出撃当日、この日のスネークはまた迷彩服ではなく。なつかしいMSFで作られたスニーキングスーツ(復刻版)で臨んでいた。
現在、急ピッチでダイアモンド・ドッグズのオリジナルスニーキングスーツが開発中で。これはその過程でカズが保管していた旧タイプの設計図をもとに試作として用意されたものだった。
カズがせめて、スネークの負担を減らそうとの想いで用意させたものであったが。スネークは単純にその懐かしい着心地に無邪気に喜ぶ。
だが、続くオセロットの用意したものは言葉通り腰を抜かしかけた。
「DD、ウェイト」
デジャヴに一瞬襲われ、振り向いたスネークはその目を丸くせざるを得なかった。
「おい、そいつ……DDなのか!?」
あの愛嬌たっぷりだった子犬はそこにいなかった。大きな体、たくましい胸、口から覗かせる歯の鋭さには恐怖すら覚えるかもしれない。
オセロットはそんなスネークの姿を楽しそうに見つめながら、勝手に自分が言いたいことだけ言い始める。
「訓練を終えた、ひと通り仕込んである。あとは――あんた次第だ」
そうは言うが、そういえば最後にあの子犬に会ったのはいつだっただろう?
少なくともこの半月近くは見てなかったことに、スネークは今更にして気がついた。
「DD、ゴー!」
見送りに出ていたカズや、部隊の連中の前を精悍な姿となったDDはついと相手をせずにとおりすぎると、待機しているヘリの中へと飛び込んでいく。
「さぁ、来い」
「スネーク、連れて行ってやってくれ」
ヘリ内に飛び込んだDDを降ろそうとするスネークの後ろから、オセロットは静かに言った。
「そいつはあんたの力になってくれる。相棒に」
DDの顔を見る。彼は自分の役目を、すでに理解してここにいるのだとスネークはすぐに分かった。
オセロットの背に快感にも似た衝撃が走った。一瞬だったが、同じ片目の一匹の蛇と彼が育てた犬の眼光が、彼を見て輝いたように見えたからだ。
ヘリはゆっくりとマザーベースから離れていく。
それを見上げるオセロットの様子は、どこか寂しそうだったが。口にした言葉には祈りが込められていた。
「DD、頼むぞ」
ソ連正規軍の精鋭をもってしても捕えきれぬ狙撃手。
それを捕えるためにオセロットの用意した複数の策とDD。あとはビッグボスがそれを上手く利用してくれれば、静かな狙撃手を彼の前に引きずりだすチャンスがあるはず。
だが、それを彼は遠くで見守らなくてはならない……。
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おっかなびっくりというのは、こういうことなのだろう。
半日を歩き、スネークは水筒の水を舐めると。DDにも少しそれを分けてやりながらそう思った。
一緒に歩いてわかることがある。オセロットの言うとおりDDは賢く、彼に良く仕込まれていた。
自分が感じるより遥かに感度が優れた獣の鼻の力か。
DDは近くに接近した存在を素早く嗅ぎ分け、知らせてくることが理解できた。それはかなり幅の広いものらしく、この短時間だけでも。知らせるのにソ連兵、脅威のない人間、植物、死体、動物類とわけて知らせてくるのである。
そしてだからこそオセロットがDDをつけた狙いも理解した。
狙撃手には一緒に対抗しろというのだろう。悪くない考えだと思った。
DDの素晴らしい性能のおかげで、1日かけて進む距離を半日を駆け続けることで進んでしまった。仕方ないので、その日は何もない荒野で野宿することにする。
夕飯はDDと共に狩りをし、大蛇と羊を一匹。これを生でお互い頂いた。
星空の下、岩場で横になって仮眠をとろうとしたところ。いつの間にかDDはスネークの腹の横にすりよって丸くなっていた。
そういえば、子犬の時は夜一人で寝るのを嫌がって夜泣きをし。深夜の巡回している兵達はその哀れな声に誘われて気になって覗いてしまうんだとこぼしてなかったか。
明日は早朝、ついにクワイエットなる狙撃手との対戦が待っている。
翌日早朝、さっそくスネーク達は行動を開始した。
見覚えのある高原を抜け、その先にある監視所をかわして進み続ける。
スネーク自身も気をつけていたが、DDにもわかるのか。頭を低くしても用心している感じだが、狙撃手とはまだ遭遇していない。
しばらく行くと、いぜんにもあった遺跡と同じく。
崩れかけた過去の遺物跡に出くわした。
ぼろぼろになった石のアーチをくぐりぬけ――その瞬間、全神経が緊急信号を発する。
ターン!!
咄嗟に横っ跳びで倒れた石の柱の裏に飛び込むと、石の表面が飛んできたライフル弾をはじく。
『『ボス!!』』
無線機から男共の心配そうな声が上がるのが、いっそのこと不快だった。
横になるスネークにDDが申し訳なさそうに頭を下げて近づいてくる。
「いいんだ、DD。お前もちゃんとここに隠れろ」
そういって自分の隣にペタンとDDの大きな体を座らせた。
『ボス、無事か?』
冷静になろうとする時のオセロットに返事をする。
「見たか、オセロット?こいつは本当にすごい奴だぞ」
スネークは、ビッグボスは喜んでいた。
いや、驚嘆していたというのが正しいのか。
DDの獣の鼻は、最後まで奴の存在を捉えられなかったのは明らかだった。DDが悪いわけじゃない。逆にいえば、奴はそれほど完璧に静寂を保ってそこに確かに存在できるという技術を持つ狙撃手なのである。
そんな事が可能だとは思えなかったことを実行できる敵を、スネークはまず称賛したかった。
『喜んでいる場合じゃないんだぞ、ボス』
『そうだ、ボス。実際どうする?』
まったく、笑みすら浮かべている自分に水を差す無粋な奴らだった。
「2人とも、面白いことがわかったぞ。今から見てろ」
そういうと、懐から狙撃用のスコープを取り出し。岩の影から敵の影を探そうと試みる。
するとわずかな間の後で、ピンク色に似た光がスコープのレンズを塞いでくる。
『レーザーポインタだと!?こいつ、なめてるのかッ』
カズが怒るのも無理はない。
なんとクワイエットは、黙っていればいいのにわざとなのか知らないが。標的に狙っていることを知らせて来ていた。だからこそDDの鼻でとらえきれない相手の存在に、自分は気がつくことが出来たのである。
『だが、実際にどうするんだボス?』
相手がこちらの考えを軽く凌駕していたとあって、オセロットでなくとも確かに状況はよくはなかった。
しかしスネークの顔に浮かぶ笑みは一向に引かない。いや、むしろもっと楽しそうにDDの体をこすりあげるように強くなでまわしている。
「オセロット、わかるだろう。俺はこう言う相手にいつもどうしているかってな」
スネークイーター作戦、あのソ連のツエルノヤリスクで出会った、才能ある若者を見た時もそうだった。
その傲慢でなめくさった態度がかつての自分になぜか思え。きっと当人はからかわれていると頭に来ていただろうが。なんどもその未熟さを教えて、からかい、たしなめてやった。
そうだ、ザ・ボスに会うまでの鼻もちならなかった。まだ若造だった自分がされたように。
「楽しもうじゃないか」
しくじれば自分は死ぬ。イカれてるとはわかるが、やめる気はまったくない。
自分は昔からそういう男だった。死にそこなったぐらいでは、この性格は変えられない。
”彼女”にとってそれはついに訪れた瞬間であり。
同時にそれはあの日、貸したままの借りをとりもどすだけの簡単な作業で終わると思っていた。
あの日、病院での失態で彼女は全てを奪い尽くされてしまった。
露わになった白い肌が太陽の光を照り返し、たわわな胸は申し訳程度の布地で隠し。下は穴だらけのストッキングと下着にしてもエグイ切れ込みのあるそれだけ。靴を履いていることが、せめて戦場にこんな姿でいる自分がまだ狂人ではないという証拠のように思える。
その姿は自分でもありえないものだが、今の”彼女”にはこれ以外の選択肢が許されないのだ。かつてあった兵士としての矜持も、もうかなり無残なことになっているが。それでもわずかに残してあるのは、優秀な部下を使い捨てすら許さない、あの無慈悲なスカルフェイスへの意地なのかもしれない。
そんな彼女の空虚な報復気分が吹き飛ばされることがこれから始まる。
”彼女”――クワイエットはじっとスコープを覗きつづけている。目をここからわずかにでも離すつもりはない。
動けば必ず撃つし、今度こそあの男との因縁も終わるはずだった。
その頭上を襲う影があるのも知らず。勝手にクワイエットはそう思っていた。
ズガン!!
潰されるように地面に伏して、一瞬だが気が遠くなった。
慌てて銃を引きよせて、再度スコープを覗くが。まるでこちらを馬鹿にしたように、岩陰から座って顔をこちらにむけているアイツといた犬の顔が見えただけだった。
何が起きた?
振り向くと、そこにはDDとダイアモンド・ドッグズの刻印されたダンボールと。そこからはみ出て顔をのぞかせている武器の類があった。
入っていたのは、ロケットとグレネードのランチャー。それに数丁の狙撃銃と分隊支援火器、そのための弾丸が箱でいくつもいくつも転がり出ている。
一瞬理解できなかったが。すぐにカッとなるものがあった。
信じたくはない。
考えたくはないが……あの男はこちらをからかおうとしているように思えた。それが、当り前だが許せなかった。
あれはきっと、元々は必要な武器を届けさせるためのもののように思える。
それをあの男は中に沢山の武器を詰め込ませ、重い荷物にしてこちらにぶつけてきたのである。天からゆっくりと落ちてくる投下物とその下でじっとしている兵士、それはきっと遠目ではさぞかし間抜けに映ったことだろう。
こんなこと、考えもしなかった。
犬を撃とうか、一瞬考えたが。
あれはどう見ても誘っている。同じ場所から撃つとか、それは狙撃手のやることではない。
彼女は力一杯大地を蹴った。すると、ただそれだけで土煙が信じられないほど力強く舞う。宙を駆けるその艶やかな姿は、みるみるうちに透明色になって消えていく。
ステルス状態の彼女が、この世界にまだ存在していることを明らかにしているのは、この瞬間も力強く大地を蹴り上げて舞う土煙だけかもしれない。
今度は遺跡の周囲にそそり立つ壁面の角に飛び乗ると、広角に視野をとって目標の姿を探す。
――面白いことに、まさに教科書通りに動く相手だと思った。
見つからない、どこに隠れている?自分は待てる、いつまでだって待ってやる。我慢比べなら問題ない。
――義手の手首から先がクルクルと回り始めて内部電力が上がっていくのを確認する。
男ばかりに気を向けたせいか。いつのまにかあの犬の姿がないことにも気がつく。なにをやっているんだ、自分は!!
――技術者は設定を弄らないでくれと言ったが、そのままでは使い物にならない。出力設定を初めて限界地いっぱいまで引き上げておく。壊れて爆発はしないというから、それでかまわない。
ふと、クワイエットはようやくにして気がついた。
何か先ほどから変な音がするということを。スコープではなく、肉眼で周りを見回すと、いきなりすぐそばの木陰からあの男が現れた。なんのつもりか義手の指先を、こちらに向けている。
「はいだらァ!!」
なぜか向こうは気合を放つと、義手の先から青白い稲妻が飛び出してクワイエットの体をそれて岩の壁面に炸裂、霧散した。
クワイエットは何も考えず。跳躍と同時に手榴弾を置いていくが、それがあの男に通じてるのか分からない。頭が変になりそうだった。
だが、チャンスでもある。距離をとると、今来た自分の方角にスコープを向ける。
やはりまたもや、その姿はどこにもいない。いや、そうじゃない?
あの男は目の前にいた。
いや、駆けこんできたのだ。「見つけたァッ!」と叫ぶと、いきなりその鋼の拳でクワイエットに対して殴りつけてきた。再び頭部への衝撃、目がチカチカした。意識が遠くなりかける。
だが負けるのは嫌だった。また失敗するのは嫌だった。
再び地面を力いっぱい蹴り上げる。
『無茶だぞ、ボス』
息を切らせつつ、その場に腰をおろすビッグボスは笑っていた。
「流石に驚いただろう。殴られるとは思っていなかっただろう」
『だがボス、あの化物じみた跳躍力。あれはスカルズと同じだ。やはりサイファーだ!』
「カズ、少し黙ってろ。さて、次はどう出る。クワイエット」
『……ボス、カズヒラじゃないがいわせてくれ。あんたはもっと真剣であるべきだぞ』
狙撃手のセオリーからは外れるが、今回は低地の。それも小川とかろうじて呼べるような水の流れ中でクワイエットは斜面に向けてライフルを構えた。
信じたくはないが、クワイエットに接近してあの男は殴った。そんな事が自分に可能な奴がいるとは思っていなかった。
あの男は戦場を自分のものにしているようだ。わずかな高低差も問題なく乗り越えてみせる。
だが、だが自分は負けるわけにはいかない。
クワイエットは気がつかなかった。
彼女はわからなかったのだ、すでに運すら彼女を見離していたということを。
ポツリ、ポツリ。
アフガニスタンのこの時期には珍しい雨の気配がにわかに漂ってきたかと思うと、すでに雨粒がクワイエットの仄かに熱い頬を伝って流れおちていた。
(いけない!)
そう思った時はすでに手遅れだった。
彼女は考える力を失い。薄い笑みを浮かべて、手に持ったライフルをいきなり投げ捨ててしまった。
恵みの雨が本格的に降りだす頃には、全身を駆け抜ける歓喜のうねりのなかで本当に全てを忘れて少女のように踊ってその喜びを表現していた。
雨は一気に豪雨となって降ってはきたが、20分ほどで雲間から太陽をのぞかせるにいたった。
クワイエットの中の歓喜の渦潮がようやくに静寂の海を取り戻しはじめると、理性と思考が再びまともに動き始めた。
いつからいたのか、目の前にあの男が連れていた犬がじっとクワイエットを見上げていた。
ハッとなった、慌ててライフルに手を伸ばそうとするが、それを押さえてくる人の、男の手がのびてつかんでくる。
こっちも殴り殺そうと抵抗するが、その時にはもう男の左ひじがクワイエットの顎を綺麗に撃ち抜き。彼女は今度こそ意識を失って崩れ落ちていく。
こうして信じられないことに、伝説の傭兵は静かなる狙撃手との対決に勝利した。
その真実の勝負が、これほど人を喰った。それでいて圧倒するものだったと噂を耳にする人々の口が語ることはないだろう。
その戦いは勝手に血なまぐさい勝負だったと言い。それでも相手が生きていたのは、運が良かったからとか何とか適当な事を言うのだろう。
なぜなら彼等は英雄を――ビッグボスを正しく理解することが出来ないのだから。
また明日。