スネークはマザーベースへと帰還して1時間もしないうちに再びカズとオセロットを自室へと呼びだした。
先程のクワイエットのことではなく、他のことで詳しい報告を必要と感じたからそうしたのだが。カズはそう思わなかったようで、顔を出すなり自分の主張の正しさを口にしようとしてスネークはそれを止めさせた。
「その話は終わりだ、カズ。誰も蒸し返そうとはしていない、お前も口にするな」
「――ああ、わかった」
「それより問題は別にある。俺の留守中、なにがあった?」
カズはまだ頭の切り替えが出来ていないようだが、オセロットはすぐにスネークが何を気にしているのかを理解した。そして一瞬、カズの後頭部に目をやる。
先ほどのこともあったが、オセロットの口元に今。うっすらと笑みが浮かぶのには理由がある。
「色々あるが――何が聞きたいんだ、ボス?」
「少年兵だ、カズ。問題がおこったと聞いた」
その言葉でようやくカズも整理がついたのだろう。ダイアモンド・ドッグズの副司令官の顔に困惑が浮かんできた。
「確かに、問題はあった」
「話してみろ」
「――ラーフという少年兵だ。彼が、ボスがここを出た後。事故死した」
「そうか」
「深夜の建設現場に忍び込んだらしい。なんでそんな事をしたのか、わからないが。
実は今、作業をすすめているプラントの増設に24時間体制で取り組んでいたんだ。現場の士気がおちていたようで、気の緩みからおこった事故だった。本当なら誰も怪我はしないはずだったが、落ちた場所に少年がいたことで悲劇になった」
カズの背後で口元の笑みは消えていないが。
オセロットは普通の声でここはカズを弁護する。
「ボス、カズヒラの言うとおりだ。警備班で一応だが捜査もした。
事件性はないし、カズヒラも現場責任者達を厳正に処分を下し、子供達には立ち入り禁止区域への侵入をしないよう、今は徹底させている」
「そうか――他には?」
ゴクリ、とカズが喉を鳴らす。
「イーライが逃走した。やはり、あんたの出た後のことだ」
「なに!?」
「あの小僧、XOFの時も忍び込んでいたからな。目を離さないようにしていたのだが……」
「それで、どうやって回収した?」
「ん?なんだ、知っていたのか」
「ああ。戻ってきた時、あいつ1人が兵に囲まれて、ヘリから降りる俺を凄い目で睨んでいた」
「あんたの部隊。スクワッドに回収を命じたんだ。あいつら、ひどい扱いで――」
あの時のボロ雑巾になって戻ってきたイーライをみて激怒したことを思い出したのか。顔をゆがませ怒りだそうというカズを、よこからオセロットが口を出してやめさせにかかる。
ここでカズが感情的になれば、ボスもクワイエットの件でこじれるかもしれない。それは避けねばならない。
「カズヒラ、それはお門違いだ。イーライには以前にもやるなといったことをやって逃げた上に。あいつはさらにスクワッドに対してもナイフを向けたんだ。
ボスの口癖だ。『仲間にはナイフを向けるな』、あの小僧はスクワッドに殺されなかったことを感謝するべきだ」
「だが、子供なんだぞ!?」
憤りを見せるカズに構わず、スネークは報告を続けさせる。
「スクワッドに怪我人は?」
「いない。彼等は心得ているよ、ボス」
カズではなく、これにはオセロットが答えた。
「ならいい――他にも脱走者がいると聞いた、どういうことだ?」
「……」
ここまで来ると、スネークは自分の中に徐々に湧き上がってくる怒りを感じていた。
トラブルがあまりにも多すぎだ。一体、自分がいないわずかな間にマザーベースでは何が起こっていたというんだ。
「イーライと入れ違うように、何人もの少年が消えた」
「どうやって!?」
「わからない。子供達が言おうとはしない」
「――言おうとはしない、だと?何を言っている、2人とも」
あまりにひどい報告にスネークはついに怒りだす。
「カズ、お前が言いだしたこの――なんとかいうやつは。少年兵を戦場から切り離すことが目的だと、俺に言っただろう。それがこれだ!
イーライだけじゃない、他にも坊主達がこのマザーベースから姿を消しているのにその方法がわからないだって!?」
「――ボス、すまない」
「カズ、謝罪はいい。それよりも、どういうつもりだオセロット?なぜ子供達から話を聞き出せない?」
「――俺は聞いていないからだ、ボス」
「なに!?」
皮肉めいた苦笑いを浮かべつつ、オセロットは弁明を続ける。
「あんたと同じように、俺もラーフの事故からの流れを怪しいと感じていた。だからイーライの尋問をするようにカズヒラには何度もそう提案をした」
「なぜやらない?」
「やれないからだ……カズヒラが、俺とイーライを近づけさせようとしない。今朝も、退院するあいつを短時間でもいいから俺に渡せといったが。頑として話を聞こうとしない」
スネークは再び厳しい顔を副司令官にむける。
「カズ!!」
「ボス、待ってくれ――待ってくれ、話を聞いてくれ。
確かにイーライが怪しいのは俺にもわかる。だが、だからといってあの少年をオセロットに――」
「黙れ!」
「っ!?」
「カズ、お前は何を勘違いしている。
オセロットはプロだ。尋問のプロなんだ。情報を聞きだす相手を前にして何が必要なのかを考え、必要な事をするだけだ。それをお前がなんで勝手に決めようとする?」
「――だが」
「お前はこのダイアモンド・ドッグズの副司令なんだぞ、カズ?こんな――こんな事を俺に言わせるとは。
俺達は傭兵だ、技術はあっても正規の軍には居られなかった癖のある奴ばかり。うちにいるのはそんな連中がほとんどだ。
ダイアモンド・ドッグズはそういう連中の集まりだと、これはお前が言ったんじゃないのか?」
「……」
「お前が、お前の価値観で。勝手に彼等の技術のあれこれを認められないというなら、お前に今の地位は任せられない。本当に、お前。なにをやっているんだ!?」
――ミラーさん……
カズの脳裏に、あの時に彼に警告を発した男の言葉が蘇った。
――少年兵には近づかないことです。
怒ったビッグボスは、カズではなくオセロットに直接、現在の状況を聞いた。
「今、その子供達はどうしている?」
「諜報班が追っている、ボス。どうやら故郷や親族に会おうとして、迷子になったり。色々とトラブルに巻き込まれているらしい。引き続き、あんたのスクワッドに回収をやってもらうことになっていた」
「どれだけ戻った?」
「まだだ。回収は始まったばかりだ」
スネークはため息を吐き出しながら、机の引き出しから秘蔵の葉巻を取り出すと乱暴にそれをくわえて火をつける。
これは電子葉巻では我慢できそうにない。
「報告書を読むと、俺の休暇をほとんど使って問題に当たっているんだな」
「事件は一気に起こったわけじゃない、ボス。どんどんと展開していったんだ」
「つまりそれだけ”計画性が高い”ということじゃないか。好きにさせすぎたな」
スネークはあえてそこに”スパイ”という言葉を混ぜなかった。
「イーライの怪我は治ったんだな?」
「医者はそう判断した。若いこともあって、ピンピンしている」
「よし。子供達の様子は?」
「あー、よくはない。と、いうより悪くなっている。大人達を敵視するような態度を見せていて――」
「もういい。聞くまでもない」
プカプカと激しく煙を吐きだすと、スネークは不快な報告書から目を上げた。
「俺が預かるぞ、この話。
カズ、お前は諜報班とスクワッドに集中しろ。急ぎではない仕事は全部断れ、やりかけの奴はなんとかしろ」
「わかった、そうする」
「オセロット。この件はここから先はお前が指揮を執るんだ。子供達の面倒と、イーライをすぐに尋問しろ」
「ボス!?」
「必要な事をやれ。イーライはなにかを隠している」
「わかった、まかせてくれ」
「待ってくれ、ボス!イーライはまだ子供だ!それをオセロットになど……」
「お前がやるべきことは伝えた。オセロットはするべきことをするだけだ」
「だが、ボスッ!?」
「カズ!わからないのか?
少年兵が、まだ心の武装を解いてないとするなら。頻発する事件が計画性のあるものだとするなら、子供だどうだと言っていられなくなる。
最悪の事態となれば、俺達はあの少年兵達とまた戦場でむかいあうことになる。そうなっても、お前はまた俺達にあんな武器とは呼べないものを持たせて戦場にむかわせるというのか!?」
兵たちに麻酔銃を持たせ、戦場では”誰も死なない”不条理な戦闘をしろと要求する。
それはビッグボスの意思ではない。それはカズヒラ・ミラーの願い、要求だった。
「!?」
「オセロットが結果を出すまでは黙って見ていろ」
「……それならボス。この機会に俺からも1つ、いいか?」
「なんだ?」
「ボス、『恐るべき子供達計画』だ」
「……それがなんだ?」
表面上、ヒューイの時と変わらず。ビッグボスの態度に変化は見られない。
その様子を確認して、カズは少し声を落して続けることにした。
「イーライだ。あの子は他とは違う、違いすぎている。
戦場での動きも、知識も、普通の少年兵とはとても思えない、あきらかに誰かプロの兵士の訓練が施された子供だ。
そしてあいつはあんたを憎んでいる。
ここにいる連中はみんなが知っていることだが、それも尋常な憎み方じゃない。捕えられ、指揮官の地位から引きずりおろされたというだけではあれほどの感情は見せない」
「それで?」
「つい先日、俺は外部の機関の力を借りてあんたとイーライの遺伝子情報を確認してもらう手続きをした。結果はまだ出ていないが、結果報告が来ればあんたにも言うつもりだった」
「奴が……イーライは俺の、”ビッグボスの息子”だというのか?俺は親にはなれない、カズ」
「確かめたいだけだ。そもそも計画はゼロのものだという話があったし、あんたの言うとおりだとするなら。あの少年はここに送り込まれたスパイかもしれない。そうなれば、俺も……」
カズの言葉が詰まる。
今更だが、はっきりとこれまで2人に指摘されたことを受け止め、冷静さを取り戻すと。自分が感情的になってオセロットにイーライを渡さなかったことの重大さに気がついてしまったのだ。
だが、後悔しても仕方がない。時間は非情にも、進むことをやめない。
「いいだろう。検査の結果が出たら教えてくれ」
「わかった、ボス」
「だが、それとは別のことだ。オセロット、イーライには必ず吐かせろ」
「大丈夫だ。カズヒラも、俺を信じろ。無茶はしない」
だが、後に思うとこの時オセロットは無茶をするべきだったのかもしれない。
そうすれば、そうすればあんなことには――。
2人が出ていくと、スネークは引き続き報告書に目を通す。
その脳裏からは、あのツェルノヤリスクで出会った若者のことなど、綺麗に忘れ去ってしまっていた。
また明日