに限界に近かった。
彼女たちの不幸の原因となった時臣のサーヴァントを退け、バーサーカーを消そうとした矢先、バーサーカーがセイバーに向かって暴走した。その結果、体の刻印虫が更に体の肉を貪り魔力を供給し続けていた。
ただでさえ、寿命を縮めていた雁夜の体は急激な負荷に耐えられるほど強くはなかった。
もう殆ど見えていない左目と動かない左半身を無理に動かし、這いずり回る。
「(まだだ、まだ倒れるわけにはいかない…!! 俺が倒れたら…一体誰が彼女たちを守るんだッ!! 一体誰が――――
憎悪、使命感、様々な織り混ざった感情を動力源にし、雁夜は尚も這い続ける。
……その果てしない矛盾に気付かないまま。
「(一体、誰が、……………)」
薄れゆく意識の中、雁夜の耳に聞こえてきたのはこちらに向かってくる人の足音だった―――――。
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「うっ………」
意識を取り戻した雁夜が目を覚ます。体が慣れたのか、はたまた刻印虫が大人しくなったのかは分からないが体は何とか動くことを確認する。
どうやら気絶していたようだ。戦争中に気絶するなんてなんて愚かなのだろうと内心毒吐くが体を調子を確認し、体を虫に蝕まれていること以外どこも異常がないことに内心安堵する。
「起きたか?」
「っ……!」
突然掛けられた声に警戒するように反応した。
声を掛けられたほうにいたのは一人の男性と奇妙な出で立ちの女性だった。もちろん、零司とキャスターである。
零司の方はともかくキャスターの出で立ちを見た雁夜はすぐにサーヴァントであることに気付く。それと共にいるということは一緒にいる
「(しくじった……!!)」
倒れている自分を覆うように展開している小さな結界のような膜と目の前の二人を見てすぐに自分の失態を恥じた。
状況を簡単に見れば自分はサーヴァントも碌に制御できていない状況で敵であるマスターに捕まっているという展開だろう。馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
「こんな状況に警戒するのは当然だけど、とりあえず安心しろ。俺たちは別にお前をどうこうしようってわけじゃない」
「……その言葉をどう信じろと?」
尚も警戒を緩めずに睨み付けて来る雁夜を他所に零司は話を進める。
「無理を言ってるのは分かってるがこればっかりはどうしようもない。単刀直入に言うぞ間桐雁夜―――――俺と同盟を結んでほしい。そうすればお前の目的に協力してやる」
「なん、だと……」
突然の申し出に雁夜は言葉を失った。
状況を見れば明らかに相手のほうが優位なのは一目瞭然だ。なのに明らかに死に体である自分と同盟を組む、ないしは自分の目的に協力すると申し出てきた。
同盟を組むかどうかはともかく、目的に協力するという言葉に驚いていた。
「お前の目的は知ってる。遠坂桜……いや、間桐桜の保護だろ?」
「?! 何故それをッ!!」
「お前の経歴と時期を考えれば彼女と関係がある事くらいすぐに分かる」
実際にはある程度知っていたことなのだが言う必要のないことだし、そもそも信じてもらえるとは全く思っていないのでそれらしいことを言って誤魔化す。
「そこでだ。間桐桜の救出に手を貸すからそれを条件に俺と同盟を組んでほしい」
「………何故俺だ? 良いマスターなら他にもいるだろう」
「魔術の世界から逃げ出したお前の人間性を信じているのもそうだが、あのバーサーカーの力は必要だ。何せあのアーチャーと最も相性が良いサーヴァントだからな」
零司の言うことは最もだった。
実際に戦ってみるまでは雁夜自身も分からなかったが、
強力な宝具でバーサーカーを仕留めようものなら、逆にバーサーカーを優位にしてしまう危険性があるのだ。
「それに俺は聖杯に懸ける願いは無い。たまたま選ばれただけのマスターだからな」
「……お前の言い分は分かった。けど残念だったな。俺の体には間桐の刻印虫が巣食っている。そいつはもちろん俺が最も許せない間桐の怪物と繋がっている。当然この会話も筒抜けだ」
「それなら大丈夫だ。このキャスターの結界は外との
雁夜はその言葉に驚く。
そもそも間桐は相手を縛る水の属性と相手を呪う呪術に特化した魔術を得意としている。
キャスターの真名は玉藻の前。
例え、どれほど長い年月を生きようとも大妖怪といえるキャスターの呪術に敵う道理は無い。
実際に気絶していた雁夜を拠点に運んだ後、零司はキャスターに雁夜を診てもらっていた。すると案の定、雁夜の体の状態を完全に理解した様子だった。それゆえにある程度の治療と言う名の緩和と虫の
「さぁ、どうする間桐雁夜。俺たちと同盟を組むのか? 組まないのか?」
明らかに雁夜に対して利益がありすぎる話だった。
故に―――――
「………分かった。お前と同盟を組もう。キャスターのマスター………」
―――――組まないわけにはいかなかった。
「俺は南雲零司。異端殺しなんて呼ばれてる便利屋のようなものだ」
「俺は間桐雁夜。見ての通り死に掛けのマスターだ」
お互いに握手をする。
キャスターとバーサーカーの同盟がここに成り立った。
「さっそくだが、俺は一体何を何をすればいい? 正直言ってもう少し休まないと体が持ちそうに無いんだが……」
雁夜の言うことは最もだった。
本来ならバーサーカーの戦いはここまで長引かず、雁夜の魔力消費もこれほど酷いものにならなかった。
アーチャーとバーサーカーの戦いが行われている時にすぐさま零司はキャスターと共に使い魔で辺りを探し回っていたいた。
目的はもちろん雁夜だ。
ケイネスや切嗣があの場所にいたにも関わらず、アサシンにも捕捉されなかったのなら、恐らく誰も気にしないような所に身を潜めているであろうことはすぐに予測は付いていた。
それでもそれだけの人数に感付かれないように探すのは難しかったから、零司がランサーの相手をして時間を稼ぐしかなかった。
目的は成功し、近くの下水道の入口近くに血の跡があったのでそれを頼りに進むと雁夜が魔力不足で倒れていたというわけだ。
「分かってる。だからお前はここでもう少し休んでいてほしい。やってもらいたいことは別にある」
「やってもらうこと?」
「ああ。雁夜――――――俺に間桐桜の救出を依頼してくれ」
キャスターとバーサーカー同盟ここに誕生……の話でした。
ぶっちゃけ雁夜が言峰に利用されているってわかる場面はいくつかあったと思うんですよ。それをやれ復讐だのやれ桜のためだのと周りが見えなくなっているから気付かなかっただけで。
はたして雁夜は救われるのか!?
それとも多少マシな最後を迎える羽目になるのか!?
それは今後の展開次第で。