美しい神様と神様に魅せられた人の話 作:えーちゃんは疲れている
「おい、進藤。お前、碁の勉強ってどうやってんの?」
「え...っと、アキ...じゃねぇ、あ...囲碁教室、白川先生のやってる囲碁教室とか、棋譜並べたりとか...まぁ、そんな感じ、ははっ」
院生の研修会が終わり、周囲はまだ検討をしている奴や早々に帰宅準備をしている奴もいたが俺は前者だ。特に今日は自分のポカミスで勝てたはずの一局が黒星に変わってしまい意識はその一局を並べ直す事に向けていた。その中で同じ一組である和谷が突然声をかけてくるから聞かれるままに碁会所で打っているライバルの名前が口から出てしまいそうになって、はっとした。やべぇ...と思った時には前々から考えていた白川先生の名前を出し、寸前の所で軌道修正できた。和谷の様子を伺うと何とか誤魔化せたようで胸を撫で下ろす。
以前から和谷が弟子入りしている師匠、森下茂男九段とアキラ...塔矢アキラの父親である塔矢行洋名人がライバル関係(正確には森下九段が一方的にライバル視してるらしーけど)であり、森下門下と塔矢門下の間には深い溝があるらしいという事は耳に入っていた(やっぱり森下門下が一方的にライバル視してるみてーだけど)。そんな和谷の前でアキラの名前なんか出したらめんどくせー事になるのはめーはくだったから出すのは止めておこうと決めたのは和谷が森下門下だと分かった瞬間からだった(つまりはほとんど初めから)。
いや、待てよ。白川先生も元を辿れば森下門下...俺も森下門下になんの?
それは、マジ勘弁だ。弟子入りしてないからセーフになんのかな。
なんて、若干失礼な事を考えていると和谷は何故か俺を見て溜め息をつくと碁盤を片付けている同じく一組上位の伊角さんの方を向いた。
「伊角さーん、やっぱり進藤も連れて行こーぜ」
「ん、あぁ...良いんじゃないか。勉強になるしな」
「えっ、ちょ...どこに行くんだよ。たく...ちょっとは俺の意見も聞けよな、和谷ーっ」
二人の会話についていけられない俺は慌てて間に入るが既に二人の間では決定事項になっているようで、まぁ...碁の勉強になるなら良いかと諦めて目の前の並べられた碁石を崩して碁笥へ入れ始めた。
アキラと碁会所で打ち始めてから残念ながら勝敗は7割くらいでアキラに軍配が上がる。やっぱりくやしーけど、アキラの方が碁にかける年月が長くて、凄く誠実だと思うから悔しいだけじゃなくて憧れてもいる。ついでに言うならそんなアキラの碁が俺は好きだった。ぜってー、本人には言わねーけどな。絶対嫌みを言うだろうから。
つまりは、アキラは俺の目標でアキラは俺のライバルでたぶん、アキラは認めないかもしれないけど碁で関わる初めての友達だ。
だからこそ、アキラに負け越すのは悔しくて俺は院生になった。
院生になったらなったらでやっぱり俺は井の中の蛙ってやつを思い知った。アキラ程の実力者はいないが通じる程の実力者ってのは沢山いるんだって事を知った。勿論、わくわくした。色んな碁が打てるんだって嬉しいのと早くアキラに通じる棋力が欲しいっていう焦りの二つで俺は今まで以上に碁にのめり込んでいった。
院生に入った後、二組から一組へ上がるのはすぐだったがその後一組の中と下を行ったり来たりする感じでなかなか上位へ食い込む事が出来ずに足踏みを踏んでいた時に声をかけてくれたのが目の前にいる和谷だった。後で聞いた話だけどやっぱり白川先生が森下門下の研究会で和谷に頼んでたらしい...何だかんだいって森下門下は面倒見のいい人が多いのかな、和谷は俺におすすめの詰碁だったり棋譜だったり、ときどき研究会に呼んでくれたりする(あれ、やっぱり俺は森下門下になるのか?)。
そのお陰か今までの努力の賜物か、一組の上位に食い込む事が出来た。
「おい、進藤っ。こっちだ、こっち」
「え、あ...わりぃ」
棋院を出た後、伊角さんと和谷とプロ試験の話をしながら目的の場所へと向かっていた(ちなみに、俺には説明なしのまま)。
物思いにふけっていたためか和谷の横を歩いていたつもりがいつの間にか距離があいていたようで、自分の名前を呼ぶ声にはっとして小走りで和谷を追った。
ここだという場所は小さなビルで窓には碁会所の文字。
「なんだぁ、碁会所かぁ~」
「なんだとは、何だよ。進藤ーっ、せっかく連れてきてやったのに」
俺のぼやきに和谷が突っ込んで伊角さんが頬をかいて苦笑いする。
まぁ、アキラの碁会所以外に行った事は今までなかったし、もっと言えばアキラ以外の奴と打った事もなかったから面白そーなのは面白そーだけどな。
俺がまず一番だとばかりに碁会所のドアを押すと和谷がぼやいたやつか仕切るなと声が聞こえたが笑ってスルーした。