真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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いよいよアフガン編に突入。
まだ、もう少しだけ原作準拠(?)で進みます。


報復
THE LAND OF DO-AS-YOU-PLEASE


追いつめられてしまった私は答えた。

「申しますとも。あんたもぼくも、それからそのピーレグ船長も、このクィークェグもみんな、それから世のありとあらゆる人の子たち、一人残らず入ってる、その太古以来の普通の教会なんです。この世界の神を拝むものがみんな、すばらしい、永遠の、第一等の、組合を作ったんです。

 ぼくたちはみんなその組合員だ。

 ただどっかの奴が、このごろそのすばらしい信仰を”へん”にまげちゃったんだ。ぼくたちがみんな手をつなぎ合わすのが信仰だ」

「手を”つぎ合す”といえ、船乗りらしゅうな」

 ピーレグがさけんで近づいた。

                (「白鯨jより 抜粋 イシュメールとピーレグ船長)

 

 

 

 

 簡易で作られた飛行場に輸送機が入ってくると、着陸後にタラップが開いてそこにオセロットが立つ。

 ビッグボスとはすでに16時間前に別れ、彼自身はここから作戦を見守る手はずになっていた。正午の作戦開始時刻に合わせるため、彼は今頃体験したことのない砂嵐の中を1人、馬の背にゆられて進んでいるはずである。

 

 

 ビッグボスにはあえて何も教えなかったけれど。

 今回のミラー救出作戦には、オセロットの集めた兵とコネと資産が多く使われている。

 間借りしたこのイラン国内の空軍基地には一昨日よりトラック3台、ジープ2台からなる今回のための彼の部下達がつめて今まで準備をしていた。

 作戦終了の3日後までは、彼等はここから動くことはない。

 

 そんなオセロットが選んだスタッフ達は、皆が優れた技術を持っていたが。彼等がここにきて作戦に参加している理由の半分はあの伝説の男が復活する最初の任務だと聞かされていたからだ。

 伝説は本物か?それはただの老人の昔をなつかしむ話だったか?

 その真偽を直接自分達の目に焼きつけたくて、かれらはここで一度きりの共同任務についているのだ。

 

 オセロットはヘッドフォンを装着しながら、スタッフ達の進行にもチェックを入れる。

 作戦に遅れはない、ボスも砂嵐の中をしっかりと歩き続けているようで時間通りにスタートできる準備は着々と整っているようだった。

 

 

==========

 

 作戦の開始を告げる正午から、すでに40分を過ぎていた。

 ところが、オセロットより譲られたビッグボスの白馬は。作戦スタート地点であるプルグマイ遺跡にいて。その背には誰も乗せずに、本人も暇そうにモソモソと近くに生えている草に首を伸ばしてなどいる。

 では肝心のビッグボスはどうしたのだ?

 

 驚いたことに本人は遺跡とは名ばかりの崩れかけたその場所に積まれている岩の残骸の中を、作戦開始からずっと延々と走り続けている。正確にはストップ&ゴーを繰り返しつつ。そこに時折、横っとびやら前転などを交えてひたすら走り続けていた。

 食事と睡眠は十分だったらしく、2週間前は病人だったとは思えぬ血色の好い肌にはタマのような汗が浮かんでいる。

 

 一方、遠く離れた作戦室の方はどうかと言えば。

 皆がひどい肩すかしをくらったという顔を見合わせ。オセロットも無表情ではあったが、内心では不安で今すぐにでもビッグボスとかいう男を怒鳴りつけたい衝動を押さえようと悶えていた。

 

(ボス!何をしている!?)

 

 彼には時間として3日を与えている。

 だが、しかしこんな始まりは誰も全く想像していなかった。

 

 

==========

 

「カズヒラ・ミラーはワンデイ集落に今はとらえられている」

 

 ボスと別れる前。最後の打ちあわせとばかりにオセロットはビッグボスに任務について説明した。

 パキスタンで泊る最後の夜、裸電球の下に地図を広げてできるだけ最新の情報を伝えていく。

 

「そこはソ連の実行制圧圏だ。ミラーが捕まって10日。残り時間は少ない」

 

 続いてオセロットは今よりも拡大した新しい地図を机の上に叩きつける。

 

「だが町のどこにつかまっているかはわからん。ミラーは数日前、そこに移送された」

 

 ビッグボスの目がオセロットに(それでどうする?)と問いかけてくる。

 

「ミラーの体力も限界だ。もってあと数日……ミラーが死ねば任務は失敗。復讐の機会もなくなる。だが、情報が足りん!下調べもなく集落にはいればあんたもミラーも危険だ。

 まずは周辺の部隊を偵察するんだ」

 

 これはある意味、自作自演の救出任務であった。

 オセロットはミラーとすでに接触していた。彼は再び目覚めたビッグボスと組む、彼の資産である傭兵部隊にボスを迎える。その条件に自分の命をかけた任務の遂行をビッグボスに要求した。

 カズヒラという男はすでにもう、復讐鬼になり果てていた。

 彼がただ望むのは9年前に失ったMSFという巨大な傭兵軍団と、それを率いる伝説の兵士ビッグボスのとなりに自分が立つことがなによりも重要だった。

 そしてそれがかなえられれば、この男はすぐにもサイファーに対して血みどろの復讐戦を望むだろうということも容易に推察された。

 

 

 彼は知らせを受けるとると、自身の本心をさっそく証明した。

 彼は資産をオセロットにまるっと渡し。自分はやらなくてもいい任務に出て、見事にソ連軍の捕虜となってみせた。ソ連軍の捕虜への尋問は生易しいものではない。

 特にアフガンではゲリラ相手にも非人道的とも言える方法が数多く用いられた。その彼等に雇われた傭兵にだって、遠慮をするはずもない。

 そして、たいした情報も持たない傭兵と判断されれば、一か月を待たずに墓の下に送られる危険を彼は嬉々として引き受けたのだ。それは同時に救出が来る前までは、その苦痛に耐え続けることで、なんとしても死ぬことは許されないということを意味している。

 

 自殺作戦。まさに狂気に満ちていて、そう呼ぶしかない任務だった。

 

 だからこそオセロットは別れ際にボスに素直に告げてしまった。

「ここらの戦場ではあんたは伝説の傭兵だ。だからこれはあんたひとりでやりぬく。あんたは9年の時をこえ、ビッグボスとして還ってくる。それが”ミラーの出した条件”だ」と。

 彼は無言でうなずいていたが、それがちゃんと伝わっていたのかどうか。今では疑わしい。

 

ボス、いいか?

――どうしたぁっ?

確かに大きな動きがなければ、カズヒラは集落から動くことはないだろう。だが、もう任務は始まっている。

――ああっ、そうだな

なら、あんたは今。何をしているんだ?

――オセロット、イシュメールを本当に知らないのか?

なんだって?誰だ、そいつは?

――イシュメールだ。病院で俺と一緒に脱出した男

知らない、わからない。あんたにはそう言っただろう。

――そうだったな

俺があんたを見つけた時。ひっくり返って動かない車から這い出たように1人で倒れていた、と。

――そう言ったな

それなら以上だ。他に情報はない。あんたはカズヒラ救出に集中しろ!

――わかってるさ。だからこうして動いている。まだ本調子じゃない

なら、それでもいい。いつ、始めるんだ?

――そうだな。日が沈む前には始めるさ

そうか、わかった……その遺跡で少し体を馴らしておくといいだろう。射撃、カバー、段差登り、9年のブランクを埋めるのに、いいかもしれん

 

(眠いこというんじゃない!さっさと尻を上げてはじめろ!)

 オセロットはそう怒鳴りつけることを何とかこらえることが出来た。それにしても、会話の調子がどこかおかしい男だ――まぁ、昔から変な男ではあったな。

 オセロットは奇行を続ける伝説の英雄に頭を抱えているスタッフ達に「聞いたろ?夕方まではコーヒーでも飲んでいてくれ」と伝えてから、個室に入った。

 誰もいない部屋に入って、ようやくオセロットは笑みを浮かべた。押し殺していたが、奇妙な笑い声までその口から漏らしている。

 ビッグボスは、伝説の傭兵はこの時代に黄泉返るかもしれない。

 それならこの無駄に思える作戦にも、意味が出てくるかもしれない――。

 

 

 

 一方、ビッグボスは照りつける太陽の下を走り続けていた。

 別に彼はむやみやたらにこの廃墟になりかけた遺跡に積まれた石の間を走り続けていたわけではない。暗い船室の奥で栄養たっぷりの食事とリハビリだけでは取り戻せないことが多くあることを彼はしっかりと理解していた。

 

 そこで彼が新しく始めたのは、彼の精神の中に1人の独立した思考と反応が出来るドッペルケンガ―を作り出すこと。これを相棒(バディ)とし、トレーナーとし、理想の自分への道しるべにしようというのだ。

 すると自然、顔のない人間はあの男に。イシュメールという、本当の名も知らぬ、きっと兵士だった男の姿へと近づいていく。あの夜のイメージはそれほどに鮮烈にビッグボスの脳裏に刻まれていた。

 あの夜、自分は間違いなく彼に。かつてザ・ボスと呼ばれた特殊部隊の母とも呼ばれる偉大な戦士からの教えに匹敵する経験を、共に行動することで教えてもらったのだと感じていた。

 

 2週間余りの間に急造で創りだしたイシュメールは、この瞬間にビッグボスの目には現実としてちゃんと認識されていた。あの時に負けないキレのある動きで、彼の前を常に一歩以上の距離を離して動き続けている。

 自分はそれをトレースして、遅れないように、間違わないように”彼の”動きを覚えていく。

 

 誰の目にも映らぬ影とそうやって一時間ほど追っかけっこを終えると、ビッグボスとドッペルケンガ―は遺跡の中央で向かい合った。

 なにをしようとしているのか、すでにお互いがわかっている。

 

――スネーク、まずはCQCの基本を思い出して……

 

 懐かしい最愛の師であったザ・ボスの言葉が思い出された。するとその声が聞こえたかのようにイシュメールは、どこからか影のオートマチックの銃を取り出して構え。反対の手に握ったナイフを銃底に添えた。

 それはかつての自分の姿。

 自分(ネイキッド・スネーク)がやっていたCQCの構えである。

 

 だが、それは今の自分には出来ない。

 失った左腕の感覚を消し去ることは出来たが。その代償に以前のCQCの構えをも捨てなくてはならなかったからだ。

 だがそれでボスと共に生みだした技術が死ぬわけではない。

 

 ビッグボスはゆっくりと何も持たぬ両腕を前にして構える。

 脳裏に”ボス”と交わしたCQCのトレーニングの日々が次々と思い出されてきて。それは時にスネークイーター作戦中に拳をかわしたザ・ボスの立場であったり、スネークの立場であったりとコロコロとめまぐるしい変化を続けていく。

 しかし実際には構えたまま、微動だにしないビッグボスの体は。まるで誰かと戦っているような気迫がみなぎり、静止したままなのにさきほどの額だけどころではない。体中から汗が噴き出してきた。

 

 実戦を必要としない、精神の中でのみ行われる究極のイメージトレーニング。

 

 殴り、つかみ、引き、進み、下がる。

 構えてからの全ての動きで互いの態勢を崩しつつ制圧しようとする。勝負は間断なく続き、そのうちにイシュメールのドッペルゲンガーとビッグボスは増殖をし始め。イシュメールはザ・ボスとなり、続いてオセロットとなり。複数対複数、個人対複数、複数で個人をといった具合にシュチュエ―ションも変えて何十回と、何百回と勝負を続けていく。

 

 そのうち処理速度が速いPCのように。ビッグボスはこのトレーニングをそれぞれの状況で、並列的に戦いを初めても滞りなく次々と経験を得ようと勝負を重ねることができるようになっていた。

 記憶の中の優れた兵士の力を借りて、ビッグボスは9年のブランクを埋めるだけではない。そこで得られなかった実戦経験で使えるデータを集めようと貪欲になっているのだ。

 

 

 

 遠くでソ連兵達の笑い声と、国際放送のラジオから流れ出るUKヒットチャートからピックアップされた曲が流れていた。

 Dead or Alive ―― 生か死か、そんな物騒な名前の連中が歌う「You Spin me Round」の癖になりそうなリズムが流れてくる。

 民主主義と社会主義といっても、音楽は時にその垣根を簡単に飛び越すこともある。

 もっとも、この戦場ではすぐにそれも死と現実に向き合う羽目になって。ドラッグのように一時の”平和である”、という偽物の感覚を味わうためのツールにしかなっていないが。

 

 カズヒラ・ミラーは闇の中でそうした先ほどまで自分をののしって殴り続けたその男達の不快な笑い声にじっと黙って耳を傾けていた。

 彼とボスのための作戦はそろそろ始まった頃合いだろうか?

 

 拷問を交えた尋問は今のカズヒラの体にこたえた。そのせいなのだろうか、体温が次第に低下してきていて、どうもあと数日を生き延びることが難しいのではと思えるようになってきていた。

 だがそれでいい。

 どうせこの命、拾われるか捨てられるかするだけしか残っていない。そんなどうしようもない負け犬に今の自分になってしまっていたのだ。

 

 そしてミラーは9年前のあの夜の事を思い返していた。

 敗北の味で飢えをしのぐようになる。落ちぶれた最初の夜の事を。

 

 

 ビッグボスのヘリが到着してくれたことが、あの時のカズヒラの命を救ってくれた。

 彼が来てくれなければ、傾いて海中へと沈むプラットフォームの上できっと物言わぬ死体になっていたのは間違いない。

 

 だが、当時の自分にはそんな風に考える力は残っていなかった。

 崩れ落ちていった。飲み込まれていった、全てが海中に。

 一瞬で奪われてしまった。ボスと自分が育てた強大な軍事力。マザーベースと呼んだあの夢の部隊は、もうこの地上から消滅してしまった。自分がその場にいたのに、助けられるまで何もできなかった。

 

「核査察なんてまったくの嘘だったんだ。爆音がして一気に……」

 

 あの夜、ヘリの中で一息ついて座り込むと、カズヒラの口をついて出たのは不条理にも思える今回の襲撃への言い訳であり、そこから激しい怒りが溢れだしてくる。

 

「奴等にはめられたんだ。くそ!」

 

 握る拳に込められた力が、今はただ空しい。

 

「返してくれ!返せ、あれは俺達のっ……チクショウ!」

 

 涙腺が刺激され、涙が溢れそうになるが、それだけはこらえる。泣きたいというわけではない、とにかく怒りたいのだ。この不条理な攻撃と、それを命じた奴への怒りを吐きだしたかったのだ。

 そんなガキのように振舞う自分の無様の姿を見て、ビッグボスはというと困った顔をしていた。そりゃそうだろう。彼は十二分に活躍してくれた。

 

 なにもできなかったのは……。

 

 ふと、ヘリの座席に横たわる少女の寝顔が目に入った。

 その時の彼女も、初めてあった時と同様に美しく。透明感を持っていて、そこで静かに眠っているように見えた。

 

 カズヒラは激怒した。

 

「こいつ……!?」

 

 冷静さを一気に失い、激しい責め苦を味わった直後の彼女に思わず詰め寄ってしまった。

 カズはピースウォーカー事件の始まりからこのパスという少女の本当の役目について情報を握っていた。つまりサイファーとちょっとした同盟関係にあったのだ。

 彼女の言葉に翻弄されるビッグボスを、スネークを見守り。

 KGBの思惑に乗ったことでMSFに大きな力を引き入れることに成功した。そのまま世界がこの強大な軍事力を持つMSFをうけいれるならば、カズヒラは戦争ビジネスという。まだ開かれていない市場を開拓地のように切り開く、最初の男になれたかもしれなかったのだ。

 

 メディックが慌ててカズヒラを取り押さえると、少女はそこで初めて現実に帰ってくることが出来た。

 その後に起きたことは――その後に起きたことは、もうどうでもいい……。

 

 

 カズヒラは多くを失った。そして負け犬としての人生が始まった。

 アフリカに逃亡した彼はそこでもMSFのような傭兵組織を作ろうともくろむ。だが、現実は彼の思うようにはならなかった。

 そもそもMSFの時も、兵達は伝説の傭兵とされるビッグボスの名前と人柄にふれて集まってきて、彼の後ろについてきたのだ。

 カズはそんな兵士達を正しく運用したというだけで、彼一人では多くの有能な戦士達は話を聞くだけで相手にしようとすらしなかった。きっと伝説の男とともに仕事をしていたというカズヒラの噂にだけ興味があっただけで。実際に会うと、その実像に失望したのだろうということは彼等の顔を見ればわかった。

 

 9年間。

 その間彼がやった事と言えば、申し訳程度の小さな組織を運用し。未だに自分を狙っているかもしれないサイファーの影に怯えて逃げ隠れする、そんな生活だけだった。

 それでも歯を食いしばって生き延びたのは、暗い復讐の心を抱いて待ち続けたからにほかならない。

 

 Vが目覚めた。

 

 そのメッセージをカズヒラも聞いた。

 そして全てをオセロットに。いや、彼を通してビッグボスに託した。

 俺はここだ、ここにいるぞ。スネーク。

 俺達は多くのものを失ってしまった。9年という時間を、MSFという力を、そこにいた仲間達を。

 あの時の痛みは、今もここにある。この胸の中で生きている。

 

 あんたもそうなんだろう?




明日からはまた元に戻って一日2回の投稿へ。
ガンバルゾー、オー。

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