真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

124 / 136
再会 (1)

 ワシントン州ミルクリーク市はホワイトカラーのための自然豊かな高級住宅地として知られている。

 そのうちの一軒の前にバイクが止まったのは、まだ早朝のことであった。

 バイクゴーグルを首元に下ろし、油断なく周囲を見回しながら入っていく男の髪が太陽の光をはじいて銀色に輝く。

 

 リボルバー・オセロット。

 

 今や誰もが彼をそう呼んでいる。

 油断のならない、そして有能な凄腕のガンマン。だが、それ以上のことを。彼の過去について詳しく知る者はいない。

 

 家の中では、武器を構えた警備員に片手を上げてその必要がないことを伝え。家主はどこだとだけ、問いかける。

 数時間前に帰国した彼は、任務の成果を。彼の今の”ご主人様”と話さなくてはならなかった。

 

 

 湾岸戦争から2年を過ぎ、1993年初頭。

 オセロットの探していた相手は、プールサイドで横になり。バスローブ姿で新聞を片手に朝食の最中のようであった。

 

「シアトルは、いいところだ」

 

 主の背後から声をかけつつ、近づいていく。

 

「夏はそれほど暑くはなく、冬は雪は降っても凍えるほどではない――それにしても、この時期にその格好でくつろぐのはわざとらしいんじゃないですか?」

「そういうことをしたい、そんな日もあるということだ。シャワーを浴びてそう思った」

 

 ジョージ・シアーズ、上院議員。

 あの日、CIAの工作員として議員秘書を勤めていた男は、別世界に堂々と立っていた。

 力強い言葉と、輝く笑顔、そして軍人を思わせる大きな引き締まった体と、独身であるということ。彼へ熱のこもった視線を向ける女性の多くが支持を表明し。頼れるその受け答えに、企業家たちはこぞって資金の提供を申し出た。

 

 彼らは知らない、米国が彼自身の経歴のすべてを書き換え。

 国政の場に送り出したという真実を。

 

「今回はずいぶんかかったようだ」

「ええ、まぁ――」

「ま、大きな話しだしな。それにあのビッグボスの膝元で、よくも無事に生きて帰ったものだ」

「彼らは今、それどころではありませんから」

「ああ……そう聞いている」

 

 アンゴラで地上基地を建設中だったダイアモンド・ドッグズは新年を迎える前に激震が襲った、と言われている。

 それまでもなんどか囁かれていたことだが、優秀な傭兵達を集めていたビッグボスが。ついに部下への支払いがついに滞り始め、この度それを不満と思った部下達が造反して組織を割ったという噂が流れている。

 

 本当のことはわからない。

 だが、全てが嘘だとは思えない事実があった。

 

 彼らがそれまで使っていたマザーベースと呼んでいた海上プラントのいくつかが、今では空になっているらしい。

 造反があったかどうかはわからないが、確かに彼らの組織が縮小されている。その気配があった。

 

「それでも3ヶ月は長い。おかげで、ショーを見逃してしまったな。オセロット」

「なんのことです?」

「大統領選だよ。我らの友人、41代大統領は生き残れなかった」

「そのことですか――」

 

 新たな時代の方程式、それを作り出そうとした大統領の試みは事実上失敗として見られていた。

 

 あの湾岸戦争のことだ。

 

 圧倒的な物量で戦場を支配した結果、一方的とも言える戦闘結果に人々は熱狂ではなく沈黙で返したことが大きい。正しい数とは断言できないが、それでも発表が事実であるなら。イラクは多国籍軍の死傷者の100倍という被害が出たことになる。

 

 作戦名、砂漠の剣からの100時間で終わってしまうような戦闘が、いつから戦争と呼べるものになってしまったのだろうか?

 戦場はこの時、確かに変わったのだ。

 だが、新たな時代の覇者は生まれなかった。冷戦の時代の栄光は戻らなかった。

 

「前大統領には、気の毒をした。アメリカにとっては、そう悪くはない”戦争”となるはずだったが。

 実際は間逆の結果の終わってしまった。作られたイメージからの感情操作、どうしようもない戦力差によって生み出された、戦場に積み上げられる死体の数、そして期待の経済も低調で終わり――その結果、イラクの体制には手を出せないまま終わってしまった」

「国連主導ですすめたために、こちらの言い分を進めることが不可能でした。あいつらはあの辺りの石油利権にしか興味はない。必要以上の戦闘行為と現地の体制への口出しは反感を買ってしまう」

「もうすぐ知られてしまうだろうな。イラク政府もまた、この戦争を前にして経済がどうしようもなく悪化していて。とても戦えるような状態にはなかったという真実を」

 

 冷戦は確かに終わった。

 だがそれが残した傷はしっかりと残され、この新時代でも影を落としているのだ。現実はTVゲームと違い、状況にリセットすることはできないのだから仕方がない。見て見ぬフリはできても、勘のいい奴らはこのことをすぐに嗅ぎ付けるだろう。

 間違った選択をした政府に対する批判の声は、毒のようにこの先の未来でキいてくるかもしれない。

 

 手近な椅子を持ってくると、オセロットはシアーズの近くに落ち着いた。

 

「食事はどうだ?」

「いえ、結構。まだ時差ボケが残ってますから」

「お前も、もう若くはない。気をつけてくれ」

「大丈夫です。そこはちゃんと管理しています」

 

 本来であるなら、さっさと報告をすべきであったが。オセロットはまだ、湾岸戦争についての話をこの男としたいと感じていた。そして任務報告をせかそうとしない相手の反応を見て、今度は自分から問いかける。

 

「前大統領は、なぜ失敗したと思われますか?」

「ん?」

「あなたの考えを聞きたくて。興味があります」

「期待される中わずか一期で終わった大統領(one-term president)に送る言葉は多くはない。だがーーそうだな、悪い人物ではなかった。彼は大胆ではないし、革新的な人物でもなかったが。その職を務めるのに十分な力はあった」

 

 皮肉な話ではあった。

 冷戦崩壊後、赤字経済に苦しむアメリカを救うための湾岸戦争であったが、その目論見は失敗に終わってしまった。

 彼は人気のさなか、重大な決断を迫られ。公約にしていた「増税をしない」という約束を破り、これを実行することで経済に刺激を与える方向を打ち出した。

 本人にしてみればそれこそ現状を打破するための国益の決断であったが、市民の不満はそこでついに爆発する。

 

「彼は多くを望みすぎたのだよ。彼のその気概が、目に見えない情報となって広まることを証明しようとしたが。実際に手にした果実は、あまりにも酸っぱいものだった」

「……」

「だからといって彼のしたことは全てが無駄だったわけじゃない。十分に結果は出ているし、新しい世界への”踏み台”程度には問題点も洗い出してくれた。これからの20年、我々が歩みを止める理由はなくなったとみていい」

「――そうですね」

 

 するとようやく新聞を読むのをやめ、シアーズはオセロットに顔を向けると笑顔になる。

 

「とぼけるな、オセロット。報告を聞かせてくれ」

「わかりました」

「見つけたと聞いた。捕らえたんだな?」

「ええ、回収しました。到着は4週間後、船に乗せました」

「また随分と慎重だな」

「――両方ではありませんでした」

 

 途端、議員の輝く笑顔が曇り始めた。

 

「片方ということか。どっちだ?」

「第3の少年、そう呼ばれていました」

「ソ連の超能力者か。面倒なことになったな、オセロット」

「精神が不安定で、誰も寄せ付けようとしません。鎮静剤を投与し、今は医師に任せています」

「なに?……使えるのか?」

「落ち着けば大丈夫だろうと、そういう話です」

「薬漬けか、それで役に立つのか?」

「これまでをずっと戦場だけで生活していたはずです。世の中のことを、もう少し理解させる必要があります」

「まるで獣だな」

「それでいいのですよ。それだから、こちらも制御がしやすい」

 

 シアーズは突如として優雅な朝食を切り上げると、新聞を置いて立ち上がる。

 バスローブを脱ぎ捨て、下着姿になるとそのままベットルームへと入り。スーツを用意して着替えの準備を始める。

 オセロットは、部屋の入り口にもたれかかりじっと命令が下るのを待っている。ご主人様の気持ちが苛立っているのがわかるので、次の命令が出るのをそうやって待っているのだ。

 

 

「――そうなると、話はいろいろと変わってくる」

「はい。イーライの探索は必要になりますが、手がかりがありません」

「その――元少年か。それを使うしかない」

「そうですね。彼ならきっと、どこにいるか。知ることができるはずです」

「受け入れの準備を始めろ。それと、そいつには新しい名前を用意してやるといい。いつまでも”第3の少年”では言いにくいし、今はもう少年と呼ぶ年でもないだろう?」

「確かに」

「俺のところには連れてくるな。接触もまずい。しばらくはどうせ動けない。そいつが使い物になるまでは、お前がそばについてやるといい」

「わかりました。では失礼します」

 

 白いシャツを着て、ズボンを履き、ベルトを締める。

 ネクタイを締めるころには、通りを走り去るオセロットのバイク音が聞こえなくなっていた。

 すると何が腹立たしかったのか、いきなりシアーズはタンスの扉を大きな音を立てて閉じ。そこに両方のこぶしを握り締め、唇を噛んだ。

 

(そうそう思い通りには計画は進まない、か)

 

 オセロットは彼の知る中でも特別優秀な男だった。

 そんな彼が、このジョージ・シアーズのために――ソリダス・スネークのままの自分が使える駒を見つけ出そうとしている。

 本当はもっと余裕を持って行いたかった計画であったが。あの湾岸戦争が、すべてを狂わせ。彼の時間を無駄にさせている。

 だが、それほど慌てなければいけないわけじゃない。時間はまだある。

 

 運転手つきのクライスラー車に乗り事務所に到着するとすぐに、秘書の一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 ソリダスの耳元で何事かをささやくと、さすがに今度のは表情が強張ってしまう。

 

(ビッグボスが――。あの放浪の英雄が、米国に正式に帰還した、だと!?)

 

 驚くべき情報であった。

 だが、そういわれると納得もできる話ではあった。

 ダイアモンド・ドッグズを失い。寄る辺をなくしたビッグボスは、慈悲を請うてこの米国へと戻ってきたというわけか……。

 わずかに嘲笑の色を残して笑みが浮かぶが、すぐにそれも苦いものとなって顔を歪め。その一日はずっと不機嫌な様子を見せるようになった。

 

 ソリダスのオリジナルでもあるビッグボス。

 その男がこうして戻ったということは、”あいつら”にとっては喜ばしいことで。それはすでに飼い殺しにあって権力のエスカレーターにのせられている己の姿を、はっきりとわからせてしまい。

 

 ソリダスの心の中に嵐が訪れようとしていた。

 

 

==========

 

 

 第42代大統領と将軍達との挨拶を交わしている男を待って、ロイ・キャンベル”大佐”はなにやら複雑な感情の中で、男との再会の瞬間を迎えようとしていた。

 

 前大統領の時代、CIAの特殊部隊となっていたFOXHOUNDを指揮してほしいと、キャンベルは軍を離れた。

 ところが、彼が指揮をするはずの部隊の兵士というのが。彼にはまったく理解できない、まさに愚連隊としかいいようのない兵士と呼ぶのもためらわれるようなのばかりが所属していた。

 

 すでにその時には軍上層部は大統領と側近たちの意思で、湾岸戦争への道を歩み始めており。

 キャンベルはそれまでには役に立てるよう、人員の一新と訓練に乗り出したが。戦場ではたいした役割も与えられず、戦争はごくごく短い時間で終了してしまった。

 

(この部隊は、何を目的にしているのだろうか?)

 

 あの男、ビッグボスとは奇妙な話だが面識があった。

 その男が放浪者となる直前、自らが生み出した部隊。なのに、その部隊に彼の匂いはまったく残っていなかったのである。ビッグボスが離れて後、軍はCIAの求めに応じてこの部隊を譲り渡したらしいが。そのCIAも、ここをどうするつもりなのか。さっぱり意思が見えてこない。

 

 こうなるとキャンベルにできることは決まってくる。

 与えられた任務をこなせる兵士を作る。それしかなかった。

 

 

 そんな諦めにも似た達観を心がけて数年、どうやら救いの主が戻ってきてくれたらしい。

 彼は再びFOXHOUNDを率いるため、再編成を行い。キャンベルは階級は上がって副司令官となった。

 

(きな臭い、取引でもあったのだろうか?)

 

 ホワイトハウスの廊下に立っている今ですら、そういった不安は確かにあった。

 部隊を放り出していったやつが、いきなり戻ってきてやりかけた仕事をしてくれるのだという。それは構わないが、自分はあいつと一緒に仕事がきちんとやれるのだろうか?

 

 

 扉が開くと、複数の笑い声を背後においてついに再会の瞬間が訪れた。

 

「これはこれは――」

「ああ――」

 

 お互い近づきながら、口から出る言葉は懐かしい友に合えた喜びに満ちていた。

 

「ロイ・キャンベル。年をとったなぁ、もう引退でもしているかと思った」

「ビッグボス、まだ若造みたいに飛びまわれるあんたがおかしいのさ。俺は偉そうにふんぞり返る方が得意になっている」

「聞いているよ。俺が放り出したものを、使えるようにと頑張ってくれていた、と」

「その”おもちゃ”を放り出した元凶のあんたに渡せるんだ。俺はあんたの下で、また楽をさせてもらいたいね」

 

 同じ国の軍服を着た2人が、硬い握手を交わす。

 

「何年になるかな?サンヒエロニモの一件から」

「20年か?いや、それ以上だが勘弁してくれよ。自分が年をとったと、嫌でも思い知らされる」

「そうだな。確かにそうだ」

「ああ……」

「おおっと、階級は大佐殿か」

「FOXHOUND副司令官についていた”オマケ”だよ。おかげで給料も上がる。俺にとっては、いいことばかりさ」

 

 お互いに年をとったのは間違いない。

 だが、それ以上に若々しくあのころの輝きを失わないビッグボスの姿に。キャンベルの心の中に、嫉妬のようなものが生まれようとしていることを自覚せずにいられなかった。

 

 あれからも多くの戦場で死闘を繰り広げられたとのうわさは聞いてはいたが。その”顔には目立った傷は見られず”、しかし体の切れは現役のそれを思わせる力が今もそこから溢れているようだった。

 キャンベルの視線は自然、”ビッグボスの左腕”へと向かう。

 CIAの追っ手によって、その左腕は失われ。義手となったと聞いていたはずだが、どうやら違ったらしい。

 

「どうした?なにか、おかしいところがあるのか?」

「いや――そうじゃないんだビッグボス。噂でな」

「?」

「あんた、厳しい放浪生活で片腕を失ったという話を聞いていたからな。てっきり……」

「これは本物だ。触ってみるか?」

 

 突き出して見せる左腕は、丸太のように筋肉が盛り上がり。それがいっそう若々しく思えて複雑な気持ちにさせる。

 

「男の腕をもむ趣味はないさ、わかってるだろう?」

「そうだったな。女好きはそのままか?」

「あんたと違って健全なのさ。それでも、遊びすぎて今も独身のままだ」

「そうか」

 

 いつまでも立ち話はできない。

 ここでようやく2人は並んで、歩き出した。




続きは明日。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。