真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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骸骨の男

 洞穴の奥から地上へ、外へと近づくにつれて今度は違和感が強くなっていった。

 入ってきたときと違い、あまりにも外が静かすぎるのだ。

 申し訳程度にのぞける土壁の穴の向こう側は、砂嵐はとっくに立ち去ったと思ったが、外は真っ白で先ほどと変わらずに視界は最悪だった。

 

「カズ!」

『捕虜の回収を優先し、離脱せよ!』

 

 違和感を解決する前に、今は先にやることがあった。

 話せない男をその場でおろすと素早く装置を起動。その姿はすぐにも霧の向こう側へと勢いよく消えていった。

 

『ボス!何か変だ、おかしいぞ』

「ああ」

 

 なにかがおかしいのはわかる。

 だが、あれだけ大勢の兵がいないというならこちらは急いで脱出するチャンスということになる。

 洞穴の居住区から地上へ、外へ。段差を飛び降りると足早に霧の中でライフルを構えつつ進んでいく

 

『そうじゃない。これは霧だ、あの時の霧だと言っている!ボスっ!』

 

 オセロットの指摘にハッとして、スネークはそこで思わず足を止めてしまった。

 その瞬間、霧の中にあの時に見たガスマスクと大きさの合わない黒革の服をだらしなく身につけた赤髪の子供が自分の横をゴーストのようにすり抜けていくのを見た、と思う。

 

 間抜けなことに、その時の自分は思考が鈍ったのか、それをただ見つめるだけで警戒することすら忘れていた。続いて身体を襲った衝撃にスネークは息を詰まらせ、わずかの間だが意識を失ってしまう。

 

 

 

 気がつくとパラパラと何かが自分の顔の横を落ちるようにして空にのぼっていく。

 違う!そうじゃない!

 自分は広がる大地をなぜか天上にして、逆さに吊るされていた。身体を動かそうにも、身体どころか両腕から包み込まれるようにして拘束されていて、ピクリともしない。

 

 見るとそれは、おかしなことをいうようだが。鋼で作られた手のように見えた。

 巨人の手が、スネークを、1人の人間をつかんでいるということか?

 

 霧の向こうから近づいてくる足音があった。

 

「ずいぶんと眠っていたそうじゃないか、ボス」

 

 ヤケに親しげにこちらに語りかけてくる男の声。だがその声には聞き覚えはない。

 なにか粘着質な、それでいてわざとらしい響きで言葉を発している。自分が知っているというだけで、一方的に己の勝手な感情を押し付けてくるような不快な言いざまだった。

 

「お前もひどい姿だな」

 

 声の記憶はないが、その姿には見覚えがあった。

 9年前、あのキューバで、難民キャンプから飛び去った部隊。そのリーダーらしき男の後姿。

 黒のスーツに、黒の幅広な帽子を身につけ。そこから覗かせる肌は、不気味にも死人のように限りなく白に近い灰色にみえる。

 そいつが今、スネークの目の前に立っていた。

 

 不快なのは声だけではないらしい。

 顔にはアイマスクをつけ、そこから覗かせる目はうつろな輝きなのに嫌にギラついているように見えるのはなぜなのか。

 そして男は帽子を脱ぐ。

 

 男の頭部、それは骸骨だった。

 骸骨の顔の男。スカルフェイス。

 

「君とは9年前、結局は挨拶が出来なかった。ようやくそれもかなったな、ビッグボス」

 

 言葉の響きは喜びを含んではいたものの。アイマスクから覗く目の虚ろな輝きの中にあるのは、はっきりとした嘲笑のそれだった。

 なぜだ?いや、”なにを見て”笑っている?

 

 唐突に、しかし理解出来てしまい。スネークは無言のまま激怒した!

 わかってしまったのである。こいつはパスを知っている。あの少女をあそこで思う存分、考えつく限りの屈辱を与えながら痛めつけた男であり。無残にも自分と共に南米の海に爆散させた張本人なのだ、と。

 スネークは冷たく一部の隙もなく拘束する、この巨大な手を振りほどかんと暴れようとするが。スネークの手も体も、ピクリとも動かない。

 それがなぜか嬉しいらしく、髑髏の顔の男はスネークの背負ったランチャーを顎でさしつつ続ける。

 

「鬼となったのはそんな兵器のためか?まぁ、いずれ貴様たちも真相にたどりつくだろう。ここから生きて、還れたならな」

 

 そう言って今度こそ口元に笑みを浮かべて笑う男の視線につられて、スネークも首を回してそちらを見てしまった。

 霧の中を言葉の通りまさしく飛び回る異形の骸骨達と、彼等に対抗することもできず。逃げることすら許されずに翻弄され、蹂躙されているソ連兵達の姿を。

 

 骸骨の顔の男は鼻で一度笑うと、再び帽子をかぶりなおす。

 

「今度こそ、安らかに眠れよ」

 

 踵を返し、霧の中へとまた立ち去ろうとする。

 

「地獄で会おう、ボス!」

 

 するとそれを合図にしたかのように、激しく脳内がシェイクされてから叩きつけられた。開放されて体が地面を転がったのだと気がついた。

 巨大な手は、いつの間にかどこかに消えていく。

 そのかわりに霧の奥へと進んでいく髑髏の顔の男をつかむと、ついにその姿は霧の向こうへと消え去ってしまう。

 

『ボス!集中しろ、まだ終わってないぞ』

 

 オセロットにいわれるまでもない、わかっている。

 骸骨が。いや、スカルズと呼ばれる異形の4人が再びスネークの前に立った。

 今回はさらに先ほどまでスカルズに翻弄されていたソ連軍の兵士達が、まるでゾンビのようにゆらゆらとこちらに一緒になって向かおうとしている。

 結局こうなったか、周りは敵だらけ。いつもそうだ。

 

『ボス、どうする!?』

 

 白濁した霧の中、太陽の位置もわからず。

 ビッグボスは異形の集団の中に1人取り残されていた。

 

 

 それまでには激怒していた燃え上がる炎も、不利な状況に不安になる心も、この瞬間にそのすべての一切が断ち切られる音を聞いた気がする。

 一瞬、自分の身体の中から影(ドッペルゲンガ―)として生みだしたイシュメールが顔をのぞかせると、「エイハブ、にげるぞ。わかるな?」と囁いた気がした。

 

 ビッグボスはいきなり動いた。

 髑髏の顔の男のように、スカルズに背を向け。踵を返すと全速力で走りだして、出てきたばかりの居住区画の入り口まで戻っていく。

 

『ボス!?』

 

 その意外な行動に無線の向こうから驚きの声が上がるが、気にしない。

 

 洞穴に飛び込むと、潜んで待ちかまえていたのだろう。ゾンビのように顔色が悪く、動作のおかしいソ連兵がうめき声をあげてビッグボスに飛びかかってくる。

 一瞬、ビッグボスはそいつに飛びつかれてバランスを崩して倒れこむように見えたが。それは違って、いつの間にか柔道の巴投げの体制となって、兵士を洞窟の奥へと蹴り飛ばした。

 

『ボス、そこでどうするつもりだ!?奴等が来る、逃げるんだ!』

 

 理解できず、どう逃げるかも指示出来てないが。カズは必死に叫んでいる。

 洞窟の入口に4つの影が立っている。

 ビッグボスは太い柱の影に飛び込むと、電子葉巻をとりだした。

 

 無線のむこうから「あんた正気か!?』と叫んでくるが、無視してそれを口にくわえると乱暴に解体をはじめる。

 休暇だと言われてマザーベースではこいつを手放すことはできなかった。

 その時、どうしても興味が出てばらしてしまい。直せなくて、しかたなく開発班に頭を下げて修理を頼んだことがあった。

 

 その時のスタッフが、無駄な知識として教えてくれたことが今は役に立つかもしれない。

 

 パイプの本体を吸い口から外す。

 続いて大きく肺に息を吸い込んでから、加えたままの吸い口に息を吐きだした。

 

ピィィーーーーー!

 

 高い笛の音が洞穴の中を鳴り響いた。

 撃ちまくってくる奴等から身を隠し、5秒数えると再び大きく息を吸ってから吐き出す。

 

『なにをしている、ボス。もういい、蜜蜂を使え。それで奴等と戦うんだ!』

 

 最新のソ連軍の攻撃ヘリを墜落させられるミサイルだ。異形とはいえ、兵士4人。倒すには十分な攻撃を有しているはず。だが、それでは正しく任務は果たされず。ただ働きということになる。

 

 スネークは最後にもう一度だけ、笛の音を響かせた。

 これが最後のチャンスだ。これ以上、追い詰められれば逃げられなくなるし戦えなくもなる。ここで生き残るために、蜜蜂を使うこともいとわない。

 

 しかし一拍置いて、スネークの耳には希望の福音が確かに聞こえた。

 先の見えない道の中を走る不安げないななき、石畳を踏む蹄の音。どうやら賭けに勝ったらしい。配置されていた馬が忠実にこちらの呼び声に応じた事を知る。

 

 勝負はここからが本番だった。


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