目出度いんだか、目出度くないんだかわからんが!
今回で第100回だっ。
ついに100、どうして100、なんでこうなったんだ100!?
まだまだこの調子で50話位、書けるのかもしらん(白眼)
コードトーカーとの別れの日がついにやってきた。
からりと晴れた青空は、旅立ちにふさわしいが。困ったことにダイアモンド・ドッグズのプラットフォームにはオセロットとコードトーカーだけしかいない。
予定の時間は、数分前に過去となっていた。
「すまない、ご老人。ボスも、カズヒラも。少し遅れている」
「うむ、最近は顔をあわせれば開店休業だとぼやいていたが。忙しそうだ」
「準備がある。ボスは新しいマザーベースを、カズヒラは例のNGOの運営をスタートさせたんだ」
「そうか――」
マザーベースを離れるコードトーカーの荷物は驚くほどに少ない。
申し訳程度の衣類、それ以外はすでにカズの手配によって米国の彼の故郷にまとめて送り出されている。そして一般の兵士たちはここには姿を現さない。
これはコードトーカー自身が望んだことで、彼が最初に訪れた隔離病棟のヘリポートからの出発となったからだ。「老人に別れに涙もろくさせないでほしい」のだそうだ。
しかし困った話であった。
肝心の別れの場への出席を譲ることなく希望した2人が、ここにいないのだ。
オセロットとコードトーカーの間の空気も微妙なものへと変わろうとしている。
「ふむ――私は見方を誤っていたようだ」
唐突にコードトーカーは話を切り出してきた。
間が持たないと思ったのか、それとも。彼のあの力が、なにかをオセロットに教えるべきだと囁いたのか。
「お前たちのこと。つまりダイアモンド・ドッグズという組織は、”超個体”だとずっと思っていた」
「なんだって?」
「”超個体”だ。アリ、蜂、そういった社会性昆虫の群れを指す言葉だ。
多数の固体によって成り立ちながら、個を中心にしてすべてで個体のように振舞うことだ。私が見た、お前達の結束力はそれを想像させるほど強固なものだった」
「そうか?気がつかなかったが」
「例えばだ。お前達の出自は実に多彩だろう?人種、言葉、能力、過去。
それぞれが補い合い、影響しあい、ダイアモンド・ドッグズという集団の個性を決めている」
オセロットは笑みを浮かべる。
「当然だ、いわれるままに動くだけのやつなど。うちでは使いものにならん」
「そうか……むしろ、お前達のような組織をこそ。真の”超個体”として捉えるべきなのかもしれん」
「というと?」
「生物というものは多くの別の種と共存して、ようやく環境に適応している。細菌、寄生虫。そうしたものと人の臓器や免疫はそれらに合わせて存在している。
逆に言えば、これらを失えば自らを守るはずの免疫が毒となり、自分が逆にそれらから攻撃を受けてしまう。結果、傷つけられるだけではない、命さえ危うくなる」
「興味深い話だが、それはダイアモンド・ドッグズと関係あるか?」
「同質の個体の集団ではない、多様性を持つ個々が互いを補い合うことで調和の取れた”超個体”が成り立つということだ。お前達を見ていて――そう、思った」
オセロットのまぶたの裏に、あの日のスネークの背中を思い出す。
『俺はお前達の苗床だ』、苦悩にゆれながらもついにあるべき自分の存在をはっきりと認識しようとして、彼はそれを自然に口にしたのかもしれない。
「そしてそれに倣うなら、人もまた”超個体”であるはずだ、と。
人間の表現系は個人に与えられた遺伝子だけでは決まらない。集団となったとき、遺伝子の欠けた部分を他者が埋めようとしてくれる。人間と共生する生物が、いわばメタ的に人間というひとつの”超個体”となって完成する」
「ご老人、さすがに飛躍しすぎてはいないか?」
「そうか?では違う視点からさらに視野を広げてみようじゃないか。
この世界を人と考えると、お前達ダイアモンド・ドッグズはそこに棲む寄生虫だ。大国では処理しきれない、そんな汚れ仕事を糧に生きている。だが逆にそうしなければ、お前達は生きられない。
列強からは目障りな存在として認識されるが、お前達がいなければ世界に膿はたまり続け、やがては自家中毒に陥るだろう。今の世界に、お前達は必要だ」
「ありがたい話だな」
こちらに近づいてくるヘリの姿が見え始めた。
ボスとカズヒラが到着する。この会話も、そろそろ終わらせる頃合だろう。結論が必要だった。
「人は超個体となり、さらに集団となってさらに別の超個体へと群れを作っていく。
自身が口にする『私』とは『我々』なのだ。
自らに棲む存在と対話し、共に高めあうことで調和の取れた発展が望める。本来、私の研究とはそのためにあったのだ。お前達と共にすごした日々で、それが改めてわかった、ありがとう」
オセロットは珍しく、笑い声を上げた。
皮肉も、冷笑も、そこにはなかった。
「それは光栄だ。こんな場所は、世界中探しても他にはない。あまねく世界がこうであれば、種が争うこともなくなるだろう――。
それが、ザ・ボスの遺志だったのかもしれないな」
最後の言葉は、つぶやくようにされ。そして誰も聞いてはいなかった。
遅れてきた2人の姿が現れ、コードトーカーとの最後の会話が交わされる。別れの儀式が時間には遅れたが、慌しい形で始まろうとしていた。
この老人が、再び世の騒乱に巻き込まれる可能性はないだろう。
サイファーが、そしてダイアモンド・ドッグズが。XOFが抑えていた彼の資産のことごとくを押さえ、抹消したことで。老人の封印は再びかたく施された。
そして彼らは生きる場所がそもそも違う。
別れを終えれば、その先の未来に続く道に重なることはないだろう。いや、ないほうがいいのだ。
そしてオセロットも、ここでついに天啓ともいうべき答えに至る手がかりを手に入れた。
旅立つ老人が、残る戦士達に最後に与えた知識の泉から溢れ出たひとしずくを手にしたおかげで。今のオセロットの目には力が戻ってこようとしている。
とにかく、こうしてまたひとつの別れがあり。
マザーベースから人が消えていった。
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海上にいると、四季の移り変わりにはどうしても鈍くなる。
春が「また来年」と旅立ちの準備を終え、遠くに夏の足音が迫る頃。
夜のマザーベース、そのプラットフォームの屋上のひとつに。巡回警備ではない2人の姿があった。
一人はオセロット。
そしてもう一人はビッグボス、スネークである。
いつものオセロットと違い、その後姿を見ればわかる。緊張しているのだ。
歩きを止め、無言の数分を過ごすとスネークはたまらず口を開いた。
「話がある、といっただろう。なんだ、オセロット?」
「――ボス」
それは聞いたことのないような、腹の底からとりだしてきたばかりの憎悪をにじませるこれまでにない彼の声だった。
「ビッグボス、あんたは俺に聞きたいことがあるんじゃないのか?」
神が触れることすら許さなかった禁断の実、それをこの夜。
山猫と蛇が、戯れるようにして枝から落ちるのを見守ろうとしていた。
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「……」
「今なら、俺はあんたにすべてを話す。あんたの疑問、聞きたかったこと、隠さずに教えてやる」
「……そうか」
「どうだ、ボス?」
「ない」
相手の返事にオセロットは大きく息を吸い。そしてもう一度いってくれ、と問い返した。
「ない。俺には、お前に教えてもらうことも。お前に聞くことも、なにもない」
「――ない、か」
オセロットは頭に手をやると、うつむき加減に低い声で笑い出した。
「なにもない。そうかい」
笑い声は次第に哄笑へボルテージを上げていくと、さらなる高まりを見せ。狂笑へと変化していった。
だが、スネークに変化はない。
オセロットの醜態を見ても、とがめなかったし。なにも口にもしなかった。ただ、その瞳はずっとオセロットを見つめ続けていた。
スネークにはわかっていた。
この男が今、出会ってからずっと隠していた仮面を投げ捨て。これからすべてをなげうって、なすべきことをなすために。これが必要な”儀式”なのだということを。
笑い声は、そのうち徐々に力を失い。ゆっくりと静かになっていく。
そして残ったのは、いつもの怜悧な山猫ではない。無残にも、長く何かから耐え続け、疲れきった男の哀れな姿だけがそこに現れていた。
「見事、見事だ――さすが、さすがはあの男の見込んだ男!ボス、俺達のビッグボス!」
「――オセロット」
「ここにいるビッグボスは偽者。あの噂は、未だにこのマザーベースに残っている。だが、部下達は誰一人としてそれを問題にしていない。しようと、思ってすらいない」
「……」
「だが危険な噂だった。信じるものが現れれば、それはすぐに伝播する。なのに毒はそこにあっても、あんたをまったく困らせることはできない。なぜなんだ、スネーク?」
縋るような目をしていた。
疲れきった男は、弱弱しかった。これがあのオセロットだというのだろうか。信じることができない。
「――ただの噂だ、オセロット。
俺が否定してもしょうがないことだ。信じたいやつがいれば、信じればいい。俺はただ、自分であろうとしただけだ」
「自分であろうとした――か」
発した言葉を追うように、なぞってそう口にしたその目には悲しさすら漂っていた。
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部屋に入ると、高ぶり以上のものから思わず口を開いていた。
「ボス……」
信じていたその日が、現実がそこにあった。
「驚いた。もう歩かれて……」
長い時間、眠り続けた彼の今の姿は見るも無残なものであったのは間違いない。
過ぎ去った時は、貴重な彼の生きる時間を無駄に奪い続け、なのに彼の思い描いた未来は9年前のまま。今も虚空を漂い続けている。
絶望させてはいけないと、ずっと思っていた。
そばで励まし、まだ時間は残っているのだと言い続けようと思っていた。
だが、男にはそんなものは必要なかった。
削りつくされた細い体が運動をやめると、息を吐き。そして口を開く。
それだけで、彼の準備ができていることを山猫は理解した。
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突然だった。
オセロットの目に力が戻ってきた。疲れ果て、ボロボロに見えたその姿が怒りの感情と共に山猫を無理やりに口腔内の牙を剥きだそうとしてきた。
オセロットは叫ぶ、力強く。
「スネーク!」
瞬時に跳ね上げられたコートの裾はめくれ上がり、ガンホルスターから愛用のピースメーカーを抜き放つと、その狙いをぴたりとビッグボスの額へと狙いをつけた。
これまであまり目にする機会のなかった見事な早撃ちモーション、見事な一挙動であった。
「蛇は一匹でいい!」
続いてカチリ、と音を立てて撃鉄をあげた。
指は震えることなく、銃爪にかけられている。
「ビッグボスは一人で十分だ!!」
そう叫ぶと、闇の中でオセロットはスネークと対峙した!!
続きは次回、最終章「OUTER HEAVEN(仮)」から。