スカルフェイスは赤毛の少年を連れていた。
「最近の彼はあの子がお気に入りだ」と、スカルフェイスの部下達は噂をしていた。
だからこの赤毛の少年の昔話を少しだけしよう。
少年はこの世に生まれ落ちたその日から人間ではなかった。
誤解のないよう、はっきりいうと最初から化物だった。だから普通の人の規範はまったく彼には影響を与えることが出来なかった。
最初に彼が――いや、ここは正確にしよう。
最初の犠牲者は彼の母であり、父であった。
彼等はだれでもそうあるように我が子を愛そうとしたけれど、彼等の愛情が少年の心に写し出され。それに少年が寄り添うと、すぐに彼等は少年を憎悪し始めるようになった。
人は普通、他人とのコミュニケーションをお互いの距離を縮めてふかめていくものだ。
ところが彼には、触れた瞬間からすべてが明らかになり。それを彼の中の鏡が写し出すと、影は人の形をとり人格を持ってその人の前に立たせることになった。
どんな感情も、それは強烈な光によって産み出された影でしかない。影を愛し、影を信じ、影を理解するものがいるだろうか?
自然、人は生み出された影を拒否し、彼を否定するようになるまでを何度も繰り返す中。少年は影に悶え苦しむ彼らの姿を見て、支配を生みだすしくみを理解した。
だが、彼はそれをいきなり武器として使わなかった。
生まれてからずっと他人の心に触れることしかしなかったので、支配に執着することができなかったというのもひとつある。
しかし、時がたつとそれも変わってくる。
彼の肉体にも変化が生まれる。体の変化は、心にも変化を与える。
それは成長の証、赤ん坊からの卒業。少年は新たに悦びを理解すると、彼にはじめて選択する行為をおこなわせるようになった。
彼は他人の感情をむさぼるようになった。数多くを貪った結果、気にいったのが。強いうねりと儚さをあわせ持つ怒りであり、”復讐心”。
ただの怒りでは物足りないのだ。悲しみではノレきれないのだ。悦びでは自我を忘れて意味がないのだ。
燃えたぎるマグマよりも熱い、どうしようもない感情の無駄なエネルギーがおこす爆発。それが彼の今のお気に入りとなっている。
そんな彼をスカルフェイスは道具にしていた。
いつものように、他と同じく道具として少年を扱っていた。少年はそのことになんとも思わなかった。
彼の持つ”報復心”とやらも、彼のお気に入りの1つとなっていたからだ。
むこうにとっては道具でも、こっちにとっては大事な収集品のひとつ。
そのスカルフェイスが、工場に入っていく。
するとその場に新しい感情が乗り込んでくるのを少年は察知した。
少年はいつものように、まずそいつの心を自分の中の鏡に映しだそうとしたが。そこにあったのは自分の姿だけだった。それがよく、わからない。
そんなこんなしているとスカルフェイスが「燃やせ」と言った。
約束だ、炎の男を動かしていいということだ。
だが、少年はすぐそばに別のものを見つけてちょっとだけ休憩を入れた。それは魂が壊れかけた人間だけが発する断末魔のエネルギー。
世界を、戦争を、大人達を呪っていた。自分とは違う人生を生きる全てを憎悪していた。自分が面倒を見ていた戦友達よりも不幸な死を迎える自分の不幸に泣き叫んでいた。
それが最後の輝き、極彩色の輝きは器である魂が壊れると急速に消えていく。
少年はやはり思った。
自分の今好きなのは、やっぱりこの炎の男なんだと。
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『ボス、そこから逃げろ!』
『スネーク、スネーク!』
スネークとスカルフェイスとの再会は、この地獄を一気に燃え尽きさせようとしている。
シャバニは死んだ。
スカルフェイスは消えた。
そのかわりに、炎の男が追ってきた。
『ボス、そいつはあのキプロスの病院にいた炎の男だ。そいつに近づかれたら……』
「黙ってろ、オセロット!」
さっきはやばかった。
いきなり飛びかかられて、咄嗟にライフルで相手の胸をついたから逃れられたものの。そのせいでライフルはあの男に取りあげられてしまった。
ハンドガンで奴と対決しろと?
それはどう考えても勝てる気はしない。
工場から飛び出すとなぜか外も一面が焼け野原になっている。工場の中の地獄が、外に漏れ出たように思える。
『ボス、トンネルを抜けたところにヘリを用意する。そこまで逃げろ!』
カズの言葉にあわせたようにピークォドからのアナウンスが届く。
もうメチャクチャだった。救出も、証拠の確保も出来ない。それどころかこのままここで焼死体になってもおかしくない状態だ。
トンネルに飛び込む直前、後方から危険を感じてスネークは横っ跳びに飛んだ。わずかに遅れて、彼の体があった場所を火炎の河が激流となって通り過ぎると、トンネルの天井に直撃して道をふさいでしまう。
無線がにわかに騒がしくなるのと同時に、トンネルの向こう側から焦げ臭いにおいが漂ってくると。スクワッドはトンネルの出口に銃口を向けて何者があらわれても返り討ちできるような態勢を整えた。
だが、そのトンネルの中から出てきたのは彼等のビッグボスではなく。真っ赤な炎のエネルギーであった。
「っ!?ふせっ」
リーダーらしくなんとか声を出せたものの、アダマは後方に飛んで噴き出す火をかわし。すぐさま立ちあがってトンネルを確認しようとする。同じく立ちあがってきたシーパーは絶望的な顔をしてアダマを見ていた。
トンネルは天井が崩れ落ちて完全に塞がっていた。
『こちらオセロット。スクワッドリーダー』
「アダマです。オセロット、ボスは!?」
『彼は戦闘中だ。すぐにそこにピークォドが到着する、お前達は撤退しろ』
「っ!?」
反論すべきだと思ったが、なにをいえばいいのか思い浮かばなかった。
たった一つの道が、たった今、潰された。
自分達が出来ることはもうなにもない。
『そうだ、トンネルを塞がれた以上。ボスを救出には行けない。お前達が出来ることはない』
「スクワッドリーダー、了解。合流後、撤退します……」
彼等に出来ることはなかった、本当に?
「――あるよ、あるから。出来ることが残ってる」
仲間の1人がそう言いだして、皆がその言葉に驚く。いいだしたのはワスプだった。
彼女は大きく息を吸うと、いきなり霧の立ち込める谷に向かってあいつの名前を連呼して叫び出した。
「おい、やめろ!」そう言って周りは彼女の口をふさぎにかかる。
潜入任務なんだぞ。それに第一、あの女はボスの命令しか聞きやしないじゃないか。俺達が何を言おうとも――。
そう思った時。
力強く地面をけり上げる音とともに乳白色の霧が裂けた。
そこにあらわれたクワイエットは中腰で、目元が”影を差した”ように暗くて目を読ませない。
だが、ワスプは躊躇しなかった。
「クワイエット!ボスはこのむこう。急いで!」
言い終わらないうちにあいつの姿は消えていた。まさか、本当にボスの元へ向かったのだろうか?
『こちらピークォド、スクワッド。どこにいる!?』
頭上で急停止して、ゆっくりと降りてくるヘリを確認してアダマは皆にいくぞと合図する。
「なぁ、あいつ――」
「わからん。わからんが……祈るしかない」
ビッグボスは、アイツを自分の相棒だと言っていた。
それを証明するのは、俺たちが信じるのは。ボスじゃなくアイツが動くしかないのだ。
==========
そいつの放つ巨大な火球がスネークの横を通り過ぎても、後方で炸裂するとそれだけでスネークの体は翻弄されて地面を転がっている。
もう同じことを何度繰り返しているだろうか?
火は周りの草木を燃やし続け、酸素は急激に失われていくのがわかる。
必死に呼吸をしようと口を魚のようにパクパクさせ、足りなくなっていく血中の酸素の量に不満の声を上げるスネークの筋肉はオーバーヒートをおこしかけている。
炎の男。
キプロスではスネークを探して襲撃してきた軍隊をその無尽蔵の炎の力で燃やしつくそうとした怪物。
奴も又、あの時は弱っていたスネークを探していたのではなかったか?
作りかけの窓枠の向こう側へと飛び込むと、コンクリートの床がひんやりと冷たく。肺一杯にようやくホコリ臭い酸素が流れ込んでくるのを感じる。
だが、それも数瞬のこと。
すぐに炎の男が登場すると、ここも全てが火を噴きあげて地獄へと変貌してしまう。
先ほどから酸欠状態におちいっているせいなのか、例の障害がこんな時に表面化したのか。
奴があらわれてから気がつくと、スネークの耳には少年の狂ったようなケタケタという笑い声と、あの夜も見た変な格好の赤毛の少年が炎の男の背後を、ありえないことだがユラユラと亡霊のように奔放に飛びまわっているように見える。
ついに自分は地獄の焼け落ちる世界で狂ってしまったのだろうか?
そう思ったが、こまったことにここには”まともなやつ”が居ないので、それがわからなくて困る。
炎の男に銃器をむけるのはどれほど愚かな事かはキプロスの一件で十分に知っている。スネークは迷うことなく、亡霊の少年に向けてハンドガンを向けた。
パシュパシュパシュと、サイレンサーで情けない音がハンドガンから鳴り響くが。飛びまわる少年は一層高くケタケタと笑い声を上げ、変わらずにユラユラと炎の男の背後を飛んでいる。
弾丸はどうやら当たらなかったらしい。
が、炎の男の方がなぜか怒りの唸り声を上げるとその体の炎がひときわ勢いを増していく。
(……あの少年は本当にいるのか!?)
そう思った瞬間、無様にもスネークは足を滑らせた。
意識のブラックアウト、バランスを崩したスネークは水道管に足を取られ。給水ポンプに頭をぶつけて倒れこんでしまったのだ。
1秒?2秒?
意識が戻った時には、目の前にいる炎の男が両腕を広げてスネークに覆いかぶさろうとしている。
死の抱擁は間一髪で交わしたものの、再び広場へと転がり出てきたスネークのスニーキングスーツもついに炎に焼かれてチロチロと火を纏い始めようとしていた。
しつこい相手であった。
間断なくこちらを追いかけまわし、攻撃を止めようとしない。スネークもハンドガンも失い、ついにグレネードぐらいしか攻撃するものはなくなってしまっていた。
これでどうにかしろって?相手はミサイルの直撃を耐えたというのに?
追い詰められて焦りを濃くするスネークと違い、炎の男は周りに火をつけてその勢いを弱めることを許さないまま。彼を追って姿を見せた。
赤い炎と、白い煙が一本のレーザーが炎の男の頭部に照射されるのをみた。
狙撃銃の放つ銃声と共に、炎の男はようやく体勢を崩す。
「クワイエットか!?」
なぜそこにいるのか、どうやってここに来たのかは分からないが。
いつものように狙撃ポイントについたクワイエットは、冷静に炎の男に対して攻撃を開始する。
それではいけない、それはまずいんだ。
「クワイエット、攻撃中止!射撃を止めろ!」
必死に態勢を立て直しながら、彼女に伝えようとする。
キプロスであの男は銃も、ミサイルでも倒せなかった。それどころか装甲車や病院の車で轢かれても――車だって?
ジープのことを思い出した。
探そうと目を走らせるが、まっかな炎の世界しか見えず。どこにあるのかもわからない。
その間にも炎の男はクワイエットの方へと体を向け、態勢を縮めて例の奴をやる準備をする。
「そこから離れろ、クワイエット!」
それまではスネークの指示を無視して射撃を続けていたクワイエットも、何かを感じたようだった。射撃を止めて力強く大地を蹴ってその場から離れようとする。
そこにあの体からあふれ出る炎の河が、空に向かって放たれる。
スネークは見てしまった。
空中にあったクワイエットの右半身を炎の河が薙ぎ払う瞬間を。
彼女の名を叫んだ気がしたが、それが自分の声だったかどうかなのかは覚えていない。
だが、炎に包まれたように見えた彼女はそのまま工場近くの林の中へと墜落していく。
『ボス、急げ!今のうちにヘリでそこから脱出を』
カズの言葉は切実だったが、スネークの耳にはもう聞こえていなかった。
イシュメール、あの時はあんたがいた。
だが今回は俺一人。違う、そうじゃない。クワイエットを助けないと。
腰に吊るしたグレネードを炎の男に向けて投げつける。1個、2個、3個、これで十分だ。
続いてまだ火が回っていない――崖の方へ向かってダッシュする。ゴウとあの炎の河が自分の上半身を吹き飛ばそうと襲ってきて、空へと昇っていく。勿論今回だってかわすことはできた。
それでもスネークは這って進む。
徐々に迫ってくる炎の男の視界からかくれようというように、最後の力で横っ跳びをするとある場所の影へと身を隠す。
(さぁ、やってみろ)
これには自信があった。
スネークは義手を振り上げると、身を隠したふりをする給水塔の鉄骨を思いっきり叩いた。
次の瞬間、放たれた炎の男の火球は給水塔を破壊してたまっていた大量の水を地上一面にぶちまけた。
『おお!やったぞ、ボス』
「いや、まだだ!」
水を全身に浴びてたことで消火され、天を仰ぐようにして後ろに倒れ込む男の横をすり抜けると。スネークはあの燃え続けている地獄の中へ再び走り出した。
ジープはまだそこに、壊れないで残っていてくれた。
いつしか炎の男のように、スニーキングスーツから赤い炎があちこちをちらつかせているスネークが飛び乗るとエンジンをかける。
――今日はお前がやるのか、エイハブ
ああ、そうだ。イシュメール、あんたのやったことは覚えている。
だが今の俺ならもっと上手くできる。
――お前に任せよう。見せてくれ、エイハブ
あの時と同じ病院服のイシュメールは助手席になぜか悠然と座っていた。
だがあの時とは違う、今度は俺が運転をしている。俺が奴を倒して見せる。
不快な赤毛の少年らしいケタケタと言う笑い声を聞いた気がした。
遠くであの倒れたはずの炎の男が、再び炎を吹き上げながらむくりと起き上がるのを見た。
素早くギアをチェンジすると、アクセルをべた踏みにしてハンドルを回す。
――おいおい、まさかこのまま奴へ?
ああ、そうだともイシュメール。
あんたは奴を病院の壁に叩きつけたが、生憎ここには壁がない。
60キロオーバーのジープに轢かれて動けない炎の男をそのままに。スネークは車体から飛びおりると、炎の男はジープと共に崖下の海に向かって墜落していった。
――やるようになったじゃないか、エイハブ
うつぶせに倒れて息を整えようとするスネークに声がかかるが、すでにイシュメールの姿はそこから消えていた。
『こちらモルフォ。ビッグボス、見つけました!生きてます、2人とも生きてます!』
ピークォドの代替機のヘリが、直接ングンバ工業団地へと乗り込んでいくとそこの壮絶な状況に声を失っていた。建物をはじめとして、ありとあらゆるものが燃え尽き、真っ黒に焦げ付いて白い煙を上げていたのである。
伝説の傭兵といえどもこれは生きてはいないのでは?
そう思ったが、彼は生きていた。
体からは周りと同じように、黒のスニーキングスーツが白い煙を吐き出し続けていたが。彼はそこにいて、彼の腕の中でクワイエットがこれまでに見せたことのない疲れと弱った表情を見せているが、2人とも生きていた。
スネークは炎の男に勝利したが、スカルフェイスには逃げられた。
だが、それでもついにこのアフリカで。奴の痕跡に手が届いた、追いついたという価値のある勝利には違いなかった。