次回から、再びまた1984年に戻っていきます。
時間があちこち飛びますが。ついてきて、これてますよね?(震え声)
1990年、リベリア。
この国は今、苦しんでいる。
長らく続く”間違い”を正そうとした結果、戦火が全土に波及してしまった。
(だが平和は勝利とともにやってくる。主人はそのために頑張っているのではないか)
白く大きな豪邸に「次官」と呼ばれる主人の政治面の片腕として職を得た男は、給料と家族を含めた安全に見合った程度の忠誠心でもって主人の正義を信奉している。
町の中ではちょっとしたことですぐに発砲、悲鳴、死がそこかしこで起こっているが、その統制が”まだ”上手くいっていないことが目下の悩みであった。
この問題をどうにかしようと、ここしばらくは頭を悩ませ。人に多く面会しているが、なかなか解決とはいかない。
その主人は今日は外出。
自分は雑事を片付け、市場のほうにでも出て雑貨を見るついでに食事でもと思っていたところに客人が現れたと知らせが入った。
門の番兵たちと一緒にいたのは、次官がよく知る人物達の一人であった。
白人、軍人のように長身で引き締まった筋肉、仏頂面の兵士たちを前にしても輝くような笑顔のまま。しかし目の輝きは異様なものがあり、あまり目を合わせたいとは思わせないホワイトカラー。
屋敷に通し、廊下を歩きながら男に次官は主人は留守だと告げるが「それでかまわない」のだという。
次官は眉をひそめた。
「それはどういう意味です?」
「昨日はあなたのご主人に、しかし今日はあなたに会いに来た――と思っていただきたい」
「私ですか?なぜです?」
「つまりそういう話、ということです。いきなりあなたの主人に聞かせると困るが、彼の周りが知っておけば安心できる。そういうことですよ」
「――はぁ」
応接間に通して紅茶を出す。
この男のことはすでにこちらでも調べている。”公式”には米国大使の第2秘書。それがこの男の名刺には記されているが、こういう役職につく連中とは要するに情報部のスパイだ。
この国の戦火のひどい様子を受け、不安に思っているのかもしれないと主人は気にされていた。次官も、慎重に対応しなくてはならない客である。
「それで、なんでしょう?」
「――昨日の話しです」
「はぁ」
「大使と共に訪れたとき、この部屋に我々の他にもうひとつ。にぎやかな客人たちが入ってきた」
「ああ」
「彼らのことをまず、教えていただきたい」
次官は顔をしかめた。
だれのことを言っているのかはすぐに分かったが、それをこの男が口にする意図がわからない。身なりの正しいスーツ姿の彼らと違い、あの連中。小汚い軍服、申し訳程度の服を着た”山賊”達。
「彼等は主人の、同志です」
「同志ですか?」
「――同志になってくれれば、と。主人は考えていました」
「つまり、昨日の面会では決裂してそうはならなかった、ということで?」
「あぁ……失礼、ミスター?」
「シアーズ。私は第2秘書を務めています、ジョージ・シアーズです」
「ええ、ええ。ジョージと呼んでも?」
「かまいませんとも」
この男の意図を探らねばならなかった。
「何か失礼が?」
「いえ、別に」「ではなぜ?」「知りたいのですよ、彼らの素性を」
ジョージと名乗る男の目の輝きが気になったが、そういわれては次官は教えなくてはならない。
「私はあなたがあの男――司令官を名乗るあいつに興味を持ったとしても不思議ではありませんよ。ジョージ」
「胸の勲章のいくつかが旧ドイツとフランス空軍で、模造品とわからずに誇らしげに見せびらかすような、無知な軍人は滑稽でしたのでね」
「そんなこともわからない男なのですよ、あれは。兵士も、それにふさわしいものばかり」
「少年兵、でしたか」
だから次官は山賊と密かに呼んでいたのだ。
軍隊のフリをする野党の類、本物の兵士には相手にされないような”司令官”でも、わからずにただただ忠誠を尽くす少年兵。混乱が広がる今のこの国にあっては一番自由にさせてはいけない相手だ。そして残念ながら話し合いでは”自分の立場”が理解できないようなクズ達。
彼等は自分にとって耳障りのよい勢力のシンパだと吹聴し、誇張し、多種多様な犯罪を平然と犯す。
「あなたの主人はどうしようと?」
「司令官には別のポストを、少年兵は新しい隊長を選出し、後々正規軍に加えるという提案をしました。これが一番、われわれの仲間になるにふさわしいと思ってね」
「寛大なことだと、私も思いますよ」
「ありがとう、ジョージ。しかし、あの司令官はそうは思わなかった。笑われていることに気がつかないのか、少年兵達を取り上げられるとでも思ったのか――提案で彼らの規律を脅かしたのだそうですよ」
「どうするんです?」
「別に……時間はかかりますが、しばらくは放っておきます。もちろんこれまで行ってきた補給は断ってね。別の勢力にいくにしても手土産が要る。彼等は早晩、弾薬も食料も失って終わりです」
あの程度の連中の結束などそんなものなのである。
部隊の少年兵は空腹と武器にこめる弾がないとすぐに不満を口にしだし、司令官はあせって無理な目標の攻略を押し付けようとする。頭の足りない男が押さえ込めるような不満じゃない、最悪部下に殺されても不思議はないのだ。
「では、彼等はいてもいなくてもよい戦力?」
「まぁ、そうですね。主人はそう考えてるでしょう。汚れ仕事を嬉々としてやってましたので、それに報いてやろうというだけで」
ジョージと名乗るホワイトカラーの目の輝きがさらに強く、異様なものとなる。
「次官、私はひとつお願いがあるのです」
「はい」
「あの司令官の部隊、あれをひとつ私にゆだねてみませんか?」
「――どういうことでしょう?」
「あの部隊をあなたの主人のために、私が使えるようにしたい。司令官を抜きにしてね、どうです?」
「ほう」
「部隊の訓練は、わが国から優秀な人材を呼んで鍛えなおします。彼等の武器はわが国の最新のものを渡します。そしてわが国の友人の役に立つ戦士に、私がしてやりたいのですよ」
「……」
「この提案、どうでしょう?あなたの主人も興味があるのでは?」
「あるかもしれません。しかし、ないかもしれません。あの司令官、あれをどうにかしないと――」
「心配は要りませんよ」
ジョージ・シアーズはそう答えるとカラカラと笑って帰っていく。
3日後、彼の姿はその部隊の前に立っていた。
少年兵の中から選ばれた最年長の新たな司令官とその横に立ったジョージは満足そうに整列する少年兵たちの顔を見回す。愚かで無様な前の司令官は、さきほどから彼の部屋の床の上で自分が流した血の中に沈んで文句を言うことは2度とない。
政府と交渉決裂から廃村に移動していた彼等のところに、場違いなロールスロイスとトラックが入ってくる。
「さぁ、司令官。最初の仕事だ、あのトラックの中の武器、食料。それら荷物を降ろしてもらいたい」
「はっ!」
元気よく従順に返事を返す若い司令官の態度に満足しながらうなずくと、2列が回れ右をしてトラックにむかって歩いていく。
(格好だけだな。まったく兵士には程遠いが……まぁ、今はいいだろう)
「司令官、指示したとおり。古い武器は全て破棄しろ、君の初陣についても数日以内に連絡を入れる」
「はっ、どこでも戦う用意はできておりますっ」
「元気な声だ――そうそう、ひとつ言っておくことがある」
「はっ、なんでしょうか!?」
「新兵の補充だが、しばらくはなしで。これまでのように、勝手に戦場で拾ってきてもらっては困る。わかるな?」
「しかし……」
「補充については心配はいらない。むしろ訓練に気合を入れたまえ。数日中に君達は正規軍の一部隊として昇格するのだからね」
「はい、了解しました」
「それと今日は、ここに君たちの部隊に加わる連中を連れてきた。今後の補充を考えて、という意味でね」
「はぁ」
「安心したまえ。新人達は”君らに負けない”程度には実戦をつんでいる。問題はない」
ロールスロイスのドアが開くと、中から数人の子供たちが姿を現した。
そのどれも、戦場にいる子供にある独特の空気をまとっていない反面。無言のままの全員の目の輝きは不自然なほどまぶしく輝かせて見せている。
ジョージは彼等の先頭に立つ少年のところまで進むと、その頭に手を置く。
「この子は、私が目をかけた中でも一番の有望株だ。それを君に預ける、司令官」
プラチナというよりも真っ白というのが正しいその髪にジョージが触れているというのに、少年はそれに気がつかない様子でいて、視線は微動だにしないまま無言のせいで若き司令官は不気味に感じる。
「ジャック、お前達。戦場にまた戻してやるぞ。どうだ、嬉しいか?」
車から降りてきた子供たちはジョージの声に引付を起こしたような笑い声で返事をする。
大国から秘密裏に運ばれてくる薬物を投与されたこの部隊は、これよりこの内戦でさらなる多くの血を流すことを好む残酷さを見せ付けることになる。
白い悪魔、ジャック・ザ・リッパー。
しかし、彼の物語はここにはない。彼が本当の戦士となるには、まだまだ多くの時間が必要となる。
一方、ジョージ・シアーズはリベリアに自分の意思を反映させることができる戦闘部隊を手に入れて満足する中、大使館へと数日振りに戻ってきた。
ここでの彼の仕事は、ない。
しかし大使はそんな彼をほうっておくことはなく。折を見ては呼び出して自分の共をさせていた。
この日も、まるで待ち構えていたかのように自室に戻るとすぐに連絡で呼び出しがかかる。
そんな必要はないが、大使はいつものように仕事のない第2秘書が「勝手に外をぶらつく」ことを咎め、注意を促すが。彼がこの国で何をしようとしているのか?ということには触れもしなかった。
そのかわり別の男を部屋に呼び入れた。
「ジョージ、君は本国のこの国への評価は聞いているかね?」
「一応は」
「大統領はますますCIAに失望されているようだ。せっかく援助してやったというのに、ここまでひどい内戦となっては。世界が注目しないわけがない。あっちで処刑、こっちでは虐殺。ひどい有様だ」
「そうですね」
「とぼけなくていい。君のところ、CIAにも命令がきているのだろう?今の政権は長くない。いや、長くならないようにしろとね」
「……」
「答えなくていい。しかし君は、私が預かった大切な体だ。本国への帰還命令がでるまでは、軽い気持ちでこれからは外を出歩かれては困るね」
「わかってます。つまらない怪我はしません」
「ならば、私の気遣いにも快く答えてほしい。半年間の契約だが、今日から君に護衛をつける」
「私に?大使では?」
「ジョージ。いや、ソリダス。お互いの立場を思えば――ああ、入ってくれ。よく来てくれた」
大使の声にあわせ、部屋に一人の男が姿を見せた。
ジョージは――いや、ソリダス・スネークは大使の前に立ち。背後に現れた男の姿を振り返って確認して、その奇妙さに眉をひそめる。
「彼が今話した護衛だよ、ジョージ。変わっているが、優秀な男だ」
「そのようですな」
そういいながらも、その変わった部分が気に入ったのか。
進んでくる相手の前に迎え立つと、あの政治家のように輝く笑顔を貼り付けて挨拶をする。
「ジョージ・シアーズという。大使の心遣いで君に私の護衛を頼みたい――ええと、君の名は?」
相手はジョージの笑顔をなにごともないように受け流すと、差し出された手のほうを握り返す。
「ただ、オセロットと。私を呼ぶものはみなそう言います」
「ほう――オセロットか。山猫と呼ばれる男とは”初めて”だ」
リベリアの暑い夏はここからまだ少し先の話となる。
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インテリジェンスの世界での連敗記録の更新は、国際問題として長く米国の威信に傷をつけ、毒となって次第に苦しみを大きくしていくことになる。
なぜならば、かの事件のごとく。政府はCIAの能力を疑問視すると、勝手に政府の中核で独自に職分を侵して国際インテリジェンスの中に土足で歩き回り始めたのだ。
彼らのCIAへの不信を理由とした横暴はイランを例に、さまざまなアメリカ人を解放するためと口にしながら武器を配っていたが。そこに次第に危険な生物兵器の数々もまざっていたのである。
1989年、マルタ会談によって東西冷戦は終結が正式に確認された。
新たな時代の訪れ、そう口にした諸国のリーダー達だが思いに差があったのは間違いない。
アメリカ、ソ連のねじれに巻き込まれていたヨーロッパはそこから開放されると軽い足取りで会談後に自国へ朗報を手に戻っていったが。レーガン政権から変わったばかりのブッシュ政権は苦悶の表情を浮かべていた。
前政権から続く、CIAへの不信の目がまたも彼等によってむけられた。
組織の改革は数年にわたってあの頭ガチガチのCIA長官の下で行われているはずなのに、結果がまったく出ていないと彼等は感じていた。まぁ、それも無理のない話である。
すでに指摘しておいたが、組織にあわない人物を長官にすえ。しかも彼の最大の仕事が組織改革であって、それまでの悪い慣習を取り払って再びインテリジェンスの世界に力と勝利を取り戻すなどとは考えていないのだ。
この頃の長官には部下たちも多少は気の毒に思うくらいの状況ではあったようだ。
組織をいくら手をくわえても、現場からは思ったほどよい結果は出ない(まぁ、当然なのだが)。ホワイトハウスはそんなCIAに苦い顔を見せ、ついに長官は仕事で高額を要求するベテランたちと組織の縮小で持って予算を減らすことで結果としようとする。
全てはそんな中で起こった始まりであった。
マルタ会談を迎える直前、ホワイトハウスは出発を目前に控えた大統領を前に大騒ぎになっていた。
CIAがまだもや失態を演じてしまったのだ。
イラクがクウェートへの侵攻を察知することができなかったのだ。それどころか、その危険性を政府が気にして直前に問い合わせた際も「その可能性はない」とはっきり文書にして返して太鼓判まで与えていた。
実際は、モサドを初めとした別の情報部に電話で確認しただけでそう結論づけると自分たちで調べることなく報告書を仕上げてしまったのである。
だが、私は元職員として弁護したい。
すでにこの時期、もはやCIAに中東の情報網は存在していなかった。つまり政府の疑問は、どの道これ以上の答えは得られなかったのだ。
それについて語ると、私の胸につらい記憶をよみがえらせなくてはならない。
私が世界インテリジェンスの世界へと飛び出していく前、多くのインテリジェンスの世界を生き抜いたマスター達の教えをうけるチャンスを私はもらった。
私は彼らに気に入られ、大いにかわいがられたけれど。彼らのよからぬ手が、うっかり私のお尻にのびようとしても許したことはなかったとだけは一応言っておく。
そのマスターたちの中で特に印象に残っている人がひとりいる。現実の厳しさと、あの世界の恐ろしさを身をもって学び、私に覚悟を決めさせてくれた。
彼はいわゆる”昔ながらの”スパイ技術を高いレベルにある人であった。人心掌握にたけていて、様々な職種の知識を生かせる人であった。
ビリー・"パーフェクト”・マーカム。
彼とは5ヶ月の間に学び、それを終えるとガタガタになっていた中東のスパイ・ネットワークを立て直す役目を申し付けられたことで、私のマスターとなる時間は終わりを告げた。彼はそのことを残念がり「お前が俺の最後の弟子になるのだろう」と言って、教える時間が少ないことをよく嘆いてくれた。
上層部は、彼が期待通りにネットワークの再構成に成功した暁には昇進させ、現場から離すつもりなのだと彼は読んでいた。だが現実はまったく違う結果を彼に突きつける。
1989年、複数の仮面を使い妖婦のごとく世界各地を飛び回り始めた私の元にもその情報は届いた。
ビリーが中東で移動中、なぜかそれを知った地元の武装組織の襲撃を受けて拘束されたのだという。誘拐されて一ヵ月後に送られてきたビデオテープにうつる彼の姿は今も覚えている。
粗悪なカメラで撮っているにもかかわらず。はっきりとわかる奴等が彼に行った暴行のあとの数々。どこかの政府から手に入れたのであろう、腕には複数の注射針のあとがあった。
あの愉快な彼は、無表情にカメラにむかって淡々とやつらの要求を口にしていた。
まずいことになった。
それは誰しもが考えたことだ。テロリストと呼ばれる奴等からの要求が遅れてCIAに届けられた。ビリーを救出せねばならない。だが肝心のCIAは現地にある情報の川を分断され、情報を制御する力を失ってしまっていた。
その10日後、さらなる暴行。そして効能だけしか知らないで、無分別に使われたであろう薬品の影響で知的退行をみせる彼の無残な姿をやつらは最後の警告として送りつけてきた。奴等の米国への怒りが、手首を、首を、脚を、体ごとひねり上げないと”普通には座っていられない”状態に彼をしてしまったのである。わが国が誇っていいスパイマスターの1人が無残にも破壊されつくした瞬間でもあった。
当時のマスターの一人は言った。「あの間抜けども、捕虜の”もてなし”かたもわからないであいつを壊しやがった」と。
彼はその後、死体となって路上に放り出されるという形で返却される。
大統領選挙に沸く国内の事情とやらへの配慮から、彼の死の真相は闇に葬られた。(中略)
マルタ会議から帰国した大統領を迎え、最高会議は意気消沈していた。
目の前にあった強敵の姿を失い、新時代を前にいまだ立て直せぬCIAの体たらくもあってどうすればいいのか。彼らにはわからなくなっていたのだろう。
そして決断が下され、秘密の指令が各所に発せられる。
これはまだ明らかにされていないが、噂話として聞いてほしい。
年を空けずして、CIAにひとつの指令が下ったのだという。クウェートを陥落させたイラクは、そこでクウェートが米国との外交の中でイラクの政権転覆について協議していたことを掴まれてしまった。
こうなったのはCIAの怠慢であり、CIAの責任である。
挽回の機会として”早急”に、イラクとの宣戦を開くための方法を開始せよ。
それから約10ヵ月後。
全米のネットワークで、一斉に報じられたあるニュースが騒ぎの始まりを告げた。
悪名高い、ナイラ証言。
15歳の少女による、イラク兵の蛮行を涙を流して懇々と語る姿に感化され。米国は戦闘体制へと移行していく。
この事件は後に嘘であったことはわかっているが、どれだけの規模でそれが用意され。実行されたのかは今もってわかっていない。
なのでこれはクウェート政府のキャンペーンに米国がまんまと乗せられた、ということにされてはいるが。私は違うと確信している。
あれはCIAとFBIも参加した大規模な情報操作によって作られ、操作されたものであったはずだ。
そうして湾岸戦争へとついに突入する。
CIAはそうまでしてなりふり構わず忠誠心をみせようと奮闘したが、終わってみればまたもや敗北の屈辱の中に放り出されていた。
彼等は弱っていた。
当時、前線にいた私たちはそのときはわからなかったが。そう思われないようにと上層部はせめて部下たちの前ではと、そう振舞っていただけだったのだ。
そしてまたも新しい敗北が忍び寄ってきたことに我々CIAは気がつかないのである。
1992年、冬。
まったくいいところがないまま退いた前長官にかわって新しい頭でっかちがその席に座ると、「これは吉報です」といってホワイトハウスにその知らせを届けてしまう。
そこには短い文が書かれていた。
英雄ビッグボス、かつて守った米国への帰還を希望している、と……。
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ホーリーはそこでようやく手を止めると、机から離れていく。
子供たちはすでに就寝し、夫もベットで一人で眠っている。自分もそろそろそこに加わらないといけない。夫の背中にすがるようにして横になり、目を閉じる。
幸福だと感じている。さきほどまでの悩ましさは、すでに思考のどこかに蹴飛ばしていた。明日の朝にでも、また探し出してくればいいものだ。
2007年、それでも世界はまだひとつには程遠い。
そして十数日後、事件が起こる。
ハドソン湾を航行中の石油タンカーを、かつての英雄ソリッド・スネークが。これを襲撃して沈没させたのである。
ホーリーが執筆していた本は、このせいで発売が難しくなってしまった。
えー、わかっていると思いますが。このお話はフィクションで~。
取り上げている「ナイラ証言」のそれも、ただのお話であります。そこ、重要なので。「政府が自国民をだます巨大キャンペーンだった」とかね、妄想ですから……。うん、うん。
次回は明後日。
それではまた。