真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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狂人達の夢

 CFAを再び叩き潰し、その十分な性能を示すことができたスカルスーツであったが。

 実際に運用してみるとこれがかなり問題の多いものであることもわかった。

 

 その問題を解決するために、スネークは任務から戻ると即日。開発班のもとへと訪れた。

 

「スカルスーツ、ですかい」

「ああ」

「まず、なにから始めますかね?」

「そうだな……」

 

 机の上に広げられたスーツの一着を前に、伝説のガンスミスと伝説の傭兵が共に首をひねる。

 

「一番の問題は、話すことができなくなることだな。意思の疎通というだけならハンドサインがあるが。声を奪われると、やはり難しくなる」

「そうは言いますけどね。声帯虫の取り付いた喉を震わせるのが、例の装置のキモ、らしいじゃないですか。そこに手を加えるのは」

「むむう」

 

 前回の戦い、戦場から距離をとり。突入していった髑髏部隊となったスクワッドたちの動きをスネークは俯瞰するよう心がけながら戦況を見守っていた。

 確かにスカルスーツの性能は素晴らしいことはわかる。

 その力を十二分に部隊は力を引き出したからこその勝利であり。おかげでマザーベースでは「スカルスーツを着れば、戦車を正面からコミックヒーローのごとく受け止めることができるし。鋼の装甲は紙のように引き裂くことができた」なんて噂が真顔で広まるのも分かる。

 

 だが一方では、戦闘開始から時間がたつにつれ。部隊の動きが雑になっていくことがはっきりとわかった。

 

 皮肉な現象であった。

 それこそがかつてスネークが、スクワッドが髑髏部隊を攻略するためにとった個別に対処するというそれであり。

 連携は次第に崩れ、個人個人がそこかしこで”ただ暴れる”だけの状況になっている。

 それでも装甲車両を中心としたCFAに完全な勝利をして見せたのだから凄いことではあるのだが、満足は到底できないし受け入れるわけにもいかない。ダイアモンド・ドッグズは戦場では整然と動くことができる兵士達の集う場所なのだ。スーツを着て、暴れて勝つことが重要ではない。

 

 それに気づかれれば、スカルズのようにこちらも対処され。なにもできないまま制圧される日も来るだろう。

 

「無理か?」

「……いや、実はそうでもないです。実用性を無視することになりますが、いくつか考えはあります」

「ほう?」

「例の、工場で放置されていた患者達がいましたでしょう?」

「……ああ」

「すいません。いやなことを思い出させましたかね?」

「いや、いい。続けてくれ」

「アレからのアイデアなんですが。まず、兵士の喉にメスを入れてそこにマイクを入れます」

 

 いきなり強烈なのが始まった。

 

「同じように頭部、耳の周りになりますか。そこに小型のチューナーを入れます。これの問題は小型の動力に安定を求められないってことでして。衝撃や、大きさ、持久力などの性能が問題になる」

「つまり――どういうことだ?」

「机上の空論、ってやつです。マイク、チューナーは小型にしても用意できる。でも運用が可能なほどの小型化された通信機とまでには至らない。これから先の未来には、ちょちょいと小さな装置で体内に埋め込めば通信可能。そんなこともあるかもしれませんがね」

「体内に?自分の体の中に、皮膚の下に通信機を入れるのか?」

 

 話だけ聞くと、正気とはとても思えない。

 

「――気味の悪い話でしょう、ビッグボス?俺もね、じつは部下がそんなことをブツブツと口にした時は薄ら寒くってねぇ」

「伝説のガンスミスも、付き合いきれなかったか」

 

 若いとはいえない2人が、顔を見合わせて笑いあった。いや、これは笑い事ではないのだが。

 

 戦場で次々と実現される新技術。

 それはWWⅡ以降、もはや10年ごとにまるで別物へと進化していっているように感じられ。その進歩の中にいる自分達、新しいものに目を白黒させる自分の姿に気がつき、年を重ねてゆっくりと老人になっていくことを嫌でも感じてしまう。

 だが、そうしたものと付き合っていかなければ今の戦場では生き残れない。未来でもきっとそうなるだろう。

 

「未来の通信装置ができるまで、無理か?」

「いえ、代案を用意しました。ベストではありませんが」

「助かる」

 

 伝説のガンスミスは部屋の奥へ行き、戻ってくるときはその手にU字の馬具に見えるものを持ってくる。

 そいつの表面はスカルスーツと同じミルク色をしていた。

 

「それか?」

「ええ、スカルスーツを着用前に。首に上からこれを装着してもらいます。首周りに少しヴォリュームはできますが、フォルムにほとんど変化はありません。首枕ってやつだと思ってください。ただし、中には通信装置が入っている」

「なるほど」

「戦場での運用を考えると、今はこのくらいの大きさが必要でしてね。そしてシンプルなのがわかりやすい」

「これで――会話が可能なのか?」

「話す時。意識を口ではなく、胸のほう。自分の心臓にむけて話す感じで、慣れがいります。胸周りの音の響きを首周りに配置しているセンサーで感知するためです」

「そうか」

「そして発生した音の響きを、人の言葉に翻訳します。なので通信機というよりも、翻訳装置といったほうが正しいかもしれません」

「枕としての性能は期待できない、というわけだ」

「ええ」

 

 スクワッドには早速試させてみないといけない。

 

 そんなスネークの考えを察したのか、伝説のガンスミスはこの試作品は人数分は用意しています、と教えてくれた。うなずきながら、自分もこいつになれないといけないのだな、と思った。

 正直に言うと、フルフェイスマスクの着用が義務付けられているこのスカルスーツをスネークは好いてはいない。自分の体のすべて、それを”一部のすきもなく覆いつくくして偽装”する、これに思った以上に息苦しさを覚えるからだ。

 

 まるで、まるで――。

 

「それで、なんですけどね。ボス」

「ん?」

「ちょっと別に、こっちのことで見てほしいものがあるんですが」

「ああ、かまわない」

「いつものじゃないです。初めてのやつ。まぁ、あとは実際に見てやってください」

 

 伝説のガンスミスは「こちらです」というと、スネークをその場から連れ出そうとした。

 

「どこへいく?」

「私の、自分だけの作業場って奴です。あの、ヒューイとかいう学者ですか?あんなのが使っている部屋を私もほしくてね、副司令官と交渉して手に入れました」

「カズを説得したのか!?それは凄いな」

「嫌、簡単でしたよ。あのサングラスに言ってやったんです。『部屋をひとつ用意するか、もしくは俺が逃げ出さないようにつけている見張りをエロイ体の若い娼婦、もしくは”俺専用の女兵士”に変更してくれ』って」

 

 あまりのずうずうしい要求にスネークも呆れ顔だ。

 

「それを言ったのか?カズに?」

「ええ」

「それで、なんて答えた。アイツ」

「ああ、そうですね――『ダイアモンド・ドッグズに風俗産業を入れるつもりはないし。酒場で満足に女も口説けない男のために斡旋してやるつもりもない。だが、部屋くらいならひとつ。あまっていないわけではない』んだそうで」

「ふふふ、うまく断られたな」

「まったくです。いくら男女揃っているからといっても、兵士ばかりじゃね。時には『巷にあふれる女』をこの海上で味わいたいと思うものなのに。副司令官にはそれがわからないらしい」

「ああ、MSFの時も。アイツは女には不自由はしていなかったからなぁ」

 

 スネークの意外な答えに伝説のガンスミスは眉を吊り上げて驚きを見せるが。スネークは記憶の中のカズヒラ・ミラーを思い出しているようで、そのことに気がついていない。

 昔はどうかは知らないが、バーに行けば男漁りをしている女性兵士たちと話すことは簡単だ。

 その彼女たちの評価の中で、ビッグボスは別格としても。その片腕であるオセロットと副司令官の評判はことのほか悪い。

 

 幻肢痛などというものを訴え、仲間すら疑えと要求する上司。かたや、ビッグボスにも引けを取らぬ実力を持っていながらも、それを隠すように自分を主張しない何を考えているのかわからない男。これで人気があるわけがない。

 

「ボス、こいつを見てほしかったんですよ」

 

 暗い部屋の中に明かりがともされると、作業台に横になって眠るそれがスネークの目に入る。

 

「これは銃、だよな?」

「ええ、これまでにないデザインで。そうとは見えないかもしれませんが」

 

 形状を見ると短機関銃。サブマシンガンに分類できると思うその銃は、これまでになくコンパクトな形状に目を奪われる。

 このジャンルはドイツのMP18や、米国のトンプソンなどが独特の味わいが形状として有名だが。この銃もそのどれにも似ていないのに、趣というか、品のようなものがあるのを感じる。

 

「近年、欧州の武器メーカーが面白い銃のデザインを発表しようとしていると噂がありましてね。あまり使ってはくれていませんが、うち(ダイアモンド・ドッグズ)にもありますでしょう。ブルパップ方式を採用したライフルのことです」

「ああ、あるな。スクワッドでは、最近のフラミンゴと新人が使っている」

「似たようなものです。ツテを通して耳にした話をもとに、私もソイツに挑戦しようと思いましてね」

「ほう……触ってもいいか?」

「もちろん、どうぞ。感想を聞かせてください」

 

 軽い、思った以上に重さを感じない。

 サブマシンガンのように取り扱いは楽で、鉄などの部品のせいで感じる重さはなく、しかし強度は十分にありそうだった。

 

「そいつのオリジナルというのは、銃口をトリガーの下に据えているというのですが。どうにもバランスが悪くてね。ブルパップの経験を生かして、銃身の真下にトリガーを持ってきました。おかげで綺麗な長方形に収まっています」

「悪くない。構えれば、しっかりと肩の付け根に固定できる。体勢に無理は生まれない。まぁ、癖はありそうだが。

 このボディは強化プラスチックを?」

「ええ、部品のほぼすべてをそれで構成しています。弾倉はどうです?」

「面白い形状だ。これもプラスチックなのか?透明で、中の様子を直接視認できるわけだな」

「一本のマグひとつで50発」

「50!?……だが、ピストル弾だろう?」

 

 スネークがそう聞くと、伝説のガンスミスは頬をかきながら「今はそうです」と答えた。

 今は?だって。

 

「実はボス、そいつはまだ40%ほどの未完成品なんですよ」

「これでか?それはわからなかった」

「ありがとうございます。そいつは完成すると、ピストル弾もつかえるようになりますが。普通はそれを使いません」

「ほう」

「専用の特殊弾頭を用意するつもりです」

「そりゃ――随分とこった話なんだな」

 

 伝説のガンスミスの目がギラリと光った。

 

「ええい、もう。こうなったら白状しますよ、ビッグボス」

「?」

「俺はそいつをね。例のあいつと戦えるようにと。用意しているものです」

「――おい、それってまさか!?」

「ええ、それです。うちのプラットフォームに突っ立ってる奴ですよ。サヘラントロプスでしたか」

「こいつで……アレを?ヒューイの作り出したメタルギア、サヘラントロプスを?」

 

 思わず両手の中に納まる、あまりにもとっぴなデザインをしたライフルですらないそれを見て困惑の表情を浮かべる。

 別に武器の専門家でも、設計もやらないが。あのメタルギアと戦うのに適している銃がまさかこんな小さなものだとは、さすがのスネークも考えたことはなかった。

 

「俺としては分隊支援火器あたりでいじくるものだと思っていたが。それか――お前がクワイエットに作ってやったライフル。あんな感じの、狙撃銃を想像していた。

 それが……これか、驚きだな」

「駄目ですかね?」

「いや、そうじゃない。想像できていなかっただけだ。説明してもらえるか?」

「かまいませよ、ええ」

 

 そういうと伝説のガンスミスはスネークの手の中にあった試作品を自分の手の中に取り返した。

 

「聞いたんですが。あのサヘラントロプスとかいうの、装甲は特別に強度のあるものではないそうですね?」

「そうだ。あれは劣化ウランを使っている」

「それでもたいしたものだ。ソ連軍の戦闘車両が列をなして砲撃して、崩れはしても倒れなかった」

「ああ」

「つまり、火力だけでは足りないのですよ。アイツを相手にするなら、ね」

「なるほど」

 

 確かにサヘラントロプス相手にするならば、動き続ける必要があり。それはライフルでは大きすぎ、コンパクトにまとめておきたい。さらにドラムマガジンを思わせる、通常の倍以上の弾丸を供給できるようにする弾倉。

 独特の形状をしているのは、サブマシンガンよりも長く。ライフルよりも短い砲身を実現するためなのだろう。

 しかしそうなると破壊力に問題が生まれる。あの巨体を覆う装甲を突き破る鋭い爪が必要ということになる。

 

「専用の弾丸ということは、どういったものになるんだ?いつ出来る?」

「ああ、まぁ。そのあたりのことはまだ秘密です。なんせ、副指令には内緒でやってますからね」

「おいおい、大丈夫なのか?」

「実はここに来てからはずっと、こいつのことが頭を離れないものでして。どうやって完成させようとかと頭をひねっているうちに、ボスがさっさと退治しちまった、と」

「皆に披露するタイミングを逃したわけか」

「やめちまってもよかったんですがね。面白いとすっかり思えるようになっちまって、愛着が……」

「そして今回の一件か」

「約束はできませんがね。何か手はないか、考えてはいますが。どうなるかはちょっと」

 

 気持ちはわかる。

 実はスネークの中にも、こいつであのサヘラントロプス相手にそこまで戦えるものなのだろうかと。すでに幻の戦場で、幻のサヘラントロプスを相手にシミュレートを始めている。

 とはいえ、専用の弾丸も未完成で、拳銃用の弾丸ではあまり考えてもしょうがない気がする。

 

「ピストル弾でも、今すぐ試射は出来ないのか?撃ってみたい」

「できますが、まだ調整中なので。今回は銃口に延長マズルを装着してお願いします」

 

 長方体の銃の銃口に、15センチほどの筒をつけるとスネークは部屋の中にあるシュートレンジに入る。

 伝説の傭兵と伝説のガンスミス。

 戦場のアーチストなどとは本人たちは気取るつもりはないだろうが。魅惑的な武器の試作品を前に、技術者として単純に尽きぬことのない好奇心を満たしたくてたまらないのだ。

 

 サヘラントロプスは、メタルギアはスカルフェイスとともにスネークとダイアモンド・ドッグズに膝を屈した。

 だが、この2人は心のどこかではひそかに願っているのかもしれない。

 戦場でまた、メタルギアと戦ってみたい。この対メタルギア兵器で倒したいのだ、と。それは救いようのない、馬鹿な願いであると思っていたのだが。そのチャンスは皮肉にも叶えられることになるだろう。

 

 

 後年、欧州の武器メーカーもこの銃を完成させ。「P-90」と名づけて発売した。

 それは当初のデザインとはまるで違い。この時にビッグボスに見せたプロトタイプによく似たデザインへと変更されていた。

 市場の反応は想像以上に鈍く、売れ行きもよくはなかったが。次第に人気と、評価があがっていくことになる。

 しかし、これはあくまでも兵士が人に向けて使うための銃であり。伝説のガンスミスが言うような、鋼の巨人というべきサヘラントロプスを相手にするための武器では、当然なかった。

 

 北欧神話において登場する雷神は、手にしたハンマーでもって多くの巨人を打ち負かしたと伝えられている。

 それによればドワーフの兄弟がその技を極めんとした試行錯誤を重ねた結果誕生し。雷神に献上された品だとされ。恐ろしい力を秘めたその槌は常に真っ赤に燃え続け、かの世界蛇ヨルムンガンドだけがその一撃を唯一、耐えたという。

 

 ならばイーライが持ち去った鋼の巨人を叩き潰すには、それに負けぬ武器に仕上げなければならないだろう。危険な男達(MAD MEN)の夢は広がり続けていく。




また明日。

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