それはまったく、さっぱり、どうしようもなく意味のないものなので深くツッコミを入れてこないよう、お願いします。
繰り返しますが。
読んだ後で「そんなわけないだろう!」と、思うことも”ある”かもしれませんが。ツッコミはしないで頂きたい。
よろしくお願いします。
ヒューイでおなじみの“101号室”だが、今日は違う。
そもそも顔ぶれから違う。カズ、オセロット、コードト―カーがいるが、そこにビッグボスはいない。
そして部屋の中央に置かれた椅子に座らされているのは、黒の麻袋をかぶせられているがその異様な姿からクワイエットだとすぐにわかる。
その体に電流が流される。
彼女の体を走る苦痛に神経が反応してガタガタと揃った足が痙攣を起こしている。
まだ始まったばかり、というのもあるのだろうが。追い詰めるために、間断なくこうして責め立てる。
だが、無言のクワイエットから思った様な反応が引き出せないせいで、ダメージのほどがわからない。自然、責め立てる役の男も不安そうにしてオセロットの顔色をみては、恐る恐る続けているという感じだ。
これは拷問ではない、事情聴衆だ。
だから殺してはならない。だが、その境界の判別が難しい。
オセロットが今回のミラーの求めに対して、反対意見を述べなかったのはそのためだ。
本格的な女性への拷問となれば、当然だがこれら暴力に強姦という手法も取り入れることはある。
それは拷問官やその仲間達が娼婦を買う金をケチってする行為とは違う。自分が性のはけ口にされたのだと屈辱と怒りでもって感情を暴走させ、疲労させ、相手の思考を奪うことこそがその目的なのだ。
とはいえ性犯罪という野蛮で下劣な行為に差はないが、する側の意識と目的が違えばこの世界では正当化は容易にすることができる。セックスは、遠い過去から人間にとって有効な武器のひとつであり、その使い方も様々にしてあるのだ。
しかし事情聴衆となるとそれではいけない。
相手の、クワイエットの情報全てを引き出す必要はない。こちらの知りたいことだけをわかればいいのだ。
「しゃべる気になったか?」
責めの合間にオセロットはクワイエットにそう問いかける。
彼女は変わらずに無言のまま。悲鳴もあげず、泣き叫びもせず、当然だが懇願もしない。
だが彼の鼻は、わずかながらに部屋の空気にアルカリ性のものが混ざっているのを嗅ぎ取っていた。彼女は失禁している。クワイエットの肉体がダメージに反応している証拠がわかったからこうして止めて聞いたのだ。
だがオセロットの問いに答えは、ない。
「ふむ」
「どうだ?」
「無言だ」
肉体が反応するほど責められても、クワイエットは声を上げなかった。悲鳴もなかった。クワイエット(静寂)はかわらない、と。
会話も、意思の疎通すらも拒否する女では、この行為自体に意味がないことになる。
それが一層腹立たしいのか、カズは舌打ちする。
「いつまでしゃべれないふりを――」
憎々しげにつぶやき、手を伸ばして彼女にかぶせた頭の麻袋を取りはずす。
そこにはいつもの彼女が姿があり、怯える様子はない。いつものようにふてぶてしく感じてしまうほど頑なな態度のまま、その瞳はカズをにらむではなく、注意深く探るように見上げていた。
「お前の喉に声帯虫をいれたのは?」
やはり無言だった。
カズが勝手にことを進めようとしているのを見て、オセロットは驚き、慌てる。
「カズヒラ、なにをしている!?しゃべらせるな、袋を戻せ」
「聞きたいのは一言だ、発症はしない……吐け、吐くんだ!!」
それでも無言だった。
カズはこのまま黙ることで、この女をボスのように自由にするつもりはなかった。今日こそ、どんなことをしてもこの女の口を割らせるつもりでいた。
「最新のMRIを導入してやっとわかったことがある、これを見ろ」
部下が拘束されているクワイエットの前に突きつける写真が数枚。
「お前の肺は焼けただれている。医療班は焦げ付いた肺胞から消毒用のエタノールの痕跡。そこに付着していた花弁を見つけた――焼け残った白いオオアマナ」
やはり無言だった。
カズはこのチャンスを狙っていた。
スネークのいない間、コードトーカーの知識を交えることでついにクワイエットの体にメスを入れることに成功した。そこから出てきたこの証拠には、この女も言い逃れはできない。その確信があった。
「お前はキプロスの病院に、スカルフェイスの命令でスネークを殺しに来た。そこで体の内と、外に大火傷を負った。普通ならそれで死ぬ。
だが――俺にはどうしてもお前は生きているように見える。スカルフェイスのお陰だな」
コードト―カーがそこで初めて口を開く。
「寄生虫補完(パラサイトセラピー)が出来るのは私とその技術を奪った奴しかいないのだ」
それだけ口にすると部屋の中央から顔をそむける。
やはり老人の眼でも、一人の若い娘を男達が責め立てる姿は見ていて気持ちがよいものではないのだろう。普通の感覚があればそう思うのも当然だ。
「なぜここにきた?スカルフェイスの命令か?それともボスへの恨みか!?」
無言、無言、無言が続く。
彼女の静寂は、彼女の声で破られることはなかった。
(コイツ……)
変わらず沈黙を守るサイファーの女への憎悪がカズの中で紫色に燃え上がる。
カズは次の指示をオセロットではなく、部下に実行させた。バケツに入った一杯の海水を彼女にあびせたのだ。クワイエットが大量の水に弱いことはわかっていた。塩分の強い海水なら、それはもうバケツの一杯だけでも――。
「美味いか、塩水だ」
「やめろ!彼女は死ぬぞ」
慌ててコードト―カーは声を上げる。この技術を生み出しただけあって、彼女がこの瞬間に感じている苦痛の強さもわかってしまう。黙っているわけにはいかなかった。
「お前にボスの命はやらん」
「――もういい!もういい、そうだなカズヒラ」
状況がとめどなく悪化していくのを察したか。
オセロットは声を上げると、変化を恐怖で見つめていた部下は慌てて蛇口をひねり、水道からのびているホースの真水の方をクワイエットの頭からかけつづける。皮膚から立ち上っていた煙と、それに苦しんでいたクワイエットは落ち着きを見せるようになってきた。
せっかくサイファーの女の口を割らせようと責め立てていたというのに、邪魔をされてカズは不満げに口を開いた。
「オセロット、なんのつもりだ」
「殺す気があるなら、ボスはとうに死んでいる。お前も、俺も」
「……」
「その機会はいくらでもあった。むしろこちらから用意してもやったが、なにも起こらなかった。彼女は沈黙を通した――彼女はしゃべれない。ボスを殺す気もない。これは時間の無駄だ。
ここに来た理由はどうでもいい。彼女はもう――あんたの部下だ、ビッグボス」
そうしてここにいた全員が初めて、部屋の入口にスネークが姿をあらわしていたことに気がつく。
ビッグボスは調査という休暇を終えてマザーベースへと帰還していたのだ。
オセロットは構わずに続ける。クワイエットのほうを向くと、複雑な表情と声で感想を述べた。
「あんた。伝説の英雄に惚れこんでいるんだな」
正しい事情聴衆は、オセロットを退けてカズが勝手なことを始めた時にすでに終わっていた。
それでも続けることを許した理由はひとつではなかったが。なによりもオセロットは知りたかったのだ、クワイエットの本心を。
――彼女は言葉を話さない。そのかわりに行動で示す。
それは声帯虫の騒ぎが起こる直前、ボスとオセロットの間でクワイエットへの認識の同意することだった。
そしてクワイエットはオセロットの前で行動して見せた。
不振をあらわに、憎悪をむき出しにして詰め寄る見方を前にしても。彼女は口を開くことはなかった。静寂、自分の意志を頑固にも貫いた。
「どうしてわかる!?」
「昔の俺がそうだった――」
「スパイだったら?」
カズがなんのつもりか必死に噛み付いてくるが、オセロットはそれを静かに鼻で笑う。
「フン、俺もそうだ。お前もだろ?」
ピースウォーカー事件、カズヒラ・ミラーはビッグボスに隠れて米国のゼロ少佐と密かに通じていた。
ビッグボスに接近しようとするKGBのスパイと。ゼロ少佐の命令を受けていたパスの正体を始めから理解していて、わざとMSFに近づけさせ。事件を利用してあの時代に”国境なき軍隊”を生み出すことに成功した。
彼もまた、スネークの敵と通じたスパイであったのだ。
キリがないぞ、それだけ言い残し。オセロットは部屋を出ていく。
スネークはカズの隣へと進む。それは帰還の挨拶をするためでも、叱責するためでもなかった。
「ボス――」
「放してやれ。彼女がしゃべらないなら声帯虫も感染しない」
そういってスネークは控えている部下に合図を出し。クワイエットの腕と足の拘束をとかせた。
自分はなにも間違っていない、その思いがまだあるのか。その様子を最後まで見ることが出来ず、カズは悔しげに顔を歪めて足早に部屋を出ていった。
スネークはクワイエットが開放されるのを確認すると、やはり無言でカズの後を追うように部屋から出ていく。
この時、コードト―カーの目が輝いた。
「スマンが、ちょっと待っていてくれ」
クワイエットを解放した部下は、コードト―カーの車いすを押して部屋を出ようとしていたが。本人の意志を尊重してクワイエットの側にコードト―カーを寄せると、自分だけ部屋の外へと出ていく。
老人は娘の耳元で、何かを囁き始めた……。
それではまた明日。