Fate/Fox Chronicle    作:佐々木 空

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テストが終わり無事に夏休みに入れて一安心な今日この頃。

自己満足な作品ですがこれからもよろしくお願いします。



信仰と苦悩の狭間で

―――――最初に感じたものは何だったのだろうか。

 

男は生まれた時からある種の求道者だったのかもしれない。

 

彼―――言峰綺礼は物心ついた時から、言葉にできない違和感に捕らわれていた。

やがて、父である璃生の手解きによって聖職者になったときに彼が抱いていた違和感の正体に気付いた。

 

自分は……空っぽだ―――――。

 

 

何か重大な障害を持って生まれた訳でもない。何かしらの事故にあった訳でもない。璃生の教育は厳しいところもあったがそれは全て自分を思っていたことも事実だ。

 

それなのに……彼の心には最初から何もなかった。

 

中身が抜け落ちていったわけでもなく、文字通り中身が無かったのだ。

 

だからこそ、それを埋めるためあらゆる物事に必死に取り組んできた。あらゆる魔術、父が学んでいた八極拳、聖職者として必要なことの全て。

凡そ、若い男性が習うにしては多すぎるほどの技術をその身に叩き込んでいった。

周りの期待に応えようと思ったわけでは断じてない。

こうすれば……自分の中にも『情熱』といった当たり前の想いが宿るかもしれぬと思ったから――――。

 

 

『お前は立派になった。それが私にとっては何よりも嬉しい』

 

 

綺礼が代行者になったときに彼の父親が彼に贈った言葉だ。

 

代行者とは異端と称される魔術師の中でもさらに異端とされ、危険因子と見なされた者たちを処断する魔術殺しのエキスパートだけがなることを許される者たちのことである。

 

 

聖職者になっても綺礼の心を満たすことはできなかった。思ったことと言えば、教会も目を置く父の元を訪れ、涙する者たちを見たときに胸の辺りが熱くなったことだけであろうか。

かくして、聖職者となっても己の心の隙間を満たすものを得られなかった綺礼が次に学んだものは力であった。

戦いなど野蛮極まりないと一笑する者もいるであろうが、人は元来闘争の中に種の進化を見出してきた。

 

ならば、戦場にこの身を置くことで自分自身にも何かしらの変化が表れるのではないか?

 

 

スペインのマンレーサにある聖イグナチオ神学校を2年飛び級・主席で卒業した綺礼は聖堂教会にその身をおいた。

 

第八秘蹟会―――――。

 

聖遺物の管理・回収を任務とする特務機関であるそれに綺礼は代行者として所属していた。

代行者とは一般的な悪魔祓い師(エクソシスト)とは違い、神の名を用いて悪魔を許し、退散させるのではなく、人の権限を超越し、本来神のみ許される行いを人のみで”代行”している悪魔殺し(エクスキューター)である。

故に、教会に属していながら教会の人間からも異端討伐の任を請け負う修羅の巣窟と例えられるほど恐れられている集団だ。

 

そんな場所にいる綺礼には文字通り、命を懸けるほどの荒事の数々が舞い込んできた。

 

しかし、それらを以ってしても言峰綺礼という器を満たすことはできなかった―――。

 

 

学問、魔術、信仰、武術、闘争――――そして妻。

 

あらゆることを以ってしても、言峰綺礼という人間は空っぽのままであった。

そんな彼に偶然か、はたまた必然だったのかは定かではないが、願いを持つ人間に宿るとされる聖杯戦争の参加者の証である令呪が宿った。

奇跡の願望器を巡る、魔術師同士の闘争。

それに参加すればあらゆることを以ってしても得ることのできなかった、探し出すことのできなかった答えが――――『解』が見つかるのではないのか?

 

 

言峰綺礼を突き動かしていたのは信仰でも、使命でもなく―――人が誰しも持つ淡い『期待』と『探求心』だった――――。

 

 

 

-------

 

 

 

そして現在。

 

綺麗は日本の冬木のアインツベルンの城で、自身が追い求めている『解』を持っているであろう人物と接触していた。

 

 

『魔術師殺し』衛宮切嗣―――。

 

数々の戦争の中に身を投じていながらその全てを尽く鎮圧し、フリーランスの魔術使いでありながら魔術の名門であるアインツベルンの婿養子になった男。

 

自分と同じどっちつかずの生き方をしてきたにも関わらず、アインツベルンが聖杯戦争を勝ち抜くために用意された戦闘のエキスパート。

 

そんな生き方をしてきた彼がただの戦争屋の訳がない。

 

故に彼は問う―――――

 

「衛宮……切嗣―――――」

 

――――衛宮切嗣が得た答えを………。

 

 

 

片や最も会いたかった男。

片や最も会いたくなかった男。

 

お互いに油断のならない相手だと分かっているからこそ、切嗣は尚も機関銃を構え、綺礼は黒鍵を構えている。

 

 

「無駄口をたたくつもりはない。こちらからの問いは一つだ。そして、貴様が出す答えもまた一つのみだ……」

 

「……………」

 

綺礼の言葉に尚も無言を貫き通す切嗣。

 

「貴様は――――」

 

綺礼がその口を止める。否、止めざるを得なかった。

綺礼が続きを語ろうとしたのを、切嗣の放った銃弾の音がその轟音と共に阻止したのだ。

普通の人間であれば狭い廊下、しかも真正面から機関銃を放たれればその体を貫通し、直ぐに物言わぬ屍を晒すであろう。

 

そう、普通(・・)の人間であれば、だ………。

 

 

「っ…………」

 

切嗣は内心舌を打つ。

 

言葉を綴っている途中という不意打ちにも関わらず、綺礼は自身に放たれた銃弾を全て両手の黒鍵で防いでいた。

相手は代行者となるほどの実力を持った相手だ。今更、銃弾を防いだところで驚きはしない。

しかし、切嗣は面倒だと感じたのは先の銃撃で判明した言峰綺礼の身体能力であった。

黒鍵は本来代行者が持つ魔術礼装として、魔力で刃を形成する以外はその形状は持つ所のみで複数所持している。

 

しかし、その重さは一振りだけでも一キロ弱という重さで、刀身がぶれている為接近戦には凡そ向いていない。それを綺礼は両の手の親指と人差し指以外の間にそれぞれ一本ずつ、計六本装備し、自身に向かってきた圧倒的な速度で放たれた銃弾の全てを切り刻み、撃ち落としていた。

魔力強化を行っているのであろうが、それでもその肉体は凡そ二十代後半であろう人間が持つ戦闘力を遥かに凌駕している。

 

恐れるべきは銃弾一発一発を見抜く動体視力とそれらを正確に撃ち落とす戦闘力。

 

 

これこそが代行者。魔術師を狩る戦闘集団の構成員だった男の実力――――。

 

「そうか。話を聞くつもりはないか……」

 

ならば、と言い、腕を交差させ前傾姿勢に構える。

 

「その腕を切り落としてから話をさせてもらおう。元より、こちらは口さえ聞ければ問題ないのでな」

 

「――――っ!!?」

 

言葉を言い終えるのと同時に、言峰綺礼の身体が加速する。狭い廊下をただひたすら真っ直ぐに……弾丸と見間違うほどの速度と共に―――。

 

すかさず切嗣も銃弾を放つが、腕を交差させながらこちらに向かってくる綺礼の腕に命中するが、一つも貫通せずに地面に落ちる。

 

「(やはり防弾仕様………!)」

 

当たってほしくなかった予感が的中し、内心歯噛みする。

 

「(さっきの連絡から見て、言峰綺礼(こいつ)が舞弥を襲撃した犯人だというのは確実だろう。だが、すぐそばにいたアイリを捕獲するのではなく、僕に向かってきた……『聖杯戦争の参加者』にも関わらず!! 勝ち残った時に必要になる『アイリスフィール(聖杯)』にも目をくれず!!!)」

 

衛宮切嗣はここに来て完璧に確信する。

 

昨夜の舞弥襲撃に今回のケイネスを隠れ蓑にした襲撃。

そして、昨夜の舞弥に告げた『代わりに来るはずだった男は何処だ』という問いに聖杯戦争において最も重要な『聖杯』の確保を蔑ろにした自分への接触。

 

 

この男―――言峰綺礼は衛宮切嗣と会うためだけに聖杯戦争に残っている!!

 

 

銃弾の雨を掻い潜り、そのまま切嗣の懐に入る綺礼。その速度のまま、切嗣の胴体に向かって右足の蹴りを繰り出す。

常人ならば兎も角、その身は元代行者。

その蹴り一発だけでも切嗣に瀕死の重傷を負わせるには十分すぎるほどだ。

 

当たる……そう確信しながら放たれた綺礼の一撃は――――

 

 

「(固有時制御(time alter)―――――二倍速(double accel)……!!)」

 

「…………ッ!?」

 

―――後方へ後退した切嗣に当たらず、空を切った………。

 

避けるだけならまだ驚きはしなかった。

 

綺礼が驚いたのはその回避する速度(・・)だった。

 

数々の戦場を切り抜けた綺礼が当たると確信し放たれた一撃を回避できたのは、切嗣が持つ魔術のお陰だった。

 

 

固有時制御―――。

 

衛宮の家伝である『時間操作』の魔術を戦闘用に応用したもの。本来儀式が煩雑で大掛かりである魔術であるのだが、『固有結界の体内展開を時間操作に応用し、自分の体内の時間経過速度のみを操作する』ことで、たった二小節の詠唱で発動を可能とし、戦闘時に用いている。

 

簡単に言えば、自身の身体を倍速にする魔術と、減速にする魔術である。

 

先のケイネス戦でも自身の生命活動を三分の一にまで『停滞』させることで索敵を逃れていた。

しかし、当然使い勝手のいい魔術ではない。

固有時制御を解除した後に、世界からの”修正力”が働き、反動により切嗣自身の身体に相応の負担が返ってくることになる。

故に、連続して発動することが出来ず、使用後も直ぐに反動が返ってくるため多用することはできない。

 

だが……

 

 

「(化け物かッ……この男は!!)」

 

言峰綺礼という男は切嗣の予想を遥かに超えてきた。

 

全身だけでなく感覚すらも二倍にして回避したにもかかわらず、放たれた蹴りは切嗣の数センチ先を穿っていた。

生身の蹴りだけでも回避が困難だが、倍速にしてもその危機は尚のこと無くなってはいなかった。

 

「(体内に固有結界を展開することによる時間制御の魔術……)」

 

すぐさま離れ、再び銃を構える切嗣に警戒しながら、刃が欠けた黒鍵を捨てて構える。

 

相手は己の体内時間を操る魔術を行使してくる………ならば。

 

「(―――倍速で動くことを考慮しながら動けばいい……)」

 

 

 

綺礼の身のこなしから、接近戦では圧倒的に不利なことを短い攻防の中で切嗣は理解する。

銃撃は真正面からでは防がれ、接近戦ではたとえ倍速で動いたとしてもようやく互角になった程度。

 

「(避けきれない状況を作り、必殺の一撃を喰らわせる以外に方法はない、か………)」

 

言ってみるだけなら簡単だが、生憎と相手は数々の修羅場を潜り抜けてきた元代行者。

唯の魔術師ならばとうに無力化されている。

 

しかし、綺礼は切嗣に聞きたいことがあると言っていた……。

 

ならばすぐに殺されるということは無いのだろう。

ただし、その頃には自身の五体は満足ではないであろうが……。最悪、片方の腕が無くなっていることも覚悟しなければならないだろう。

当然、切嗣もそんな醜態を晒すつもりは毛頭ないし、最大の障害である綺麗(てき)をただで帰すわけにもいかない。

 

―――誘うしかない、か………。

 

手段が無いこともない。だが、それには少し距離もあるし、何より相手がそこまで待ってくれるわけもない。

 

援軍は望めず、先の戦闘で武器も粗方使い切り、相手はこちらよりもはるかに格上―――。

 

 

「(チャンスは一度きり………)」

 

失敗すればこちらが死ぬ。

 

それでも―――――

 

「(ここで仕留める……!!)」

 

硬直状態を破り、先に動いたのは切嗣の方だった。

 

右手で機関銃を構えながら、左手で懐に手を入れる。綺礼は警戒しながらも次の攻撃に備えるべく警戒を怠ってはいなかった。

綺礼の動向に注意を払いながら、切嗣が取り出したのは手榴弾だった。

切嗣が手榴弾のピンに指を引っ掛けて、爆発するまで凡そ数秒。

二人の距離を考えても綺礼が切嗣に接近するより早く手榴弾が爆発することは目に見えて明らかである。

そのまま右手でピンに指を引っ掛け、放り投げるが――――

 

「―――甘い」

 

轟音と共に、綺礼が切嗣のすぐそばまで迫って来ていた。

 

言峰綺礼が父から学んでいた八極拳の中にとある特殊な歩法が存在する。構えから片方の足で地面を踏み抜くことで、轟音と共に相手との距離を一気に詰める歩法である。

 

切嗣が倍速で動くことを考慮しながら、綺礼は一気に距離を詰めるべく、いつでも動けるように警戒していた。

結果、切嗣がピンを外し、手榴弾を放つころにはすでに目の前まで迫っている。

 

そのまま手榴弾を払い、構えた右拳で切嗣を射抜かんとばかりに振りぬく。

 

 

――――だが。

 

「……!?」

 

続けて切嗣の懐から現れた手榴弾に綺礼が驚く。

手で出したわけでもなく、懐から一人でに出てくる手榴弾。恐らくは最初の手榴弾に引っ掛けていたのであろう。

 

「(偽物(フェイク)………!?)」

 

最初に払った手榴弾が爆発もせずに地面に落ちていることから、最初の手榴弾が陽動で、本命はこちらであることは明白だった。

 

しかし、手榴弾が爆発するとの綺礼の拳が切嗣に命中するのはほぼ同時。

 

たとえ倍速で動いたとしても、綺礼の鍛え上げられた拳が切嗣を命中することを確信していた。

 

 

「(固有時制御(time alter)………)」

 

それは切嗣も分かっていた。

 

 

―――――故に、綺礼はここで読み違えてしまった……。

 

 

手榴弾から放たれたのは爆発による熱気ではなく、光と轟音だった。

 

「!? くっ……!!」

 

切嗣が放ったのは、手榴弾に似せた閃光弾だった。

閃光弾から放たれた光と轟音により、綺礼の視覚と聴覚は少しの間無力化される。

だが、綺礼の経験から培われた未来予測は確実に切嗣を捉えている。

 

その拳が切嗣に当たると思われた瞬間――――

 

 

「(――――三倍速(triple accel)!!)」

 

――――綺礼の拳が空を切った。

 

 

「なっ………!?」

 

切嗣が魔術により自身の身体能力を倍速で強化していることを理解した綺礼は当然、その魔術による代償のことも理解していた。

世界の法則を逸脱しようものならば、その分の対価が必ず振り返って来るもの。ならば、倍速の多用はもちろんのこと、倍速以上で動くのならそれ以上の負担が返ってくることは明白。

 

たとえ視覚と聴覚が封じられている状態でも、確実に切嗣の胴体に叩き込まれているはずであろう一撃は綺礼の予想に反し、切嗣を捉えることはできなかった。

 

「くっ!」

 

目と耳は封じられ、敵も見失った。

 

これを逃すほど魔術師殺しも優しくはない。

 

そう思い、咄嗟に左腕を横に構えながらその上に右腕を立てて、銃撃に備えるが一向に銃撃が来る気配も硝煙の臭いもしないことに疑問を持つ。

 

相手が仕掛けてこないことに僅かながらに警戒するが、仕掛けてこないのなら好都合。閃光弾で阻害された視覚と聴覚の感覚が徐々に戻っていく。

 

 

切嗣は奥の廊下の曲がり角付近にいた。

 

恐らくは最初に使った速度以上の強化を体に掛けたのだろう。心臓を抑えていることからその代償が安いものでは無かったことが容易に想像できた。

 

 

その期を逃すほど綺礼も愚かではない。

直ぐに追撃すべく駆け出す。

 

 

「(先ほどの強化はそう何度も使えるものでは無い。かと言って、隠し玉を何度も使われるのは面倒だ。ならば、一撃で決める……)」

 

右腕に渾身の力を込めながら、突き進む。

 

あと少し、そう思った綺礼の耳に聞こえてきたのは………

 

 

「――――落ちろ」

 

 

異常なほど落ち着いた声で放たれた切嗣の言葉。

 

―――瞬間。

 

 

「……………!!?」

 

 

……足元が崩れ去った。

 

綺礼の足元だけではない。ケイネスが倒れていた場所も、先ほどまで切嗣が立っていた場所も、凡そ二階の廊下の全てと言ってもいいほどの面積全てが切嗣が立っている場所の目の前から全てが崩れ去っていた。

 

言葉と同時に廊下の床や天井全てに導火線のようなものが走っていることを綺礼の目は捉えていた。

 

綺礼はそこで確信する。

 

この男、衛宮切嗣は自分ごと二階の廊下のほぼ全てをバラバラにし崩したのだと。

恐らくは最初から仕掛けていたのだろう。何ともまぁ、魔術師では到底しないようなことを実行するような男だ。

 

 

 

「(アイリを前線に立たせてセイバーを戦わせ、僕と舞弥で敵マスターを狙撃する作戦……そのための拠点となるのがこの城の役割……)」

 

しかし、魔術師の――――アインツベルンの拠点ともなれば、遅かれ早かれ敵の目につくことは時間の問題。

セイバーを前線に立たせることで城への被害は最小限に留めることが出来るが、例えば陽動などの二面作戦を取られれば、城での魔術戦になることは明白………。

 

いざという時の為、城を爆破し、敵マスターごと吹き飛ばす作戦を取らざるを得ない状況を想定していなかったわけがない。

 

「(城という強大な拠点を失うというリスクはあるが、元々この城は防衛線に向いてても秘匿性には全く向いていない……)」

 

だが、もちろんこの城とは別に拠点は用意している。秘匿性に優れていても、防衛線には全く向いていないという

城とは正反対の趣を持った拠点ではあるが。

 

城全体に爆破する仕掛けを用意しているが、今みたいに廊下のような一部分だけを崩すといったことが出来るくらいに張り巡らせている。後々に響くかもしれないが切嗣にとって後に来るリスクより目の前の最大の障害を排除することこそが聖杯戦争に勝ち残る次に重要なことだ。

 

 

相手は床が崩れたことにより、相手はこのまま下の階に落下する。しかし、相手は元代行者。二階から落ちた程度では致命傷にはならないことは理解している。

 

切嗣の狙いは最初からその落下の最中。

 

空中で身動きが取れす、確実に一撃が入るまさにこの状況だった――――。

 

 

 

機関銃を捨て、懐に仕込んでいた銃を取り出し、構える。

 

対魔術礼装……起源弾。

 

その威力は相手が使用している魔力に反比例する。

上から打つという状況を使えば、先の機関銃とは違い容易に防弾仕様の服を突破できるだろう。

当然、綺礼も銃弾の貫通は防ぐために魔力で体を強化する必要がある。

 

 

―――――そこを狙う………!!

 

 

起源弾はすでに装填済み。

 

銃口を向けて、引き金に指を置き、引こうとした――――その時だった……。

 

 

「な……!?」

 

落下している途中にも拘らず、両手で黒鍵を展開し、壁に突き刺し張り付く綺礼。そこまでならまだ驚くこともない。

 

だが、驚いたのはその後の行動だった。

 

 

「ふんッ!!」

 

突き刺さった黒鍵が壁から引っこ抜かんとする勢いで下方に重心を落とす綺礼………そして。

 

 

「はあぁぁぁっっ!!!」

 

 

その反動を利用する形でそのまま上に飛んできたのだ。

 

「くっ……!」

 

綺礼の常識外の行動に驚きながらも起源弾を放つが、高速で飛んでくる綺礼の服を掠るだけで命中しなかった。服自体には魔術も掛かっていなければ魔力も通ってはいない。

よって、起源弾はその効力を発揮することなく掠るだけでその役目を終える。

 

 

飛んできた勢いのまま天井にたどり着き、そのまま足で跳ね返りながら切嗣の目の前に戻って来る。

 

「(固有時制(time al)………っ……!!)」

 

再び加速しようとするが、先ほどの三倍速の影響で体の負荷がまだ取れておらず、ほんの数瞬反応が遅れる。

 

「(しまっ………!!)」

 

当たれば確実に意識を刈り取られる。

 

 

これで、終わる………。

 

 

そう確信した二人の意識は―――――

 

 

 

 

『―――――綺礼様!!』

 

「―――――切嗣!!」

 

 

 

――――己がサーヴァントによって、無理やりお互い以外の存在を認識させられることとなった……。

 

 

 

「「………っ!!?」」

 

 

お互いの動きが止まったその一瞬、綺礼のすぐ横の窓から剣の英霊(セイバー)が窓を勝ち割り、飛び込んでくる。

その手に聖剣を握りしめ、そのまま、侵入者である言峰綺礼(敵マスター)の首へと振り下ろされる。

 

「ッ………」

 

しかし、その剣は綺礼の首に当たる寸前に暗闇からセイバーに向かって放たれた短剣(ダーク)を弾く。

 

「待て!」

 

そのほんの少しの妨害により距離を取ることに成功した綺礼はそのまま窓から飛び出す。

サーヴァント相手に人間が敵うはずもないのだから、その判断は正しいと言えるだろう。

 

「今のは………」

 

先ほどの妨害のことも気になるが、今は己のマスターの心配をするべきと判断し、一旦保留にし切嗣の安否を確かめるセイバー。

 

「無事ですか、切嗣?」

 

「………つは」

 

「………?」

 

 

「奴は、言峰綺礼は何処に行った………!!」

 

 

セイバーは驚く。

 

あれだけ自分の意見を無視し、冷徹に徹してきた切嗣が自分に対して敵の所在を問いてきた……。

 

しかし、驚いたのはそれだけではない。

 

その眼には怒りのような、憎しみのような揺らぎが感じられるが、セイバーの未来予測に近いレベルの『直感』スキルがその瞳の奥の感情を鮮明に感じ取っていた。

 

 

―――――恐怖。

 

 

あれだけ何の迷いもなしに作戦を実行してきた切嗣がたった一人の敵相手に恐怖を感じていた。そのことが何よりもセイバーにとって予想外すぎることだったのだ。

 

 

「――――落ち着いて下さい。敵はもうすでに撤退しました。アイリスフィールと舞弥も敵によって負傷していますが、命に別状はありません。アイリスフィールの指示ですぐに駆け付けたつもりでしたが……間に合ってよかった」

 

「………っ……」

 

セイバーの報告を聞き終えると、すぐさま立ち上がり、どこへともなく歩き始める。

 

 

「待ってください、切嗣」

 

セイバーの声に立ち止まる。

疲れているせいなのか顔を向けてはくれないが、聞くつもりはあるのだと判断しそのまま続ける。

 

「貴方は……怖いのですね? あの男が……」

 

「っ………」

 

「勘違いしないでください。私は別に貴方のことを臆病者と罵るつもりもマスターとして失望したつもりもありません」

 

むしろ、と言いながら尚も顔を向けないマスターに向かって真っすぐに言葉を投げかける。

 

「―――私は、少し安心しています」

 

「…………」

 

「私は今まで……貴方のことを自らの目的のためには民草の犠牲を厭わない冷徹な人間だと思っていました」

 

セイバーの言っていることは紛れもない本心そのものだ。

 

最初のランサーとの戦いのときにも戦場に姿を現さなかったし、ランサーの拠点を攻略するときにも周りの民間人の危険を考慮していないかのような方法で攻撃している。

さらには、自分に対して全くと言っていいほどのコミュニケーションを取ろうとせず、尽く無視し続けている。

 

そんな人間をどう信用すればいいのだろうか?

 

全くと言ってもいいほどに自分のマスターのことを知らなさ過ぎている。

 

 

「はっきり言って、今もその認識は変わっていません」

 

ですが、と続けて紡ぐセイバーの言葉からは全くといいほど悪意が混じっていないことを切嗣は感じていた。

 

「貴方は”冷徹な人間”であっても”冷酷な人間”ではない。ご息女と戯れていた時は分かりませんでしたが、今恐怖している貴方を見て確信できました」

 

「…………」

 

「切嗣……貴方が聖杯に平和を、流血の根絶を願うのは戦場で多くの悲しみを見てきたからではないのですか? 世界の平和を願うためにその手を血に汚す……貴方がその生き方を選んだのは、遠き日の貴方が真に平和を望んでいたからなのでは―――――」

 

 

「黙れ」

 

 

「………!」

 

英雄(貴様)らはいつもそうだ。戦いの中で人を理解したかのように上から目線で論し、人々を煽り立てる。そのことに何の意味も無いのに、意味のあることだと信じ込ませてきた……。それが、どれだけ幻想に塗れたことかも知らずに………!」

 

「幻想ではない! 確かに戦いは悲劇に溢れている。理不尽なことだらけかもしれない……。しかし、それらにも正義や誇りが―――」

 

 

「だったら! ブリテンが滅びたことに……カムランの丘でお前が自分の息子を殺したことにも正義や誇りがあったっていうのか!!」

 

「………!」

 

切嗣の初めての怒声に言葉を詰まらせる。

 

その問いにセイバーは口を開かない。否、口を開くことが出来るはずもない。

 

何故なら、それを認めるということはセイバー自身の願いを否定することに他ならないのだから――――。

 

「正義や誇りでは人は救えない。それらを根絶することで世界を救うことが出来るというのなら、僕は何の躊躇もなく全ての正義を殺しつくす。例え、この世全ての悪を背負うことになろうと、僕はこの聖杯戦争を人類最後の流血戦にして見せる」

 

 

そう言い終え、歩きだす切嗣を止める言葉をセイバーは持ち合わせていなかった。

 

 

 

-------

 

 

 

ありえない。

 

 

ありえないありえない。

 

 

ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない!!!

 

 

 

アサシンの援護により離脱することに成功し、森の中を駆け抜ける綺礼の頭の中は混沌を極めていた。

 

「(奴が……アインツベルンのホムンクルスが身の危険も辞さずにセイバーを衛宮嗣に寄越してきたとでも言うのか……?)」

 

セイバーは確かに城に潜入する前に戦ったホムンクルス(アイリスフィール)(舞弥)の救援に向かっていたはずだ。

むしろそのために致命傷は与えても殺しはしなかった。

 

だが、最も不自然なのはアイリスフィールと舞弥が綺礼の仕留めるために戦いを挑んできたことだった。

 

「(アインツベルンが用意したホムンクルスということは、あの女こそが英霊(サーヴァント)の魔力を蓄える聖杯そのものの筈だ……当然、衛宮切嗣がそんな重要人物を前線に立たせても戦わせるわけがない……)」

 

 

自問自答していくうちに答えにたどり着くが、それは綺礼が考える中で最もありえないものだった。

 

 

―――――あの女たちが、自分の意志で戦いを挑んできたというのか……?

 

 

いや、それこそありえない。

 

自分が考える中で衛宮切嗣という男は、誰からも理解されず、心に迷いを持っていた空虚な人間の筈だ。

その男がアインツベルンに婿養子に迎えられるときに自らの人生の答えを得たのだ。自分と同じ、空虚な男が。

 

ならばこそ、その時に得た答えを聞けば、言峰綺礼という器を満たすことも、その意味を見出すこともできるかもしれないのだ。

 

 

だが、もしも――――衛宮切嗣が自分が思っているような人間ではないのだとしたら……?

 

 

「(いや、そんなことはありえない。そんなことなど――――)」

 

 

 

―――――あっていいはずがない。

 

 




FGOがそろそろ終盤に入ってきたわけですけど、まだまだ謎が残っていて、戦いは続くんじゃないのではと考えてるんですけど……どうなるんでしょうかね。

オジマンディアスって言われても、誰それってなるけど、ラムセス二世と言われれば分かる人は多かったんじゃないでしょうか。
当時エジプト神話に疎かった自分でもラムセス二世は所々で聞いていましたからね。
ホントびっくりしましたよ。

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