美しい神様と神様に魅せられた人の話   作:えーちゃんは疲れている

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碁会所にて

 

「...です、宜しくお願いします」

 

黒板に書かれた自分の名前を重ねるように口にし、少しお辞儀した。何度も繰り返してきた一連の動作でも教卓に隠れた自分の脚は僅かに震えていて、やっぱり緊張していることを実感する。顔を上げて笑顔をつくるけど、つくってる時点できっと変な顔になっているんだろうなって思った。でも、クラスメートは歓迎してくれる雰囲気で自然に口元が緩んだ。先生が案内してくれた席に座るとすぐに隣の席の紅がかかった髪の可愛い女の子が迎えてくれた。

 

「私、藤崎あかり。あかりって呼んでね。教科書一緒にみよ?」

 

優しそうで可愛い女の子の隣になれて幸先がいい。ついでに席までくっつけてくれて足りない教科書まで見せてくれるみたいで嬉しい。

 

「ありがとう、あかりちゃん」

 

最初に感じていた緊張もあかりちゃんのお陰でとけて早く囲碁が打ちたくてたまらなかったのに現金なのかちょっと真面目に授業を受けなきゃって思うから不思議。

残念ながら、受けた授業はずいぶん前に終わっていた内容だったから問題を前に鉛筆の動きが止まっていたあかりちゃんにもしよかったらといって説明する時間になったけど。その辺は区立と私立の授業の進み具合が違うからかな。

後ろにいる佐為は後ろを振り向かないでも何でか嬉しげな顔で微笑んでくれている感じがして私はもっと嬉しくなって笑ってしまった。佐為がいるのに不安に思うことはなかったんだって...でも、次もきっと緊張しちゃうんだろうなって思った。上がり症な自分がうらめしいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でね、すっごく優しいの。今日も一緒に帰ろーって言ってくれたの」

 

通常であれば中年の良い大人しかいない碁会所に鈴の音が鳴るような可愛らしい声が響く。特に禁煙規定のないここでは煙草の煙でまみれているのが常であったが最近現れるようになった小さな碁打ちのために煙草を控える者が少なくなかった。勿論常連の中にはその状況に溜め息をつくものもいるが、マスターはむしろ店の中がヤニで汚されなくて良いよと笑っているようだ。

そして、小さな碁打ちの正面に座り話を聞いている、いや...碁を打っている河合も溜め息をつく者の一人であったのだが、今は煙草すらも口にくわえる余裕はなく盤面に釘付けになっている。もはや、小さな碁打ちの話は耳に入っていないようで、相槌を打つのはマスターとその妻だけのよう。

しばらくの長考後、河合は難しい顔をしながら頭を激しくかきながら頭を下げた。

 

「くそーっ、ねぇーな。ありません」

 

河合はすぐに検討とばかりに今まで打っていた盤面の石を崩すと、一手目から並べ始める。彼が持つのは黒石であり、重ねて告げると白石が石を置くまでに四隅に石を並べた。そして、小さな碁打ちは白石を持つとぱちんと小気味良い音を立てて先程の一局を再現し始めた。

それを見ているのはマスターとその妻だけでなく、河合と同じように難しい顔をして盤面を見つめる数名のギャラリー...とその中に優しげな笑みを浮かべて盤面を見つめる時代錯誤の服装をした者が一人。周囲はその特異性に不思議と気にした様子はない。ふと、麗人と呼ぶに相応しいその人が扇子で示した一手に小さな碁打ちが口元を小さな掌で隠した。隠したのは歓喜の笑みだろうか...ただでさえ美しい盤面が、芸術品へ昇華される瞬間に気づいたのはその場ではただ二人だけだった。

 

 

 

検討後、他の常連客と数局打ち終わると、小さな碁打ちは門限だと言って傷ひとつ見当たらない赤色のランドセルを背負い碁会所を後にした。その姿を常連客は見送りながら微笑ましいものを見る視線を送るがマスターと河合は内心冷や汗をかく。見かけはただの可愛らしい小学生でしかないが、その棋力は可愛いものではないと。同時に今後が楽しみだとも思う。これだけの棋力を持つ棋士がいれば今後の囲碁界も明るいのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 




久々に投稿しましたら、文章が今までにもましてえらい事になっています。
しばらくしたら、直すやもしれません。
コメントをくださった方々には感謝を。目を通して下さった方にも感謝を。

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