「……間違いないわ。だがな、命令受けるときにゃ飛び上がるぞ。出てきて吼える。吼えて引っ込む、ーーそれがエイハブ船長だからな。だが、だいぶまえにあの人が、ホーン岬の辺でえらい目にあって3日3晩死んだみたいに寝転がってたってことや、サンタの祭壇の前でスペイン人と死に物狂いの立ち廻りやったってこと聴かなかったんか?……」
(『白鯨』より 抜粋)
ビッグボス、その伝説の復活。
カズヒラ・ミラーの救出に、そんなストーリーを加えて翌日には周辺地域に噂をさっそくばら撒き始めた。
同時にダイアモンド・ドッグズの改革も断行される。
開発班、支援班を統括するカズヒラはまだ傷が重いとあって病室で眠っていたが。10日もしないうちに元気を取り戻すと、せまい医務室のベットに無線と書類を持ち込み。医師と看護師の猛抗議を半ば無視するように仕事を開始した。
どうやら今は仕事をしたくて、うずうずしているようだった。
オセロットはビッグボスと共に現在いる兵士達の訓練を始める。
正直、その質の悪さには、ほとほと失望させられたものだが。今は他の代わりはいないのだから仕方ない。
体力もなく、団体行動もあやしい連中に激を飛ばし、最初から鍛えなおすつもりで辛抱強くつきあう覚悟だった。
だがそれよりも意外だったのは、ビッグボスは骸骨に開けられた左肩の穴が無事に癒着するまでの間。
オセロット、カズと共にお勉強を見てもうらうことになったのは計算外の出来事だった。
だが、これもまた必要なことだった。
9年の間の世界情勢への知識の欠落、そして事故からの記憶障害もあって、こちらも大分難航した。
ボスが学ぶのは、最新の経営学。近年の世界の政治状況、ビッグボス自身の記憶の欠如の洗い出し。これらをかなり強引にもう一度頭の中に詰め込みなおしつつ、動けるようになるまでの時をまった。
そうやって半月ほど時間が立つころには、アフガンの戦場にはビッグボスがこの戦場で復活した。その知らせは十分ではないが、すでにあちこちで囁かれるようにはなっていた。
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時計の針はAM07:26をさしていた。
基地の巡回警備の交代をしたばかりだが、アフガンの朝の冷たい空気に身を震わせる。さっさと朝飯が食いたいと、ものほしげに宿舎の方角を見つめる。
煙が盛んに上がっていることから、一応は食事の準備されているように見えるが。なんでも今朝方ここに来る予定だった男がまだ到着していないとかで、基地の責任者である隊長が怒りまくっているとも聞いていた。
どうやら”今日も”我が軍は調子が悪いらしい。
全てのトラブルは半月近く前。
ここで一番えらい総責任者がその姿を消したことから始まる。当初は、上層部は彼が国を捨ててゲリラに走ったのではないか、とか。逃亡したのでは、と血眼になって捜したらしいのだが。
わかった事と言えば、あの日の隊長は基地の中の彼の自室にいて。それがいきなり忽然と姿を消した、ということだけだった。
その後任がようやっと数日前に到着したわけだが、これが前任者に比べるとクソのような使えない奴で。前任者の捜索を引き継ぎつつ、隊に生まれた気の緩みを綱紀粛正してやる、と兵達を集めて宣言してみせた。
そんな癇癪玉で上等、みたいなやつがまともな采配をふるえるはずもなく。早くも皆は「今度の奴のせいで、ついに俺達もくたばる事になるのだろう」と、嘆きの声があちこちから囁かれ出していた。
こんな事件は、最近はパラパラとあちこちで起こっているらしい。
先日も正規軍指揮官の1人が、襲撃を受けて生死不明になった、なんて話が流れている。
なにやらこの不快な戦場で、ゆっくりと変化が始まっているような気配がするのだが。それがなにに起因するものなのか。さっぱり思い浮かばないので、一兵士としてはなるべく気にしないようにしておとなしくしてよう、などと考えないようにするしかなかった。
気分が沈み、自然と地面を見つめ、そっとため息をつくと手を合わせてこすり合わせる。この直後、この不幸な警備兵は体の自由を背後にあらわれた男によって奪われてしまう――。
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ダイアモンド・ドッグズの作戦室には、いつものようにミラーとオセロットが並び立ち。状況の進行をなにひとつ見逃すまいと、巨大なスクリーン上の情報から目を離さないでいる。
今回のビッグボス――スネークの仕事は、オセロットが持ちこんできたもので。その目的はビッグボスのつけている義手についての知識を持つ科学者をソ連軍から救出することにあった。
作戦開始からすでに2時間。
あれほど夜を狙っては?と勧めたのにビッグボスはよりにもよって早朝の、巡回兵の夜勤との交代開けの時間を狙って行ってしまった。
最後の連絡は40分前、「目的地、ワク・シンド駐屯地に到着」という囁き声を最後に、通信は途絶えていた。
流石に不安になってくるが、潜入中の工作員にこちらから「もしもし、あれからどうなっている?」などと間抜けにも聞くなんてことは出来るわけもない。
オセロット達の顔にも、次第に不安の色が隠せなくなってきていた。その直後、「ターゲットを確保」というスネークの短い報告にその場にいた皆は勝利の雄たけびを上げた。
だが、カズもオセロットも冷静だった。
「ボス、彼はこちらで回収する」
『そうしてくれ、さすがに担いでの脱出はしばらく御免だ』
それは俺の事か、スネークの返事を皮肉と思ってカズは口を曲げるが。オセロットがすかさず出てくる。
「ボス、フルトン回収装置は作動するまでに発見されると撃ち落とされる可能性がある。少なくとも、ソ連兵にみつからないところでやらないと――」
『わかってる。これでいいだろ?』
その瞬間、作戦室の中にいた兵士達は一様に驚きの声を上げた。
なんとスネークは地下室でみつけた科学者を、天井に空いた僅かな穴からプルトンで地下から撃ちあげて見せたのである。
7分後、ビッグボスはゆっくりと橋のたもとにたどりついたところで体をおこした。
後ろでは、今しがた彼が脱出してきたソ連軍の基地が朝っぱらから大騒ぎをしている。
「カズ、例の連中。ちゃんと仕事をしているのか?」
『例の?諜報班のことか。もちろんだ――』
「そうか。なら試してみよう」
『なんだって?』
カズの疑問には答えず、スネークは懐からなにかの装置を取り出すと、おもむろにそのスイッチを何度も押す。
すると爆発音とともに空気が震え、基地の中から断続的な悲鳴と合わせて攻撃されたことを知らせるサイレンが聞こえてきた。
「どうだ?」
『――ボス、悪戯がすぎるぞ』
答えないカズに変わり、オセロットがたしなめてきた。
「それだけか?」
『諜報班より連絡。ワク・シンド駐屯地のアンテナ類、電源の破壊を確認。満足したか、ボス?』
笑い声を返事のかわりにして、スネークはヘリとの合流ポイントへ急いだ。
それではよいお年を。