2ヶ月近く連載してるのかよ・・・。
ヘリのプラットフォームに上がってその背中を見た瞬間は、スネークの体の中にも暗い炎が火柱となって吹き上げるのをはっきりと感じた。
ライフルの弾倉31発を、ライフルにつけたランチャーのトリガーを、引き抜いたハンドガンの一発を。そのいずれかで奴の全てを奪ってしまえば――。
――駄目、スネーク!
彼女の声がした。
気がつくと、背後にあのパスがこちらへ心配そうな目を向けていて。あのイシュメールが黙ってこちらを止めようとする彼女の肩に手を置く。
(あんたが彼女を連れて来てくれたのか)
スネークの亡霊達から答えはもうなかったが、”彼等が見守ってくれる”ならこれも乗り越えられる。肺に冷たい空気を大きく吸い込み、吐き出す。そして――。
「ずいぶんと急いでいるんだな!」
ヘリポートにスネークの声が響き渡る。
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ヘリの中で、再び髑髏の男と傷だらけの鬼が顔を突き合わせる。
口を開いたのはスカルフェイスの方だった。
「ラングレーの時から君を知っている。1964年、スネークイーター作戦、そこでも私は君の裏側にいた」
すでにその話はオセロットから聞いていた。驚きはない。
「あの時、君がソ連領内から持ち帰った『賢者の遺産』。思えばそれで我々の未来は決められてしまったようだ。そうは思わないか?」
「思わないな」
「ほう、そうかね?」
「――『私の村にはアブラナの畑と工場があった』、そう言っていただろう?」
スカルフェイスの黒のアイマスクの下に輝く目が異様な輝きを見せた。
「どこでそれを?」
「お前が言ったことだ。9年前、哀れな少女となにも知らない少年に自分の過去を話して聞かせたな」
「君もそれを聞いた?」
「お前の残したテープだ。哀れな話だったが、汚れ仕事の処理を人生の楽しみとする男の記憶と思うと感じ方も変わる。そうは思わないか?」
「他に何を聞いた?ナバホの老人から?」
「サヘラントロプスと民族浄化虫。胡散臭い話しだった」
「それは随分とひどい評価だ。断固異議を唱えさせてもらおう。だいたい、それはサイファーの出した”解”というだけだ。私の意志とは違う」
「”サイファー”の?”ゼロ”ではないと?」
「ふむ、君は私の嫌いな人物のようだ。私の話を聞きたがらない、だが面白い話が出来そうだ。君を少し見直したよ、ビッグボス」
声は楽しげに感想を述べるが、その目の輝きは相変わらず虚ろなままだった。
「言葉とは……奇妙だ」
いきなり話題をかえてきた。
「言葉は人を殺す。支配する、虚像を作り出す。いや、それどころか言葉をかえれば君が見る私も、その場で変わってしまう。私という違う言語を話す人間が影のように増えていく。
同じ価値観、同じ善と悪、同じ性格。それでも、言葉が違うというだけで私という存在のすべてが違ってくる」
「なにが言いたい?」
「そう、つまり君の古い友人。私のかつての上司。ゼロ少佐の話だよ」
この男から、なにが出てくる?
「ゼロ少佐のやり方を、まだ私が学んでいたときだった。彼はザ・ボスという汚され貶められた英雄の意志を継ぐのだと言って未来を語りだした。
多種多様な人種の住む、けっしてひとつにはなりえない。複数の頭を持つ、巨大なリヴァイアサン。
それが我々の祖国だ、と。
この絶望を終わらせる。人々の言葉を一つに、意識を一つに、いらない頭は切り落として一つにするのがいい。それには無意識からの統制が必要だ。人を無自覚で支配する、それは容易なことじゃない」
「ボスの意志、世界を一つにする」
「そう、それだ。だからまず、その器を作るために職人となるものを作ろうと決めた。それがサイファーだ。
人の意識を人種にもコミュニティにもよらずに統制する。そのために必要な事の判例を管理して選別する」
「それがゼロの意志」
「私はゼロを不条理だが憎んだよ。なぜそうなったのか、わからなかった時もあった。苦い、膨れ上がり続ける己の中の報復心を抱いたまま。なぜ、とな。
答えはなかったが、そのときの私にはまだ理性らしきものは残っていたらしい。なにもできなかった。
すると次に、君が来た」
「俺だと!?」
意外な話になってきた。
「コスタリカでのピースウォーカー事件。その直後、君の言葉を私も覚えている。なんだったかな――そうだ『持てぬモノ達の”抑止力”となる。俺達は”国境なき軍隊”、時代が俺達の目的を決める』いいスピーチだった。心が震えて、吐き気を催したものさ」
「俺の考える未来……」
「そうだ、お前もまたゼロと同じく未来を口にした。墓に名前も、歴史に名も残せぬ英雄と呼ばれた女の意志を継いでそう口にした。そうして私の番がようやく来る」
「……」
「わかるかね?ザ・ボスの意志を引き継いだものがこの世界の未来を語ろうとする。三者三様の未来だが、お互いを全く受け入れられない未来だとわかっている。それならばもっと話は簡単だったかもしれない。
君はゼロの未来を否定した。勿論、私も否定する。さらにいえば君も私は否定するが、ゼロは君には何も言わなかった」
「……」
「答えたくはないのかね。ならば、私が言おう。なぜなら!君という存在自体が、ゼロの未来に必要不可欠であるということ、そうだろう!?ビッグボス」
スネークは押し黙ったまま。
いや、この問いにだけは答えられなかったのだ。
「せっかくここまで腹を割って話しているんだ。最後までやろうじゃないか――私は君達とは違う未来を夢見ている。世界が、あるがままの世界で、ただあること。これが私の未来だ。
その未来の実現にはゼロの統制という支配は必要ない。君という支配者に力を与える存在も必要ない」
「それがMSF襲撃の理由か」
「結果には不満があったよ。だから、その後の9年間はがむしゃらにやってきた。私はもうすでに祖国を、真実を、過去を奪われている。残されているのは未来だけだ。人に言葉で、支配を要求する存在への報復。ゼロのいないサイファーが役に立った」
そう言うと傍らのケースをスカルフェイスを手にする。
「そこでようやく老人の虫が必要となった。だが、それは民族浄化虫ではない。
私が必要とするのは『民族解放虫』だった。それは完成した、私の最後の虫。英語を教えた奴だ。
これで私は、英語を殺す。
その瞬間、全ての民族は息吹を取り戻し。世界は共通言語を失い、分裂を続けていく。そこに核が入り込み、共通言語のかわりとなって意味を持つようになる。平等な力関係は、お互いを認め合わなくてはやっていけない。
でなければ最終時計の先に進んで人という種が死に絶えてしまう。
これで世界は一つになる。そのために戦争という平和を皆で噛みしめて生き続けるしかなくなるのだ」
お互いの顔をいつからか近づけあっていた。
そして無言になった2人に、パイロットが数分後に着陸すると告げてきた。
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世界がいつの間にか遠くにあった。
「……やはり例の発電所と同位置です」
「あそこの奥は封印されていたな。ふむ、すでに戻していたということか?」
「オセロットより連絡、XOFへの進攻20%と」
「続けさせろ、大型車両はこっちにむかったはずだ。奴ならうまくやれる」
どうでもいい。
なにもかもがどうでもいい。あいつがまた世界を救うとか、それがいったいなんだというのか!?
でも、杖をつく男が「ビッグボス」と口にする時に――耳をすませようとして、世界が遠くなって戻ってこれない。
ケラケラと笑う、子供の声がぞっとするほど耳の近くで聞こえた。
原始的な恐怖が呼び起こされ、開かぬ口の変わりに心の中で叫んだ。
(俺に、俺の体に触るな!!)
この異常をなに者かのものだと本能的に察知し。姿も、顔もわからぬ相手に自分とあいつへの怒りを転化して叩きつけてやった。いや、そうイメージした。
――死ね、いや殺してやる。出てこい、お前の喉を、顔をナイフで裂いてやる。お前の全てを奪って……
自分の席の隣に座るヒョロい学者の反対側に、空席のはずのそこに人の気配が生まれた。
(俺だ、兄弟。元気だったか?)
自分とそっくりの髪、自分とそっくりの目、自分とそっくりの顔……この世界に存在する、もう一人の自分ともいうべき少年の名前が頭をかすめた。
違う!これはあいつじゃない。あいつのふりをした”敵”だ!あいつは俺とはなにもかもが違う。そもそも俺という兄弟がいることすら知らないはずだ。
(遺伝子に呪いを込められた双子はお前じゃない。その顔だけで俺をだませると思うのか?)
(……)
相手の姿が変わった。
紅い髪、ガスマスク、その奥にある美しく輝く瞳の中に感情は、ない。
(一緒に……)
(一緒?)
(一緒に……)
2度目の問いを発する前に、自分の体の中にそいつがぬらりと侵入してくる。断りもなく、いきなりズカズカと自分の中に侵入してくる。こいつ、こいつは俺に、寄生するつもりなのか――。
「よし!狙撃ポイントへ移動しろ。ボスの援護を……」
ミラーの指示を聞きながら、ヒューイはふと自分の隣に座っている少年の体が異常に固くなっていることに気がついた。「君、大丈夫かい?」小さな声をかけるが、反応がない。
目を閉じ、額には子供のものとは思えぬしわを寄せ、拳は握りしめられていて彼の皮膚を彼の爪がつき立てられている。
「イーライ?イーライ、どうしたんだ!?なにがあった!?」
「し、知らない。僕が気がついた時には……」
慌てるヒューイとカズにヘリの中は賑やかなものとなっていくが。イーライの意識はそこからはすでに”飛び立って”いなくなっていた。
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スカルフェイスと共にヘリを降りて、共に歩いたのはあのヒューイが助けを求めてきた山岳地帯の中にある不釣り合いな大型発電所。
思えば最初にあのサヘラントロプスを見たのはここだった。修理をするのもここだった、ということか?
思った通り、封印された巨大な鉄扉はその封印を解かれ、その奥にはあの2足歩行兵器が。修理されたらしいメタルギアがあった。
「アラモを忘れるな」
スカルフェイスの言葉に、記憶の底に沈んでいたある男の顔がかすめた。
「その顔、覚えていたのか?良かった――1964年、あの時。お前と、お前と一緒にいた中国のスパイだったアバズレが、殺した男がいただろう?」
スカルフェイスの示す先に、この場には似合わない木製の棺桶がひとつ置かれていた。
「私達だけじゃない。ここにも、もうひとり――”鬼”がいる。
死んでもなお、お前への報復心がこの”鬼”を動かす。そうだ、”時代”はつねに人の報復心で動かされているのだ。お前が私に”生かされ”ているようにな」
それは9年昏睡から目覚めたのは、このスカルフェイスのおかげだろうという意味か。なんと滅茶苦茶な。
「この男も――お前のせいで生きている。お前よりも遥かに昔から、未来のお前に向けて報復心を満たすために!」
スカルフェイスは演じるように両手を広げると、サヘラントロプスに向かって叫ぶ。
「さぁ、見せてくれ!伝説の……うん?」
その言葉が途中で切れる。それまで嘲笑の響きがあったスカルフェイス声が、困惑へと変わる。
棺桶は静かなままだ。
そこには死者が横たわっていて、”動く”ことはない。それは当然のことであったが、あってはならないことがおこっているらしい。
「どうしてだ?」
洞窟内をギリギリと巨体から歯軋る甲高い鋼の音が響いた。
「待て、待てっ」
困惑は驚きへとさらに変わり、死者の男は動かないままだったが。変わりに勢いよく静止していたサヘラントロプスの体が格納庫の中で上下に屈伸をはじめる。バランスを崩さぬようにとメタルギアの体にまとわりつく拘束を振りほどこうとしている。
「誰が動かしている?だれがこれほどの報復心を……」
(なんだあの機械の動きは!?あんな、生物的な機械は――RAXA……)
そこまで考えるとスネークの頭部からつきだす破片の付け根から脳内に激痛が走る。
痛みは駄目だ。過去は今はいらない。亡霊も必要ない。
サヘラントロプスは拘束が緩むと理解すると。いきなりその場からこちらにむかって飛びこんでくる。それだけで、あっけにとられて動けずにいたXOFの隊員達がまとめてペシャンコに潰されてしまう。
「誰がーっ!?」
相変わらずなにかにむけて問い続けるスカルフェイスの声には、自分以上の報復心に反応してこれまでにない動きを見せるメタルギアを見て絶望しているようにスネークには聞こえた。
クワイエットは車を止める。
遠くに見える大型発電所から、不快で不気味な音が響いてくるのが聞こえてきたからだ。運転席の座席の上に立ち、ハンドルに足をかけると、彼女の目元が黒く変色した。
その目は何を捉えたのか?
彼女は無線機に鼻歌を聞かせだすと、同じく車を降りようとしたDDを助手席に戻して落ちつかせた。
撫でられて満足そうな顔をするDDにクワイエットは人には見せたことがない笑顔を向けると、ジープにフルトン回収装置を設置する。
この先の戦場にDDがいくのは危険だ。
空に消えていくジープとそれに乗ったままのDDを見送る彼女に遠くから近づくダイアモンド・ドッグズのヘリが見える。
また明日。