と言う訳で、お話の続きです。
「オイラが、ふたり……」
茫然自失の態にあった俺を我に返らせたのは、そんなムール君の呟きだった。
「やはり驚くか。もう説明はされていると思うが、モシャスという変身呪文だ」
細部まで模写してる辺り、この呪文は本当に凄いものだと思う。
(同時にプライバシーとか全力で破壊する呪文でもあるけどさ)
メジャーさえ手元に有れば、スリーサイズなんて簡単に知ることが出来るし、女性にとっては絶対知られたくないであろう体重だって秤が有れば調べられるのだ。
(呪文も使い手次第って事なんだろうなぁ)
本来なら敵や仲間の能力を写し取って戦闘に役立てる目的の呪文だが、以前俺が海の魔物の姿を写し取って渡海した様なアレンジも出来る一方で、成り済ましによる犯罪行為だってやろうと思えば出来る。
(高度な呪文で使用可能な人間が少ない事が救いかな。使えるのは元バニーさん、サラ、クシナタ隊のお姉さんが何人かくらいの筈だし――)
少なくとも会得してる人物に悪用しそうな人物はいない。
(と言うか、そもそも俺が知ってる人って一度はパーティー組んだ事のある人しかいないもんなぁ)
そんな人達が呪文を悪用する筈がないのだ。
(うん。悪用する人なんて居なかった。スから始まってレで終わるマイペース系フリーダム女賢者のことがちょっと引っかかったとか、そんなことはなかった)
昔、きんのネックレスを俺に装備させようとしたクシナタ隊のお姉さんって魔法使いだったっけとか、そんなことも思い出していない。
(将来への漠然とした不安より、今はこっちだ)
頭を振り、手にしたモノを見る。ムール君のぱんつだ。
(いや、パンティとかショーツとか呼ぶべきかな? ベースは女性用のモノなんだし……って、んな事考えてる場合じゃない!)
ふいに生じた疑問を蹴り飛ばし、両手を使って下着を広げた。
(うん、基本構造は女性用のと同じかぁ。早く履いちゃわないと)
何かのはずみで女性陣の目に触れたらセクハラだし、お腹を冷やしてしまう恐れだってある。女性の下着のつけ方を既に知ってる事については、男としてちょっと悲しくなったが、今は堪える時だ。
(まず、足を通して……この袋の部分は最後に調整すればいいかな)
慣れない下着だが、ムール君を呼んでつけ方を教えて貰う訳にはいかない。双方に精神的ダメージを与えるようなことをして喜ぶ趣味は持ち合わせていないし、カナメさんの説明の邪魔もしたくなかった。
「……ふぅ、何とかはなったな」
履いた感覚に違和感を覚えるが、多分時間が解決してくれるだろう。
(一回のモシャスの効果時間内で全て伝授出来れば良いけど……割と優秀だったクシナタ隊のお姉さん達ですら結構かかった訳だし)
イシスの時は弄ばれたというか着せ替え人形にされたものの、伝授のため下着姿になるのは必須。着慣れない俺が下着を身につけるより着せられたりレクチャーされつつ着た方が早かったから、むしろあの時の着せ替えは着替え時間の短縮になっていた気すらする。
「カナメ、説明は?」
「一応は終わったわ」
「はい、伺いました。……それにしても、目の前で変身なされたのでマイ・ロードなのは解りますが、違和感が」
「ああ、言いたいことは解る」
今の俺は姿だけでなく声色もそのままムール君なのだ。
(声帯もモシャスでムール君のモノになっているからなんだけど、それって第三者から見ればまるっきりムール君ってことだもんなぁ)
にもかかわらず、口調は俺、立ち振る舞いも俺なら違和感を覚えても仕方ない。
「つまり……これなら違和感ないかな? どう、オイラ変?」
故に、今までの言動から出来うる限りムール君に立ち振る舞いを似せつつ首を傾げてみた。
「え」
「ま、マイ・ロード?」
きっと効果は上々だったのだと思う。ムール君は固まり、トロワは信じられないモノを見たと言った表情をしたのだから。
「掴みは上々みたいだね。オイラが伝授するものの内の一つは人型の魔物の行動を写し取って会得したモノなんだ。だから、こういう形態模写はある意味お手の物なんだよ」
「流石スー様と納得するべきか、ちょっと迷う所ね」
言わんとすることは解りますが、見逃してくださいカナメさん。このモノマネ、若干の現実逃避も含んでるんですから。
「えーっと、それはそれとして……モシャスの効果時間にも限りがあるから、伝授の方早速始めたいなと思うんだけど、準備はいい?」
「や、こっちは良いというか、寧ろそっちの方が問題というか……女の人ばっかりだけどさ、これ、つけてくれない?」
問う俺を見てムール君は何とも言えない顔をしつつ、荷物から何かを取り出して俺へ差し出してきた。
「あー、そっか」
ムール君の手にあったのは、上半身用の下着。
「あと、そのモノマネも止めて欲しい……かな?」
「……そうか。割と自信はあったのだが」
当人が嫌なら仕方ない。
「自信あるとか、出来がどうとかじゃないから!」
「ふむ、覚えておこう」
「その言い方、絶対に解ってないよね?」
食ってかかるムール君とまるでコントのようなやりとりに応じる俺。だが、これには現実逃避以外にも意味はあるのだ。
「まぁ、それはそれとしてだ……その分なら今度こそ伝授を初めても問題なさそうだな?」
流れるように上半身用の下着を装着し、俺は構えをとる。良い具合にムール君も自然体になっていた。
(変な気負いもない)
だから、ふざけるのはここまで。
「まずは人が一つの動作をする間に二の動作を行う動きから教える。この身体は今、お前の身体と同じだ。動きを見て盗め。これが身に付けばお前の世界は確実に変わる」
やっぱり気になる股間の感覚を出来る限り無視し、俺は存在しない敵に向けて攻撃を仕掛けた。
主人公とムール、漫才する。
次回、第九十二話「スー様の優しいレッスン(いみしん)」
果たしてムール君は一人前になれるのか?
あれ? 何か違うっぽい?