真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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詳しくは昨日投稿した活動報告を参照のこと。


戦況報告 (2)

 焼けおちる木々、焦げた葉っぱ。

 スネークは意識を取り戻すと、うめき声を上げながら立ち上がり。顔を上げてまわりを確認した。

 

 よくも自分は生きていたものだ。本当に心の底からそう思う。

 サヘラントロプスを襲ったミサイルの爆風に巻き込まれ、森の中を叩きつけられ、転げ回ってもスネークは無傷だった。

 いや、そりゃ皮膚が切れたり、すりむいたりもしているが。骨折も出血もなかったというのは、喜ぶべき悪運だろう。

 

「オセロット、オセロット!」

『ボス!?よかった、無事だったか』

「ああ、いきなりゴングを鳴らされて。今まで気持ちよく森林浴を楽しんでいたようだ」

『そうか。よく眠れたか?』

「そうでもない――どうなっている?」

『スクワッドのアンブッシュは失敗。続いてXOFのアンブッシュも失敗した。サヘラントロプスは少年兵を連れてもうすぐ村に入るところだ』

「こちらの被害は?」

『スクワッドか?それならゼロだ、ボス』

「本隊は違うのか?」

『3人死んだ。8人が負傷して手当てを受けている』

「まずまず、か。むしろよく戦ってる」

『ああ、舞台からたたき出されないように必死にへばりついている。まだまだ大丈夫だ、戦える』

 

 情報端末機iDroidを出して地図で確認する。ずいぶんと前線から距離を離されてしまっている。

 

「オセロット、ここに新しい装備と一緒に足になりそうなものも落してくれ」

『わかった。戦線に復帰するんだな?』

「そのつもりだ。他はどうなっている?」

『サヘラントロプスが移動する前は調子良かったんだがな。今はこちらの上陸ポイントが攻撃を受けている。

 そいつの対処はもうすぐ終わるが。それはXOFが戦力をサヘラントロプスに投入するからだ。ああ、正直良くないな』

「やっかいだな――それにしても前哨戦は寝過ごして、起きてみればもう決勝戦か」

『むこうの装甲車両、偵察の話ではどうも新型じゃないかと言っている。

 XOFは最新の兵器を揃えてきたようだ、アフガンでのスカルフェイスとは違うと言いたいのかもしれない』

「最新の戦車に乗ってやる気も十分か。どう思う?」

『こればかりはわからん。だがボス、実は奇妙なことがあるんだ』

「なんだ?」

『サヘラントロプスだ。あれは、確か回収後は一切触るなとあんたは命令していた』

「そうだ。兵器として必要だったわけじゃないからな」

『だとすると、サヘラントロプスの兵装は。前回、つまりスカルフェイスの元で補給を受けてそれっきりだった』

「そうだな」

『だが、どうもおかしい。まだ報告が来ていないが、サヘラントロプスは元気に暴れている。残弾を気にしていないようだ』

「なんだって!?」

 

 危うく舌打ちするところだった。

 

『スクワッドと違い、待ち伏せていたXOFの連中はよく食い下がったらしく全滅した。イーライは容赦なく攻撃しつづけていたそうだ。弾丸などの補充を受けていないなら、さすがにもう吐き出すものは残っていないはずだが』

「イーライがどこかで弾薬の補給を受けたか。それとも、ダイアモンド・ドッグズで俺の指示を無視した奴がいるということか」

『……どうする、ボス?』

「それは後回しだ、オセロット」

『わかった――問題はまだ片付いていないからな。目の前のことに集中しよう』

「イーライを追いたい、オセロット。足はどうなる?」

『それならすでに手を打った。装備のほうだが、改めて海岸に近づいたときにしてくれ』

「なぜだ?」

『支援班の話だと、島の中央部上空の気流が荒れているらしい。そこから外側に行くほど、風の影響を受けなくなるとか』

「わかった」

『ボス、確認しておきたい。部隊の集結が終われば、向こう総攻撃を開始する。俺達はどうする?』

「オセロット。俺達の準備は出来てるのか?」

『残念ながら――ペースは向こうが握っている。かろうじて、あんたとあんたの部隊が。そこに切り込んでいるが』

「最悪、サヘラントロプスを抑えたXOFと戦うことになるか。そうなりたくはないな、犠牲がさらに多く出る」

『好みは言っても聞き入れられそうにない。ボス』

 

 

 通信を切る。

 状況はダイアモンド・ドッグズに不利なまま進んでいる。

 だが、そんな中でも自分とスクワッドは良く戦っている。チャンスはまだあるはずだ。

 

 空を見上げる。

 地上からはわからないが、この上は今ひどく荒れているらしい。

 戦場に、最前線に、自分の部隊と相棒達のところへすぐに向かいたかった。夜を待つことはない、後数時間でこの戦場は焼き尽くされる。

 他に何もなくなるという意味だ。

 

 だが、だが自分は変わらない。

 こんな救いのない戦場の中でも、未来の為に常に戦う。

 ビッグボスと彼の部下はそのためにここにいる。そして今回も勝利する。

 

 あとはそれが、いつ?かというだけのことだ。

 

 

==========

 

 

 

 イーライ達は予定通り、山を駆け下りて村に突入すると。折り返して戻ってきたサイファーの戦闘機が攻撃を加えてきた。

 

『調子に乗るなよっ』

 

 イーライの声にはまだ余裕がある。

 発射されたミサイルも、お互いの距離の半分は届く前にサヘラントロプスの頭部のバルカンに叩き落としてみせた。

 

 以前も気持ち悪いほど生物的な動きを見せたこの機体だが。今はそれ以上、血肉の通う生物としか思えない。激しく暴れれば、興奮したように吼え。苦しむ敵の姿を見れば、無慈悲に体をきしませ笑い声をあげる。

 

 その足元では、車両に乗った少年兵達が大喜びしながら。無意味に村のあちこちに向かって車にのっかっていた重機銃を撃ちまくっている。この村の家屋は水はけがよく、通気性を高めている事もあって強度はたかが知れている。

 

 そして大人達もほとんど全員が意識を失う寸前の声帯虫感染者達だ。子供達の放つ銃弾は、壁を穴だらけにするだけではなく。そこで苦しむ大人達をも無慈悲に攻撃していた。

 

 それが致命傷となれば、まだ救いがあるものだが。

 現実は滅茶苦茶な撃ち方で撃ち込まれた鉛弾で傷つけられるだけで、無意識の中でより苦痛にあえぐ大人達が増えていくだけ。

 もはやイーライの少年兵達は兵ですらなくなっていた。

 

 自身とは関係ないサヘラントロプスという巨大な力を自分のものと勝手に勘違いして無敵と思いこみ、その高揚感だけを攻撃に転化して世界にぶちまけるだけの禍々しい存在になり果てている。

 

 ついにサイファーの航空戦力がサヘラントロプスの攻撃で撃墜され始めた。

 

『そんなものか!?』

 

 信じられないことに、イーライは対地ミサイルを手動で飛び回る戦闘機の軌道にぶつけて見せたのだ。

 残る4機は、VTOLLの力で空中に並んで静止するとミサイルを打ち尽くしたのか。機銃が火を吹く。

 それは村を抉り、子供達の乗る車両を襲い、サヘラントロプスを襲ったが。イーライは鼻で笑うと頭部のマシンガンだけで応戦する。

 4対1だったが、結果は4つの火球が海上へと落ちていく。

 

『ハハハ、ハハハハ!』

 

 サヘラントロプスの圧倒的な力にイーライは完全に酔っていた。

 

 

==========

 

 

 ついに村に傍若無人のまま突入していくサヘラントロプスを、XOFの失敗したアンブッシュを確認したスクワッドは遠目で確認していた。

 

『ああなると、クソガキなんて。かわいいもんじゃない』

 

 フラミンゴの冷たい声が全てだった。

 人の皮を被った獣の群れが、死病に苦しむ大人達しかいない村で血煙を巻き上げ、意気を吐いて暴れている。次第に激しくなる戦闘に巻き込まれ、少年兵の数も3割近く失っているはずだが、彼等は気にしていないようだった。

 

『こちらスクワッドリーダー、オセロット聞こえますか?』

『オセロット、そっちはどうなっている?』

『目標はやはり村へ……』

『サイファーもアンブッシュに失敗か』

『叩きつぶされていました。怪我人がいなかった我々は、運が良かったようです』

 

 XOFの部隊は全滅だった。

 頭部のバルカン、ミサイル攻撃。そしてトドメとばかりに足元を火で満たして大地ごと焦がしつくす。

 兵士達は攻撃命令に従ったまま大量の火に襲われて瞬時に焼け死んでいた。生存者はいなかった。

 

『それはいい。その運を大切にしたいな』

『そうでもありません――。戦況はどうなってますか?』

『戦闘班はこう着状態に入った。それでもなんとかなっている。どうやらむこうはサヘラントロプスに集中しているようだ。その村の北側にサイファーが戦力を集中させる動きがある。戦力を集中させて、一気に村の中へなだれ込んでいくつもりだろう』

『そうですか……』

 

 今でもどうしようもない状態の村だが、そうなればきっと誰も生きてはいられないだろう。

 いや、そもそもあの村にいる大人たちは誰も助けることなど出来ないのであったか。

 

『もしかしたらイーライはサイファーを狙うのかもしれない。北側の森を挟んで、向こうにある丘を越えればすぐに北の海岸線が一望できるらしい。奴のレールガンが、まだ使えるならの話だが』

『ダイアモンド・ドッグズは相手にしていないのでしょうか?』

『どうかな。ビッグボスに自分を追わせたいのかもしれんな』

 

 オセロットはどこか投げやりにそう答えたが、ゴートはそれが案外真実なのかもしれないと思った。

 あの少年は大人を憎む一方で、特にビッグボスに対しては歪んだ愛情を抱いている。村の大人たちを殺したあとは、ボスが自分を追ってくるのを期待してサイファーに向かうのだろう。

 

『スクワッドはしかけるつもりか?』

 

 オセロットは勘が鋭い。何も言わないのに、こちらの考えを読んできた。

 

『――この後はどうするんです?』

『こちらの部隊は北上する。サイファーを島から叩きだす必要があるし、サヘラントロプスの回収も考えるとな。その後になるだろう、部隊を集結させてサヘラントロプスにむけて最初で最後の突撃は』

『……なるほど』

『地元の正規軍の手前、これ以上の戦力はサイファーも無理には投入できないだろう。だが、それはうちも同じだ。

 武装ヘリを集結させて投入する事も考えているが、とにかく最後だ』

『ビッグボスは?』

 

 実はそれをずっと気にしていた。

 

『さきほど連絡が復活した。どうやら、最初の騒ぎでジャングルの中で昼寝をしていたらしい、呑気な人だ』

『大丈夫なのですか?』

『心配ない。現在はお前達と合流しようとしている。それでも山道だからな、時間が必要だ』

 

 そんな時間はない。

 いや、そうじゃない。これは好機だ、ビッグボスとイーライ。どちらも戦場にあっても距離が離れている今ならば。

 

『……』

『気持ちは変わらないか、ゴート』

『オセロット、サイファーの本命も次の奴でしょう。ボスもまた、それほど悠長に時間をかけるつもりはないようです』

『――サイファーを放ってサヘラントロプスに集中しろ、と?』

『ビッグボスはサイファーの本命の……前に追いついて勝負をつけようとするはず。向こうがそれを許すとも思えませんが』

『ふむ』

『我々がここで仕留めます、イーライを』

『――気をつけろよ』

 

 通信を終えると、全員を集める。

 ゴートはマスクを脱いだ。今はそうしたかったのだ。全員もそれにならった、互いの顔を見ておきたかったのかもしれない。

 

「DDは戻そう」

 

 ゴートはまずそう口にした。

 

「戦闘機を叩き落とす相手だ。まさか、DDにかみついて来いとは言えないだろ?」

 

 リーダーのひどいジョークに笑い声があがる。

 フラミンゴ達はDDの毛を撫でながら、労をいたわるとDDのスーツに仕込まれたフルトン装置を発動させた。

 悲しげな声で戦場からとびさっていくDDを見送ると、アダマが口を開く。

 

「サイファーの部隊が集結しているのは聞いたな?その前に俺達でもう一度、攻撃する」

 

 ゴートはハリアーに命じておく。

 

「クワイエットと狙撃ポイントを明らかにしておいてくれ、サヘラントロプスとの射線には入りたくない」

「わかったわ」

「あの機動力、どうやって止める?」

 

 鋼の巨体で跳躍と言うよりも飛翔と表現するしかない動きを見せられ。

 待ち構えた戦力の攻撃を力でなぎ倒してしまった。ビッグボスと共に倒したあの日のサヘラントロプスもおかしな動きを見せていたが。今の奴のそれは、もはやスペックがまったく参考にならないほど異様な生物となり。そして今回の自分達にはビッグボスはいないのだ。

 

「不安はわかる、フラミンゴ。だがな、あれの装甲の強度は以前と変わらない。前回のダメージの補修も、子供がやったという話だ。完全には程遠いはず、倒すことが不可能とは思わない」

 

 サヘラントロプスの修理をアレの開発者であるエメリッヒ博士が離反した少年兵達と結託していたことはすでに公表されていた。

 あの話が事実とするならば、博士は修理よりも有人で稼働できることに重きを置いていたという話だった。どうやらあの狂った博士(マッドサイエンティスト)は自分が生みだす機械が”正しく”名称通りに動くことにしか興味がなかったらしい。

 

「クワイエット、あんたに話がある」

 

 いつものように、周りと距離をとってじっと見つめているだけだったクワイエットにいきなりゴートは話しかけた。

 この男にしては珍しいことだ。

 

「あんたには俺達は色々と思うところはある。だが、一つだけ確かな事は戦場ではあんたはいつもビッグボスの相棒だったってことだ。それは変わることはなかった、今日まで」

「……」

「約束してほしい。この先の未来のことを。俺達が、スクワッドがもしイーライに敗れた場合――あんたにはなんとしてもあのサヘラントロプスを追って欲しい」

「……」

「そしてビッグボスを。ボスのことを頼む」

 

 予感が言わせたのではない。

 スクワッドとは常にそうした部隊だと知っていたから、伝えるべきに伝えたと言うだけだった。

 ビッグボスの伝説、その復活から彼らは目の前に実在する伝説の男のもっとも近しい”戦友”でありたいと願い、そのためだけに自らが危険に飛び込み、ボスと同じように伝えられた技術を頼りにサバイバルを生き抜いてきた。

 

 死んだ者は過去になったが、ボスは彼らを。そして自分達をきっと忘れない。

 その喜びを、今の自分を好きだから、彼らはここにいる。彼らは、ビッグボスの部隊とはそういうものになっていた。

 旧い時代の英雄の老人介護部隊など最初から存在しなかった。ただ、ただ彼と共に戦場に立つ兵士でいたい、ビッグボスの狂信者達(フリークス)が彼等であった。

 

 ゴート達が背中を向けると、クワイエットの表情が初めて歪んだ。

 ビッグボスを頼む――その言葉がいかに苦しく、重いのかを。沈黙を守るクワイエットは彼らに伝えることが出来ない。

 このような目を覆いたくなる惨状を目にした今となっては余計に……。




まだ解決しておりませんが、第5章はこれで最後とします。
次回は一週間後を予定。
それでは。

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