工業団地への作戦を終えてはや5日、カズヒラ・ミラーは機上の人となってイギリスはロンドンからマザーベースへと戻ろうとしている。
ビジネスクラスの窓の外には夜の空が広がり、カズが覗きこもうとすると張り詰めた表情の自分が窓にうっすらと映し出されて興をそがれる。
このアフリカでサイファー、スカルフェイスとの遭遇は、彼等に多くの発見と新しい疑問を生じさせるものだった。
スネーク達は戻って数日で元気を取り戻したようだったが、情報をまとめるため。さらに新情報を求めようとこうしてイギリスからの往復の強行軍をおこなってはみたものの。
満足できる結果は全く得られないままこうしてカズは帰途についている。
この日の指令室にはスネーク、オセロット、ミラーに加え。
各班のリーダーやエースクラスも参加するかなり大きな規模の集会となった。議題はもちろんアフリカにおけるサイファーの動向、その新しい報告と検討をおこなうことである。
「まず最初に、今回ついに我々は最初の目的であったサイファー。スカルフェイスと接触、これによってやつらがこの場所に活動を移したという情報を確認することが出来た。これは間違いなく、最大の成果であり我々の任務の成功を意味するものだ。我々はここまで順調に勝利をかさねている」
皆の顔を見回しながらカズは、ハッキリとダイアモンド・ドッグズの勝利宣言から話を始めた。
「だが、一方で多くの新しい疑問も出てきている。キプロスでスネークを襲ったという炎の男。そいつは今はスカルフェイスといる。奴等の正体、なぜスカルフェイスといるのか。まだわからないが、あの戦闘力を見ればその脅威に驚くばかりだ。
が、我々が注意すべき問題はこれだけではない」
プロジェクターによって不快な映像が壁に写し出される。
「そもそもにして最初の任務。ンフィンダ油田において不気味な死体が川底から出てきたことは覚えているか?当時はあれがなにかわからなかったが、今回の工場の地獄絵図が、これと関係がある可能性が出てきた……」
死体と工場での患者の様子が。特に肺の部分の以上がアップで映し出される。
「結論から言うと、残念ながらはっきりとした確証を得ることはできなかった。炎の男によって全てが焼き尽くされたからだ。サンプルは手に入らなかったことで、医療班は断定することが出来なかった。油田の死体との関係を調べられなかったのだから、これはしょうがないだろう」
今度は横になっている患者の喉からスネークがイヤホンを取り出した時の写真にかわる。
「だがさらに新しい疑問が出てきた。これはなんだ?感染症なのか?
肺の部分が見るからに異常をおこし、患者は意識を失っていた。
接触感染ではないようで、今のところはスネークに変化はない。戦闘地域に近いところにいたスクワッドもそうだ。これは経過を見守るしかないだろうが、大丈夫だろうという結論が出てきている。
さらなる問題もある。
工場の患者達にされていたこと。なぜサイファーは。スカルフェイスは同じ症状にかかっている患者達に同じく喉を切り。そこから音声を流すなどという奇怪な行為を行っていたのかということだ」
すると部屋にいた医療班のスタッフが発言する。
「これにも結論は出ていません。ただ、スタッフの多くが彼等の”喉頭”、”肺”、”気管支”、”音”の関係に着目しています。確証はありませんが、これは……」
カズはそこで止めさせると
「少し先走っているぞ。だが、彼の言うとおりだ。
目視での患者の異常もそうだが、”音”というのも問題だ。調べたが、彼らが一様に聞かされていた音声。これは別に特別な物でも何でもない、諸外国で普通に流れている一般放送と思われるものが使われていたようだ」
「一般?テレビやラジオってことか」
スネークは驚いて聞き返す。
「そう、そして話している内容には関連性はまったくない。ニュース、ドラマ、歌、どれもどこにでも聞けるものだ。共通する思想のようなものもない。が、それをあんな風に聞かせる理由がわからない。
まだはっきりとは言い切れないが――」
そこまで言ってカズは言葉を飲み込む。かわりにオセロットが言う。
「それがあのエメリッヒが口にした『スカルフェイスはアフリカでメタルギアをこえる兵器を開発している』。それだと?つまり、細菌兵器が奴の新しい武器?」
「全てではないかもしれない。だがどちらの物件のオーナーも、サイファーとの関係が疑われている以上。あれがただの実験で終わるとは考えにくい」
「そうだな、それに次へのとっかかりには十分ではある、か」
部屋の中には重苦しい空気が流れていた。
(サイファーの尻尾はつかんだ。多くを知ることが出来たが、まだ全てじゃない――)
飛行機の窓の外。夜の空に浮かぶ白い雲と、その下に広がる暗い海を見ながらカズはあの続きを思い返していた。
”悪魔の住処”についての情報を離れると、話は戦闘班を中心に最近の仕事の中で得られた情報や変化を整理し始めた。
一番問題視されたのが、自分達がここに来るのに合わせたかのように。現地PFにあのソ連軍の試作機であったはずのウォーカーギアが配備されたことだろう。
それが例の会社と関係のあるCFAというのも気になる。
やはり、サイファーはこちらの動きに合わせて現地の戦力を強化しようとしているのだろう。だが、その開発者であるヒューイはこのダイアモンド・ドッグズにいるので、それが完成することはすぐにはない、という話になった。
また現地PFの追加情報で、ますます陰鬱な気分にさせられる。
彼等は同業者同士でも裏で繋がっているだけでなく。現地の政府、軍関係ともズブズブだとさらにわかってきた。
それを証明するように最近、上陸を果たしたダイアモンド・ドッグズに対してさかんに中傷を周囲にふりまいているらしい。
それによるとこちらと同時期に伝染病が広りだしたのは、うちがその病原菌をばらまいているからだ、というのである。
(ふざけるな、よくもそんなことを)
その非難を思い出しただけでもカズは怒りが湧いてくる。
病原菌、感染症への対策をとってないわけがないだろう。兵士に限らず、装備品全てにたいしても厳重に防疫の意識を持ってしっかりと対処している。
とんだ言いがかりではあるが、向こうの思惑通りにこの噂でこちらに対してはやはり厳しい目が向けられていることは事実だ。
今後の活動において、ダイアモンド・ドッグズは先日の鉱山でのような汚れ仕事やNGO関係でしか仕事をとれなくなるかもしれない。
アフガニスタンと違い、最初から精強な彼等の出現は現地のパワーバランスを崩すと思われてか誰もこちらを理解しようという気配がない。
(NGOか……)
今回の強行軍。これも思えば多くの問題を残し、新たに生み出そうとしていた。
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自然環境保護団体”緑の声”の代表であるユン・ファレルとの再会は、出会ったときと違い。カズにとって決して笑顔で握手するようなものではなかった。
「ユンさん、我々との間の契約について確認したい」
「ええ、はい」
困惑顔で誤魔化そういうのか。
だが、呼吸は乱れていないし汗も出ていない。その表情は演技だとすぐわかる。
「我々ダイアモンド・ドッグズは、現地で活動する際に”善意の行動”によって現地の動植物を保護し。
そちらの団体を始めとした自然保護団体連合に引き渡す、これがそうだ」
「そうですね」
「なら、どういうことだ?説明してもらいたい。すでに我々は数種20頭近い動物を保護している。やつらは元気だ、回収する際も人間並み以上に扱って傷つけないように配慮した」
今日のロンドンは曇り空だが、その雲間の向こうから太陽の光がうっすらとわかる程度に昼間の明るさを感じさせている。
「ところがだ!」
いきなり声を荒げたので周囲の客が驚いた顔をカズにむけるが本人は微塵も気にしない。
「あんたらはそいつらの受け取りをずっと拒否している。なんだ、いらないのか?」
「そんなことはありません、カズヒラさん」
「食費だけじゃないぞ、管理にだって手間がかかる。
知っているか、ユンさん。傭兵はサバイバルで現地の動物を生で食えるようになれと教えている。熊も、シマウマも、蛇も一緒だ。
あんたがいらないなら、さっそく今夜からサバイバル料理にして兵士に喰わせるが。文句はないな?」
「おちついて、カズヒラさん。これには事情があるんです」
そういうとユンは政治家達との折衝が最近、上手くいかなくなっていて。そのせいで許可が下りずにダイアモンド・ドッグズから動物達を受け取ることが出来ないのだとグチャグチャと言い訳を始める。
カズはそれを聞いても(知ったことか)と思う。
これのために開発班に麻酔銃を復活させ、スネークにはMSF時代の慢心を忘れたのかと暗に責められた。全てはこの契約のせいなのだ。別にカズ自身が自然の保護をやりたいわけではない。
「もういい。ユンさん、我々は迷惑をしている。この状態を続けるつもりはない、今回あんたに会いに来た理由はそれを伝えるためだ」
「契約の変更、ですか?」
「そうだ。あんたには現地アンゴラでの活動に関して恩がある。感謝もしている、だがそれとこれとは別だということだ。我々はPFであって、あんたらの仲間じゃない」
こんなものか?これまで防戦どころかたいした抵抗を見せないユンの反応にカズは心の中で疑問を持つ。
彼等にしても、こちらがこう言いだすのは想定していたはず。連絡を入れて会いに来るまでに何も交渉材料を用意していないはずはない、と思ったのだが。
「迷惑をかけている、こちらもそれは重々承知しています。なので、今日は新しい提案をしたい。それで合意できればと思ってきました。聞いてもらえますか?」
「聞こう」
「この事態は想定外でした。なので我々はカズヒラさんが回収していただいた動物達の金を出します」
「当然だ。これまでのも払って貰う」
「もちろんです!その用意はできています。さらに、動物達の面倒をみるスタッフも派遣します」
さらりと口にしたが、とんでもないことを言い出してきた。
「……迷惑だ。俺達は戦場が仕事場だ。保護団体のスタッフを迎えるつもりはない」
「最後まで、最後まで聞いてください――我々はこれらに加えて、新しい提案をしたいと思っています。
カズヒラさん、あなたのプライベートフォース。ダイアモンド・ドッグズは海上のプラントを拠点にしているそうですね?」
まだ湯気が立つカズの目の前のコーヒーカップにのばしかけた手が止まる。サングラスに隠された目はわからないが、頬が引くつく。
いきなり爆弾を投下してきた。だがユンの話はまだ終わらない。
「我々はあなたの所有するプラント管理会社から新たに”我々用のプラント”を用意してもらい、買いたいと思っています。はっきり言いますと、我々も皆さんと同じ”出島”が欲しいのです。
用意していただけませんか?これでお互いの問題が解決すると、考えているのですが?」
カズはすぐには答えられなかった。
それどころか、はらわたは煮えくりかえり。今すぐのこの男の眉間に鉛玉で穴を開けたいという衝動を押し殺すことの方が大変だった。
ついに、ついに来てしまった。
だが、それがこんな。こんな刃物も持てない、兵士ですらない、ちびた男だったとは――。
「何の話かな?言っている意味がよく飲み込めない、ユンさん」
「――ああ、やはり秘密だったのですね?それは申し訳ない。ですが、これは我々も黙っ……」
「そういうことじゃないんだよ!」
いきなり身体を乗り出すと、東洋人の細く短い腕を本気でカズはつかむ。
「どこで聞いた?いや、誰に聞いた?知ったのはどうやって、誰に話した!?」
「怖い、痛いですよっ。皆が見ています、落ち着いて。ちゃんと、ちゃんと話しますよ――」
ユンはそういうと静かに話し始めた。
彼等は最初から別にカズにもダイアモンド・ドッグズにも興味はなかった。
だが、調べれば興味深い話が出てくる。とうぜんだろう、現在のPFのオリジナルであったMSFを創設したビッグボスとカズヒラ・ミラー。それが時をこえて再び手を組み、こうして活動を再開して急成長を遂げているというのだから。
まさに夢よもう一度、ということになる。
ユン達はすぐにも”水上プラント”というキーワードに注目した。
カズとの面会から感じた印象とMSF壊滅の経緯から、そうだろうとあたりをつけたのだ。それまでダイヤモンド・ドッグズが活動していたアフガニスタンと、彼らが新たに選んだアンゴラをそこに加え、徹底的にプラントの管理会社を調べつくした。
その結果、みごとにカズが作ったダミー会社へとたどり着いたのだそうだ。
「金の流れには注意していた。ばれないように、わからないはずだ」
「そうでもありませんよ、カズヒラさん。我々のような保護団体を名乗っても、表も裏も知っておかなければならない人間の目から見ればわかってしまいます。あなたは賢い人だ、それは認めますけどね。
だが、いくつもの工程をおこなっても結局一つしかないなら結果も一つ。数字は非情です、あなたのデコイはそこまで我々の目を騙せないものでした」
「……」
「それで、どうでしょうこの提案は?お互いの利益にもなりますし、問題も解決すると思うのです」
小さな男は、最初と印象を変えてふてぶてしい態度で再度提案を繰り返してきた。
カズはすぐには答えなかった。
サングラスを外してそれを一通り拭き。再びかけなおすとようやく絞り出すようにして返事をする。
「……同意する。細かな手続きなど、おって資料として送る。それでいいな――」
「はい、はい」
「では、話はこれで」
そう言うと席を思い切り立って出ていこうとする。
ところが腰を上げたところで今度はユンの方が「ちょっと待ってください!」と大声をあげる。
「カズヒラさん、もうちょっと話しましょう」
「……」
「席に座ってください。コーヒーも残ってますよ」
仕方なく席に座りなおすと、やはり低い声で「なにか?」とカズはそれだけ口にする。
「困りましたね。刺激が強かったのですね。あなたを警戒させてしまった。このままお返しするわけにはいかないです。今後の私達の関係のトラブルになりますので」
「――俺から言うことはもうない。なんだ?」
「まぁ、そんなに怒らないで」
そういうとユンは「いいでしょう」といって顔を上げる。それはそれまでの笑顔のビジネスマンとは違う。裏の顔を知る凄みを備えた交渉人のそれを思わせる。その厳しく鋭い目をカズに向けてきた。
「私達の政府関係者が嫌がりだしたの、アレなんでだと思います?」
「さぁな」
「あなた達のせいですよ、カズヒラさん。ダイアモンド・ドッグズ、大活躍だと聞いてます。現地の政情不安定がさらに混迷を増しているとか?」
「知らん!」
「ツンツンしないでください。我々だってそう聞けば動きますよ。カズヒラさんが望むようにあそこへと橋渡しをしたのは我々なんですから」
そういってユンは苦笑する。
確かに、依頼は選んだがンフィンダ油田の話がなければアンゴラに居場所を求めてねじ込むことはできなかっただろう。それは最初にカズ自身の口からも認めたことだった。
「ご存じないでしょうから2つ、お教えしておきましょう」
「……なんだ?」
「カズヒラさん、ダイアモンド・ドッグズは少年兵つかってるのですか?鉱山から連れだしたでしょう?」
「!?」
鉱山から連れ帰った5人の少年兵。
それは確かに今もマザーベースにいる。だが、それを外には漏らしてないはずだが?
「依頼人の将軍が、新参者のあなた方を本当に信用すると思いましたか?」
「そうか――将軍は知っているんだな?」
「いいえ。本人は知りません。知っていればあなた方はすぐに攻撃対象ですよ。彼の下にいる、優秀な人が知っているだけです。その人は少年兵には興味がありませんから、今のまま放っておくでしょう」
「信じられんな、どうしてそう言える?」
「ならお勧めしませんが、ご自分でその人を探し出して暗殺されては?政府関係者を攻撃する意味、わからないあなたではないですよね?」
「……」
つまり、自分を信じろということか。
この男から聞きだそうとすれば、きっとあっさりと言うだろうが。それでダイアモンド・ドッグズにいいことはない。
「いいだろう、だがその質問には答えられない」
「ええ、そうでしょうね――もし、彼等を持て余しているようなら私が人を紹介しますよ。あなたの問題をクリアにしてくれると思います」
よくわからない。
だが、断言できないのだからどういう意味だ?とは聞けない。いや、カズは聞きたくなかった。
「……考えておこう」
「忠告、いえ警告します。カズヒラさん、少年兵とは関わらない方がいいとね。
我々NGOとは金を持って善人のふりをしたい、そんな奴ばかりではないんです。自分が考え、やろうとしていることを簡単に考えないことです」
「フン、先輩面されてもな」
「――いいでしょう。話が長くなりました。あともう1つ」
「ああ」
「カズヒラさんの反対側で流れている噂です。
最近、ダイアモンド・ドッグズをこのままにしておけない。奴等は叩きつぶせないか、という話が出ていますね。
政府はまだそんなそぶりも見せません。ですがPF間ではそれで連携を強化しようとしています。仕事場で孤立してると大変だ」
「フン、脅威ではないな。だいたい金にならないことを奴等がするとは思えん」
「でも、ここからです。誰かはわからないのですが、最近新たにアンゴラに興味を持つ複数のPFを引きこもうという動きが出ています。今の、この時期にですよ?」
「なにかあるというのか、ユンさん?」
「わかりません。事実かも確認していません。ですが、私があなたならこの話の裏で動いている奴には興味があるでしょうね」
「……」
「だってそうでしょう?PFが、”金にならない”のに”私怨を晴らす”ように戦争しようと言っているように聞こえるのですから」
カズヒラはようやくコーヒーカップに手を伸ばすと。今度は一気に飲み干してから席を立った。
マザーベース到着まで9時間ある。彼には考えることが多すぎた……。
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スカルフェイスは多少ではあったが苛立ちを感じていた。
ダイアモンド・ドッグズ、そしてビッグボス。やつらはまたしても生き延びた。
いやそれよりも、もっと悪い。ボスも、カズヒラもまだピンピンしている理由がわかったからだ。
「やれやれ、まったく女という奴は――どうしようもないな」
あちこちにあった実験場も廃棄が進んでおり、さすがにあの連中とはもう顔は合わせないだろうが。しかし自分がここを発つのはまだ、早い。やることが残っている。
「ソ連軍の方は進んでるか?――そうか、ならいい」
なんのことだろうか?
破壊され、四散したサヘラントロプスのことか?
「私はこれから老人に会いに行かねばならん。知らなかったが、どうやらあの老人。
この私に会いたくてたまらないらしい。それほど親しかったとは知らなかったのだがな」
そういいながら、なぜかスカルフェイスの黒手袋の中の指が、自身の腰のバッジを弄びだす。
「そろそろ私からのメッセージが、彼等のマザーベースに到着する。ボスはそれを受け取ってくれるだろうかなぁ」
嬉しそうに言ってもやはりこの男の声はどこまでも虚ろだった。
それではまた明日。