今回の依頼はあのCIAからだとカズは言った。
かつての母国ではあるが、色々あった今だと何かあるのではないかと眉をひそめて身構えてしまいそうになるのは気にしすぎだろうか?
それを見越してなのだろう、ヘリに揺られるスネークにカズが無線越しに話しかけてくる。
『ボス』
「カズか?」
『今回から、開発班が以前からあんたが出していた要望に従った新装備に一新している』
「そのようだ。以前の中古品とは、やはり違う。実際に使うのが楽しみだ」
『当然だ。おかげで少々、予算の方がピンチに……』
「おい、カズ――」
『大丈夫だ。あんたがバンバン稼いでくれればいいだけの話だからなっ』
このあたりの馬鹿話は昔とまったく変わることはない。それよりも今回の任務のやっかいさにどうしたものかと考えてしまう。
はっきりとしてるのはCIAがゲリラに渡したミサイルランチャー、装備一式を回収すること、これが任務である。
ただしその過程にいくつか確認しなくてはいけないことがあって。そのために移動する時間と活動範囲が、一番危険を大きくしていると感じている。
つまりは、かなり厳しい作戦になるとすでにこの時点ではっきりしているのだ。
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ダイアモンド・ドッグズの作戦室には、いつもの面々が揃っている。だが、オセロットは妙に緊張した様子でカズとの会話が他のスタッフに聞かれない場所で話がしたいと言ってそこから連れだした。
2人は揃って人のいない部室へ入っていった。
「作戦開始時間は過ぎている。なんだ、オセロット?」
「カズヒラ、お前に言いたいことが2つある」
「だからなんだ?」
「今回の依頼主、CIAだといったな?それはまさか……今、お前の部屋に放り込んでいる怪しい男が関係していることなのか?」
「――やはり知られていたか」
オセロットの問いに、しかしカズは動揺した様子は見せない。
実は秘密裏にカズは風采の上がらないビジネスマン風の男を拉致して来て、このマザーベースに監禁していた。
そのことはビッグボスにも、オセロットにも知らせていなかった。
だからこそオセロットは聞いてきたのだ。
「正確には違う、だが完全な間違いじゃない」
「隠し事はためにならないと……」
「まて!これは本当のことだ。今回の依頼主は確かにCIAだ。だが、別のルートでも仕事を受けている。そういうことだ」
カズヒラのいうにはこういうことらしい。
かつてアメリカにとってベトナムは高い授業料を払わされた苦い思い出であったが。皮肉な話で、このアフガニスタンではその冷戦の仮想敵国であるソ連にとってのベトナムとなろうとしている。
勇敢なムジャヒディン達を殲滅しようと正規軍は焦土作戦まで開始しておきながらも、状況に終わりはちっとも見えてこない。
そんなソ連の苦境をしった米国の諜報部は、ゲリラたちに対し。密かに資金と武器を援助していた。
それでこの戦争を長期化させ、さらに泥沼の状態になればいいというわけだ。
そしてハミド隊という、1つのゲリラ部隊が登場する。
彼等は特にソ連軍のヘリを、航空戦力を執拗に襲撃しつづけていた。そのための有効な武器を当然のことのようにCIAに要求した。
最新にして最大火力を保持するソ連軍の攻撃ヘリを撃ち落とすというなら、今までのような過去の戦場で放棄されていたような武器では火力も性能も物足りない。
そこで蜜蜂(ハニー・ビー)と呼ばれる米軍が試作していたミサイルランチャーをアフガニスタンに送りこまれた。彼等はそれを使って華々しい戦果を重ねていたのだが、ある日突然この部隊は全滅してしまう。
CIAの本部では、このハミド隊が全滅をしたとは考えておらず。装備とともに、部隊の生き残りも救出して自分達に引き渡して欲しいと言ってきている。
これが依頼の一件目。
同時に、ここに風采上がらぬビジネスマンが絡んでくる。
彼はいわゆる武器商人。それもCIAと繋がりのある男で。こいつの手はずでハミド隊に武器と金が手渡され、彼等はそれでこの男から武器売買などをおこなっていたという流れがあった。
今回、この男はハミド隊壊滅によってピンチを迎えていた。
直前の取引で男はCIAに報告するよりも少し多めに新型のミサイルをハミド隊に渡してしまっていたからだ。
これは蜜蜂というミサイルがソ連軍に見つかり。その技術の解析と、ゲリラへの米軍からの援助の証拠として押さえられるのはこの男の生死にかかわることを意味していた。
CIAの暗殺リストに名前を載せられたくない男は、ダイアモンド・ドッグズに成功報酬として自分の財産のほとんどと商売のルートを提供してもいいと言って接触してきている。奴にしてもなりふりを構っていられない状況なのだ。
これが依頼の2件目ということになる。
「なんてことを。カズヒラ、お前はCIA(カンパニー)と2重契約を――」
「ああ。だが、それがなんだというんだ」
本人はこれでも冷静のつもりなのだろうが。CIAの近くには、カズとビッグボスが敵と認識するサイファーが存在している。今回の任務の情報を、彼等が見逃さないという可能性をわざと無視しているのだ。
「やつらは危険な任務を俺達に要求し、俺達は金を受け取る。立派な商行為で、それだけのことだ。それが”たまたま”同じ根を持っているというだけで――」
「そう簡単な事じゃない、わかっているはずだ」
この男は自分のミスを認めないだろう。
わかっていた、だからこそオセロットは仲間として指摘してやらなくてはならない。
「話はそれだけか?」
「まだだ。その確認をしたかった、それが1つだ」
「そうか、なんだ?」
「ボスのことだ。いや、本人じゃない。ボスの、”ボスの部隊”について進言したい。彼等はすぐに引き揚げさせた方がいい」
「なんだと!?」
今度はカズも涼しい顔でいなすことはできなかった。
ボスの、ビッグボスの部隊。
それはまだ正式な名称こそないが、彼のために選抜された現在のダイアモンド・ドッグズの優れた兵士達で構成された存在である。
高い技術を持ち、柔軟な発想ができ、冷静さを失わないで判断できる。そしてなによりも、ビッグボスのために戦う兵士。そういう存在を本人には秘密にして、この2人は最近の任務に同行させていた。
先日、その部隊の1人だったフラミンゴがたまたま本人に接近してきたが。
彼等は自分達の役割を理解し、だがまだ周囲にも秘密の部隊であるということを徹底して教え込まれている。
「何をいっているんだ、オセロット。奴等には役目がある!」
「そうだな、わかっている」
今のビッグボスには全盛時の力はない。
それは本人だけではなく、本人を知っていたカズもオセロットにもわかっていたことだ。
そしてカズは一番に”合理的”な考えのもとで、オセロットにビッグボスの相棒となるような部隊を結成させるべきだと提案した。
その時はオセロットも同意したからこそ、部隊は存在している。
「カズヒラ、その理由はいくつかある。
最大の理由は、今回の任務地がまさに大地に横たわる靴下のようだということだ。そこは入り口から左右に切り立つ絶壁に挟まれていて。細く、長く、そして最奥地に突き抜ける出口はない。脱出には、そこから入り口まで戻ってこなくてはいけないんだ」
「それは……わかっている!」
「いや、わかってはいない。これは予期せぬトラブルを起こしかねないということだ。つまり部隊は、任務中のボスと鉢合わせしないよう。十分に彼とは距離をとって行動しなくてはならない」
「それくらい、出来る奴等をお前は選んだんじゃないのか!?」
違う、カズヒラ。そうじゃないんだ。
溜息をつくと、オセロットは不快感をあらわにするカズヒラの盲を続けて開かせてやらねばならなかった。
「今、彼らはすでに4分遅れで、ボスの後をついていこうとしている。だがな、良く見てみろ。距離が離され始めている、今日のボスは動きが良い。
単独潜入はあの人の十八番だ、それも当然かもしれない。
このままだと部隊はボスに置いていかれる。そうなったらお前は彼等にどう命令するつもりだ?まさか、愚図愚図するなと怒鳴りつけて先を急がせるのか?」
「それは……」
「奴等は確かに優秀だ。だが、存在がボスに気がつかれでもしたら騒ぎがおこる。ボスは蜜蜂の回収の最終地点をすでにスマセ砦に定めている。そこに至る道に配置された監視所には、騒ぎがあれば連絡がいく。
彼等はボスの命を危険にさらす可能性がある」
「それでも駄目だ!撤退は認めない」
「最近の彼等は任務中のボスとの距離を200メートルまで伸ばした。知っているか?
それよりも近いと察知される危険があると、彼等は判断したんだ。その距離も、もしかしたまた伸びるかもしれないと彼ら自身が感じている。
今はボスに、彼等の存在を知られるのはよくない。お前にもそれは理解できるはずだ!」
「いや。奴らには続けてもらう、ボスにばれた時は。俺がボスに話す」
カズヒラは頑なだった。
それがさすがにオセロットの本性でもある鋭い刺のような舌鋒をあらわにさせた。
「なるほどな。あんたは部隊は何だと聞いてくる彼に、『ボス、復讐のために自分はあんたに復帰してもらったが。見たところあんたは老人だった』と言ってやるというんだな?ボスはお前にどんな顔をするか、興味が出るな」
「……」
同時に冷静な顔のむこうから、苛立ちから隠しきれなくなった怒りの表情がオセロットの口元にだけあらわれたのをカズに見せてしまった。
合理的な考え方の出来る、冷静な男だとは分かっている。だが、カズは9年の負け犬生活のせいで怯えていた。任務の最中に倒れるビッグボスを見るということを。
それは同時に、彼の復讐もそこで終わるということになる。再び走り出せたことで、この男はより臆病になってきているのだ。
「どうしろと、俺にどうしろというんだ。オセロット!」
「――冷静になるだけでいいんだ、カズヒラ。確かにボスは老いたかもしれない。だが、まだまだ十二分に戦うことが出来る。
今回は部隊を撤退させるんだ。
それはお前の気遣いがこのままだと無駄になってしまうからだ。他の理由はない。あとはボスを信じて見守るだけでいい」
「だが――」
「あいつらに撤退命令を出す。奴等も納得はしないだろうが。回収には俺が自ら向かう、説明が必要になるだろうからな」
「……」
「カズヒラ、冷静になれ。理解しろ」
それだけ口にするとオセロットは部屋を後にした。
彼にはやらねばならない問題が、あまりにも多く手元にあるのだ。
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『ボス、そこが中継基地だ』
「……」
任務中、スネークは自然と寡黙になる。
だからこの時も口を開かずに、返事もしない。
『諜報班の報告では、全滅したハミド隊の生き残りがいて。そいつはそこに連れ去られたのではないかということだったが……』
「いたぞ、カズ」
渓谷に続く一本道から、遠くに見える人だかりを望遠鏡で確認しながらあっさりとスネークは生き残りを発見した。
(やれやれ、あれは――)
太陽の下で、まだ昼前なのにもかかわらず。ソ連兵達が上半身を裸にして弱っている捕虜を尋問しつつ、暴力を無自覚に振るっているのがわかる。
それを囲む奴等も、笑い声を上げ、囃したて、憎悪の声を張り上げている。
新装備の望遠鏡には、集音機能が追加されたおかげで。最近、ついに営倉暮らしをやめてダイアモンド・ドッグズに入隊を決断した支援班のスタッフの手で、彼等の言葉はリアルタイムで英語に翻訳。
無線を通してボスの耳に伝えてくる。
また、これが聞こえなかったとしても。その時は情報端末の方に最新情報として更新されるので、問題はない。
「砦に隠したことはわかっている。何か言ったらどうだ!仲間の後を追うか?」
そう攻め立てながら、倒れている体を強制的に起こすと。傍らに並べて置いてある水筒に入っている水を捕虜の口に押し当て。口から溢れるのもかまわずに中身が空になるまで無理やりに飲ませていく。
苦しさから解放されたいなら吐け、ということだろう。
「アメリカに尻尾を振りやがって。口がきけないふりか。なめるな!」
言うと何も語らない捕虜を蹴り上げ、膝を入れ、手に持った武器で相手の細い体を打ちすえる。
『フン、まるで素人だな』
そんなソ連兵に、無線の向こうにいるオセロットは鼻で笑う。
シャラシャーシカ。そう敵にも味方にも恐れられて呼ばれるほどに拷問を芸術のごとく語る今の彼にとっては、あれらの振る舞いは稚拙に過ぎてみていられないということらしい。
「あそこにいる限り、あの男を救出はできない」
望遠鏡を下ろし、無線に偵察を終えての結論をスネークは口にする。
「谷底にも警戒の目が光っている。狙撃銃だ、2丁だけのようだが持っているのがいる」
『ボス、それでは……』
「あいつらに見つからずに向こうには渡れる。だが、時間がかかる。あの調子で拷問が続くと、たぶん助けられない」
『むう』
道の脇に降りると、谷底に向かうルートを目で探し始める。動ける準備をしているのだ。
『ボス、その心配はないかも』
「オセロット、どういうことだ?」
『奴等が砦と連絡をとっているのを受信したと報告があった。どうやらあの捕虜をつれてこいとわめいていたらしい』
それなら、救出するチャンスはあるかもしれない。
『だが、それではスマセ砦までいくことになるな』
「なにそれでかまわないさ、元々行く予定だったんだ。そこで全部終わらせるだけでいい」
軽口をたたくのと、谷底を進むルートを決定したのは同時だった。
蛇は岩陰を這いながら、迷彩のカモフラージュに助けられて大胆に進んでいく。
オセロットの情報は正しかった。
しばらくすると、車のエンジン音がしてこの場から離れていくのがわかった。そう、決戦は最奥のスマセ砦にある。
また明日。
(設定)
・BIGBOSSの部隊(一期)
キプロスで9年もの昏睡状態から目覚めたビッグボスのために、カズとオセロットが設立した部隊。
一応、ビッグボス直属の精鋭部隊とする予定ではあるが。真実は傷つき、衰えたスネークが任務中に不測の事態が起きた時、彼を無事に連れ帰るための【老人介護】部隊である。
そのあまりにも失礼、かつ屈辱的な役割を2人はずっと秘密にしてきている。
部隊は男女あわせて8名が選ばれた。
これはオリジナル設定です。