真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。



波紋

 青く晴れ渡った空だった。

 その下を、マザーベースに立つスネークがいた。

 一昨日、任務を終えて帰還すると一日がかりの検疫で医務室に閉じ込められ。ようやくにして開放されて今がある。

 今日の格好は任務直後のオフということもあって、白いシャツに迷彩柄のBDUパンツで歩き回るつもりだ。あの鮮烈な復活劇から、そろそろ2カ月近い時間が流れようとしていた。

 

 

 

 背後から元気な吠え声と共にプラットフォームの上をスネークに向かって必死で駆けてくる子犬の姿があった。

 

「お、DD。今日も元気そうだ」

 

 そういうとスネークは顔をほころばせ、子犬の身体を義手と手で器用にひっくり返し、ほれほれとその腹を撫でくり回す。それが嬉しいのか、DDの方は鋼の指をアマガミして返してきた。

 

 

 活動を開始してから少しして、スネークはアフガンの大地でこの片目を失った犬種のわからぬ獣の子供を拾ってしまった。

 太陽の下、その時もこの犬はどこからともなくあらわれると人懐っこくまとわりついてきたので。スネークはその時、任務中だというのに思わず抱き上げてしまったのである。周辺を調べると、どうやら人の手で銃殺されたらしいそいつの親と兄弟らしき残骸を見つけてしまった。

 だが――。

 

(喰ったのか、これを)

 

 最初は恋しさから離れられなかったのだろう。

 だが、そうした家族の遺体を空腹がおぞましい行為をこの子犬にさせたことがすぐに理解でき、哀れに思ってマザーベースまでつれてきてしまったのだった。

 

「よしよし。丁度お前の山猫先生を探しているところだ、一緒に探してくれ」

 

 そう言うと言葉を理解したのか、歩き出したスネークのあとを遅れまいと元気についてくる。

 山猫先生――もとい、オセロットはこの時間。プラットフォーム上で兵士の射撃訓練を見ていた。

 マザーベースを留守にすることの多いビッグボスに変わり。受け取ったその日からオセロットは妙に熱を込めてDDに訓練を施したいと申し出ていた。

 彼があまりに熱心な様子に、やってみるといいとは答えたが。まだまだ子犬、成長する姿を見れるのはまだ先の事だろうと思っている。

 

「ボス、ドクターに開放されたのか?」

「やっとだぞ。あの先生、ちょっと俺にきついんじゃないか?」

 

 一日かけて体中を念入りに他人に調べられるのは、必要なこととわかってはいてもさすがにストレスがたまる。だからなのだろう、自分はどうやら医師という職業の人間とは気が合わないのではないか、と思い始めていた。

 

「ドクターのせいじゃない、あんたが悪い。カズヒラがまだ医務室から出れない時に、ふらふらと荒野を10日余りも彷徨ったんだぞ」

「勘を取り戻すためだ。必要なことだった」

「危険を冒している。まだダイアモンド・ドッグズには力がない。あんたに何かあったら、俺達が困る」

「そうか、お互い理由があるものさ」

「少なくとも、毎度あんなハエをまとわりつかせ。ここの全員の鼻をおかしくするような匂いを漂わせて帰って来てもらうのは、困る」

 

 少し前。カズとオセロットの授業に飽きてきたスネークは、勝手に自分で長期の潜入計画を立てると10日近くもマザーベースに戻らなかった時があった。

 サバイバルの記憶を掘り起こし、それを確認する作業のため、というそれらしい理由はあるにはあった。

 

 その間はソ連軍から兵器や物資、人を強奪して回った。しかし、戻ってきたボスを称賛する部下達は。皆がスネークの身体から匂ういひどい体臭にまいってしまい。

 オセロットは顔をしかめてスネークにバケツの水をぶっかけ。医師も半狂乱になって石鹸を手に取ると、嫌がる伝説の傭兵をシャワールームで裸にして徹底的に洗い落したという事件があった。

 

 それ以来、ヘリの使用規則が厳重に管理されるようになったのはいうまでもない。

 

「次!」

 

 訓練を続けている部下達を横目で確認しながら、ボスとの会話をオセロットは続ける。

 

「ここに招いた義手の技術者には会いにいったか?さっそく新作が出来た、と聞いた」

「ああ、それをお前にも見せてやろうと思ってきた」

「まさかボス、それか?」

「ああ、その新作だ。受け取ってきた」

 

 見てろ、そういうとボスはミルク色をした新しい義手を前に突き出した。

 すると手首から先が、くるくると回転を始め。しばらくすると「チャージ完了」の合図で、そこから電気が空中を走る。

 

「ほう……なかなかだ」

「おい、オセロット。まさか本気でいってないだろう?」

「なんだ、ボス。気に入らないのか?」

「ああ!本当に大丈夫なのか、アイツは?」

「何故だ?」

「お前も今、見ただろ?なんでもそいつが言うには、チャージする時間が必要で。それも十分に電力を貯めてからでないと効果が薄いと言う」

 

 オセロットは小首をかしげると答えた。

 

「そうかもな」

「義手は使えればいいんだ。どうして武器を内蔵しようとする?

 だいたい、こんなクルクルのんきに回らなきゃ使い物にならないなんて。これならCQCがあれば事が足りてしまう。こんなオモチャみたいなものを作るなら、ナイフにスタンガンでも仕込んでくれと言ったら。電気が保持できないから、そこまで小さいのは無理だと言い放ちやがった!」

「彼は科学者だが、専門はバイオニクスなんだ。ボス」

「知るか。あいつを助けたこと、後悔してる」

 

 苦虫をかみつぶしたような顔でそう吐き捨てるように言うと、ポケットから電子葉巻を取り出して火をつける。キプロスで知って以来、不思議と本物の葉巻ではなく。こちらを持ち歩くようになっていた。

 匂いも味も本物の葉巻の素晴らしさには遠く及ばないが、なくならないという一点が気にいってしまったようである。

 オセロットはそれを横目で見ながら、1人の兵士の名を呼んだ。

 

「フラミンゴ!」

「はい、オセロット」

 

 駆け寄ってきたのはなんと女性兵士だ。

 くすんだ金髪、白い肌と言葉の癖のあるイントネーションからヨーロッパの匂いを感じる。

 

「相変わらずショットガンが苦手か?発射の瞬間、目を閉じているぞ」

「――はいっ」

「その癖はなおせ、でないと戦場で死ぬことになる。わかったな?」

 

 彼女が再び列に戻るその後ろ姿を見ていたが、

 

「ボス?」

「ダイアモンド・ドッグズに女性兵士がいるとは知らなかった。それによく見ると知らない顔もいる」

「フッ、正規軍の頭の固い爺様連中と同じ感想か?」

「俺が?いや、そう言う意味じゃない」

「軍隊は男の仕事、女に用はない。違うか?」

「違う!俺はそう言う――はぁ。やめてくれ、オセロット」

「ならいい。俺達は傭兵だ。傭兵なら、女でも能力があるなら問題ない。そうだろ?」

 

 その通りだ。だが、スネークはあえて同意を口にせず。

 オセロットには別の事を聞いてみた。

 

「フラミンゴってのは、変わった名だな」

「当然、コードネームだ。エルザだのキャシーだのフランクだの。名前で呼び合う途端、人は男だ女だと言いだすものだからな」

「ふん、それで。彼女はどうなんだ?」

「フラミンゴか?優秀だぞ。”今は”諜報班に入れている。例の連中が来てくれて、うちも少しレベルがあがったようだ」

「例の連中?」

「――?ああ、そうか。ミラーの報告がまだなんだな」

 

 オセロットが言うには、ホワイトディンゴなる同業者の組織が最近仲間割れしたらしい。で、そこから離脱した連中が、このほどダイアモンド・ドッグへ入隊を希望し、合流を果たしたのだという。

 先ほどの女性兵士もそこからここに入ってきた1人らしい。

 

「そうか、聞いていなかったな」

「――そうか、それならボス。もう1つ知らないことを教えておこうと思う」

「何だ?」

「カズヒラにはまだ言うなと言われているが、あんたのことだ。すぐにわかることだろうから、先に教えておきたい」

「ふん」

「狙撃手、1人で動くスナイパーの噂だ」

「ほう」

 

 ビッグボスの復活に前後して、アフガニスタン北部の山岳地帯では無差別にソ連軍兵士とゲリラを襲う狙撃手が現れたという話だった。この話の問題は、ソ連軍の正規部隊は何度かこの狙撃手を狩ってやろうと動いたらしいのだが、空振りで終わったというのである。

 

「痕跡がない?ソ連正規軍は追跡に変なのを送ったのか?」

「まさか!凄腕かもしれない狙撃手を狩るんだ。軍が生半可な奴らを現場に送ったとは思えない。だが、それでも見つからなかったとう話だ」

「そんなに凄腕か?」

「わからん。だが、姿形はおろか。そいつの痕跡すら見当たらなかったと聞いたら、どうだ?」

「……ありえないな」

「そうだ。例え何者であっても。生物がいればそこには必ず痕跡が残る、水面の波紋のように。足跡、触れてしまう植物、食事に小便や糞、そうしたものはどうしても残ってしまう。完全はありえない。

 だがこの狙撃手に関しては、そのどれをも見つけられなかったというのが、俺は気になっている」

「フム」

 

 足元でスネークとオセロットに挟まれてなぜか得意げに座っているDDを見下ろしながら。スネークはふと、オセロットの話を聞いて記憶の中のある光景を思い出していた。

 

「ボス?」

「オセロット、俺もカズに内緒にしておいてほしいんだが――もしかしたらその狙撃手。俺はすでに遭遇したかもしれん」

「なんだと!?」

 

 サバイバル生活1週間を過ぎたあたりだっただろうか。

 その前日、スネークは無様にも潜入した監視所で体臭から存在がばれてしまい。ちょっとした銃撃戦と追跡をされて逃げ回ったせいで、久しぶりにその夜はしっかりと睡眠をとっていた。

 

 遠くの方で銃声がひときわ高く鳴り響いたのが最初の合図のようなものだった。

 何かが移動しながら、撃ち合いをしているようだと思っていた。ところが次第にそれが大きくなって、こちらにむかっているとわかると流石に横になっているわけにもいかず。体をわずかにおこして暗闇の中から世界をのぞき見る。

 

 姿を現したのは馬に乗った一団で、どうやらアフガンゲリラらしいとなんとはなしにわかった。

 その彼等は全員が馬に乗り。その馬上で錯乱したかのように、ライフルを振り回しては叫びながら周囲の山々に向かって滅茶苦茶に撃ちまくっているように見える。

 

(何だ?誰と戦ってる?)

 

 てっきりソ連兵にでも追われてるのかと思ったが、エンジン音もしないし。彼等を攻撃する銃声もない。なによりも彼ら以外の人の気配が感じられないのだ。

 それにいくら夜中とはいえど、あれほど大騒ぎして走り回っていればそのうちソ連軍にみつかってもおかしくないというのに……。

 

「それで?話は終わりか?」

「ああ、そいつらはすぐに俺の前から消え。俺は貴重な睡眠時間を失った――ただ、ひとつだけ気になることがあった」

「ボス。もったいつけないでくれ」

「そういうな――やつらは一発だけ、俺の目の前で攻撃を受けた、狙撃だった。

 だが、この狙撃が問題なのはどうやら弾丸はやつらの進む方角から発射されたってことだ」

「……」

「わかるか、オセロット?」

「つまり、あんたはそいつらはまさしく俺が言った静かな(クワイエット)狙撃手の攻撃にさらされていたのではないか、というんだな?」

「ああ」

「そこまで言うということは、あんたは確かめたんだな?」

「さすがだ、わかってるな。そうだ、俺は日が昇ると狙撃地点の周辺を調べた。なにもなかった」

「ふん」

「どうだ?」

「わからん。あんたも本当はそうじゃないか?」

「まぁな。そうかもしれない」

 

 そこで2人は、あいまいな結論に一旦沈黙する。

 存在は感じても、はっきりしたものはまだない。いつかは戦うかもしれないという予感はわずかに感じ始めてはいるものの。はっきりとした脅威とは、まだ考える必要はなかった。だから、今はこれでいい。

 

 小気味のよい射撃音を響かせている兵士達にオセロットは訓練の終了を宣言すると、部下達はそれぞれの仕事場へと戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、今度はオセロットから口を開く。

 

「ボス、それで……」

「ん?」

「どうなんだ。あんたの体のことだ」

 

 オセロットはスネークの、ビッグボスと呼ばれる男の心を理解していた。

 表面上、伝説のビッグボスは帰還を果たし。このダイアモンド・ドッグズで活動を開始してはいる。だが、やはり体のキレも、勘も。記憶の中の全盛期の姿には、まだまだ至っていないという不安があるのを見透かしていた。

 

「誤魔化せない部分がある。俺は9年もの間、戦場を離れていた。それだけ年をとったということだ。若さ以外にも失ったもの、取り戻せないものがある。もう老人だ、というだけの話なのだろうが……」

「あんたはよくやっている。弱気になることはない」

「俺がキプロスの病院のベットの上で、蜂の巣にされないですんだのはイシュメールの助けがあったからだ」

「それは……」

 

 あの時に感じた。

 圧倒的な勘の冴えと状況判断で自分を導いた男に対し。ビッグボスが妙な執着心を持っていることにオセロットは困惑している。

 その噂の男が何者で、本当の名前はどうだったのか。

 現地の事件による混乱は未だに続いていて、よそ者はそこに気軽には近づけず。その患者の行方も正体も知ることはできていない。

 だがそれでも、ビッグボスは諦められないようだった。

 

「すまない、オセロット。この話、ここまでにしてくれ」

 

 オセロットは自分に背を向け、スネークのあとをついていくDDと共に離れていくのを見守っていたが。唐突に振り向くと、厳しい声をあげる。

 

「出てこい、フラミンゴ」

 

 するとそれを待っていたかのように、先ほどの女兵士が階段の上にあらわれて駆け下りてくる。オセロットの前で敬礼する彼女に対して、冷たい言葉を投げつけた。

 

「ファンになった途端、ぴったりとマークするのか。まるで10代の少女だな」

「ファンですから、やはりそばで見ていたいのです、オセロット。それにもしかしたら夜のサバイバルのお誘いもあるかもしれない。女ならそのチャンスは逃せません」

「フン、口が減らないな」

 

 このフラミンゴという兵士。

 経歴は一応、オセロットがスネークにいった通りのものではあるが。それ以前には、あのミラー救出の任務でこのオセロットに雇われたスタッフの1人でもあった。

 あれ以来、伝説の傭兵にたいする尊敬はとどまることを知らず。彼女とその仲間達はついにダイヤモンド・ドッグズまでこうして押しかけて来てしまったのである。

 

「今日のことは許す。だがもうしばらくはお前も、部隊のことも。ボスには内緒のままだ」

「……わかりました」

「腐るんじゃないぞ?ミラーの要請を受けた上で、俺はお前達を選抜した。だが、今のボスにはまだ余裕がない。彼にも時間が必要だ」

「それなのですが――オセロット、本当に今のあの人は全盛期よりも衰えているのですか?」

「……」

「先日の任務。東部地方への通信網遮断での働き。あれってまさにワンマン・アーミーっていうんですか?それくらい凄かったのに」

 

 それは通信施設の破壊工作であったのだが、ビッグボスは1人で施設に潜入。兵を分断して襲いつつ。施設に爆弾を仕掛け、トドメに手榴弾を本部に2,3個投げ入れるところからが、スタートの合図になった。

 そこからビッグボスはグレネードランチャーを手にひたすら施設内を走り回り。ついにそこを1人で制圧してしまった事を彼女はいっているのだ。

 

 その時フラミンゴは彼女の仲間と一緒に、その様子の一部始終を遠くからレンズ越しで一部始終を確認していた。

 

「あの時は全員、アドレナリンとかヤバイ感じで……」

「そこまでだ、フラミンゴ。お前は喋りすぎる」

 

 そう言うとオセロットはもう一度、ボスに近づくなよと念を押してフラミンゴを開放する。

 ビッグボスは取り戻せないものがある、そう言っていた。

 あの時の彼の寂しそうな言い方に、今のオセロットの心はざわついていた。




今回からオリジナル、入ってきます。
それではまた。

(設定)
・フラミンゴ
 白人女性、年齢は30前後。もちろんコードネーム。本名は不明とする。
 イギリス周辺国で生まれ育ったという設定。

 女性ながら荒事専門の戦闘班を希望しているが、現在はないので諜報班に配属されている。反動の強い銃が苦手だが、能力は高めのレベルでまとまっている。オリジナルキャラクター。

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