真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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ロード・トゥ・アウターへブン (1)

 サバンナの上空を、大きなヘリが物資をぶら下げて飛んでいた。

 それはアフリカはアンゴラの奥地、人も分け入らぬという深い大自然の方角へと向かっていた。

 

 いつからだろう?

 人々の頭上を飛んでいくあのヘリコプターが、その姿を見せるようになったのは。

 しばらくして人々の耳に政府のおかしな計画を耳にして、誰もがそう考えた。

 

 そこは政府の施設、「自治民間委託難民強制収容所」なる不穏な響きのある建物が作られるらしい。

 これはどういうものかと感のいい連中はさっそく政府に問いただすが、政府の返答は「将来的な政府の機能を民間に委託するためのサンプルモデル」なるいいわけ一辺倒で、煙に巻かれるばかりだった。

 

 その間にも、ヘリは毎日飛んでいて。

 山奥の工事現場に建物らしきものが姿を見せ始める。

 だが、それでも実を言えば人々はそれほどまだ怯えていたわけではなかった。その理由は2つある。

 

 ひとつはそう、あまりにも人里から離れた山奥にあったこと。

 あんなに忙しそうに飛ばないといけないくらい、周囲を深い緑に囲まれていたことで。政府に何かよからぬ考えがあったにしても、なにかあればすぐに「あそこが怪しい」と口に出てしまうし。事件が起こったとしても、自分たちはその近くにはいないのだから別にかまわない。

 

 そう思っていたから、余裕がまだまだあったのだ。

 

 だが、それがいかにも甘い考えだと思い知る瞬間が訪れる。

 収容所らしい、建物が完成しても。その場所の工事は敷地をさらに拡大し、続行されたのである。

 新たに切り開かれた敷地には、新た建設が始まると。終わった場所にも、いつの間にか人が入っていた。政府はこのことには決して触れようとはせず。口も開かなかったが。

 彼らが止めなかったということは、この異常事態を裏ではすでに了承していたということになる。

 

 

 不安の目が、彼らの顔にあらわれるようになると。

 その場所でおこなわれているすべてが異様であることを、ようやく彼らも理解できるようになった。

 

 

 建設に携わっている職人達は全員が国外から来ていて、この国では見たことのない最新の機械と技術がそこに用いられていた。

 さらに、建物に入った人間達だが。こちらは全員が常に迷彩服を着用し、地元の人間には信じられないが。そこでは肌の色も、生まれた国も、学んで技術も問わない。さらには女性も男と同じ扱いをされて、なにやら兵隊の訓練らしきものに参加しているのである。

 

 

 目に映るものは日々、少しずつ成長を続けているというのに。それを声も上げることも許されない人々は、次第に不安から恐れへと感情が変化していくと。

 まるでそれを待っていたかのように、巷に流れた噂が止めを刺す。

 

「あそこにいるのは、あのダイアモンド・ドッグズって傭兵達だ」

 

 それを聞いた男たちの顔から血の気が引いていく。

 

 その名前には聞き覚えがあった。

 ダイアモンド・ドッグズ。とても優秀な兵士達があつまっているが、一際獰猛な戦場では血に飢えた獣達。

 

 彼等を率いるのはVic Boss(ビッグボス)と自分を呼ばせている狂人。

 戦場では常に『勝利をむさぼる様に、貪欲に求めていく男』。

 自分達が勝利する、その栄光のためならば。たとえ相手がどのような国の軍隊であっても。それが哀れな少年兵や、罪のない近隣の住民であっても。

 

 勝利を邪魔するとあらば、そのすべてを容赦なく焼き殺してしまう、角を生やした悪魔。

 

 それまでは遠く海の向こうにいるといわれていたのに。 

 そんな危険な連中が、知らないうちに自分達の上を跳び越して。あんな山の奥地でおかしなことをしているとわかっても、彼らにはもう出来ることは何もなかった。

 

 だから彼等はおびえ続け、あそこからずっと目を離すことができない。

 何かが、いつかきっと悪いことがおきるに違いない。だが、その時は見逃さず。自分達だけは、すぐに今いる場所から逃げ出せばいいのだ。

 

 そうして彼等は怯えているというのに、再び日常へと戻っていってしまう。

 戦争を生活の一部としてしまうまでになった彼らには、それが一番楽な方法だったのだ。

 

 

==========

 

 

 情報分析官は、先日の作戦における報告書をまとめたものを脇に抱え。長い廊下を歩いていた。

 アンゴラの奥地だというのに、この施設だけは冷房で完備され。大声ではいえないが、あのマザーベースと比べると天と地ほどの住みやすさだといえる。もちろん、書類仕事も環境にわずらわされないのでストレスを感じないですむ。

 

 ようするに最高だ。

 

 とはいえ、これはあくまでも自分ひとりの感想に過ぎない。

 ここが、自分たちにとって最高の場所となるにはまだまだ時間がかかる――。

 

 

 部屋の前に立つと、コール音を押す。すぐに「はい?」とあの人の声がするので、こちらも「報告書をお持ちしました、ボス」と答える。てっきり休息中と聞いていたので、睡眠をとっているものとばかり思っていたが違ったらしい。

 

「今から司令室へ行くところだ。そこで受け取っていいか?」

「わかりました。では、そこまで自分も同行します」

 

 マイク越しにそう受け答えをしてから数分待つ。

 電子音がして、扉が自動で開くと。中からビッグボスが、しっかりとした顔で立っていた。

 FOBなどという、マザーベースでの攻防での経験から。この新たに建設された住居では、多くのことを自動化することで完全に制御しようという試みがなされている。

 

「取っ手のないドアばかりというのも、気持ちが落ち着かないな」

「――ボス、そうは言いますが。警備の連中、当初は指紋認証とか網膜認証などを取り入れようといって、ごねていたんですよ?これはアナログ世代への精一杯の譲歩、なんだそうで」

「網膜認証だって?俺の目玉はひとつしか残ってないんだぞ。両方見せてくれ、なんて機械に要求されて我慢できるか」

 

 これは冗談だったのだろうか?

 笑っていいものか悩んでしまい、分析官は微妙な表情になってしまったが。ビッグボスは気にしているようではなかった。

 

 

 アジアの任務から7日がたとうとしている。

 だが、あれほどに苛烈な道を切り開いたビッグボスの顔に疲れは一切感じられない。それどころか、すでに次の任務はないかとうずうずしているような。そんな遊び疲れることを知らない少年の横顔のような、いつもの優しいビッグボスが目の前にいる。

 

 戦場への帰還からすでに5年をこえた。

 最近では「染めているんだ」と髪のことを口にするが、とてもそれが本当のことだとは思えなかった。

 どれほど困難な任務だとしても、ビッグボスは常にそこで最良の結果を出すために、戦場を切り裂きながら支配していた。

 その腕は今も研がれ続けているようで、「老いた」とか「遅くなった」などの年齢を任務中に口にすることはなかった。それどころか、今もその技術は成長しているのか。時折、信じられない魔法のような動きで奇跡をなんでもないことのようにやってのけていた。

 

(今世紀、人が夢見る完全究極の兵士だ)

 

 自分達を指して、あんな狂人に付き従うカルト共と影口がたたかれていることは知っているが。

 この人を前にしては、そんな罵声など何の価値もないと本気で思えてくる。そういった感情は自分だけではないようで、最近のルーキーたちの中には、ビッグボスを生き神のように讃えて拝んでいる奴もいるのだとか。

 

「工事が遅れているのだそうだ」

 

 廊下を歩きながらビッグボスはそうつぶやいてきた。

 横に並ぶ窓の外を見て、地ならしを続けている現場の作業をみたのだろう。

 

「警備班の希望していたシステムが壊れていたとかで。回収してからの再度、取り付けに時間がかかってしまいましたから」

「運べる物資は決まっているんだぞ。あいつら、自分達の意見だけをとおすことに執着しすぎている」

「警備システムが、マザーベースよりも複雑なようですから。どうしても気になるのでしょう」

「まったく――」

 

 すでにここは偽りの看板に書かれていた『刑務所、収容所』の見てくれは完成したが。

 『正しい姿』へと生まれ変わったときは、そんな表現ではぜんぜん足りなくなってしまうことだろう。

 

「ボス、完成が楽しみですね」

「――まだまだ、先の話だ。スタッフは2割も移動させていないんだ。ここの廊下も、もっと人で溢れるはずだ」

「はい」

「今はサバイバル訓練のための戦闘員が、寝泊りする場所。それと――」

 

 そこでボスは外にある何かお見たのか、言葉と同じく足を止める。そして窓に近づき、体を寄せていく。

 

「ボス?」

「あいつら――」

「ああ、あの娘ですね」

 

 射撃訓練場に、若い兵士たちが集まっていたのだが。そこにおかしなのが混ざっていた。

 年のころは10歳前後、ゴムで束ねただけのゴールドの髪と子供にしても目鼻顔立ちがよく。あと数年もすれば、すばらしい美女になるだろうことは間違いない。

 そんな少女が、普段着のワンピース姿で片ひざをつき。自分よりも大きなライフルを危なっかしく構えているところだった。

 

「余計なことを」

「ですがボス、あの娘自身がやる気を見せているのです。連中をしからないでやってください」

「そんなことはわかってるっ」

 

 腹立たしげなビッグボスであったが。少女が引き金を無事に引き、男達が歓声を上げると。フンと鼻を鳴らして、足早に歩き出した。

 それに遅れないようにと慌ててついていきながらも、分析官も心の中で少しだけ笑っていた。

 

(誰も信じないだろうな。俺たちのボスを、あの伝説の傭兵の心を今。かき乱す女がこの世界にいて、それがあんな幼い少女だなんていうことは、さ)

 

 この少女だが、彼女の説明をするとなると簡単にはまったくできない。

 かなり長い話になる。

 

 

 ビッグボスの戦場に帰還してからしばらく、事件が起こった。

 それはビッグボスの古くからの友人で、このダイアモンド・ドッグズでは仲間だった男が何の前触れもなく裏切ると、ボスの命を狙ったのである。

 個人による暗殺だったが、その代償はあまりにも大きかったといわざるを得ない。

 

 マザーベースはそれまでにない攻撃を受け、一部を海中に沈められ。

 裏切った男は生死不明となったものの、同じくMSFの時代から右腕として活躍していた副司令官と、その場にたまたま居合わせた兵士の命が犠牲になってしまった。

 

 事件後、ビッグボスはこの兵士の家族のことを、とても強く気にするようになった。

 兵士は一家の次男で、長男はすでに戦死していて。弟や妹たちのために、傭兵となって戦場で稼いでいたのだ。

 ところが事件後に数年が立つと、今度はそんな兵士の一家にさらなる災いが襲った。イラクで父と残りの兄弟たちが殺されると、留守番をしていた少女と彼女の姉と母にも危険が迫ってきたのだ。

 

 ビッグボスの動きは早かった。

 一報が入ると、すぐさま任務を代わりのスカルスーツを着用した兵士に任せ。自分が救助にむかったのである。

 だが、世界は冷酷に時を刻み続けた。

 ビッグボスは少女を助け出すことには成功したものの。彼女の姉と母は、少女の目の前で残酷無残な最期を迎えていた。

 

 当初、ひどくショックを受けていて。コミュニケーションも取れなかった少女だが、回復の兆しが見え始めると。すぐに元気を取り戻していく。

 ところが今度は別の問題をおこすようになってしまったのだ。

 

 

 ビッグボスはこの美しい少女のためにできるだけ早く、ダイアモンド・ドッグズが秘密裏に運営しているNGO組織の手にゆだね。そこから養女として、真っ当な両親と出会えるように仕向けてしまいたかったのであるが。

 急激に回復していく少女が口にしたのは「兵士になりたい」という、目を剥きたくなるような自身の未来を口にしたのである。

 

「NGOスタッフともっと落ち着いて触れ合うようにと、ここに連れてきたんだがな」

「実際、ずいぶんと話すようになってきているとか?」

「だがそれ以上に、若い連中のまえで銃を持ってチョロチョロ歩き回って。銃の知識を教えてくれとせがんで回っているらしい」

「ああいった子供に、自分らが伝えられるものなんて。それぐらいですから」

「――そうだな」

 

 ダイアモンド・ドッグズが非公式に運営している少年兵の武装解除団体『楽園』とは、なんとか同じ目的を持つ同士とのことからお互いに探り合うようにして、今も続いている。

 とはいえ、簡単な話ではない。

 特に問題なのが、捕らえた少年兵をどうやってNGOスタッフの手に渡すのかという問題。これは今もって、解決し切れているとはいえなかった。

 ダイアモンド・ドッグズとしては。少年兵達を乱暴ではあるが、コンテナなどに箱詰めにして国外に出し。まったく別の環境で、スタッフによる治療を希望していた。

 ところがスタッフはこれに猛然と反対した。少年兵は捕らえてからできるだけ早い段階で、スタッフに渡してもらわなければ効果が出ないというのがその理由らしい。

 それに国外に出したとして、治療を完了させた彼らが故郷に戻りたいと希望を出さないとも限らないのだ。

 

 ことは人の心を治療するという点にあるため。どちらの主張にも理屈があり。難しい舵取りが続いていた。

 

「あの、『楽園』の問題はどうなるでしょうか?」

「まだ決まっていない」

「ここに、受け取るための部署を開きたいという話を聞きましたが」

「ふぅ~~、そうなると。設計にも変更が必要になるな」

 

 ビッグボスは口ではそういうものの。

 事業のよりよい結果をだすために、NGOスタッフの要求は呑まなくてはいけないような気がしていた。

 

 司令室に入ると、机の前で形ばかりの儀式の後で。手に持っていた報告書をようやく、ビッグボスへと手渡せた。

 

「こいつは後で読ませてもらうが――」

「はぁ」

「例の子供達。ここにもうすぐ到着するんだろ?」

「30分前に到着しています」

「――そうか、知らなかったな」

「ですが、準備がありますので。予定通り、3時間後になるかと」

「ふむ……それはやめだ」

「はっ?」

「俺はもう退屈しているんだ。やることもないしな、準備が終わったら。さっさとやってしまおう。どれくらいかかる?」

「それでは、1時間もかからないかと思います」

「それでいい。それで頼む」

「――わかりました」

 

 それはちょっとした舞台のようなものであったが。監督、兼主演のビッグボスがそういうならば仕方がない。

 スタッフは演出を確認しつつ、用意を続けている。

 

 演目は「大悪党、ダイアモンド・ドッグズの無慈悲な宣告」、これである。

 気分のいいものではないが。だが、やらなくてはならない。これはそういう任務でもあった。




続きは明日。

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