真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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静かな狙撃手 (3)

 ボスの部隊の面々は、遺跡から離れていくピークォドの姿を不安の目で見送っていた。

 オセロットとカズが無線で「殺せ!」「いや、連れて来てくれ」と騒ぎたてる中。ビッグボスは涼しい顔で降りてきた部隊に、ここから先の注意点をだけ口にすると。

 あの化物女と共にヘリに乗ってマザーベースに帰還してしまったからだ。

 

「ボス、あんな女。なんで殺さないんだ?」

「――いい女だったもんなァ。ボスもあれで、男でもあるし」

「フザケンナ!お前と一緒にするな。黙ってろよ、アホ男」

 

 とはいえ自分達も任務がある。

 いつまでも飛び去ったヘリを見上げていてもしょうがない。

 

「よし、スクワッド。ここからは俺達の時間だ。目的地である発電所までを先行し、ボスが戻ってきたらエスコートする。ヘマをするな、俺達はそれが出来る!」

 

 ビッグボスは彼等を「俺の部隊」としか呼ばなかった。

 だから彼等は以前と同じ名無しのスクワッドでも、問題なかった。あの時とは違う、自分達のことをボスは知ってくれている。その栄誉に報いるために、彼等は戦場で最大の戦果をあげねばならないのだ。

 その通りだぞというように、残ってスクワッドについたDDがワンと一声鳴いた。

 

 

=======

 

 

 ヘリの中でビッグボスはクワイエット抱えて席に寝かせた。

 だいぶ強烈に叩き伏せたので、当分は目を覚まさないだろう。しかしなんて格好なのだろうか、不能者の自分でも彼女の姿にはちょっと感心しない。

 

 裸とはいわないが、それに近い姿の彼女を見ると――裸(ネイキッド)を名乗っていた昔の自分のコードネームが笑えなくなる。

 だからそこにあったダイアモンド・ドッグズの上着を動かない彼女の上にかけた。

 席に戻り、今度こそ落ち着こうと腰を下ろそうとして……さすがに背筋が凍りついた。クワイエットが目を覚まし、体をおこしてこちらを見つめていたのだから。

 

 自分が動く前に、今度は彼女の方が早かった。

 スネークは彼女に投げつけられた上着を振り払うと、信じられないがすでにセーシェルのマザーベースに向けて飛んでいるヘリのドアが全開にされていた。

 この高さから?飛び出していった?躊躇せずに?

 

『逃げられたな、ボス』

「目を覚ますのが早かった」

 

 オセロットに同じく、逃げられた相手を思ってかスネークの声も落ち込んでいるように聞こえる。

 不思議と彼女が墜落死したとは考えなかった。彼女はそんな兵士ではないと感じたのである。

 

『クワイエット――やつの力、俺には覚えがあった。調べてみたかったが、残念だ』

 

 無線機の向こうの声に、スネークは無言でドアを閉める。

 変に煽情的とも言えるおかしな格好の女狙撃手の人外の力に自分は興味はないが、そんな彼女自身には少なからず興味があった。

 だからやはりスネークも、こんな結果になって残念だと思っていた。

 

 

 

 事態が急変したのは、海上に出て出てすぐのことだった。

 

「機影を確認しました。後方0.4マイルを維持。追尾されています」

 

 ヘリの後を追ってくる、所属不明の戦闘機が現れたのだ。それがわかるとカズがすぐに『マザーベースを知られるな』と命令を下す。

 

 MSFでのことがある。

 サイファーの手らしい戦闘機に、現在のマザーベースの場所をまだ知られるわけにはいかないのだ。

 だが、それだけだ。

 相手は音速で飛ぶ戦闘機、こちらは輸送も兼ねた戦闘ヘリだ。

 戦っても勝負にならないのは明らかだったが、だからといって何もしないわけにはいかない。

 

「ボス、来ます!」

 

 スネークはヘリの両方の側面ドアを全開にする。

 備え付けのガトリングで牽制くらいはできるかもしれないが、撃墜など可能なのだろうか?いや、やるしかないのだ。

 F14らしい機影はこちらが気がついたことに察知すると、容赦なくミサイルで撃墜しにかかってきた。

 

 フレアと回避運動でなんとか時間を稼ぐが、こちらから出来ることは本当に少ない。

 スネークも駆動式のバルカンで反撃を試みようとしたが、機内が安定しないせいで定位置につけずにもたもたしてしまう。

 そんな中、ついに戦闘機がヘリめがけて3発目のミサイルを発射する。

 

 自分がたった今見たものを、すぐに理解できたのはなぜなのだろうか?

 フレアを撃ち尽くし、ついに最後を迎えると思われたヘリのバルカンがいきなり火を噴いたのである。

 それは狙いがかなり正確で、飛んできたミサイルがヘリに届く前に次々と落としてみせた。

 

 そこには――空の銃座に、なぜか飛び出して逃げたと思われたクワイエットがいた。

 

 彼女がバルカンを発射して突っ込んでこようとしたミサイル達を綺麗に叩き落としたのだ。

 スネークがその細い肩に手を置くと、彼女はさっと席を立つ。どうやらここは譲ってくれるらしい。

 そして驚いたことに、壁にかけておいた回収した彼女のライフルを持ちだしてきて。自分の隣でかまえてみせた。

 

「――そうか、やってみろ」

 

 素直には信じ切れなかったが、どうやら彼女は”自分のライフル”で戦闘機を堕とすつもりでいるらしいとわかった。本気とは思えない、正気とは思えない。

 動く標的、それも3次元に高速で移動する物体に対しての射撃、これが成功するなら狂気の技と表現するしかない。

 が、彼女がそれをやれるというならば是非にもこの目で見てみたかった。

 

 4度、こちらに機体を向けた戦闘機に、スネークは適当にガトリングを発射して撃墜させようというふりをする。だが本命は自分ではない、彼女だ。

 

 自分の隣でライフルが一発、音高く弾丸を発射する。

 

 わずかに置いて戦闘機はその姿勢を怪しく始めた。高度を落とし、ヘリの真下を通り抜ける瞬間。スネークはしっかりと確認することが出来た、パイロット席にあいたライフル弾で抜けた大きな穴を。

 

「ボス、マザーベースに帰還します。あの、その、自分はこんな事、信じられません」

「……そうだな、俺も驚いている」

 

 クワイエットは狙撃を終えると、自身のライフルから装填したばかりの弾丸を全て排出し。スネークにその銃を再び、しかし今度は彼女の意志で預けてきた。

 そして静かに席に座ると、いつの間にかその手首にはスネークが欠けたはずの手錠が彼女の両手を拘束しなおしている。

 

 頭が変になりそうだ、さすがにビッグボスでも混乱していた。

 まったくおかしな女で、凄い狙撃手である。自分で勝手に出ていっておいて、勝手に戻ってきてまた自分で自分を拘束してしまった。

 

 どうやら自分のようなおかしい奴は、世界にはまだ多くいるらしい。




また明日。

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