美しい神様と神様に魅せられた人の話   作:えーちゃんは疲れている

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過保護な人と渦中の彼等の場合

「こんにっちはー、アキラいる?」

 

手合いのない日で土日はだいたい、アキラが学校に行っている午前中は同期と研究会を、アキラがいる午後からはアキラと対局する。それが、俺のルーティーンだ。お前はどれだけアキラが好きなんだよって言われちゃいそうなんだけど、塔矢門下ではアキラと年が一番近いのは俺だから気安いのもあって、やっぱりアキラをかまってしまう。それに、アキラは素直で可愛いしなぁ。緒方さんにもそれを見習って欲しいよ...本当に。

...断じてアキラ以外の兄弟子にうざがられているからが理由じゃないし、緒方さんにかまわれるのが嫌だからじゃない。これは俺の名誉のために言っておく。

 

今日はこの間の大手合いの時の検討もしたいな、なんて思いながら来馴れた碁会所の自動ドアをくぐった所で中の雰囲気が変な緊迫感に包まれているのを肌で感じた。あれっと思い、首をかしげながら受付の河原さんに内緒話をするように口許を手で隠して少し彼女に近づいて聞く。

 

「 それが...アキラくんが今、外部の子と対局してるんだけど...」

 

それに納得した。

たまにアキラをやっかんだ...まぁ、多くは子どもの可愛い嫉妬心からだと思うけど、でアキラとの対局を臨む子どもが時々ここに来るという事があった。勿論、今までの奴等はアキラに ぼっこぼこにされてほとんど泣きながらここを後にしている...というのはここの常連客の談だ。少しは話をもっているだろうが。

今日の子はどうだろうか...。

常々俺はアキラには向上心はあっても闘争心は欠けていると思っている。それは俺や緒方さん、塔矢先生にだってアキラに火をつけてやる事は出来ない。

願わくば、今日の子がアキラに闘争心の火をつけてくれるような子であるといい...可能性は限りなく低いんだけどねぇ。

俺だって3回に1回は負ける事があるし...あはは。

 

状況を教えてくれた河原さんに感謝の言葉を言った後、俺はギャラリーに包まれた奥の席に向かった。

 

『あっ、芦原さんっ...』

 

常連客の何人かが俺に気づいたようで碁盤を囲んでいたギャラリーの一角の一部、俺が入れるだけのスペースを開けてくれた。盤面を眺めるとその戦況に俺は少し驚いて、自然と口許を緩めた。

アキラとほぼ互角...いや、アキラが少しいいか。

相手の子は要所要所はきちんと打てているものの、所々で子ども特有の甘い手がどうしても顔を見せる。アキラはアキラでそこを上手に攻めれている...が、それをなかなか上手く受けている彼もそれはそれで称賛に価するだろう。

だが、右下隅の攻防...彼は手を抜いて先に打ち込み乱戦を狙ったのだろうがそんな手、アキラは受けないよ。手拍子で打つと思ったのかな?

アキラは黒石の切断を狙って二間飛んでいた黒の間に割り込む。うん、良い手だ。黒としてはここを分断されてしまったら痛い。だから、本当なら補強をしてから打ち込みしたかった所だった。さて、明るい髪色の少年はこれからどうするのか。小さくそこで生かされても白の壁が出来てしまっては先ほど打ち込んだ黒が弱くなってしまう。だから黒としては面白くない。かといって、ここが死んでしまってはお話にならない。

よく攻めたなアキラ。

...やっぱり、こんな時に俺は塔矢門下なんだなって思ってしまう。

アキラに闘争心を植え付けるようや奴が現れて欲しいと確かに思う。だが、同時にアキラには迷うことなく真っ直ぐに前だけを見て勝ち続けて欲しいと...アキラには負けて欲しくないと思ってしまう。

まぁ、とりあえず...ギャラリーはこれからの戦局を黙って見守ろう。

頑張れよ、アキラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっちまった...っ、焦った。

先に右下隅を生かしきってから打ち込まなきゃいけなかったんだっ!!

これじゃ、黒は責め立てられて例え外に逃げだしても責められながら白に地を稼がれちまう。ここで小さく生かされても外に白の壁が出来ちまってさっき打ち込んだ黒が弱くなる...っ、やっぱ、塔矢はすげぇな。つえぇよ。

この状況を生んだのは焦って俺が手を抜いて打ち込んだのが原因なんだけど...塔矢はつえぇし、おもしれぇ。次に塔矢はどんな風に打ってくるんだろうってワクワクするぜ。もっと、俺に棋力があれば塔矢ももっと面白かっただろうになぁ。わりぃな、塔矢...でも、諦めないぜ。まだまだ、これからだっ。

 

 

 

 

 

進藤ヒカル...僕の一手に対してよく読んで食らい付いてくる。棋力としては僕が考えていた以上。これまで打ってきた同年代としては一番強いのではないかと思う...だが、時折顔を覗かせる甘い手は年相応の思慮を思わせる。

先ほどの打ち込みもそうだ...アマレベルの子どもなら、手拍子で受けてしまいそうだけど...それが僕にも通用すると思っているなら甘い。

僕の責めに対して彼は戦意喪失しただろうかと盤面から一瞬彼の方へ視線を反らす。しかし、彼の顔に浮かんでいるのはこの碁を楽しんでいるような笑みだけだった。

それに僕は嬉しくなって口端を吊り上げる...初めてかもしれない。対局自体を楽しく思うのは。相手がどう打ってくるのか、それを考えるだけでわくわくするなんて。

今までの碁は良い碁を打てば父が誉めてくれる、それが嬉しかった。その経過がどうあれ、結果が得られる事が嬉しかった。でも、彼との碁は違う結果はないのに過程が楽しい。初めての事だ。

初めてだ...誰かに『負けたくない』なんて思うのは。

だから、今日は必ず勝つ。

...そして、初めて碁が面白いと思わせてくれた君とこれからも碁を打っていきたい。

 

 




結局終局まで書ききれなかった。

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