強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第八十八話「まだ終わらない」

「何か」

 

 現状打破のきっかけはないかと、まず周囲を見回す。

 

(トロワに口止め、はないな)

 

 今更動いたところで、既にトロワののろけは野次馬さん達にすら聞かれているし、寧ろ近寄れば俺が注目を集めて逆効果になる。

 

(……って、さっき断念したばっかりだし。なら、どうする?)

 

 目撃者を消す、何てのはない。

 

(犯罪に走ってどうする? と言うか、目撃ってのもおかしいし)

 

 せめて、傍聴者とかだろう。動揺してるのか日本語的にも今のはおかしかった。

 

(なら、トロワの話が吹っ飛ぶようなインパクト絶大なこと……なんて急に言われても思いつかないし)

 

 冗談抜きで、いっそ逃げ出すか。

 

(トロワは俺の側にいるという誓いがある。俺が移動すれば着いてくるだろうし)

 

 今日の宿は手配しておかなくてはならない。

 

(うん、もうきっぱりバハラタに金輪際立ち寄ることを諦めるなら、いける)

 

 そう、出発まで宿に引きこもれば良いのだ。

 

(情報収集と補給はクシナタ隊のお姉さんにやって貰って、俺はムールくんにつきっきりで奥義伝授。短期間で身に付くとは思えないし、相応に時間はかかるだろうからなぁ)

 

 かつ、伝授は俺にしかできない。

 

(ゲームで言うところの一ターン二回行動ならクシナタ隊に継承者が複数居るからモシャスの呪文さえ使えれば俺じゃなくても伝授は出来るけど)

 

 教えるのの上手さには個人差があるだろうし、伝授経験だけなら俺がぶっちぎりで多い。

 

(それ は あの いしすのよるのあくむ が あるから なんですけどね。ぐふっ)

 

 思い出すと精神的にダメージがきた。何故心の傷を剔った、自分。

 

(ダメージ受けてる場合じゃない。止められないなら、引きこもらなきゃ)

 

 胸中で呟いた独り言は、まるっきり駄目人間の台詞に聞こえるかも知れないが、これも編み出した奥義を人に伝え活かすため。

 

「宿を手配してくる」

 

 トロワの名は呼ばず、行動だけを告げて歩き出す。少しでも注目を浴びないようにするため。

 

「ま、マイ・ロード? すみません、スミレさん。お話の続きは後で」

 

「マイ・ロード? じゃああの男があっちのべっぴんさんの祓魔師」

 

 もっともトロワが俺を呼んだことで、こっちの配慮なんて消し飛んじゃいましたけどね、ちくせう。

 

「ムール、カナメ、着いてこい」

 

「あ、うん」

 

「わかったぴょん」

 

 ええい、ここまで来たら毒を喰らわば皿までだ。ムール君とカナメさんにも声をかけ、引きこもりメンバーに同行を願った。

 

(これでいい、これで引きこもれる)

 

 宿に着く前だからムール君も荷物は所持している。伝授の時に必要になる下着だって持ってるだろう。

 

(トロワ、多分部屋までついてくるだろうからなぁ)

 

 下着無しでの伝授は、ムール君に男の人のものもついてるので、洒落にならない絵面になってしまう。

 

(イシスの時だって男としての裸は見せなかったのに)

 

 まして、今のトロワはきれいなトロワだ。

 

(旧トロワだったらガン見しても驚かないけどさぁ)

 

 それに、二人っきりは不安だろうとカナメさんまでもう呼んでしまっている。

 

(うん、下着は必須だな)

 

 で、引きこもっての伝授中に色々話もしよう。スミレさんに変な情報漏らさないように、とか。

 

(そこでトロワに釘を刺しとけば、「お話の続き」とやらでも変なことは話さないだろうし)

 

 いける、これなら行ける。

 

(まず、部屋を取って荷物を置いたら部屋にすぐ来るように言って……)

 

 一番心配なトロワは一緒だろうから問題ない。

 

(ムール君には荷物を置きに行く時、下着を持ってくるよう言っておけば――)

 

 カナメさんは伝授初めてのムール君にレクチャーする要員だから伝えておくことも予定を前倒しにすることぐらいか。

 

(念のため宿はいつもと違うところにするとして)

 

 おおよそ完璧だと思った。

 

「ねーねー、スー様。あたしちゃんはついて行かなくても大丈夫だった?」

 

「ああ。スミレには残った皆とここ数日の勇者一行についての情報を集めて貰えるか?」

 

 最後に歩き始めた俺を見て呼んでもいないのに追いかけてきたスミレさんに仕事をお願いして、引きこもりの為の策は完成する。

 

「本当は旅先で使った品の補給も頼みたいが、同行してないお前に頼む訳にもいかんからな。そして、本格的に荷物を確認して足りないモノをリストアップするには落ち着けて荷物を広げられる場所が要る」

 

 宿を取りに行きつつ何人か呼んだ理由も、これなら説明は付くはず。

 

(これ以上はやらせない)

 

 意地だった、町中で敗北を喫した俺の。

 

(トロワののろけで充分なだけの弄りの種は手に入れた筈だろ)

 

 だから退けと、意思を込めてスミレさんを見る。納得させるだけの理由は作ったが、スミレさんは一応賢者、目聡いところがある。

 

(見透かされてるぐらいの気持ちで臨んで丁度良い)

 

 意思を瞳に込めてどれだけお見合いしたことだろうか。

 

「んー、じゃあ仕方ないか。またね、スー様」

 

 ひらり手を振ると、くるりと背を向けてスミレさんは去って行き。

 

(ふぅ……見逃されたのか、それとも勝てたのか)

 

 俺は胸をなで下ろしつつ、一度だけ振り返ると再び宿のある方角へと歩き始めたのだった。

 

 




スミレさんは強敵でした。

次回、第八十九話「予備の下着は忘れるな! 忘れたら、どうなっても知らんぞー!」

いよいよ奥義の伝授が出来る……かなぁ?

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