僕だって、馬鹿じゃないんだ。
アイツ等の目を盗むことなんて簡単だった。それでも返事が来ないのは不安を感じたさ。
でも、僕は信じている。こんなことは間違っているんだから。
9年前はちょっとした間違いがあったけれど、お互い大人なんだ。話せばきっと誤解は解ける、わかってもらえる。
ボス、僕はここにいる。君達の側にいるんだ。
だから助けに来てほしい。僕達はまた一緒にやれる、僕は君達に力を貸してもいい。
だからボス、僕を助けにここまで来てほしい。
だって僕達は仲間で、僕は君の友達じゃないか。
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ダイアモンド・ドッグズは今、任務開始直前の心地よい緊張感の中にあった。作戦に参加するスタッフ達は忙しくしていて準備に余念がない。
一方で作戦の要でもあるビッグボスはというと、実のところ暇を持て余していた。
集中していないわけではないが。かといって新兵の時代にあったような、深刻そうな顔をしてその時が来るのを。時計の針の動きが数えて待つなんて境地にはもうなれないのだ。
スカルズ(髑髏部隊)とスカルフェイス、彼らとの遭遇からそろそろ1週間を過ぎようとしていた。
やつらの影はまた、あの日以来アフガニスタンの地上から消えた。カズは隠れているんだ、と憎々しげに漏らしていたが。そうだとするなら、見つけ出す方法が、手掛かりが必要だった
そのかわり例の砦襲撃の情報は巷では錯綜していると聞いている。
伝説の傭兵、ビッグボスが1人で攻撃ヘリで乗り込んでいってそこにいたソ連兵達を皆殺しにしただの。ダイアモンド・ドッグズが総力戦を仕掛けただの、いつものアフガンゲリラによる苛烈な報復だったのだとか。とにかく真実は無視して噂は目茶苦茶なのが流れているらしい。
カズは捕えていた武器商人に蜜蜂を(その性能を完璧に解析した後で)引き渡し、さらに多くのものを当然のように受け取った。あれもえげつないことをする。
一方で、CIAの方には残念ながらハミド隊の生き残りは、救出が間に合わなかったと報告したそうだ。
ソ連軍がアメリカが援助しているという証拠を探したということから、カズは捕虜だった彼がCIAにどう扱われるかを考えると渡せなかったと言っていた。
本人の希望を聞くと、行く当てもないのでここで働きたいのだというので。ささやかなその願いをかなえることにしたらしい。すでにスタッフとして、ここに溶け込もうとしているようだ。
新情報はまるでない。
仕方なく、ともいえがないが。スネークは別の任務についている。
ビッグボスの次の任務、それはムジャヒディンの連合による侵攻作戦のバックアップ。その名目で、戦地へと出動するここら周辺に配備されている戦闘車両の無力化であった。
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ところがオセロットは怒っていた。この男がこのように冷静さを失う様を人に見せるのは珍しい。「カズヒラ、お前はどうかしている」といって直接の非難すらした。
その攻撃計画がずさんに過ぎて危険だと言うのである。
確かに、話しだけ聞くと頭がおかしいという感想しかない。カズが言うには作戦区域に配置されている戦闘車両は約10台。しかしソ連軍は増援にそれらを出すとしても。いきなり戦線に一斉に投入するとは考えにくい。
その前にどこかで集結させるはず。つまりそれらがすべて集まる前に各個撃破のチャンスがあるはずだ、と口にしたことに怒ったのだ。
一方でオセロットはカズの開発班の仕事ぶりまでをも問題にあげた。
今回の仕事に合わせ、急ピッチで進められていたはずのグレネードランチャー、ミサイルランチャーといった各種兵器類の開発がまったく進んでいないことが直前で判明した。
これでは車両破壊など望めるはずもない。
ビッグボスに突撃銃だけ持たせ、戦闘車両は手榴弾でなんとかさせるつもりだったのかと責め立てたが、もう後の祭りであった。
カズはこの仕事はすでに引き受けてしまい、その報酬にも手がつけられ、それら開発班の予算にすでに少額だが回されていたからだ。
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この時期、ダイヤモンド・ドッグズは正念場を迎えていた。
スタッフの数がそろそろ3ケタの大台が見えるまでに巨大になってきており。そのせいでこのあたりのPF(プライベートフォース)の中では異常な成長を遂げている存在として注目を集め始めていた。
それは経営の収入と支出にもはっきりとあらわれていて、一つの仕事をことわると途端にあぶなっかしい舵取りがこの組織には必要になっており。この武装組織は何かしらの壁を崩さねばならないところまで来てしまっているのだった。
スネークは無造作に置かれた木箱に腰をかけ、電子葉巻を咥えてプラットフォーム上のヘリポートでメンテナンスを受けているピークォドの様子を見学する。数時間後には、ビッグボスとしてこれに乗って再びアフガンの地へ飛ぶことになる。
(随分と気がせいているようだ、エイハブ)
親しげな声がした。
自分の身体から出てきたドッペルゲンガ―(幻影)のイシュメールは、いつもの迷彩服とは違う恰好をしていた。
頭にこれでもかと巻きついている包帯だけはそのままに、彼が身につけているのはこのたびダイアモンド・ドッグズの開発班によって発表されたオリジナルデザインと仕様のバトルドレスであった。
隠密性より、動きやすさを保ちつつ防御に力を入れた重装備だ。
それを身につけた彼は、いつも以上に威圧感にも似た貫録があった。
――良く似合うじゃないか、イシュメール
(お前も着てみるといい、悪くない。そっちもどうやら調子よさそうだ)
――ああ、こっちも調子は悪くないな。それより、今日はどうした?
(ん、エイハブ。俺は思うんだが……もう俺とお前との差はなくなったかもしれないと伝えたかった)
意外な事をいわれて、スネークは思わずイシュメールの顔を見てしまった。
彼は木箱に腰をおろしているこちらの隣に立って腕を組み、遠く海の向こうを見ていた。それからこちらの視線を、あの包帯で隠れた顔からわずかに覗かせている目が見つめ返してきた。
――どういう冗談だ?
(本気で言っている。お前はもう、俺と比べる必要はない)
――まだまだ、さ。俺は多くを失った、それは1年やそこらじゃ取り戻せない。わかるだろう……?
(違うな、お前は考えたくないだけだ。認めろ、エイハブ)
冗談めかして答えたこちらに、強い調子でイシュメールは指摘してきた。
(お前は俺より劣っている。そう考えることで、いつか俺をこえる日が来ると思いたがってる)
――そうだ。おかしいか?
(機械じゃないんだ。人の能力ってのはそういうものじゃない、エイハブ。俺もお前も知っている。
戦場で一度失えば、同じものを手にすることはできないということを。その意味では、お前は永遠にこの俺を追い越すことはできない。だが自分がまだ成長できると思っていたい)
――厳しいな、今日は
(違うな、これは優しさだよエイハブ。もう失ったものをあるように振舞うな、焦がれるな。俺達は互いに探すしかない……)
「いや、イシュメール。それは……」
「え、ボス?」
声がかかり、慌てて振り向く。
いつかの時にオセロットの射撃訓練で会った女兵士、フラミンゴがそこに立って目を丸くしていた。
「……」
「あの、なにかご用でしょうか?」
巡回中だったらしい彼女は、ライフルを手に困った顔で聞いてくるが。こちらも何と言えばいいのか分からない。
イシュメールの姿はいつの間にか消えていた。
俺の中の彼は探すしかないと言った。
俺は何を見つけたらいい……。
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『今回の任務はムジャヒディンら連合との合同作戦ということになる。向こうがせん端を開くと同時に、周辺の砦から増援の戦闘車両が緊急で出動するはずだ。我々はそれを阻止しなくてはならない。
彼らとの契約で、報酬は出来高制となっている。ボス、ひとつ派手にやってくれ!!』
地平線に太陽が沈んだばかりのアフガニスタンの大地に低く飛ぶピークォドの中でスネークは無言でそれを聞いていた。
イシュメールと話したせいだろうか、彼が身につけていたバトルドレスを着てヘリポートに姿を現すと、マザーベースはちょっとした騒ぎとなった。
これまでとは違う、ビッグボスの佇まいがみせる迫力が段違いだ、と。
戦闘車両が今回の主敵とあって、DD製のRPG-7を背負い。訓練用に開発されたゴム弾を発射する2連水平のショットガンと消音器のついたサブマシンガンである。
カズもオセロットも何か言いたそうにしていたが、スネークはあえて緊張感を表に出すことで2人を寄せ付けないままに無視して出てきた。
「着陸まで15秒。ボス、お気をつけて!」
アフガンの冷たい夜風がスネークの身体を通り過ぎていく。
ああ、なんだろうか。この感覚、久しく忘れていた戦場の匂い。
いつもよりも一層に熱く芳しく香りたつ生と死を全身で感じ取れる場所。
それを思う存分に味わったのはいつが最後だったか?いや、言うまでもない南米のあの最後の夜だ。
パスも、チコも、MSFも失った。
だが、スネークは今も戦場に立っている。
その時、鼻がひくつくのを感じた。それはあの夜の収容所でもあった、あの感覚に似ていた。
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マザーベースの作戦室では「ビッグボス、出撃を確認」との連絡を受けて、作戦予定時間15分からのカウントダウンを開始した。
オセロットとカズは、大きな机の上に置かれた地図上で。スネークの行動を予測し始める。
「まず、ボスは目の前の基地を攻撃するだろう。諜報班はそこに車両が存在することを確認している」
「だがカズヒラ、すでに東側ルートを北上する車両がいる。ボスはそいつを見逃すとは思えん」
するとカズは咳払いを一つしてから
「こんな事をいっては何だが。極端な話、車両全てをボスが撃破する必要はまったくない。我々の任務はあくまでも、ゲリラ連合の戦闘への援護だ。
何者かがそこに送り出す増援部隊を襲っていると、連絡が回るだけでも義理は果たせるし、言い訳にもなる」
「そんな甘い考えは諦めろ、カズヒラ。連合はそんな言葉に納得しない。ボスもそうは考えない」
2人が首をひねっていると、周囲がどよめくのでモニターに目を向けた。
驚いたことにビッグボスは馬の背に乗って走っていた。彼等が向かうと言った場所から180度反転して、なにかに向かって走り出していた。
スネークの乗った白馬は、いつものように戦場を一閃する刃のように、切り裂くように岩場が転がる大地を駆け抜けていた。
丘の向こうが見えたわけではない。そこからなにかが聞こえたわけでもない。
だが、そこに”なにか”があることはわかっていた。
そこへと登る丘を駆けあがろうとスネークは再度、馬の横腹に合図を送る。馬は再び力強く大地を蹴り上げると、あっという間に斜面を力強く登って道に飛び出していく。
「うわっ!!」
無様に声を上げたのは、いきなり横道から飛び出してきた馬上の男がゲリラかと思って慌てるソ連兵の部隊であった。スネークは構わずに彼等に向けて馬を突進させる。
マザーベースでもこの接敵はすぐに知らせが入った。
「ビッグボス、接敵した敵を全員フルトン回収しました」
凄いな、オセロットはその報告に舌を巻く。まだ作戦の開始から3分たっていない。
あの男は事前に知らされなかった部隊を馬で引き倒して、あっという間に回収してしまったのだ。
「ビッグボスから連絡です」
「どうした、ボス?」
『オセロットか!?今、送った連中から話しを聞き出せ』
「それはいいが、なにかあるのか?」
『わからん。だが、なにかある。手段を選ぶな、必ず吐かせろ』
「了解した、何か分かり次第。報告する」
『急げよ』
オセロットはこの作戦で回収を担当している支援班に連絡を入れると、すぐにボスが回収したソ連兵の尋問を開始するように指示を出した。
あのボスがあれほど強くいうのだ。成果を見せなくてはならない。
「ビッグボス、東側を北上の車両と接敵します。はやい!」
まさに稲妻と表現するしかない、凄まじい動きをあの人馬はみせていた。
画面にはT字路を横切る車両の側面へ、ビッグボスのサインが迫っていく。
『こ、こちらシャドウリーダー。ボスが、ビッグボスが敵車両をフルトン回収しています!』
一拍を置いて、作戦室は歓声で沸き立つ。
スネークと白馬は全速力で橋に突入すると同時に、スネークは背負っていたミサイルランチャーを構えると即座に発射した。
その前を横切る、車両の横腹に向けて。
不意の攻撃に慌てて停止したところに、取り出したフルトン装置を車両の側面に張り付けると。戦闘車両は不格好な形で空中につり上げられ、すぐに天空めがけて落ちるように昇っていってしまった。
スネークは情報端末を開きながら、馬の轡を引いて今来た道をとって返そうとする。
オセロットではないが、今夜の蛇は獲物を逃がさない。
どれも逃がすつもりはない。
オセロットも負けじと結果を出した。
かなり過激な方法だったが、4人から5分で情報を引きだすことに成功した。
おかしな熱気のある作戦室の中で、ただ一人冷静に無線に語りかける。
「ボス、例の4人が吐いたぞ。どうやら面白いことになっているようだ」
『はやく言え、オセロット』
ソ連軍はどうやら今回の攻撃を予測していたらしく。捕えていたムジャヒディンと思わしき捕虜たちをこのあたりの基地に移送していた。ところが、その連中がまるでしめしあわせたかのように攻撃の目前で逃走。
基地の司令官はそれが他にばれることを恐れて、部下に脱走した捕虜達を追って殺せと命じたらしい。
「奴等は捕虜たち全員の情報を持っていた。どうやら数人がタイミングをはかったかのように脱走したらしいが。まだ捕えられている連中もいる。ボス、余裕があったら助けられるか?」
『今は無理だな。だが情報は送ってくれ。暇が出来たら、一服して考える』
「わかった」
またも作戦室は歓声に沸きたつ。
今夜、3台目の車両がフルトン回収されたとの報告がはいった。
とはいえ、いいことばかりが起こったわけではない。
諜報班からの追加情報を目に通して、さっとカズの顔が青ざめた。
当初の情報にはなかった車両の存在が明らかになった。
作戦地域の北端にある砦でにわかに動きがみられていると言うのだ。どうやら見落としていた車両がそこにもあったらしい。
知らせを聞くとスネークは躊躇することなく馬を北にむかって走らせ。馬上で新しいミサイルの弾頭をとりだして発射準備を整えていく。
車両はダイアモンド・ドッグズが決めた戦闘区域から順調に離脱しようとしていたが。
夜の草原から飛び出してきた白馬に驚き、すぐに砲塔を動かすも。ぴったりと真横につかれて並走されてしまい、攻撃しようがない。
だが、そのまま進めば彼等の勝ちとなる。
車両は止まる様子を微塵も見せずに、走り続ける。
スネークは冷静だった。
担いでいたミサイルランチャーは使えないと判断して下ろすと、並走した状態で車両の横にフルトン装置を叩きつけるように設置した。
装置は正しく起動をはじめ、車両は走りながらもゆっくりとその重い車体を地面からお別れをしようとしていた。
――夜の高原を隣にした一本道で戦闘車両と並走する馬を見つめる冷たい目があった。
車両がついに地面から離れるタイミングを待っていたかのように、いきなり最高の走りを見せていた白馬の身体の力が抜けて、スネークは地面に投げ出され、転がった。
バトルドレスだったのが幸いしたと思う。
あの勢いなら、擦り傷どころか骨折で動けなくなった可能性もあった。こいつのおかげで痛みに目を白黒させて、うめき声を上げるだけで大怪我は回避できた。
「なんだ、どうしたんだ?」
弱々しく呟きながら草むらを這いすすみ、凄い格好で倒れたまま動かなくなっている白馬に近づいていく。
「っ!?」
スネークと共にそれまで戦場を蹂躙し、共に支配していた白馬は絶命していた。
その命をうばったのは、その眉間を正確に貫いた弾丸の侵入口があった。
(狙撃だと!?)
そのままの姿勢で必死に先ほどの記憶を思い出そうとする。
狙撃音がしなかった、しなかったはずだ。殺気もなかった、視線も。
色々思うところがあったが、今の自分は作戦中だ。
『ボス?ボスッ!?』
「カズか、馬がやられた。任務に戻る」
そういうと驚愕の色を残して見開いたままの大きな目を閉じさせた。
別れはつらいがここは戦場だった。
(俺達は知っている。戦場で一度失ったものは、取り戻すことはできない。探すしかない……)
イシュメールのあの言葉は、これを予言してのものだったのだろうか。
「お前とは短い付き合いだったが、最高の相棒だった」
離れがたい想いにスネークの言葉を自然と死んだ相棒に贈っていた。
「楽しかった。お前は十分に戦った、もう休んでくれ。また会おう、友よ」
言葉も、別れも短かったが。そこには出来うる限りの万感の思いを込めたつもりだった。
白馬のまだ熱い身体から手を離すと、もう振り向くことなく夜の草原の中に蛇は消えていった。
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それが、その時の”彼女”にとっての最大のチャンスだったことは間違いない。
距離にして約800メートル超。それがこっちに向かって走っているのがわかる。
スコープを覗く目は、馬上で平然としている男を捉えてはなさない。はなせない。
もっと近くまで引きつけてから確実に仕留めたいと思ったが、あのおかしな装置を並走する車両に設置したのを見て、腹を定めた。殺るのは今しかないと。
確率は2分の1、つまり50%。
自分の弾丸が外れることはありえないから、馬上の男の頭部を破壊して転がり落とすか。走っている馬の眉間を貫くかのどちらかしかなかった。
運は奴にあったらしい。
着弾する瞬間、男の頭の前に馬が首を持ち上げていた。
狙撃手に2発目はないのだと言われている。
一発で仕留めなくては、次に倒されるのは自分だからという意味だ。
しかし今回だけは”彼女”は諦めることが出来ずに、スコープを覗いて奴の姿を探してしまう。
わからない、見えないのだ。
”彼女”の目には夜の草原しか写っていなかった。
今回は駄目だった、諦めるしかない。
チャンスはまた、自分の前に転がってくるはずなのだから。