真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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死者の国から戦場へ還ってきた男が。
狂人の桃源郷から戦場へと、今日戻ってくる。




愛するファントム達よ、死を憶え(そして与えよう)

 スネークは、目を閉じる。

 

 傷ついた体が、永い眠りを必要としたように。

 傷ついた心が今、この正気と狂気の境目にスネークを立たせている。

 この世界は凍りつく寒さに包まれている。

 

 

 かつて戦場では剣を手にした体格や、力が強いもの。強者が恐れ、敬われ。王となり伝説をつくった。

 時代が変わり、銃を手にすることで声の出ない弱いものは力を得たが。その力で憎悪を世界に火と変えて吐き出すものがあふれ出てしまった。火は風にあおられ、好き勝手にその勢いを変え続ける。

 時には姿を消すが、風の質が変わると。途端に姿を現し、狂ったように全てを焼き尽くそうとする。

 

 そしてまた、時代は変わった。

 戦場に再び伝説が戻ってきた。戦場に立つ戦士は、皆が彼に。英雄に目を奪われ続けている。

 ビッグボス、それは俺だ。

 

 

 脳の奥に届くほど、貫くようにあの不快な匂いにまた襲われる。

 目を開けるとあの真っ赤に染まる彼女と、彼女の部屋が再現され。そこにある。

 

 パス――。

 

「スネークッ」彼女の声は必死だ。

 こちらに背を向け、何事かをしているのを。隠すように。

 

 MSFに彼女が残ると聞いたとき。兵士達はひそかに喜んでいた。

 あんな美人がいるなら、ここは天国さ。そう、誰かが言っていた。あの時の彼女は、あまりにも透き通っていて、美しかった。

 

 パスがついにこちらに体を向けた。

 やはり同じだ。彼女はドッペルゲンガー、だから”俺が与えた役割”は変わらない。

 彼女の腹部にあった醜い傷口が、ぱっくりと皮膚がめくれ。彼女の原の中に、穴を開けている。だが、今はその手は血に汚れていない。あの時とは、違う。

 

 言葉にしなくてはならなかった。

 全てから開放されなくてはならなかった。ビッグボスであるために、決別する必要があった。

 それが、彼女の役目。サイファーの目を信じた、ビッグボスを裏切った彼女の。それでも憎むことができなかった。

 

 彼女はついにそのきれいな両手を、己の腹にできた穴に差し込む。

 

「うっ……んん、うう。あぐっ……」

 

 くぐもった苦痛を、悲鳴を上げないまいとして漏れ出てくる声。

 それを見ても、思うものはもう、ない。

 感情は、極論すれば脳内を走る電気であり。刺激に反応する、行動から出るものだ。

 それは無意識か、意識的かは別にして。そうなのだ、感情とは人が持つという魂ではない。そんなものはない。

 

 刺激を正しく処理できなくなれば、人は簡単に無感情になれる。

 笑顔を浮かべて喜び、血を滾らせて怒り、大声を上げて泣いて悲しみ、体を動かして楽しみ、静かに思い返して怨む。

 

 彼女のあげる声が、別のものに聞こえてくる。

 扇情的な官能を呼び起こす声。原始的な欲求が激しく揺さぶられる。

 いっそこのまま、彼女に飛び掛かり。この、男の両手で変わって彼女の中を激しく”探し回る”のもいいかもしれない。

 

 だが、そんなことはしない。

 これは、そういうことではない。

 

 ぐちゃりと、嫌な音がした。

 赤い点灯で照らされた、真っ白な病室の床に落ちていくパスの血。そこにあきらかにやばい物が、彼女の中から零れ落ちた。

 それは彼女を、彼女としているものの一つ。部品だ。

 

「スネーク、爆弾は……もう一つ」

 

 そう、彼女は爆弾を探す。

 自分の中に残されている、スカルフェイスの悪意の塊を。

 彼女の血に汚れた手が、また新しい物を。彼女の中から、取り出した。ぐちゃり、またそれだ――またまた、それだ。

 

 病室の中の血の匂いは濃くなっていくが、もう気にならない。

 彼女は取り出すたびに弱り、体はふらつき、腕は震えて力を失っていく。だが探すことだけはやめようとはしない。

 

「ああっ、ううっ」

 

 次々と彼女の一部を取り出し、床に落としていく。

 穴の中に空洞ができているのがはっきりと離れて見ててもわかる。こうなった彼女は長くないだろう。もう声を上げるのも、苦しそうだ。

 

「――あった、もう一つ」

 

 震える両手が、枯れ落ちる花びらのように彼女の部品を床に落とすのをやめた。

 血の気はとうに失い、死の影は色濃く、しかしそれでも彼女はまだ美しい。

 

 一瞬だが、彼女の目を見た。

 奇妙にもなぜか彼女は、誇らしげだった。褒めてほしいのだろうと、そう思った。

 そして、時は、動き出す。

 

 

 カリブの夜の海が、ヘリの外に広がっている。

 彼女はここでは殉教者だ。業火にむかって飛び込むように、胸にしっかりと見つけ出したおぞましいものを抱きしめている。

 それは彼女の、彼女のための役割。

 ビッグボスに自分自身をささげる、それが彼女の最後。

 

 言葉は交わせなかった。

 思いを伝えきることはできなかった。

 だが、その歩けなくなる最後の姿を見せることで、その意思を伝えようとしていた。

 

 スネークは自身の中に、これまで感じたことのない感情が生まれたのを感じた。

 それを自覚しただけだったが、体中の毛が逆立つ。血が沸き、意識は混濁し、とめどなく怒りがあふれ、血に汚れた涙が溢れ出す、そして――世界を、分かたれた楽園とする全てを、怨んだ。

 

 よせぇ!!

 

 声が出ていた。体が、彼女を、パスに手を伸ばしていた。

 病室のベットに後ろ向きに倒れていく彼女を――カリブの夜の海に倒れるように飛び込んでいく彼女を。その最後を見てやろうと追従していたXOFのヘリの前で、飛び降りた彼女を。

 だが、この声は届かない。

 この現実はとめられない。 

 

 闇が再び、スネークを覆い尽くした……。

 

 

 

 扉を抜けて外に出ると、太陽はもうすでに地平線から姿を見せていた。

 ひどく危険な夜をすごしてしまった。

 手すりに背中を預ける、疲労感は残っている。それはとてつもないものだが、逆に言えばそれだけのことをしてきたともいえる。

 

 スネークの傍らに、もう亡霊は立っていない。

 影は顔を奪われ、闇とともに消えた。そして全てのトッペルゲンガーから、スネークは解放された。

 もう、ここには1人しかいない。

 

 戦場に帰還し、ビッグボスは生きている。

 言葉はもう要らない、それでも信じることはできる。

 「この世界にはビッグボスが必要だ」と、誰もが思うように。そうあるように。

 

 俺は地獄に落ちる。

 俺は天国にはいけない。

 俺は……。

 

 

==========

 

 

 その日、ダイアモンド・ドッグズは異様な雰囲気に包まれていた。

 再稼動する、その第一日目をついに迎えることができるからだ。

 

 そしてその日を祝う最後を飾るのが、ビッグボス。スネーク本人からの、兵士への言葉だと告げられていた。

 

 伝説に聞くビッグボスの演説は遠い昔の話。

 あのスカルフェイスを、XOFを破っても彼は自分では演説を拒否したと伝えられていたから。余計に兵士達はこの日を、興奮に包まれて迎えていた。

 

 

 曇り空の下で、マザーベース並ぶ兵士たち。

 そしてスネークが、姿を現した。

 

「今日、俺たちは再び、戦場へと戻っていく!還っていく!」

 

 第一声を上げ、スネークは全員の顔を脳裏に刻もうとするように見回した。

 

「言葉にすれば、この一言が全てだ。だが、俺たちはこの言葉の意味を、正しく理解しなくてはならない!

 ――周りを見回してみてほしい。

 昨年、俺がこのマザーベースに来た時。ここはまだ小さく、脆弱で、なにかができるとは思えない存在だった。時が流れ、俺たちは変わった!

 だが同時に俺たちの仲間も、ここから多く、去っていった」

 

 海は少し荒れ気味で、だからプラットフォームに打ち寄せる音はいつもよりも激しかったが。

 ビッグボスの言葉は兵士たちから、そんなものを忘れさせた。

 

「俺達は、彼らと共にたしかにXOFと戦い、これに勝った。

 次はサイファーだ、俺はそういう人々の声を聞いている。誰もがそう、思うのだろうこともわかっている。

 

 だが、俺は敵をよく知っている。

 世界は今、大きく揺れ動こうとしている。

 情報が、TVや新聞を通して情報を過剰に飛び交わし、それはあたかも洪水となってあふれ、人々を溺れさせようとしている。

 

 サイファーは今、それらの後ろに回って俺たちを。ダイアモンド・ドッグズを、監視している。

 そこから動かずにXOFをたちまち復元し、俺たちの戦場に再び送り込んできた。サイファーは強大な敵だ。

 これを戦場に、俺たちの前に引きずり出す事は至難を極める。簡単なことでは、決してない。

 

 だが、俺達はそれをきっとやり遂げてみせる。

 俺たちの立つ戦場に、いつかきっとサイファーをたたせて見せる。

 それはこのダイアモンド・ドッグズでも無理かもしれない。だが、俺は必ずその日を実現させて見せる」

 

 一匹の蝶が、どこからともなく現れると。

 演説を続けるスネークにまとわりつこうと飛び回りだした。

 スネークは言葉を切ると、おもむろに義手を前へと出し。それを機械の腕で握って捕まえる。

 

(パス――)

 

 その姿勢のまま、スネークは再び口を開いた。

 

「今、世界は。対立する分かたれた世界の終末へと向かい始めている。

 かつては強大な国が集まり、世界の経済と政治は彼らが決めていた。冷戦は、そんな彼らのために作られた歪みでしかなかったのだ。

 彼等は自分たちの国々の中の、市場と政治の安定を求め。そうならない理由を常に別に求めてきた。

 

 その結果、力を持たぬものたちへ。貧困と暴力が嵐のように襲い掛かる、そんな現実を俺達は実際に戦場で嫌になるほど目にしてきた。

 遠いあの日、俺のはなった言葉は今もなお。現実としてこの世界を苦しめ、人々はそれになすすべなく従っている。  

 

 だが、時代は変わった!

 

 世界が恐れたMSFは姿を消したが。今、俺達はその精神を継ぎ、ここにダイアモンド・ドッグズは存在を続けている。

 この世界で、俺たちの力を求める声はあのときから減ることはなかったのだ」

 

 ビッグボスは変わった。

 最近、兵士の中ではそんなことを話すものがいる。それに対し、仲間は「しょうがないだろう。副指令や、オセロットのことがあったしな」と答えるしかなかった。

 

 実際、”彼等のビッグボス”はなにかが変化したようだと皆が感じていた。

 行動や言動が変化したわけではない。

 書類仕事をぼやき、訓練には厳しく、装備の整備に細かく気を配り。時々、見回りの兵士の目をかわして倉庫からビールを盗み出しては、一人で夜明けが来るまで空き缶を増やす作業を続ける。

 愛すべきそんな彼は、以前と何も変わってはいない。

 

 それでも、ビッグボスはなにかが違っていた。

 

「俺達は今日から新しい戦場へと向かう。この先に、サイファーと決着をつける時が必ず来る。

 だが、俺はその日をいつだとは言わない。何年先だとか、遠い未来だとも言うことはない。サイファーとの戦い、これは俺にとって、俺達にとっての復讐ではないからだ。

 

 では、なぜサイファーと戦う日が来ると断言するのか?それは、俺達の前に必ず立ちふさがってくるとわかっているからだ。

 つまり、またも、俺達には厳しい戦いが待っている。気を休める日々は、これからの俺達には望めないかもしれない」

 

 スネークは感情を高ぶらせることなく、声の強弱だけで演説は続けている。

 

「だが、希望はある。

 思い出してほしい。あの日、俺は皆と約束した。

 

 すでに俺達は列強には嫌われ、俺達を”抑止力”としてカネを差し出してくる人々はどこだっている。

 時代はついに、俺達の存在を認め始めている。世界は、俺たちを正しく受け入れなくてはいけない。俺達は、この唯一無二の場所をようやく”家”にする準備ができる。

 

 そこは地獄だが、俺達にとっての天国。

 そうだ――サイファーとの決着を前に、俺達は人々の目に直接わからせなくてはならない」

 

 記録では、マザーベースで行われたビッグボスの演説はここで唐突に終わったこととされている。

 彼は口を閉じると、身を翻し。出撃する部隊と同じヘリに乗り込んで任務に向かったのだ、と。

 

 

 だが、人の口で伝えられる伝説では違った。

 ここでスネークは――ビッグボスはあの言葉を口にしたのだといわれている。アウターへブン、兵士達の終わらぬ夢。終わらない戦争。

 

 そして――。

 

 

 ここで小さな物語があった。

 ワームとウォンバット、彼等もこの場所にいたが。ビッグボスと違い、この時の彼等は任務からはずされ留守番を言い渡されていた。

 ビッグボスは、新兵とベテランの混合チームでの出動を望んだからだ。

 

 そのウォンバットは、周囲が飛び立つビッグボスのヘリを見送る兵士達の中にあって首をかしげていた。

 

「ねぇ」

「――なんだよ」

「ボス、最後に言わなかったよね?」

「?」

「いや、言わなかったよね?」

「何のことだよ、馬鹿女」

 

 演説に心を熱くしていたワームは、しきりに不思議がる彼女を蹴り上げてやりたいという顔で相手してきた。

 

「連絡事項のやつだよ」

「ああ、あれか」

「言わなかったよね?ボス、忘れてた?珍しい」

 

 演説と違い、式の前には「別段変わったことを口にしたりはしないさ」と話していたスネークだったが。

 この日から変わったことがひとつだけあった。

 

 スネーク――ビッグボスのコードネーム。

 パニッシュド・スネークは、副司令官であったカズヒラ・ミラーのつけた名前であった。

 MSFの悲劇から復活した伝説の男、彼の手によって果たされるべき復讐の物語に犠牲者として記録されるべき奴等への露骨な挑発。

 

 だが、それはビッグボスの個人の意思ではなかった。

 

 

 この日から、マザーベースでスネークは自分に新たなコードネームを用いるようになる。

 

 ヴェノム・スネーク。

 

 自分の名を「天罰を下す 蛇」から「毒蛇」へと変えたものはなにか?

 ビッグボスのそうした心の変化を理解できる者は、残念ながら今のダイアモンド・ドッグズにはいない。

 

 そしてそのことをスネークはあえて部下には告げなかった。

 だから今も彼はパニッシュド・スネークであり、ヴェノム・スネークであり、パニッシュド”ヴェノム”・スネークとも呼ばれ。そして――。

 

 混乱が生まれるのは必然の事であった。かつての伝説に聞くビッグボスにも名前は多くあったが。

 さらに多くの言葉が彼の名前として使われだしていく。

 こうした呼び名が増えることを、当の本人はまったく気にしようとはしなかったことで。状況はこの日からより悪化の一途へと堕ちていく。

 

 それはまるで、自らの存在だけを焼きつかせられればよくて。

 その名前にはまったく価値を感じていないという風な、ある意味では自虐的な強い己への攻撃性にも感じられたが。それを指摘する人は、彼の周りに残ってはいなかった。




ってことで、ついに「MGSⅤ:TPP」のエッセンスはこれにて終了ですよ。
でもね、まだ続くんですよ。この話は!(なんかオカシイ)


ということで、続きは明日。

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