美しい神様と神様に魅せられた人の話   作:えーちゃんは疲れている

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さらっとした終局とストーカー予備軍の彼と彼女の場合

「...っ、ありません」

 

明るい髪色のまだ幼い少年が声に悔しさの色を滲ませて一時息をつく、そしてゆっくりと息を吐ききってから一呼吸おいた後、深々と頭を下げた。

頭を下げられた同じ年の頃の黒髪の少年も頭を下げ、互いの戦いの健闘に対して感謝の言葉を口にした。

二人の少年達の視線が再び交わった後に、始まったのは勝者が敗者をなじるような会話ではなく、お互いがお互いを認めあい互いを高めあう検討であった。

そこに優しげな青年も加わり、検討はよりいっそう深みと激しさを持ち...まだ、感情をコントロール出来ない少年達が声をあらげ、ぶつかり合ってしまうのも無理はなかった。

途中外野からの野次が飛ぶ__も、会話の中で明るい髪色の少年が告げた経験値に息をのんだ。真実か嘘かは対局を通して少年と、それを見守った青年が一番よく分かっていただろう...。

そして、相手をライバルだと認めた孤高の少年が口にした一言により、近くこの碁会所に訪れる子供の姿が増えることになる。

 

「進藤ヒカル...もしよかったら、僕と__」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーソナルコンピューターが一般家庭に普及したのはインターネットが広まった1990年代後半らしい。

しかしながら、私の家では父の仕事上の都合か一般家庭に普及するよりも早くその存在はあった。だが、やはり私がそれを使い始めたのはインターネットというものを学校の授業で習った後であり、使用し始めた時期は他と大差なかった。むしろ、当時は机の上の大半を占めるパソコンの存在を疎ましく思っていた。なぜなら、脚付きの碁盤を手に入れるまで卓上用のそれを使用しており使用場所は専ら密室となる自室でなければならなかったからだ。

私には誰もいない密室で一人...正確には二人と換算するのか一人とペット一匹(本人に知られれば激しい嘔気にさらされるだろう)と換算されるのか判断に困るところだが、何にしても私一人ではなかったため人目と人耳を避けるために場所はそこである必要があった。勿論、私以外にこの黒と白の世界を正確に理解できるものはこの家にはいなかったため、そこまで気を遣う必要はなかったのだが...一度大きな失敗をおかしてしまった身としては必要以上に心配しても過ぎるという事はなかった。父が精神科の医師でなかった事に今でも感謝している。

 

そして、今日も卓上に創造していた私の宇宙は美しくも恐ろしい神様の手によって宇宙の塵と化した__。

しかし、私はそれを悔しいとは少しも感じてはいない。私が創る宇宙よりも彼の手(正確にはどちらも私の手で創られているのだが、本質的には彼の思考により創られている)で創られる宇宙の方がより美しい事は盤上で宇宙を創る前から分かっている事で、彼とは他の家族の誰と過ごす時間よりもずっと長い時間を一緒に過ごしてきたが一度だって彼の宇宙が美しくない事はなかった。それは、私が一度も彼に碁で勝った事がないことを意味する。

私は一局を終えた後、彼の手で創りあげられた宇宙を眺めるのが何よりも...それこそ人の三大欲求を満たす事より(まだ、幼い私には性欲は元よりなりったが)好きだった。(きっと性欲の代わりに囲碁欲があったのだろう)

 

『さぁ、もう一局しましょう。次はちゃんと指導碁にしますから』

 

扇子で口元を隠した彼は目だけで優しげに微笑みながらもどこか茶目っ気のある口調で次をねだった。

ペットを飼うならば最初が肝心、特に犬を飼うならばどちらが主人で上位のものなのかをはっきりさせてしつける必要があるのだと聞いた事がある、が...私の場合、彼をペットと称するのであれば既に手遅れだろう。

彼は私にとってペットだが同時に父親であり兄であり、母であり、姉・弟であり...私だけの神様だった。彼が望むのであれば、私は私が出来る範囲の事であれば喜んで行動するしかない。それは、強制ではなく自主的に。

私は彼の言葉に応え、次の一局の為に美しい宇宙を崩した。

 

そう言えば...そこでふと部屋を見回してそろそろ掃除をしなければいけないと思った。今部屋に父が入って来る事があれば、精神科の医師でなくとも一発でアウトだろう。

碁石を碁器の中に入れる前に足元に落ちている、否...彼の為に広げ並べられた新聞紙の一枚を拾う。日付から今より数年前の物であることが分かり、日付が分かれば色褪せた写真や文字からより歳月を感じてしまう。お目当ては写真や文字ではなく、棋譜であるため関係はないが...。

 

「そろそろ、これ片付けてもいい?新しいのはまた...貰ってくるから」

 

私の言葉に彼は開いた扇子を閉じて満足げに頷く。音は聞こえない、というよりも存在しないはずであるが私には扇子を閉じる音が聞こえる気がするから不思議だ。不思議と表現すると彼の存在自体が摩訶不思議なのだけど。

 

『はい、ここにあるものは全て覚えましたから』

 

次の休日はこの部屋を掃除する事で消化される事が決まった。隙間なく壁一面に貼られた新聞紙と床一面に置かれた新聞紙や詰碁、本の一部...全て塔矢行洋に関するものばかりだ。何も知らない人が見れば塔矢行洋のストーカーをしているのではないかと疑われてしまいそうだ。あいにく、彼は渋すぎる年配男性であり私の異性の趣味としては許容範囲を大きく越えているためそのような疑いを持たれるのは心外なのだけど。

美しい美しい神様は今は塔矢行洋に大きな興味を持っているらしい。

私に出来る事といえば、こうして貢ぎ物と称する興味の対象についての情報を働き蟻の如く献上する事だけだ...勿論、今は__と言葉が続くが。

 




タイトル通りです。2,3日終局まで色々考えては見たもののやっぱりどうにもならなかったです。分かってはいたものの。
皆さんの有限な時間を無駄にさせてしまっていましたら、すみません。させてしまう...なんて、なんて自信過剰だって感じですが。

お気に入りに入れて下さった方や文章にならない文章に目を通して下さった方々には感謝しかありません。
本当にありがとうございます。

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