真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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戦況報告(1)

 サイファーは島の北側にある砂浜に上陸ポイントを設置すると、そこに次々と白い防疫スーツに身を包んだ兵士達があらわれた。

 彼等はすぐにもテントを張り、電装機器を並べ、後続の部隊をそこへと導く準備にとりかかる。

 

 彼等、スカルフェイス亡き新生XOFが順調だったのはそこまでだった。

 森林より飛び出しすのは4つの影。それはスネーク率いるダイアモンド・ドッグズの髑髏部隊。スカルスーツに身を包んだアダマが率いるスクワッドであった。

 慌てて武器を手にするXOF兵士の間を彼らは飛んで、跳ねて、撃って、斬りかかってとスカルフェイスのスカルズのようにあちこちで無言のままに制圧し。上陸してきた船にC4爆薬を貼りつけ、無線機器を穴だらけにし、必死に抵抗しようとする自走砲の直撃弾を平気な顔で受け流したあとでとりついて砲塔をひん曲げる。

 15分とかからず、スクワッドはサイファーの上陸ポイントのひとつを潰すとすぐにその場から立ち去っていく。

 

 

==========

 

 

「オセロット、スクワッドが最初のXOF上陸地点を制圧完了」

「よし、彼らにはボスを追わせろ。ゴールドとフェニックスチームに、そこから南側のポイントを攻撃命令を出せ」

「了解」

「聞いたな、ボス?こっちは出遅れた、半日ほど」

『ああ。だが、泣き言を言っても仕方がない』

 

 サイファーの方が上陸と展開がわずかに早かった。

 沖にマジェスティク級航空母艦とおぼしき姿が1隻あり、北の海岸にはすでに複数の上陸ポイントが設置されていることは確認した。それでもサヘラントロプスはまだ捕捉していないようだが、島のあちこちにはすでに彼等の姿があるらしい。

 オセロットはまず、遅れた分を取り戻す意味を込め。複数個所から上陸してくるXOFの上陸ポイントを潰すことから始める。もはやそれは時間稼ぎ程度の意味しかないが、これ以上の後手に回るのだけは避けたかったのだ。

 

 その間にスネークとスクワッドは島の中央へと侵入。先に森の中に分け入っているであろうXOFより、はやくサヘラントロプスを抑えるしか、チャンスはない。

 どうやらスカルフェイスの最後を知っているようで、海岸線にはダイアモンド・ドッグズにも負けない戦闘装甲車両がならべてあるところもあるようだ。

 

 

(火力で圧倒する、それは必要だが。XOFとうちとで削りあうのは出来れば避けたい)

 

「ボス、やはりXOFとの戦力差が厳しい。こっちは時間稼ぎに入っているが、それ以上にサヘラントロプスの姿を確認していない今の状況では動きようがないぞ」

『出来るのはせいぜい嫌がらせくらいか。もっと明るい話題はないのかね』

「大陸の諜報班からひとつある。シオラレオネ政府は正規軍を動かさない。ここで何が起きているのかも知らないふりをしている。とりあえず、今は』

『4つ巴、それは避けられたか――』

「どうだろうな。状況がわかるまで、動かないだけかもしれん。それに、勘のいい海外メディアの連中が騒ぎを聞きつけるのも時間の問題だ」

『……マズイな』

「ああ、そうだ。だが、それは彼らがどうこういうことじゃない。サイファーはサヘラントロプス捕獲にやはり短時間で決着をつけるつもりなのかもしれない」

『うち(ダイアモンド・ドッグズ)の算出した、開始から任務終了までは?』

「6時間、なにかあっても7時間以内に撤退する計画だった」

『じっくりと攻略、とはいかないか。老人にはきつい現場だ』

「都合のいいときにだけ”老人”になるのは爺さんになった証拠だというぞ、ボス」

 

 違いない、そういって笑うと連絡は終わった。

 冗談でも言わないとやってられないのだろう。オセロットは内心ではスネークに言ってやりたかった。「ボス、あんたはなにもかも引き受けすぎる。彼等(少年兵)はカズヒラの問題で、あんたが気にするようなことじゃない」と。

 だが、わかっていると頷いてもあの男はやはり思い悩むのだろう。

 

 アウターへブンとはビッグボスのものだ。

 彼があるといえばあり、ないといえばないのだ。

 だが、あの男は。彼は自分の語る夢に集う部下たちを愛し、彼等の願いまでも汲み上げてやりたいと考えてしまう。それはまさに……。オセロットの心に、棘に刺さったかのような痛みが走る。

 

 一瞬、穏やかに任務の進行を見守っていた、最前線の砂浜に設置されたダイアモンド・ドッグズ上陸ポイントにいる兵士達の背中に冷たい汗が流れると。思わず手元に武器をひきつけ、安全装置をはずしていた。

 なんだ?なにかあったか?

 周囲をすばやく確認し、お互いが勝手に緊張して動いていたとわかって苦笑いを浮かべた。

 

 だから気がつかなかったのだ。

 わずかな間であったが、あのいつも冷徹なオセロットの表情が、うつむいて地図に集中している風の彼が一変するところを。

 突然現れた彼等の間のおかしな空気が去ると、司令部はまたもとの任務へと戻っていく。

 

 

==========

 

 

 最前線で指揮をするオセロットとの連絡を終えてスネークはクワイエットの顔を見た。

 森林の中とあって、小ハエ等の虫が彼女の周りにも飛び回っているが。本人はいつものように無表情のままだ。

 それでも、その場違いな格好のせいで肌を流れ落ちる汗が、艶めかしく見えてしまうのは多分、男としては間違っていないはず。目の保養ではないが、そんな彼女を見た理由がスネークの前に広がっていた。

 

 XOFの隊員らしい、

 白の防疫スーツを着た兵士達が森の中で次々と死んでいる。

 数時間前まで生きていた彼等がそうなった理由、それは自然の中に混ぜるように配置されていたブービートラップだ。

 

 ある者は首を吊りあげられ、ある者は大木に挟まれ、叩きつけられた上に削り取られた先端でもずのはやにえ状態にさせられてるのもいる。

 空中で炸裂するタイプの地雷だったらしく、地面に血まみれになって倒れているのもいた。

 

 スネークはひとつため息をつくと電子葉巻を取り出してくわえた。時間はないのに、余計なことばかり増えていく。

 クワイエットはその間に、落とし穴に落ちて力なく泣き叫ぶのを止めないXOF兵の頭を狙い、撃ちぬいている。

 

「ベトナムの再現、だな。これは」

 

 かつての世界大戦での勝利を忘れられず。再び小国を労なく屈服できると信じた愚かなホワイトハウスの住人達が、しでかした呪わしい敗戦の記憶。最終的に彼らは同じように再び核兵器すら使おうと考えていたらしいが、あの時の時代がそれを許さなかった。

 

 XOFの哀れな兵達は、子供達の再現しようとする”小国”に攻め入ってきた愚か者として。あの時の米国兵よろしく、こうしてジャングルの中のオブジェとなっている。

 それが意図したものかどうかはわからないが、スネークはこの時になってようやくのことあのイーライという少年が。小さな体の中に真に化物の本性を持っているということを認めなくてはならなかった。

 それは小鬼では決してない。スカルフェイスのように互いの鬼をさらして見比べるような趣味はないが、つき合わせればそれは醜く獰猛な鬼がそこにはいるのだろう。

 

 

 DDがワンワンと吠え、スネークは自分のところに追いついたスクワッドと合流を果たす。

 

「みんな、ちょっと話を聞いてくれ」

 

 そういうとスネークは情報端末機を取り出し、地図を表示させる。6つの髑髏がそれを囲んだ。

 

「ここから北に進んだところに山道があるようだ。連中の部隊の1つが、そこを進んでいるのをここに来る前に俺達が確認している」

『……』

「スクワッドはこれからそこへ行って、道を封鎖しろ。クワイエットとDDも連れて行け」

『ボス!?お1人でサヘラントロプスに会うつもりですか!?』

 

 アダマが思わず声を上げる。

 他から声はないが、マスクの下にいるほかの5人も同じ思いでいるのだろう。スネークは前に広がる光景を顎でさすと。

 

「見ろ、DDがこの先の罠の多さに閉口してクルクル回っている。俺の後ろを歩かせるならクワイエットなら行けるだろうが、戦闘は無理だ。森のどこに罠があるのかわからない、偏執的にびっしりと仕掛けられていることだけわかっている」

 

 スクワッドは、自分達がイーライを確保したマサ村でのあの異様に仕掛けられた罠の数々を思い出していた。

 あれがこのジャングルの中でも再現されているのだろうと想像がつく。

 

「だから俺一人で向かう。ここから先は、大勢でいかない方が身軽でいい」

『しかし、ビッグボス。あなたになにがあっても自分達は助けることが出来ません』

「そこは――俺の長年の勘に賭けるしかないな。それに、わかっているだろうが俺はイーライとできれば戦争はしたくない。もうすでに十二分に血は流れている、これ以上はやりたくない。出来ることなら、な」

『それはわかりますが……』

「こっちも一人なら、いきなり撃ち合いにはならないかもしれない。俺はイーライ達と、まずは話がしたいんだ」

『それがボスの命令だというなら、従いますが』

 

 やはり戦場で置いていかれる、その思いがゴートをはじめとしたスクワッドの考えなのだろう。スネークは思うところをすべて明らかにすることで、彼等に納得してもらわなくてはならなかった。

 

「山道に出たら、決してそこから森の奥へ向かうな」

『ブービートラップ、ですね』

「ああ、そこを進んだサイファーの連中もひどい目にあってるだろう。お前達もそれに続くことはない」

『それでは、なぜ?』

「もし――もしも、イーライと戦うとなれば。動きのとれないジャングルであいつは戦わないだろう。広い場所に移動する、海岸かそれとも――」

『村、ですね。あそこなら動けない、抵抗できない大人達しかいない。彼らを人質にできる』

「大人を憎んでいる少年兵達だ。彼等を盾には使っても、助けようとはしないはずだ。それをさせたくない」

『わかりました』

 

 続いてクワイエットの前に立つと、その肩に手を置く。

 

「話を聞いたな。スクワッドを守ってくれ、クワイエット。DDもな」

 

 別れ際にDDの顎を撫でると、目を細めたDDは一度だけ吠えてスクワッド達の元へと駆けていく。

 そうしてスネークはただ1人、ジャングルの奥地を目指した。

 生命の溢れる世界、季節を無視するように暑いあの日のジャングル。それは違うのに、間違いなくそこにあった。

 

 

 

 オセロット達本隊も、ついに動けなくなった。

 相手の上陸地点を2つ、3つは上手く潰せたが。さすがに向こうもそのままこちらを放置してはくれなくなった。

 

 まだ攻撃こそ受けていないが、向こうの戦力は徐々に集結を始めている。

 サヘラントロプスを確認したのか。それともすぐに動けるようにと準備を始めているのか、わからないが。こちらもその時を想定して、戦力を集めながら移動させなくてはならなくなった。

 

(時間稼ぎは終了か。イーライ達を確認した後。奴らはきっと村になだれ込んでくる。ボスもスクワッドも、そこで決着をつけたいとは考えないはずだ。ならば、どこで?)

 

 同時にオセロットはこの島での戦後処理についても考えなければならなかった。

 

 恐れていたように声帯虫の猛威によって島の住人達は発症してしまっていることは確認した。まだ辛うじて意識を残し、わずかにだが会話も出来るのがいるらしいが。誰も助けることは出来ない。

 医療斑の予測が正しければ、明日の昼までには物言わぬ村へと変わっていることになる。

 

 医療班は戦闘終結後に劇薬の農薬を島に散布することで、声帯虫の環境を狭くする方法が良いと提案していた。

 だが島の外の状況に予断を許さぬ以上、蔓延してしまっている声帯虫に生ぬるいやり方で時間をかけるわけにはいかなかった。

 

(カズヒラ、高くついたなこの戦い。貴様も、ボスも、俺達も。全員が無事にはこの戦場を去ることは出来ないぞ)

 

 忌々しい、憤りを感じる。

 たった一人を除いて秘密にしなくてはならない2重思考のルール。それがオセロットを苦しめ続けている。

 そうなのだ。カズヒラ・ミラーはもちろんだが、実を言えばこのオセロットにもこのような苦境に迷い込んでしまったという責任がないわけではないのだ。

 

 部下の一人が報告に駆けつける。

 

「オセロット、ビッグボスの報告のとおり。やはり村には大人達が。死にかけてますが、残っています」

「……発症しては俺達でも助けられない。移動させようにも時間も人もない。放っておくように兵士には徹底させろ、今後は接触も禁止する。すぐに村から退去させろ」

「了解です」

「だが、見張りに何人か残しておけ。戦闘には絶対に参加させるなよ、情報が必要だ。XOFが本当に村に侵入しないか、しっかりと確認したい」

「わかりました」

「作戦終了の合図があるまでは、観測手を続けさせろ。回収ルートもちゃんと用意してやれ」

「3人、でどうでしょう?」

「まかせる」

「了解、すぐに取り掛かります」

 

 あえて言わなかったが、あのイーライが村を放って置くはずがないのはわかっている事だ。

 どの道、あそこは戦場になる。その時、サヘラントロプスの相手がXOFか、ダイアモンド・ドッグズか、その誰かはわからないがきっとそうなる。

 戦場では巻き込まれた奴に死に方は選べない。非情だが、それも真実だ。

 

「やはり、焼くしかないか」

 

 ここでの戦闘時間はXOFとビッグボス。2つが接近して競いだしたことで徐々に短縮されようとしている。

 それは同時に、戦闘終了後にも自分たちがここでノロノロとしていられなくなっていることにも繋がる。

 

 声帯虫をこの島の大地に残して置くわけにはいかない。

 虫によって死んだ大人たちを世界に公表させるわけにもいかない。島に現存するあらゆるものを徹底的に破壊し、奪いつくさねば。

 シオラレオネのある本土にも、もしかしたら疫病として飛び火しているかもしれないが。それはカズヒラの諜報班に後で調べさせて何とかしてもらうしかないだろう。

 

(ボス、イーライはまだ見つからないのか)

 

 1時間前、すでにビッグボスは部隊と2手に別れて1人奥地へ向かったことは連絡を受けている。

 オセロットの見るところ、そろそろXOFの先行部隊とサヘラントロプスは出会ってもおかしくない時間だ。ボスがイーライとの話を望むならば、そこに彼が割り込んでいくしかない。本格的な銃声が鳴り響いてからでは、その機会も失われるからだ。

 

「島の高高度に待機中の支援班に連絡しろ。そろそろ島の中央が騒がしくなる頃だ。それを絶対に見逃すな、とな」

 

 そしてちょうどこの時、島の中央でも戦況を変えるような動きが生まれようとしていた。




また明日。

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