なんで、なんで今日なんだ・・・・。
あ、ヒューイ裁判は後編です。
プラント地下で行われる裁判には、可能なだけ兵士達も集まっていた。
彼等は国籍も、言葉も違ったが。この場所に集まる彼等の意志は一つ。ヒューイ、MSF時代から仲間を売り続けてきた裏切り者の最後。それを自分達の目に焼き付けるためにここにいる。
「9年前、この男はマザーベース襲撃を幇助した」
オセロットが罪状を読み上げだす。裁判が始まったのだ。
「以降、スカルフェイスへ技術を供与。イーライとは共謀し、サヘラントロプスを修理した。隔離施設へ提供した”研究資材”が放射線を漏出。これが変異の引き金となり、治療を受けた声帯虫が暴走、多数の仲間を喪った」
カズヒラは皆に遅れて、ゆっくりと部屋へ入っていく。
彼がずっとのぞんでいた瞬間、それはもうすぐそこまで迫っていた。
「更に、こいつには親族を殺した疑いが。死体遺棄も含めてかかっている」
「僕は殺してない!――他のも、ひどいな」
ここに弁護士はいない。
ヒューイは自分の弁護は自分で行わなければならない。だが、こんな男の話を誰が本気で聞く?
「僕だって、仲間のために自分を犠牲にしてきたのにどうして。なぜ信じてくれないんだ!?」
復讐するは我なり。
そうだ、これは正当な。”自分”に与えられた権利を行使する、それだけのこと。
杖をつき、ゆっくりと皆の前へと進み出ていく。
「ここに証人を召喚する」
演出たっぷりに皆の前に出てきたのはスネークが回収してきたAIポッドである。
ピースウォーカー事件、その時にストレンジラブは”個人的な観点”もあってこれにザ・ボスの思考を再現することに執着していた。
最終的にそれは奇跡を起こしたわけだが。今、これには別の使い方ができる。
「ストレンジラブの”墓石”だ。墓には亡霊が憑いている」
「ただの機械だよ……」
墓石、亡霊、それらのワードに反応してヒューイは怯えを隠そうとそう言う。ああ、わかっている。お前ならそう言うだろうと。
突然ポッドが女性の声でわめき始める。
それはストレンジラブの最後の音声。彼女の中に閉じ込められた女の悲痛な懇願と絶命するまでが一斉に再生されたのだ。彼女のことを知らない兵士といえど、これほど絶望と悲嘆にくれた女の最後をいきなり一斉に聞かされれば、不快に思わないわけがない。知っていれば?それは言うまでもないこと。
ああ、最高の演出だ。
「あれが記録を残していた――お前のしたこと、一緒に暮らしている間の全部」
「そんな……勝手に……」
「お前は実の息子をメタルギアに乗せ、実験台にした。母親は我が子をかくまう。怒ったお前は妻を閉じ込めて殺した。スカルフェイスはそれを黙って放っておいた」
「違う!あいつは自分からポッドに籠った、あれは自殺だ!”僕がやった”としても、お前達に何の権利がある?」
「それだけじゃない。お前が考えたこと、してきたこと全部。ポッドは喋ってくれた」
「……」
「9年前のMSF壊滅も、お前がマザーベースに来てからのことも全部調査した」
ヒューイは怒れるミラーの目を見ていられなくなって、そらしながら弱々しく口にする。
「頼むよ……」
「全てクロだ!全て」
容赦なく弾劾の声を上げると、その言葉に火を付けられた部下達が一斉に「殺せ!」の大合唱を始める。
もはやヒューイの味方はここにはいない。こいつの最後だ。
「俺達に、法は存在しない」
マザーベースは組織だ。そしてヒューイの罪は多岐にわたって、いろいろとある。
これを単純に”軍事裁判”だけで裁き切ることはできないから、”あえてはっきりと”そこは言明しておく方が都合がいい。
「始末は俺達がする」
さぁ、舞台はオーラスを迎える。
幕引きのハッピーエンドまであと少しだ。
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ビッグボスはそれら全てを冷めた目で見つめていた。
裁判長役とはいうが、カズの言い様はもはや宣言しろと言わんばかりだ。
――本気で”それ”を口にする気か、ビッグボス?
背後にスカルフェイスの亡霊が立っている。
ドッペルゲンガー達の中で、この存在だけは誕生から常にぶれずに今もスネークの敵であろうとしつづけている。生前の報復心を手放そうとしない。
――ここにいるお前の部下達は”失った痛み”を乗り越えようとしている。お前は、彼等を愛しているのだろう?
スネークはそんな亡霊に目も向けない。
――その彼等を裏切る?彼等の傷から溢れる血を、ぬぐうことを許さないと?お前はひどい男だ。
スネークは歩き出した。
ここにいる全員がスネークを見ている。だがそんな彼等をスネークもまた、視ていた。
「ボートを用意しろ。1人乗りでいい」
「ボス!?」
「ここからすぐに出ていってもらう」
「おいっ」
全員が驚き目を丸くし、続いて不満を顔に出すが異議を口に出す者は誰もいなかった。
皮肉にも、最後にミラーが口にした言葉が。これは”裁判ではない”としたことで、かえって裁定者であるスネークの言葉は絶対のものとなっていたからだ。
カズは予想して、いなかった展開に焦っていた。
「俺達をこうした、張本人だ。あの時の仲間も……なのに……なのにこいつだけはっ!」
杖でヒューイの胸を突き飛ばす。
汚らわしい裏切り者、死すべき存在。
だが、そんな奴をビッグボスは”許す”というつもりなのか!?
「こんな奴が俺達の、本当の敵なんだ!」
「カズ」
スネークは揺るぎもせず、静かに諭すように語りかけた。
ヒューイも、そばに立つボスやカズの顔も見ないまま誰かに向かってなにかをぶつぶつと話していた。弁護にならない、自分への支離滅裂でとりとめのない自己弁護を口にしているのだ。だが、それに耳を傾ける者はここにはいない。
スネークの言葉だけが、全てを圧倒していた。
「そう、こいつは敵だ。仲間じゃない。だからこそ俺達にこいつは”裁けない”。ただ、マザーベースは降りてもらう」
――お前は案外、思った以上に冷酷すぎる鬼のようだ。
スカルフェイスは考え込むように、そう口にした。
――部下の希望を今、お前は断ち切ってしまった。ミラーを見てみろ、真っ青になって。んん、大変だ。
(これはカズが。奴自身が招いた結末だ。俺は奴を裁く、と言ったが。死刑にする理由を捜してこいとは言わなかった)
――部下達はそうは考えないさ。むしろ、お前の意志の弱さとみるだろう。ダイアモンド・ドッグズは崩壊するかもしれないな
いつものように亡霊でもスカルフェイスはスネークを嬲ろうとしてククク、と忍び笑いをした。
オセロットは黙ってこの裁判の終わりを見つめていた。
彼にとってもこの結末は意外なものだったのだ。
ビッグボスは自分を殺さない。
それを理解したのだろう、ヒューイは途端に忙しく口を動かし始めた。
「……なにかに縋りたかった!生きている価値が欲しかった!死を、罪を、忘れたかった……君達はなんでもよかった、ビッグボスでも良かったんだよ。ボスだってそうなんだろう?そうだ、みんな1人だ、だから僕を。仲間を疑うんだよ……」
スネークは黙ってオセロットを従え、部下が黙々とヒューイのマザーベース退去の手はずを整えているのを静かに見つめている。
心動かされるものは何もない。自分が下した裁定に不満はなく、適切だったと確信している姿だった。
「目を覚ましてくれ!」
プラント内からプラットフォームへと昇る階段を両脇に抱えられ引きずられながら、ヒューイの孤独な演説は続いている。彼に続いて階段を上るスネーク達に訴えているのだろうか。
「君達がしているのは、ただの人殺しだ。戦争しか、していないんだ!戦争や暴力からは平和は生まれないんだ」
救命ボートの前にスネークは立つ、別れの時だ。
ヒューイはそこに1人乗せられても演説をやめようとしない。体一つでここに来た彼がここから持って出ていくものなど何もない。その脚となっていた鋼の機械は、彼の体の一部となっているから取りあげもしない。
「スネーク、悪いのは君じゃないか!」
水と食料をボートに乗せると、スネークはすぐに降ろせと合図を出す。
ここでさらにヒューイの口調は激しく非難するものへと変わる。逃げられるとわかって勢いずいているのではない。ダイアモンド・ドッグズに、仲間に、ビッグボスに自分が見捨てられる事実から必死に逃げようとして、そうなっているだけだった。
彼は孤独になろうとしている。
「核なんて持たなければ、査察だって来なかった!」
スカルフェイスの脅しに震えあがって、取引に応じたくはなかった。
「僕は命がけで、君達を救おうとしただけだ!」
だがあの狡猾な男にだまされて。仲間を、MSFを壊滅に追いやってしまった。
「こんなこと、どうして平気なんだ?」
なのに、9年たってもまだ戦場を彷徨っている。とうとうサヘラントロプスを奪った少年兵まで殺した。
「まともなのは僕だけか……!?」
ヒューイは慟哭の声を上げる。
9年前に喪失してしまった、卑怯ではあっても。まだわずかに誠実だった自分が失ってしまった正気――ぽっかりと穴のあいた自分の心臓を探って”正論”でそれを埋めようとする。
この哀れな男は、またも仲間に捨てられる。
天国の外側から追い出され、もはや天国を目指すにもその手は血にまみれ。素直に地獄に落ちることからも逃げ続けようとして、現世を生きながら死者となって彷徨うしかない。
そう、闇に落ちた男は。
ヒューイの未来はこうしていとも簡単に磨滅してしまったのだ。
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まだ顔はこわばっていたが、哀れにも1人泣き叫びながら波間に消えていったヒューイを見て多少は収まりがついたのだろう。カズはあらわれるとスネークに報告してきた。
「エメリッヒの技術は開発班が引き継いでいる。エメリッヒがいなくなっても、俺達は何も失っていない……それから、奴の行方は追跡している。今のところ報告はない」
スネークは顔をしかめる。
「やめておけ、奴はもういない。もういなくなったんだ」
敵、とはいっても。関わるほどの相手ではない。
以前も取引きするつもりか、ビッグボス相手に『恐るべき子供達』を口にしたが。いとも簡単に一蹴した。本人はあれで何とかなると思っていたのだろうからどうしようもない。
「わかってる、そのことを確かめたいだけだ」
カズヒラも馬鹿ではない。
すでにダイアモンド・ドッグズから追放を受けた時点でヒューイの死を己の目に焼き付けるチャンスを失っていることはわかっている。そして、それに執着する自分の姿の醜さにも気がつき始めてもいた。
「あんなやつ、いてもいなくても同じだ」
またひとつ、たまっていた仕事を終わらせることが出来た。
ヒューイの処遇が下され、不満はあったが皆はそれなりに自分を納得させていた。それは熱くなっていたカズに比べてビッグボスは終始冷静に、そして理性的に全てを取り仕切ったからというのもある。裏切り者を八つ裂きにはできなかったが、もはやそれも過去のものとなった。
クリスマスを目前に控え、ダイヤモンド・ドッグズの中でも徐々に空気が変わろうとしていた。
イシュメールは離れていくカズの背中を見ながら、電子葉巻をくわえるビッグボスの姿を満足そうにプラットフォームの上層から見下ろしていた。
そこにスカルフェイスが近づいていく。
――結末はいつも意外、それではつまらんではないかな?ご友人
――あれでいい。カズの憎悪に引きずられずに奴は判断をくだした。あの時は、その必要があった。
――ほう、”必要があった”ね。それは”誰にとって”必要だったのだろうか?
イシュメールはスカルフェイスを見た。
――あの意外な行動は、私だけじゃない。我々にとっても驚きではなかったのかな、と思ったのだ。
――それで?
――そう、それで興味が出てきた。我々、ビッグボスの亡霊たちはどう考えているのか。それを聞きたい。
プラットフォームにはいつしか大勢の亡霊たちが並んでいた。
これまで表に出てこなかった者、話すことのない者。それらスネークの中に生まれた影達が一斉にプラント上に姿を見せている。数十人を越える影があるが、そこにはただ一人。”彼女だけ”はいない。
――新参者とはいえ、お前と話したがらない奴もいる。
――それは知っている、イシュメールとやら。だが、このスカルフェイスと話してくれる奴だけでも聞きたい
――なら、彼が最初だろう。
イシュメールが指さす先にはジーンが立っていた。
FOXを率いたスネークのかつての敵、FOXで世界の歴史に介入しようとした男。
――俺に意見はない。ただ、私もヤツの決断には満足している。
――ほう
――報復心、それがお前のお気に入りらしいが。そんなものは私に言わせれば戦場の飾りのひとつにすぎない。
――取るに足りない、と?
――そうだ。お前はただの小者だった。ただ暴力をそのままにしておくことしかできない、間抜けだった。
――厳しいね。同じ相手に倒された敗者同士じゃないか
――正直な感想を口にしただけだ。それに、彼女達も私と同じ意見のようだ。
ジーンが顎先であっちだと差すと、そこに背中を向けて座る同じ顔の少女達がいた。
死者と、亡霊となっていっそうはっきりと未来を見つめるエルザとウルスラであった。
――私達が見た未来は同じものだった。メタルギアを破壊するのも、そして新たなメタルギアを生み出すのも
――それは世界を破壊すること、それは世界を救うこと
――『恐るべき子供達』蛇は、一匹ではない
スカルフェイスは不満そうに鼻を鳴らす。
少女達の予言めいた言葉が終わると、亡霊たちが次々と姿を消していったからだ。あれ以上に意見表明は必要ない、そういうことらしい。ジーンもやはり姿を消してしまった。
――では、あなたはどうなのだ。イシュメール?
――俺は最初から奴を、エイハブを認めている
――ほう……それだけか?
イシュメールの姿も消えてしまった。スカルフェイスは溜息をつく。色々とその理由って奴を聞きたかったのだが、どうやら誰もそれを自分には聞かせてくれないらしい。
仕方なく自分が、自分の思ったことを亡霊らしく囁いてやろうと思った。
――見事なものだよ、ビッグボス。あんたはどうやら本当に自分の心に寄生する”報復心”を捨て去ってみせたらしい
感心するしかなかった。
この怨敵は、本当に目先の小さな報復心には全く見向きもしないのだ。てっきりミラーの、ダイアモンド・ドッグズの部下達の怒りに隷属してあのヒューイを八つ裂きにするとばかり思っていたのに。
そうなればいい、スカルフェイスはそう考えていたが。
ビッグボスはそうはしなかった。
そういえばまだ亡霊となる前のこと。
虫の息のまま死ぬに死ねないスカルフェイスを見下ろしたビッグボスは、やはり銃を向けても銃爪を”自分の意志”で引くことはしなかった。
スカルフェイスに”奪われた”と思っているミラーが、その引き金と銃口を向けるのを決めていた。
だが今度は、あの時の再現とはならなかった。
ミラーが差し出す銃にビッグボスは引き金を引かないばかりか、受け取ることすらせず。銃自体をその場から消し去るようにさっさと皆が見えない遠くまで放り出してしまった。
――お前は立派な男になったようだ、ビッグボス。だが、所詮はお前は鬼。いい時は続かないものだ。
鬼とは憎まれ、退治されるものだ。
例え人に愛される鬼だとしても、その目に涙が浮かばないだけで人はそれを理由にやはり”敵”になろうとする。
この話にハッピーエンドはないのだ。
――戦場は冷酷だ。お前からは何でも奪い去っていく。今年、私を撃ち滅ぼしたことが一番の良い出来事というならば。最悪の出来事が、どこかの見知らぬ少年兵達を手にかけたことというのでは足りなくはないか?
お前はまだまだ、もっと多くのものを失う必要がある。
亡霊はいつしか呪いの言葉を吐き出していた。
それは予言ではなかったし、どちらかといえば妬みに近い言葉でしかなかったが、皮肉にもそれは現実に起ころうとしていた。
1984年もついに最後の時を迎えようとしている。
体調が悪化しないなら、また明日。