真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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今回と次回は幕間エピソード。
きつくならないようにがんばったけど、うまくいっただろうか?


Hate you!! (1)

「そうか、もういくか――」

 

 ありがたいことに面会した自分が別れを告げると、ダイアモンド・ドッグズ副司令官はそういって残念そうな顔をしてくれた。

 とはいえ、もうだいぶ前に決まっていたことで。むしろ今日まで自分がこのマザーベースに残っていたほうが、おかしかったのだ。

 

「ま、本来なら手術後にイタリアあたりでリハビリ生活の予定でしたが。色々ありましたし」

「そうだな。色々、事がありすぎた……」

「そんな暗い顔をしないでください。

 おかげで俺は、MSF時代から再会したビッグボスが。スカルフェイスですか、あれを倒すまでお付き合いできました。それだけでも自分は十分です」

 

 そう言ってからシーパーはさっぱりとした笑顔を浮かべた。

 この言葉には嘘はなかった。片足を失った幻肢痛はすでに厳しく、これが死ぬまで続くと思うと絶望する日も来るだろう。だが傭兵としての現役生活にはきっぱりとケリをつけることができたと思っている。

 

 ワスプの自殺から始まった声帯虫の騒ぎで、間一髪でマザーベースから出て行きそびれた彼は。その後も日常生活に戻るためのリハビリをしながら、ここのスタッフとしてマザーベースにとどまっていた。

 とはいえ、元はビッグボスの部隊にいた兵士だ。

 自分が再び戦場に立つつもりがない以上、ここからはさっさと立ち去るという考えを変えるにはいたらなかった。

 

「お前には、諜報班とはいわないが。支援班や警備班として残ってもらえないかと、そうオセロットとも話していたんだが……」

「ああ、言われましたよ。せめて教官としてどうだって」

「駄目か?」

「……オセロットにも言いましたけれど、俺はボスじゃないんです。義足をつけてまで、戦場に立つのは御免です。わかってください、副司令」

「そうか、寂しくなるな」

「ええ、それでは」

 

 明日、彼はついにマザーベースから立ち去る。

 ビッグボスにも、オセロットにも別れは告げた。副司令官とも話した。

 今夜は久しぶりに仲間で集まり、最後に飲み倒すことになっている。

 

 彼がいた部隊。ビッグボスの部隊。

 アダマを隊長とした特別部隊は、再編成からその数を半分まで減らして今は4人になっていた。戦力は半分にまで落ちたことになる。

 活動開始から十数週間しかたっていないが、もはや3度目の再編成は避けられないだろう。

 

 

==========

 

 

 夕暮れのプラットフォーム上で、それぞれをつなぐ橋の上を走る車の荷台に乗せてもらえるよう頼む。

 シーパーは杖を膝の上に抱えるように乗せ、気持ちよく体に伝えられるエンジン音と海風に目を細める。

 引退背活のことを考えているわけではない。そもそも悩む必要はない。故郷に戻るつもりはない、どこか異国でひっそりと過去を隠して暮らすつもりだ。

 

 自分は今、急速に老け込んでいってるな。

 

 怪我をした当初は恐れていたことだったが、もう取り返しのつかない道の上を歩いている今だと心は穏やかになれる。

 そうだ、老いは彼にとって――MSFと、ビッグボスを失った9年間という時間の中でずっと恐れていたものではなかったか。

 

 

 そもそもシーパーは兵士ではなかった。傭兵、ですらもなかった。

 

 生まれた国の地元の悪ガキとして育った彼は、悪い友人達といつもコカインでハイになりながら「金がない、金がほしい」とずっと言い合っていた。その彼らがおかしな、そして悪いアイデアに惹かれて始めたことが武器商人の真似事だった。

 

 まじめだった彼らの両親達の仕事のコネを利用して手に入れた新品の銃を、地元のワル共相手に売りつけて回ったのだ。

 これが意外に悪くなかったらしく、それなりの利益を上げたので、妙な自信を持つようになると本格的にビジネスとしてはじめようということになった。

 

 その時、全員がビジネスマンではナメられるからと、身長があったシーパーは”髭を生やし”て武器商人達の護衛をしている元兵士とかいう経歴を詐称することになった。どうせ偽者だ、適当に経歴は盛りに盛って吹聴した。

 それから7年、悪ガキ達は武器商人として3流なりに悪くない生活を送ることができた。

 

 だが、そんな生活が長く続くわけがなかったのだ。

 親達がついに息子達が何の商売をしているのか理解したのと同じくらいに、彼らのビジネスは行き詰まるとさっそくトラブルをおこした相手から殺し屋が送り込まれてしまった。。

 傭兵のフリをしていたシーパーは運よくその情報を事前に知ると。友人達を、家族を見捨てて真っ先に国を出た。命惜しさに自分だけ逃げ出したのである。

 

 そして行き場を失った彼が逃げ込んだのが、あの設立間もないMSFであった。

 

 

 当時のMSFはこのダイアモンド・ドッグズと比べると洗練さがなかった。まったく違うのだ。

 ここでは業者として、別会社で搬入されてくる物資なども、あの時は兵士達が自分達でなんとかしなくてはならなかった。だから一時期などはプラットフォーム上には買い付けられた豚や牛や、鶏などが飼育され。

 最終的には鶏卵施設まで作ろうとする動きまであったのはよく覚えている。彼がMSFで最初に所属したのが、その食料を扱う糧食班だったからむしろ中心にいたといってもいいくらいだ。

 

 当時の彼は、配属された先で仕事の説明を受ける際。

 自分がした嘘まみれの経歴を見破られ、自分はこうした飯炊きに回されたのだと、そう理解していた。

 それでもそのときはよかった。食って寝て、仕事だけしてれば殺し屋が近づけないここならば、安全だから、と。

 

 その翌日にはそれが”間違った”考えなのだと思い知らされる。

 買出しだの、調理だのでダラダラとすごせるなんてことはなかった。食事の前後の調理時間と、書類などの決済処理を除けば。糧食班所属といえども、普通に兵士としての訓練時間を要求され、素人だったシーパーはしばらくは毎日をトイレで下呂を吐き続ける羽目になった。

 

 同時に自分とよく似た過去を持つ奴らは、次々とMSFから去っていった。

 シーパーがそこから逃げなかったのは、もう外に逃げ場がなかったから……だと、当時はそう思っていた。まだ若く、MSFもまだ恐れられるような力のないころの話だ。

 

 

 しばらくしていきなり支援班に移れといわれると、そこでついに出会うことになる。

 伝説の英雄にして傭兵、ビッグボス本人に。

 

 はっきりとわかる、語りかけられただけで恐ろしいほどのカリスマ性を感じ、雷で打たれるような衝撃を覚えた。

 彼の言葉は今も覚えている。

 

「そうか」

 

 恥ずべき自分の過去を告げると、そういって彼は言葉をくれた。

 

「だが今は、お前は兵士の顔をしている。お前はもう偽者なんかじゃない。本物の兵士、それは戦士の顔つきだ」

 

 それ以来、彼は髭を生やしたことはない。いつもできる限り剃刀でピカピカに剃りあげている。

 抱いた女や、友人にからかわれ、餓鬼のようだやめろといわれても、それをやめようとはしなかった。

 この顔は、この姿は彼からもらったものだ。

 ビッグボスから受け取ったものを手放すつもりはシーパーにはまったくなかった。

 

 

 戦闘班のプラットフォームには、それぞれに最低ひとつ。レクリエーションとしてバーが設置されている。

 暇な時間を退屈せずに静かに過ごす奴などここにはいないから。海上にそびえたつマザーベースにあってはこういう飲み、は必要不可欠な場所となる。むしろ他からはまだ少ない、戦闘班だけずるいなどという声が出ているくらいだ。

 

「リーダー、遅かったですね」

「まだ時間前だ。お前は、早いな」

「オネーチャン連中、久しぶりなんで。遅れて怒られたくないんでね」

 

 バーの前でアダマと鉢合わせした。自分の言葉の最後に「これが最後ですから」ともつけなかった。

 ついこの間まで、集中治療室の中で生死の境をさまよったり。ともに動かぬ体を叱咤して、杖を突いて歩く練習をしていた2人であったが。そのアダマは復帰をはたし、今は前線に戻るための準備中。

 そう遠くなく力を取り戻して、スクワッドにも戻ることだろう。

 

 だが、そこに自分はいない。

 シーパーはこれから、ここで失った足の痛みを――幻肢痛を抱え、背中を丸めて明日にはこのマザーベースをでていくのだ。

 

 幻肢痛。

 副司令官のカズヒラ・ミラーがあの日。

 XOF撃破とスカルフェイスの死を祝うかのような席で口にした言葉には、MSF所属であったシーパーにもずっと覚えがあった。

 

 9年前、なかなか抜ききれぬ悪餓鬼時代の私生活での態度から、国連査察にのぞんでマザーベースから退去された夜を思い出す。

 盛り場で友人達と一通り、自分達の退去命令を下した副司令を茶化し、飲んで騒ぐと。地上でしかできない、コスタリカの美女と一緒にベットに入った。

 最高の夜の後には最悪の目覚めが待っていた。

 

 MSFの壊滅、ビッグボスの死亡を信じられない仲間はコスタリカの岸辺に集まると、がめついはずの彼らの金を出し合って近くの漁船に頼み込み、消えたマザーベース跡地へむかった。

 残念なことに選考に漏れ、シーパーはその時は陸で待機している側にいたが。

 戻ってきた連中の顔は死ぬまで忘れることはないだろう。翌日にはそこに集まっていた仲間の4分の3が、消えていた。

 

 自分達は傭兵だ。

 

 MSFを失ったことで、さっそく次の居場所を求めて彼らはさっさと旅立っていってしまったのだ。

 まだ未練たらしく残っていた連中も、同じ結論を受け入れなくてはならなくなった。シーパーも受け入れ、そこで誘われたチームと共に数年間を過ごした。

 

 MSFを、ビッグボスを失い。

 戦場は急速にその色をくすませていった。いや、あのときのシーパーはそう皮膚が感じていた。

 

 

 久しぶりの対面に挨拶を済ませるとバーの席に4人は座った。

 結局、半分だけ生き残った。

 自分達の知る戦場のどこよりも彩を強く感じさせるダイアモンド・ドッグズでは。死は恐ろしく身近にあって、仲間は何よりも心強い存在となっていた。

 今日は彼らのリーダーの復帰祝いであり、互いの無事を祝う席であり、失ってしまった仲間達、そしてシーパーとの別れの、それら多くを含んだ複雑な気持ちにしかならない、部隊の解散式であった。

 

 

==========

 

 

 この日、初代スクワッド”ビッグボスの部隊”でリーダーを務めたゴートもまた。自分のロッカーを整理していた。

 

 XOF撃滅、スカルフェイス抹殺に喜ぶのもつかの間。声帯虫とXOF攻略の騒ぎで損耗した部隊を再編する動きが始まった。

 戦闘班にあって、ひとつの部隊を率いたゴートも。今はその肩書きを返上し、次の辞令がおりるまではただの兵士となる。もちろん彼は、もう一度ビッグボスの部隊に戻れるよう、チャンスがあるなら志願するつもりだったが。

 

 例えそれがかなわず。また、再び部隊を引きいれるかはわからないとしても。

 希望としてこの次も戦闘班に残りたいということだけは決めていた。

 

 そんな暇な時間を糞真面目に過ごす彼とは合わない連中が来て、こっちにきて加勢をしてくれといわれたのが最初に覚えた嫌な予感だった。

 どうやらバーで、ちょっとした喧嘩になりそうだというが。その相手が問題なのだという。

 

 

 またどこかの馬鹿が退屈さからパイロットか、整備兵をからかって仲間でも呼ばれてしまったのだろう。

 そうしたことで、これまでゴートはこんな風に加勢を頼まれることがあったが、実際には苦労して頭を下げて仲裁することが多かった。だからこの時も、「またか」とは思ったが、それほど深刻にならずにバーの中へと彼らに引っ張られていった。

 

 

 そこで驚くべき光景を目にした。

 

 思ったとおり、酔っ払って群れている戦闘班の前にいるのは彼のよく知る人物達。

 ビッグボスの部隊、スクワッドの4人が。全員が怒りを露にして立ち上がっていたのである。

 

「おい、落ち着けよ。落ち着けって。馬鹿なことするなよ。なにがあった?聞かせてほしい」

 

 知ってのとおり、ダイアモンド・ドッグズはPFである。

 そこにいるのは正規の軍にいるような愛国心の塊で出来上がった筋肉ダルマのようなやつは少なく、癖の強かったり、別の欲求のほうが強いといった困り者が集まってできている。これはもう、性質上どうしようもないことだ。

 

 前に不満からスクワッドが喧嘩から暴力事件へと発展しかけ、スネークがそれをぶち壊したことがあったが。

 あれ以来、ここではビッグボスにあんなことをさせてはならないという暗黙のルールが存在していて。個人はいいが、多人数同士での乱闘騒ぎだけはご法度ということで仲裁するようになっている。

 

 今回はそのスクワッドが、よりにもよって戦闘班と対立しているというのだから良いわけがない。ゴートはまだ事情を知らないが、自分が呼ばれたのはその役割を期待されてのことだと思ったから。こうやって間にまず入っていったのである。

 

 それにしてもバーの中では険悪な空気が満ち満ちていた。

 

 十数人からなる戦闘班も、かつての同僚であるフラミンゴ、ハリアー。そして現リーダーで復帰したばかりのアダマといったスクワッドも。どちらも妙に殺気立っていて尋常は様子ではない。

 なんで損な役回りなんだ、ゴートにも文句を言いたい気持ちはあったが。ここはとにかく、冷静になれを繰り返すつもりだった。

 

 そう、その瞬間までは。

 

「ヘッ、なにが”ビッグボスの部隊”だ!伝説も伝説なら、その”ケツにひりついてるクソの処理係”も口のないお人形ちゃんかよ」

 

 戦闘班の中から、とくに酔っている男が嘲ると、まわりの連中もぷぷぷと噴出してみせる。

 

「あの爺さんの”伝説”は噂に聞いているぜ。女を抱けないんだってな?。それもわかったぜ、あんなにガキ共を――」

 

 赤ら顔のそいつが好き勝手にがなりたてられたのもそこまでだった。

 突如彼を襲った衝撃で、口を開くどころか、たっている事もできなくなり。まるで銃にでも撃ち抜かれたかのように足元に崩れ落ちた。

 

 空気が凍りついた。

 

 ゴートは振り向きもしないまま、背後の声に向かって突き出した手を下ろすと静かに回れ右をしてから口を開く。

 

「ボスが、なんだと言った?俺の顔を見て、もう一度聞かせてみろ」

 

 最初に部隊の基準を定めたオセロットが、その実力の遺憾に問わずに求めていたものがあった。

 

 ビッグボスの伝説を信じて疑わない者達。

 

 信用できる、裏切らないということではない。その時、彼らの前に立つ伝説のビッグボスの存在にまったくの疑問を抱かない者達。

 その一種の信者のごとく盲目にその言葉に耳を傾けられなければ、ビッグボスの部隊に入れる資格はない、とした。

 無論、それは永遠の忠誠を意味しない。事実、最初の部隊からは後に裏切るようにボスの命を、ダイアモンド・ドッグズへの襲撃を手引きしたものも生まれた。

 

 時がたち、激戦を経て。

 いまや生き残った彼らはもはやビッグボスの狂信者(フリークス)と呼ぶに近い存在になりつつある。

 それがこの瞬間に戦闘班の目の前に揃ってキレかけていた。




また明日。

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