真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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時はついに1985年へと突入。
つまりここからはMGS5のゲームの終わった後の話。

シアーズ、なんてのに手を伸ばすから。終わるタイミング、逃しちゃうわけだよ(溜息)


迫る、夜明けの気配

 1985年は当初。静寂を思わせる静かな日々が続いていたが、3月10日。

 ソビエト連邦、歴代書記長の中でも特に最高齢、72歳で就任したコンスタンティン・チェルネンコがわずか1年で死去したと報じられた。

 

 彼の最後を看取った医師団は、その死因として患者は長く肺を患っていたことを明かし。老齢から来る体力の低下が、肺気腫の悪化による心肺機能不全を引き起こし。心拍は停止されたのだ、と公表した。

 

 老齢とはいえ、クレムリンの最高権力者が「肺を患う」と聞くと、ダイアモンド・ドッグズの事情を知る者達はまず、あの声帯虫のことを思い浮かべたが。それを直接口にして疑問を発するものは誰もいなかった。

 というより、彼らの興味を引いたのはその後釜として現れた若い最高権力者の方だったというのもあるかもしれない。

 

 ミハイル・ゴルバチョフ。

 

 チェルネンコの前任者の時代から用意されたかのように急激にその地位を高めてきた彼は、就任と同時にクレムリン内をひっくり返すかのような人事改革を推し進めていく。

 時代が、政治に急激な変化をおこそうとしていた。

 

 事実、これよりわずか5年の後の話となるが。

 レーガンに代わり新たな大統領となったブッシュとのマルタ会談で彼は長く続いた「冷戦の終結」をついに実現させる。

 しかし世界を巻き込んだ2つの潮流の片方が、いきなりその潮の流れを変化させた余波は大きなものであり。90年以降はその崩壊した冷戦の遺産によってしばしば驚くべき問題が生じることになるのだが……。

 だが、それはまだ先の話だ。

 

 

 

 ダイアモンド・ドッグズの中でも、さっそくこのソ連最後の最高指導者の動きには敏感にならざるを得なくなっていた。

 

(今度の指導者はアフガニスタンの戦線を縮小するかもしれない)

 

、ダイアモンド・ドッグズをMSFの再来と呼べるほどに成長させたこの戦争であったが。終わらない戦争というものはないのだ。

 当初のソ連の思惑はすでにアフガンゲリラなどの抵抗勢力によって破綻しており、際限のない戦力の逐次投入が余儀なくされ。それを逆転させるはずだったスカルフェイスのサヘラントロプスとヒューイのウォーカーギアも今は封印され、世界にその存在を正式に公表されることもなかった。

 

 カズヒラ・ミラーはそういったもろもろの事情から、久しぶりにスネークとオセロットを呼び出して会議を行うことにした。

 意外な話であったが、この3人だけで集まってのダイアモンド・ドッグズの方針会議はこの年に入ってから始めてのものだった。ビッグボスがまさしく正しい鬼となったあの日以来、3人は3人が集まる場をどこか避けていたのかもしれない。

 

 薄暗い作戦室の中、唯一の光に照らされた中央のテーブルの上には様々な情報が撒き散らされている。

 

「クレムリンに誕生した新しい書記長殿は、若いながらも見事な手腕の持ち主のようだ。権力の移行はつつがなく行われ。しかしその思考は前任者達、老人のものとは明らかに別のものを見ていると感じる。これがどんな結果につながるのかはまだ未知数ではあるが……」

 

 カズがそう切り出すとオセロットはそれに続く。

 

「その不安は傭兵たちも感じているようだ。ダイアモンド・ドッグズの人員の編成に、思った以上に時間がかかっている。新年に入るとぱったりとあの戦場から新人達が現れなくなった。こちら以上に敏感に、戦場の空気が変わったことを察したのかもしれない」

「アフガンは終わり、そういうことか?」

 

 スネークの問いに返事はなかったが。それを2人は否定しなかった。

 老人達と違い、ぐっと若い。それも優秀な政治家の時代となった。変化を起こすには良いタイミングといえる。予兆らしきものが出ている以上、なにもないとは考えないほうがいいだろう。

 

「とはいえ、この大地はすぐにどうこうされるとはならないだろう。違うか、オセロット?」

「ああ、しばらくは現状に変化はないだろうが。しかし、ここでの依頼は目に見えて減っていくはずだ。それで、俺たちの撤退時期がいつになるかも割り出せるだろう」

「そうなると――俺たちの次の活動場所はアフリカになるのか」

 

 スネークの言葉に、さっそくカズはため息をひとつ。それから口を開いた。

 

「そっちは問題が大きくなっている」

「問題?カズ、なんのことだ」

「他のPFからの攻撃、つまりBOFが最近厳しさを増してきている。今ある偽装されたマザーベースの警備能力はそれなりに高くなっているが。襲撃の回数は日増しに増えてきている」

 

 数字とグラフが書かれた報告書が机の山から掘り起こされる。

 そこには昨年12月からわずか3ヶ月で300%を越える増加率をみせる襲撃回数がわかるように記されていた。

 

「先週のことだ。ついに朝に1回。昼に2回の襲撃を受けた。もはやあの場所は公になったも同然の状態だ。訓練代わりに送っている報復部隊も数が足りなくなっている。これもどうする、カズヒラ?」

「単純に、拡大させていくしかないだろう。新たに2ヶ所、予備に1か所。早急にプラントの準備させているところだ、5月までには全部が用意できているはずだが……人員の補充が今は難しいからな。なんとか方法を探していくしかないか。なんでこんなことになった」

 

 苦悶の表情を浮かべるカズに、無表情のオセロットが答える。

 

「アフリカのPFは、白人達の資本をえていたCFAを除くとその本質はビジネスというよりテロリストや犯罪結社のそれに近い。物事には常に思想信条のフィルターをかけてないと現実を捕らえられない連中だ。

 奴等の中では、俺たちはよそからいきなり飛び込んでくると。大きな影響力を持ったCFAに狙いを定めて攻撃を続け、ついにここに居座ってしまったやっかいな奴等だと思っているようだ」

「つまり、今俺たちがやられていることを始めたのは。やつらに言わせれば、俺たちのほうがやったことだと言いたい訳か」

「そうなるな。そしてあいつらは次々に細胞分裂するように増えていく。このやり方も限界が出てくるかもしれない」

 

 スネークはボソッとつぶやく

 

「やはり戦争になったか――覚悟はしていたが」

 

 最近は国連の食糧支援も一段落ついたと報告がされたとあって、貧困と飢饉から食うためにどこから拾ってきたのかわからないような貧相な装備で乗り込んでくるようなのはさすがに減っているが、それにしてもアフリカでのダイアモンド・ドッグズに対する敵愾心は燃え上がったまま、一向に治まる様子がない。

 

「とにかく、あと1ヶ月ほどは動けない。我慢するしかない」

 

 スネークは自分に言い聞かすようにそう口にする。

 表情こそ暗くなっていないが、相棒たちを連れて死地から戻ってからか。スネークの顔は光の当たり具合によってだが、人の目に悪鬼となって映ることが多くなった。それがまた恐怖となり、畏怖となり。伝説が本物なのだと、彼を信奉するものの数を増やしていっている。

 

 会議の空気が悪くなったと思ったのだろう、カズは唐突に明るい声を出してきた。

 

「そういえばひとつ、良い話がある」

「カズ?」

「コードトーカーだ。彼のXOFから回収した資料、あれの整理がもうすぐ終わるのだそうだ。今日、2週間以内に仕事が終わるのにあわせてここから退去したいと。本人から話があった」

「そうか。許可は出すんだろ?」

「ああ……あの老人がここに残る理由はないんだ。サイファーも今更スカルフェイスが固執した彼に封印された虫達に興味を持ったりはしないだろう。もちろん、連絡はいつでも受け取れるように配慮するが――彼の戦争はもう、終わったんだ」

「そうだな、カズ」

 

 以前の陽気さがすっかり表から消えうせたと思われていたカズだったが。コードトーカーとはなぜか気が合ったようで、あの頃のように明るい表情でなにやら話していたところを見たことがある。

 その老人との別れが近い、この男にもなにか思うところがあるのだろう。

 

「とりあえず、すべては5月からということになりそうだな。俺たちを必要とする新しい市場(マーケット)、新しい兵士、新しい目的……」

 

 会議はそれで終わるしかなかったが、スネークは微笑を浮かべていた。

 終わると同時にすぐさま行動に移さんと立ち上がるカズの後姿を見て、ここしばらくマザーベースでささやかれていた様子は気のせいであったのかもしれないと感じたからだ。

 

 年末のあの騒動を終えた時期、カズの態度が一層硬いものになったという噂がまことしやかに囁かれ。それを証明するように、部下たちの前に立つ彼は機械であるかのように無表情に、かつ笑顔を浮かべることもなくたんたんと仕事をしていたようだ。

 

 しかしそんな感想を口にしたスネークに、オセロットは賛同する様子はなかった。

 むしろ、そんな考え方が危険だというように悩ましげな目つきを向けてきて、スネークは驚く。

 

「なにかあるのか、オセロット?」

「どうかな……」

「言えよ。お前の言葉なら信じるさ」

「――はっきりと証拠のようなものはない。探してもいないからな、だが……カズヒラの態度は俺も気になっている」

「そうか。やっぱり、なにかあるのか」

「奴はそれでもこのダイアモンド・ドッグズの重要人物だ。かわりを見つけ出して、などと簡単にはできない。それでも……」

「煮え切らないな?オセロット、どうした?」

「……ボス、実はあんたに今日。話そうとして、会議の直前でカズヒラに相談したところ。奴はそれをやめるべきだと言って反対した。だから、俺はそれについては言うまいと思っていたが――」

「なんだ、悪巧みでもしていたか。それが気が変わった?」

「そんなところだ――最近、マザーベース内でおかしな噂が流れている。知っているか?」

「?」

「本当に知らない?聞いていないのか?」

「ああ。なんだ?俺のことか?」

「――そうだ」

「俺の何の話だ?新しい女でも囲ったか?どこかの裏カジノで思う存分金をつかったとでも言われてるのか?俺はここから出た記憶はないが」

「まじめな話だ。ビッグボス」

「ああ」

「最近のマザーベースに広がる噂。それは――あんたが、ここにいるビッグボスは本物のフリをした偽者なのだ、と」

 

 特に言葉に力をこめたわけではないが、それを口に出すとき。オセロットといえども流石に緊張を覚えたが、言われたほうのスネークは電子葉巻を取り出すと「そうか」とうなずくだけでそれ以上の反応は見せなかった。

 その妙な余裕がオセロットの癇に障り。そして同時に演技をしているのだろうかと疑問を持たせる。

 

「ボス!?真面目に聞いているのか?」

「聞いたよ。驚いているさ」

「それだけか!?」

「ほかに何を言ってほしい?そうだな――怯えを隠したくて、こうして葉巻を咥えている」

「スネーク!?」

「何を怒っているんだ、オセロット。落ち着けよ、どうした?」

 

 自分が思った以上に熱くなっていることを自覚し、オセロットは高ぶる血をまずは沈めにかかる。

 

「あんたはこの状況がどんなに危険か、わかっていないのか?この噂を信じるやつが増えれば、ダイアモンド・ドッグズから人はいなくなるんだぞ!?」

「そうだろうな」

「そしてこの噂が流れた時期!

 スネーク、あんたは――あんたは遂に戦場から政治を、政府を、国ひとつをたった1年余りの時間だけで動かして見せたんだ。それを考えた奴は他にもいるだろうが、実際に実行して見せたのはあんただ!あんただけなんだ、スネーク」

「――まぁ、それは見方にもよるんじゃないかな」

「政治ではない。国のパワーバランスでもない。思想もイデオロギーも関係なく、時代で戦場を選び。介入していく――MSFであんたが口にした未来は、最初の一歩は完成した。巨大なソ連が、あんたの力の前に完全に屈服したんだ。あんたの口にしたアウターへブン、その理想を笑う連中は、少なくとも今の俺たちの業界にはいない」

 

 冷静になろうとしたのに、しかし話し始めるとオセロットはまたゆっくりとシャツのボタンを掛け違うかのように乱れ、荒れようとする。

 

「それも見方による。ほら、落ち着けよ」

「ああ、ああ。わかってるさ、ボス……」

「そしてお前がなんとなく危機感を持っている理由もわかったよ」

「……」

「だが、それでもやっぱり俺がやれることはないさオセロット。『私が本当のビッグボスだ』なんて自分を紹介したら、彼らの不安や、疑問は消え去ってしまうという話でもないだろう」

「そうだな、ボス」

 

(話を、すりかえるつもりか。スネーク)

 

「そうか、そんな噂があるのか。覚えておこう」

「――あんたの部下が、その疑問を直接あんたにぶつけてきたらどう答える?」

 

 スネークはその問いには答えず。肩をすくめると電子葉巻を咥えたまま部屋を出て行ってしまった。

 

 オセロットは遂に疑惑を口にすることはできなかった。

 カズヒラ・ミラーが。あの、『仲間を疑え』と真っ先に宣言したはずの副司令官が。

 奴は今、ビッグボスを裏切らんとしているのではないだろうか?噂の出所は本格的な取調べをしなくてはわからないが(しかし、それをきっとボスは許可は出さないだろうが)目的はわかる。

 

 ダイアモンド・ドッグズとビッグボスの間に亀裂を生み出すこと。

 その亀裂は不信につながり、不信は忠誠を汚していく。そして残るのは苛立ちと憎しみだけ。この噂はそれを実現させようとしてまかれた拙い罠なのだ。

 

 オセロットは一人、暗い会議室に取り残される。

 この孤独の中で、彼は思考することをやめようとしない。それはビッグボスが――敬愛するジョンが眠り続けている間。彼の眠りを妨げることを許さぬ門番(ゲートキーパー)であったときから続けていた癖でもあった。

 

 今までのダイアモンド・ドッグズはビッグボスの力と、カズヒラの頭脳、そしてこのオセロットの差配で切り抜けてきた。

 この脅威に対しても、きっとなにか対処することができるはずである。


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