救われない地獄の入り口へ、どうぞ。
かつて南米で誰かが口にした。
――平和は歩いてはこない、歩み寄るしかないのだ……
その言葉はすぐに虚空に吸い込まれ、消えてしまった。
飛行機は飛んでいる。荷物を乗せて。
研究員は怯えているが、博士は平然としている。
モスクワまではまだまだ時間がかかる。
研究員は質問する。
――博士、この少年には意識があるのでしょうか?
博士は問い返す。
――なぜそんなことを?当然意識はあるさ。
研究員は質問する。
――しかし博士、この少年からは自我を感じません。僕は感じることがなかったんです。
博士は答える。
――私の研究では自我はあると出ているが、他人にはそれを感じさせないというのが答えなのだろう。
研究員は質問する。
――なんであると考えるのですか?この子は感情も、表情もこんなに薄いのに。
博士は答える。
――なぜならばこの子は自分の意志で選択することがわかっているからだ。自我がないなら、問題を感じて選択などするはずもない。
研究員は質問する。
――それは興味深いです。彼は何を選択するのですか?
博士は答える。
――君は研究に熱心さが足りない。私の報告を読めばわかる。彼は他人の心を自分の中に写し出しているようなんだ。
研究員は質問する。
――それは読心術というやつでしょうか?
博士は答える。
――どうだろうね。はっきりとは分からないが、この少年は”特定の感情”に寄り添いたがっているように私は感じているよ。
研究員は質問する
――あれ、博士。今、何か音がしませんでしたか?
博士は絶望する。
――ああ、いけない。なんでこんなことに……。
飛行機はモスクワにはたどり着けなかった。
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NGOのツテでこのアンゴラへ上陸を果たしたダイアモンド・ドッグズではあったが。PFとよぶには明らかに強大になっていく軍事能力に反し、その地盤は圧倒的にまだ弱いままだった。
サイファーの捜索のためにも、ここに強い根を張らねば意味がない。
そうなると自然、現地のクソのような政治事情とも向き合うことになる。政治と軍事は切り離されることはない。少なくとも、戦えないならここでは全てを奪い尽くされる。まさに弱肉強食、適者生存の厳しい世界である。
人は、自らではなくとも落ちればそこまで獣となることができる。
文明など屁のようだと鼻で笑って火薬の匂いを肺いっぱいに吸い込んでうっとりすることが出来るのだ。平和な国で永久に続く戦争のない世界など、人は誰も望まないのがむしろ自然なのだ。
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ザイール側の反政府組織より舞い込んだその依頼も、そういう腐臭の漂うひどいものだったが。カズはそれを見なかったことにして受け入れざるを得なかった。
ここにいる同業者やそれらを利用する者達に、自分達は本気で仕事をするのだと見せつけなくてはならない。
組織のリーダーである将軍様の部下、裏切り者一名と捕虜となった5人の殺害はそうして実行されることになった。相手には思う存分にふっかけてやったせいで失敗することも出来なくなってしまい。
カズはビッグボスと彼の部隊に、この任務を託すことになった。
『ビッグボス、こちらスクワッドリーダー。我々はこれよりF地点の観測所を向かいます。襲撃後、ヘリでマザーベースへ――』
「スクワッドリーダー、任務中だ。スネークでいい」
『……了解、パ二ッシュド・スネーク』
今度のリーダーは前よりもガチガチな奴のようだ。
ガンスミスの一件を終えると、ついにスネークは新たなスクワッドの結成を発表した。男5人、女3人は以前と同じだが、ワスプは怪我の治りが間に合わなかったので今回は7人。彼等の本当のデビューは次回に持ち越されることになるのかもしれない。
スネークは隣に伏せているDDと背後の崖の上で待機しているクワイエットに、このままで待機。そう伝えると、ゲートを抜けて1人。銃を構えて静かに穴の中を進んでいく。
彼等が今いるのはクンゲンガ採掘場。
かつては白人がやっていたやり方を、今ではここの誰かが同じ国の大勢を支配することで同じやり方で富をむさぼっている。その最前線が、ここだ。
目標の捕虜達はここで鉱夫でもやらされているのか、諜報班はしかとつかめなかったが。スネーク達は夜の闇を利用しながら、それでもかなり苦労してここへとたどり着いていた。
暗い鉱山の穴の先にある鉄条網をこえると、どこからか複数の人の呼吸音を感じとった。
なんだ?誰かいる?
――スネーク、駄目だからね
その声を聞いただけでスネークの背筋に冷たい汗が流れた。
振り向くと、そこにはあのパスが。平和を愛するあのパス・オルテガ・アンドラーデが、まだ女学生のふりをしていた時の姿で暗い目をして洞窟内のしきいとなっている鉄条網の中に立ってこちらを見ている。
亡霊だ。
イシュメールと同じ、本物じゃない。破片がめり込んだこの頭が、フラッシュバックと一緒になって見せてくる。
だが実害は、まったくない。心配する必要もないし、恐れることもない。
――駄目だからね
何のことだ?
詳しく聞くべきなのだろうが、見た方が早いと思ってスネークは足を動かす。
洞窟の奥には5人がいた。間違いない、間違えようがない。5人の”少年兵”が捕えられていた。
将軍の依頼は、彼等をこのままここで処分することだった。
スネークの顔から感情が消える。
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マザーベースでは報告を聞いたカズは戦慄していた。
(なんと言うことだ。あのクソ将軍め、なにが自分の部下か――)
静かに激怒するカズだが、これは別に将軍が悪いわけではない。
”現地の常識”では間違いなく彼等はあの将軍の部下なのである。思えばこちらが値を釣りあげても、ホイホイと応じて気前が良かったのは子供殺しに気を悪くしているこっちへの感謝のつもりだったのかと知っておくべきだったのだ。
だが、どうする?
今更に契約を拒否するわけにはいかない。彼らだって我々が正しく依頼を実行したのか、当然のように調べてくる。引き受けた契約をまもれないことは商売上の信義として問題になる。ダイアモンド・ドッグズはこの戦場にへばりつくために新たな依頼人を探し続けることになる。
だからカズは、なにも口に出さないことにした。
少年達が格子の向こう側に立って銃を構えているスネークの姿に気がついた。もしかしたら、このビッグボスが自分たちの姿を見て動揺しているのを感じとったのかもしれない。
次々に彼等は格子に近づいてくると、そこから手を伸ばしてこちらに何かを見せようとしてきた。
「これは?――ダイヤか」
ここから出して欲しい、自由にしてほしい。そのために差し出すのは彼等の命の値段、ダイヤのひとかけら、そういうことなのだろう。
大人達の暴力の影で、彼等も利口でなければ一日と長く生きられないのである。
少年達は理解していたのかもしれない、この男が自分達の上官から送り込まれた殺し屋のかわりだということに。
だが、彼等の世界は非情だ。
それが最後の瞬間の目前であるなら、わずかな可能性にもすがらないとやっていられないのだろう。
だが、スネークは無情にも輝くそれを彼等の掌に返す。
「カズ、ターゲットの5人を発見した」
『……わかった。ボス、テープは回っている。仕事を終わらせてくれ』
少年達は泣き叫んだりはしなかった。ああ、そうなんだと理解した。
ダイヤを受け取って助けなくとも、殺してから奪えばいい話だ。それは誰しも考えることではないか?
少年達は奥へと下がると、たがいに体を寄せあって顔を伏せた。
ついに自分達にも来るべきものが来たのだと思った。いいことの少ない人生だったが、それでも終わるのだと思うと悲しく、悔しい。喜びなどなかった。
スネークの持つライフルは21発の弾丸をフルオートで発射する。
それが終わるとスネークはその銃を地面に叩きつけて破壊した。もう、ここからはこれは必要ない。
『ボス、奴等が今の銃声に反応しているぞ。すぐにそこを立ち去るんだ』
言われるまでもない。
スネークは黒い麻袋を取り出し、呆然としている牢の中の子供達に向けてそれを放り投げる。彼等はそれを受けとると、ハッとして慌てて袋の中に自分達の持っているダイヤを投げ込んでいく。その間にスネークは牢のカギの解錠を試みる。
(俺は英雄ではない。ヒーローだったこともない。そして善人でもなかった。だからこそ、こんなふうに依頼人を裏切るような汚ないこともする。そんなただの人間だ)
言い訳に聞こえるだろうか?知ったことではない。
「よし、お前達。自由が欲しいなら、俺の指示に従ってついて来い。はぐれても次は助けたりしないぞ」
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鉱山の周辺地区は俄かに騒がしくなってきた。
続いて観測所が襲撃中との報を受け、増援をどう送るかで多少はまごつく。
その間に鉱山から子供達と共に出てきたスネークは口笛を吹く。それを聞くと、DDとクワイエットは彼等の元に姿をあらわした。
『スネーク、子供達を無事に回収するためにはそこから離れなくてはならない。プランCの合流地点、そこまで歩いてもらう。奴等、侵入者がいることに気がついてる。慎重に、だが急いで向かってくれ』
「わかった」
何か言いたそうなカズの雰囲気には気がついたが、今は任務に集中しなくては。
「クワイエット、先行しろ。DD、子供達を守れ」
自分も歩けない少年を1人担いでいたが、スネークはそういうと背中の少年を下ろした。
鼻が引くつき、70メートルほど先にいる兵士2人を確認する。サイレンサーを装着したPSG-1を手にすると、躊躇することなく彼等の頭を瞬時に吹き飛ばした。
「よし、進め。ほら進むんだ」
子供連れの逃走、これは追手との時間の勝負になる。
先行するクワイエットだが、今回は開発班と伝説のガンスミスによって作り出された麻酔弾を使用する狙撃ライフルを装備させたものの。ここまではそれが使われることはなかった。
だが、どうやら使用感の報告は出来そうな気がする。
走り出したスネークの前方で、銃声が鳴り響くと無線から『~♪~~♪』と鼻歌が聞こえてくる。どうやら終わったらしい。
「クワイエット、次だ!――よし、進むぞ」
先頭の少年の横にDDがつき従い。羊飼いの犬のように彼らが勝手なことをしないよう。列を正してくれている。おかげでスネークは最後尾につくことができる。
途中、地面に投げ出された敵兵を見た。
どうやら片目に弾を受けたようで相当苦しんだようだった。つづいて見えたのは、撃ち抜かれるような衝撃で地面に倒れ伏していてどう見ても生きているように見えない動かない兵士の姿だ。
(麻酔、というよりも。殴り倒しているだけじゃないか?本当にあれ、役に立つのか?)
疑問を覚えたが、とにかく静かにこちらの邪魔をしないならば今はそれでいい。
クワイエットの銃声が再び始まるが、今度はなかなか終わりそうにない。
「ここで待て、止まれ!」
銃声の響くエリアに近づくと、どうなっているのかがわかった。
8人前後の男達が、狙撃から身を隠しつつ勇気があるのか数人が列をなして前進しているのが見えた。
ここはスネーク達の出番だろう。
スネークはスモークグレネードをあちこちにばら撒くと、DDと一緒に煙の中へと突撃を開始する。
いきなり湧き上がってくる煙の勢いに巻かれてゴホゴホと咳こんでいる男達は殴り倒されるか、DDに喉を噛み砕かれて絶命するかさせられる。
『急げ、もうすぐそこだ!』
カズの励ましを受けて最後尾にもどっていたスネークは子供達を追い抜き、先頭に立つと先に合流ポイントに到着した。
続いて、そこにクワイエットがあらわれ、追手がいつ現れてもいいようにライフルを後方に向けて身構える。
DDに導かれて走ってくる少年たちの列を確認しながら、スネークは空を見上げた。
『こちらピークォド、合流地点に到着』
スネークは早速抱えていた子供を運び入れると、ヘリから降りる。やはり閉じ込められて体力がないのだろう、ここまで走ってこれた少年達だが。精魂尽きはてたかのように座り込んでヘリに這い上がる元気はありそうにない。
『ボス、追手が迫っている』
だがここまできたのだ、やるしかない。
「DD、先に乗れ!」
指示を出すと自分は1人ずつ抱えあげてヘリの中へと放り込んでいく。
半分を終えたところで、クワイエットのライフルが火を噴いた。『ボス、急げ』これ以上ないあせる声にせかされ、スネークも残りをヘリに乗せていく。
「終わった。クワイエット、退却だ!」
乗り込んで声を上げると同時にヘリは上昇を始め、離れようとしたところでクワイエットが飛び上がってヘリに飛びついてくる。
とんだ汚れ仕事を引きうけてしまったが。まぁ、これでダイアモンド・ドッグズの名前もここらに響きわたることが出来ただろう。
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マザーベースに到着すると、プラットフォーム上ではいつものように出迎えるカズがこれまでに見たことのないくらい。不機嫌そのものの表情で立っていた。
スネークが降りるとミラーは苛立ちを隠さない声で問いかけてきた。
「どうするつもりだ、ボス」
カズヒラ・ミラーは怒っているのだ。少年達を助けるのはいい。
だがそれをこのマザーベースまで連れてくるなんて……。
彼はやはりあのMSFの一件から、この場所の秘匿性に関しては神経質にならざるを得ないのだろう。
クワイエットの時とは違う。この子供等が逃げた時、またボスが「俺の手で~」なんていわせて誤魔化されないぞ、ということなのだ。
「戦闘経験は積んでいる。鍛えりゃ使えるだろう」
苦し紛れだったとしても、スネークの返答はとても誉められたものではない言い草だったに違いない。
カズの顔がさらに不快感を覚えたか、不機嫌さが増すのを感じる。
これまであまりなかったが、これはビッグボスとミラーの我慢比べである。どちらかが妥協するまでは、お互いどちらも引く様子は見せない。
ダイアモンド・ドッグズでも珍しいトップ同士の緊張感のあるやり取りに周りの兵士は声も出ないが。子供達はそうでもなかった。
巨大な海の上の城、そこにいる見たことのない兵士達、武器。全てがこれまで彼等が見た世界にはない、夢物語のようだった。
だからつい、無邪気にその手はカズの腰に吊るしてある銃に伸びようとする――。
サングラスの奥の目が光った。
「子供は嫌いだ。特に銃をぶっ放すやつらは」
そういうと杖を振り上げざま少年のその手を払い。しつけとばかりに振り下ろす杖でその腕を打った。
少年はその仕置きに萎縮も、おびえもしなかった。
逆に打たれたと感じた瞬間にはスネークの手から銃を奪い、カズに銃口を向ける。
だが、そこまでだった。
少年が銃をとると同時に、ミラーを始めとしたプラットフォームに並ぶダイアモンド・ドッグズの兵士全員から殺気が立ち昇ると、少年に容赦なくそれを叩きつけたのである。
それが本人にはわからないらしく、体が硬くなって思うように動けなくなっている自分に少年は小動物のように戸惑っていた。無意識に自分が恐怖していることがわかっていないのである。
おもしろいショーが見れた、スネークは笑顔を浮かべると口を開く。
「どうだ、使えるだろう」
ミラーはだまされなかった。スネークはわざと銃をこの少年に持たせた。いや、渡したに違いないのだ。
彼等は戦闘、それもただ銃を撃つことだけを教えられた子供達だ。正しい技術、戦場に必要な教え、そういった大切なものは一切知らない。まさに消費する人の姿をした戦闘犬のようなものだ。
本物の兵士、それも純度の高い、最高の技術を持つ兵士の敵にはならない。
「いや、使えないな」
子供だと思いだし、自身の体からほとばしる殺気を抑えるとミラーは断言した。
「まるで使えない」
そう断言してからあっさりと握っていた杖を手放すと、一本の脚で立ったまま。カズは手を伸ばしただけであっという間に少年の手から銃を取りあげ。そのまま片手で弾倉を抜き取り、装填された弾もはじき出した。
戦士としての肉体は失ったが、それでもカズヒラ・ミラーは自分は兵士だとその姿が証明していた。
(さすがだ、カズ)
どうやら今回はビッグボスの負けらしい。
空になったライフルを控えている兵士に渡すと、再び拾い上げた杖をついて歩き出すカズの隣にスネークが追いついて並ぶ。スネークは口を開く「それじゃ、どうする」今度はカズが答える番だった。
「突貫工事で建設中の居住区を分割させている。俺達とは住む場所を、分けるつもりだ」
カズもまた、ビッグボスとの付き合いは長い。
彼が何を考えているのかを想定して、すでに別の答えを用意して行動も始めていたのだ。
「じゃ、学校でも作るか」
さすがにスネークも、きっちりとしたカズの言葉に呆れて思わず嫌みを口にしてしまう。あの暗い目をした、狡猾さを身につけたガキ共が。ここで暮らしただけで素直な礼儀正しい子供になるとは思えないのだ。
カズ自身もまた、ボスが言いたいことはわかっていた。
少し自信がなさそうだが、しかし断固として自分の意見を押し通す覚悟を見せてくる。
「読み書きと、簡単な仕事くらいは教えられる」
「銃を撃つだけじゃない。普通の暮らしってやつをか?」
「銃を撃つのは俺達の仕事だ。子供は、俺達の天国の外側(アウターヘブン)では暮らせない」
それは決めつけるというよりも、ボスへの同意を求めるような意味合いが深かった。
この戦場は確かに地獄だ。だがたとえ地獄だからとて、許されないことはあるだろう?
それはもう、カズヒラ・ミラーと言う個人の願いが込められていたのかもしれない。
(設定)
・BIGBOSSの部隊(二期)
アンゴラへの上陸にあわせ、スネークは部隊を一新しようとした。前回と同じ8名が選ばれた。
新たなリーダーを選出、男性陣は総入れ替えとなったが。女性のほうは前回から変更はなかった。
この時点で以前にあった【老人介護】的な役割は求められていない。戦場を我が物顔で切り裂いていくビッグボスに認められる実力を備えた兵士が選ばれている。
そして彼等もその期待にこたえることを望んでいる。
これはオリジナル設定です。