少年は笑いながら砂場を駆け下りていく。少年の兄と父が、それに続く。
今日は良い天気だ、釣りもきっといい結果を残せるはず。
浅瀬につないである船の側に先に到着して待っていた少年が、呆けた顔で海を見つめていた。それに追いついた二人はきいた、どうした?と。すると少年は答えず、代わりに海上を指さした。
海の上を機械の体をした巨大な天使が飛んでいた。
思わず、親子は神の名を呟いた。
彼等の国には土着の信仰と神がいたが。白人たちの訪れた後ではキリストの名を称える者が多くなっていた。
親子だけではない、こうした目撃例は続々と海岸に沿って広くから聞こえてきた。
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ヒューイの部屋に、突如ミラーが部下達を引きつけれあらわれると。流石にヒューイも怯えを隠さなかった。
「な、なんだい。いきなり……」
「エメリッヒ。今からお前を逮捕する。正確には再逮捕する、だ」
「なにをいっているんだ。僕がいったい何をしたと――」
「わからないのか?なら、見せてやろう。おいっ」
そういうと「はっ」と声を上げて部下達が次々とヒューイの研究室に入ってくる。彼等が手にするのはビデオデッキに小型のテレビ、なにかを見せようということらしい。
テキパキとコードと配線をとりつけると、カズは懐からテープをとりだす。
「最近の開発班では、新型の警備装置の開発に力を入れている。その性能の検証は、当然我々の中で実際に運用することで確かめていた」
「え?それって――」
「理由が知りたいといったな?これがその”理由”だ」
映像の中で、ヒューイがキョロキョロと廊下に顔を出して無様に周囲を窺い。出ていくと、数分後には戻っていく様子の一部始終が記録されている。
当然だが、出ていく時には毎回何かを持ち出すが。帰ってくる時は手ぶらであることが一目でわかるようになっていた。
「こ、こんなことを……」
「警備上の理由からここは危険だからお前には外を出歩くな、と。それも海上には出るな、と言い含めておいたはず」
「それは――こういう生活をしていると、息苦しくてね。だからああやって時々を……」
「別にここで話す必要はない。お前がそう言い逃れをすることもわかっている。そうさせないよう、しっかりと全てを記録してから吊るしあげてやろうと思ったが――してやられたよ、エメリッヒ”博士”」
「!?」
「お前達、博士をいつもの部屋にご案内しろ。オセロットがすでに待機している」
「オ、オセロット!?」
恐怖で体が既に硬直しているのを幸いと、兵士は4人がかりでヒューイを拘束すると抱えるのではなく引きずって歩き出す。それでも最後の抵抗はしようというのか、ヒューイは必死にミラーに訴え始めた。
「ボスを、ボスを呼んでくれよっ。これは誤解だ、なにかの――」
「その必要はない。ボスもすでに了承していることだ」
「なにっ?」
「『ヒューイには一度だけチャンスをやった』だそうだ。それをお前は無駄にしたんだ。ボスはお前の味方になってもいいと情をかけたが――貴様はそれをも踏みにじった!」
「僕はあんた達の力になれる。そうだろう!?実際に――」
「その必要もない!ここにも戻らなくていい。お前にはもう、隠してある事全てを話してもらうこと以外に望むものはない!」
ついに感情の抑制が吹き飛んだか、冷静なはずの男が感情の嵐をむき出しにして怒鳴りつけ出す中。すすり泣く哀れな男はあの部屋へ――101号室――へと消えていった。
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ヒューイが再逮捕される少し前。
スネークはスカルスーツを着て、相棒達と共にスクワッドとは違う戦場へと出撃していた。
アフガニスタン北部山岳地帯、そこはかつてあのヒューイ回収と共にサヘラントロプスとの最初の接触があった場所。その基地は、あの時と変わらず兵士達が駐留していた。
だが、スネークが彼らを一瞥して眉をひそめたのは、その兵士達の所属が問題だったからだ。
(XOFだって!?)
スカルフェイスが率いた部隊が、彼が死亡した後にも関わらずにすでに再編成され、この基地で運用されている。組織の頂点のいないサイファーと同じく、XOFもスカルフェイスという頂点を失うことで。CIAの実働部隊という表向き、元の場所へと正しく戻っていったということなのだろうか。
となれば、彼らはここでサイファーの指示をずっと待ち続けているのだろう。
スネークは指でさすことで、クワイエットに広大な基地の斥候をさせ。DDには自分の側から離れないように、と仕種だけ伝えると腰からカートリッジを取り出してマスクに装着する。
フォー、フォーっと呼吸に合わせるようにカートリッジ内の虫達が激しく動くのを口で感じる。
1分もかからず、スネークの影はその場から消えていた。
MSF壊滅、あの騒ぎには1つ大きな疑問があった。
ストレンジラブ博士、ピースウォーカー事件でAI開発者だった彼女は、その奇人変人っぷりに本名ではなくそう呼ばれることに喜んでいるようだった。
そんな彼女がMSFを離れたのは襲撃事件の1週間前。
だが、これは彼女がヒューイと関係していたという証拠として考えるのは難しい。と、いうのも彼女はすでに当時から次の自分の研究について口にしていたことがあり、スネーク自身も彼女とそれについて話していたからだ。つまり彼女は、傭兵会社に居続けるような科学者ではなかったのである。
問題はその後、だ。
革命成功後のコスタリカ政権中枢に入った昔の仲間の前にあらわれた彼女は、ピースウォーカーのAIポッドを回収したいと告げ、すでに自分は新しい研究をしているのだと話していたのだという。
その彼女の行方がようとして知れない。
なのに、である。スネークは見ていたのだ、スカルフェイスに捕らえられていたヒューイを訪れた際。
彼の研究室に置かれていた”彼女が回収したはずのAIポッド”の姿を。
カズはてっきりスカルフェイスがヒューイの研究データと一緒にこれをどこかに隠したのではないかとずっと探しまわっていたのだが。どうやらあの日、スカルフェイス自身の口にした通り。
AIの研究には興味がなかったらしく、ポッドは彼がスカルフェイスの元に最後にいた場所にずっと放置されているのではないかと言う結論に至った。そしてそれはどうやら正しかったらしい。
『スネーク』
「……」
『帰れ!お前はここにいるべきでは――』
「”今回は”あんたを連れ戻しに来たのさ」
最後にボス、と続けるところをスネークは言葉を飲み込んだ。
ヒューイの言葉じゃないが、これはザ・ボスではない。ただの機械、AIが情報を入力された過去の情報からリフレインしているだけだ。部屋の中の放置された機材を使い、据え置かれたポッドを持ち上げると裏の扉から外へと出ていく。
以前のようにここにヒューイがいないという理由もあるのだろうが、警備はこの場所まで監視の目をむけていないようで。こうして露骨に運び出すのも誰にも見られることなくスムーズに行われた。
特別製のフルトン回収装置をポッドにとりつけると、すぐに夜の大空に向かって飛び去っていく。
これで、何かがわかればいいのだが――。
だが、マザーベースに帰還するスネークの期待はすぐに裏切られた。
そこではまたも彼の留守中に、新たな事件が勃発していたのだ。
隔離プラットフォームにおいて、第2次声帯虫の感染が確認された。それは容赦なく牙をむいてマザーベースの兵士達に襲い掛かる、以前とは比べ物にならないほどの凶悪なものだった。
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「先に連絡した通りだ。隔離プラットフォームで声帯虫の再感染が確認、部隊を送って調査させようとしたが。連絡が途絶えた。死者も出ているらしい。2次隊は選抜済みだ、あんたの命令で――」
ヘリポートから降りてきたスネークを出迎えたカズは早口でそう告げてくるが、あっさりとスネークはそれを却下してしまう。
「俺が行く、1人でいい」
「何を言い出すんだ、ボス!なにもあんたがいかなくとも!!」
「――犠牲は出せない」
「中で何がおこっているのか、本当のところはわからないんだぞ」
「だからさ」
「っ!?」
「――カズ、兵の顔を見てみろ。恐怖にひきつっている、あれでは役に立たない。ストレスで限界なんだよ」
「……」
「もう犠牲を出したくない。ワスプのようなことは――」
前回の騒ぎ、秘密を保ったものの。そのせいで状況がわからないまま、恐怖に支配されて自害したスクワッドの名前でカズも黙りこくる。
ボスはあれ以来、彼女のことを一度も口には出さなかったが忘れたわけではなかったのだ。
「わかった――ではまず、感染状況を調査してほしい。救出はその後。状況の判断ができるようになってから」
「いいだろう」
「ボス……また、頼む」
「まかせろ、カズ」
そう答えるとついてこようとするクワイエットとDDをその場に残るように指示を出して、ヘリに飛び乗った。
これからすぐに隔離プラットフォームへ向かう。
声帯虫は空気感染はしないが、なにが変異を起こしてこの事態を引き起こしているのかわからない。
そこで施設の入り口にはテントによる通路が作られ、出入りが出来ないように封鎖している。あまりやりたくないことだが、最悪のことも考えて入り口には焼夷弾を発射する装置が仕組まれている。
「ボス、コードト―カーだ」
『一旦制圧した声帯虫がなぜ再発生したのか。それはまだわかっておらん』
「館内の調査員が病原虫を単離し、資料を送ってきていた。これもコードト―カーが引き続き解析してもらう」
『前回の治療法がきかないというのだ。まさか、新種ではないと思いたいが……』
「だとしたら、誰かがそれをこのマザーベースに持ち込んだことになる。ここに敵のスパイがいる――」
『今は発生の機序の解明が先だ。それができねば、はっきりとしたことはわからない』
冷徹に淡々とそう語るコードトーカーも内心では感情の嵐を必死に押し殺しているのだろう。
隔離プラットフォーム上に置かれた簡易シャワー室からでるとスネークは都市迷彩服へと着替えた。
持っていくのは最低限の武器、ライトを付属させたショットガンとハンドガンのみ。
『あと、今回の症状には1つ厄介な点がある。自覚症状が薄い上に、進行が早いらしいのだ。つまり見分けがつきにくくなっている。健康そうに見えても、すでに手遅れということもあるということだ』
「ボス、送り込んだ部隊からはまだしっかりとした連絡はつかない。ただ、断続的に短く交信してくることがある。それもはっきりとしていない上に、なにを口にしているのか理解できないでいる」
「電波の発信場所は?」
「わからない。館内、というだけだ。あと、念のためだがテントの入り口は閉めさせてもらう」
「わかった」
マスクをつけながら、扉の前で立ち止まる。
恐怖心がないわけではない。だが、このままでは生存者を見捨てて、このプラントごと焼却しろと命令しなくてはならない。
「扉を開ける。カズ、俺も発症したら後は頼む」
「……ボス」
『繰り返すようだが、発症した者は助けることはできない。感染を広げるわけにはいかない、その時は……』
「わかってる」
短く答えると、ついにスネークは扉をくぐった。
緊急事態を告げるレッドランプがスネークを照らす。
3歩と進まずに、スネークは足を止める。
(匂いがする)
『ボス?』
「甘い匂い、熟れた果実のようだ。マスクをしていてもわかる」
『部隊も同じことを言っていた――』
病棟内が普通だったのは最初の角を曲がるまでだった。
乱雑に投げ出される医療器具、日用品。そして床や壁には尋常ではない出血を塗りたくったように真っ赤にそめあげていた。これをみて惨劇のあとと思わないやつがいるのだろうか?
『ボス、それには触るなよ。多分、喀血だ』
「……」
ショットガンのライトであたりを確認しながら進む。
どこからともなく聞こえる男女の苦しむ声が、遠く感じる。
突然どこかで「来るな、来るなぁ!」という叫びと共に銃声が数発鳴り響き、スネークは数秒足を止める。
『なんだこれは』
カズが絶望の声を上げる。
あるのは死体か、発症しているらしく床に倒れ。壁にもたれかかる男女の姿がある。
背後に気配を感じ、スネークは銃口を向ける。
真っ赤な目の黒人の兵士がフラフラと立っていた。
「ボス、どいてください。外に出たいんです……」
「……」
「こんな、こんな暗いところでは死にたくないんです。ここじゃ、嫌だ」
「……」
「俺は感染していない。していないですよね?大丈夫ですよね?」
「……判別が難しい、そう聞いている」
一言だけなんとか返事が出来た。
だが、それで彼は冷静になれたのだろう。それまでの死人のような話し方から、普通の人のそれへと変化した。
だが、それで悪化した。
「感染していたら……あんな死にかた、あれは御免です」
それはかつてボスの前でワスプが言った台詞と同じものだった。
「嫌です、あんな死に方だけは。すいません、ビッグボス」
慌ててショットガンを放り出して止めようとしたが。彼の動きはその何倍もはやかった。
腰のハンドガンを抜き放つとなんの躊躇も見せずに自分のこめかみを撃ち抜いた。
『ボス!?なんてことを』
「……失敗している。彼にはトドメが必要だろう」
スネークの声は恐ろしく冷静だった。
彼は正確無比に自分のこめかみを撃ちぬこうとしたが、銃弾は頭蓋に当たって反射してしまい。死に損なってしまった。倒れたままうめき声を上げる男の苦痛をすぐに終わらせるため、スネークはその心臓にショットガンを向けた。
地獄に救いの一発となる轟音が鳴り響く。