「そろそろ陸地が見える。もっとも、端から見れば海岸沿いは絶壁で険しい山の一部だ。本来なら上陸は無理そうにも見えるが、近くに火山があるせいか、この辺りの絶壁には幾つかの洞窟がある」
オッサン曰く、それは地元の人間でもごく限られた人間のみが知る抜け道であったらしい。
(なるほどなぁ)
原作には全く登場しない洞窟だが、オッサンが嘘をついているとは思わない。町や村も辻褄が合うように規模が大きくなっているのだ、この世界に暮らす人がショートカットされては困るとか、容量的にダンジョンを置けないといった原作を作る側の理由にあわせて行動範囲を狭められる理由はないのだから。
(知らないダンジョンとか村があったとしたって不思議はないし、実際魔物の家とか原作にない集落を見つけたことだってあった訳で)
一つ、知らない洞窟があったことを教えられたとしても今更である。
「なくなった鍵は、村の地下から続く通路とこの洞窟の境を封鎖する鉄格子の鍵でもあった。故郷を捨てた日、村の者達はその洞窟を通り海に出たのだ。北のアッサラームに向かった者、東のバハラタに向かった者、南下してランシールに辿り着いた者も居る。当初、私の旅は鍵の持ち主を捜すだけでなく、妻とは他の同郷の人々のその後を確認する旅でもあった」
「そうか……それであの時ランシールに」
バハラタに赴いたのは、俺の紹介でクシナタ隊のお姉さんに会いに行くためだったろうが、オッサンにとってのバハラタ訪問は他の意味も持っていたのだろう。
「左様。目的にどんな扉でも開けてしまう鍵の探索が加わったのは、持ち主と共に本来の鍵の行方が解らなくなった後のこと。『どんな扉でも開けてしまう鍵』の噂を聞いた時は眉唾物だと思ったが」
「噂でも話がある分元の鍵を探すよりマシだったと言うことか」
広いこの世界、ノーヒントで行方不明になった鍵を探すか小耳に挟んだ万能鍵の噂を追うかと問われたら、俺でも眉唾な噂の方を選ぶ気がする。
「ただのほら話にしては断片的であっても鍵の情報を持っている者が多く、最初は妻と同郷の者の元を訪ねるついでであったものの」
「事実、どんな扉でも開けてしまう『さいごのかぎ』は存在するからな」
このオッサンに先を越されなくて良かったと思う反面、他にも鍵に目を付けた者が居るんじゃないかという危惧が頭をもたげる。
(うーむ、一応鍵を手に入れるにはエジンベアの通せんぼをする兵士を何とかした上でパズルを解いて手に入れる『かわきのつぼ』が必須な訳だけど)
俺の記憶が確かなら、ランシールにはかわきのつぼの存在と在処まで知っている人間が居たはずだ。
(オッサンが目的を果たせたら、さいごのかぎの方も確保に動かないとな)
うろ覚えだが、アレフガルドで勇者一行に鍵を見せられたことで、その鍵の再現を試みようとした人が現れたことがきっかけで、続編で使い捨てながら鍵のかかった扉などを開けられる鍵が開発され売られることになった気がするのだ。
(その続編のラスボス、もう誕生しない気もするけどね)
義母が少々アレであるものの、養い親が存在するこの世界で竜の女王の子が魔物を率い人間に敵対するような子に育つとは思えない。
(その辺の流れを改変してしまった人間の責任として後世のための対策はしておかないと行けないかも知れないけど)
鍵の確保もその一つだ。
(まぁ、その前に未知の洞窟踏破かな)
オッサンの説明を聞いている間も船は進み、行く手を遮るように聳える絶壁が、視界へ徐々に見え始めていた。
「見えた、あの崖にあいた左手の一番大きな洞窟だ。海水が浸食して入り口は船のまま入れるが、入れるのは入り口から少し行ったところまで。その先は上陸して進むより他にない。おそらく魔物も入り込んで居る筈だ」
「バラモスの城との距離を考えるとまずそうだろうな」
オッサンの推測にあり得る話と頷けば、オッサンは上陸後船には引き返して貰うと告げた。
「接岸したまま待機すれば洞窟内の魔物が乗り込んで来よう。それに、船で入れる入り口はここだけだが、この洞窟には他にも出入り口がある。幾つかは絶壁の途中に突き出た出っ張りのような行き止まりに繋がっているだけだが、キメラの翼を使えば、そこから帰還することも可能」
「加えてこちらにはルーラの呪文の使い手もいる。船を帰してしまっても問題はない、か」
更に俺が忍び足で先導し斥候も兼ねれば、魔物との遭遇も減らせるだろう。
「概ね問題はなさそうに思えるな。魔物の種類によっては」
場所柄を考えると、魔物の強さは近くにある他のダンジョンと同じか、それより弱いぐらいだとは思うが、あくまでこれは俺の推測。
(軽く見て失敗する訳にはいかないもんな。まったく未知の洞窟なんだし、
こういう時は常に最悪を考えて行動すべきだ。前情報がないなら尚更でもある。
「提案がある。船を帰す前に一度、俺だ……俺とトロワで偵察をさせてくれ。ここはバラモスの居城からそれ程離れていない。俺単独ならともかく、同行者を守りながら戦うには厳しい魔物が棲息していると出発した後で知ることになっては目も当てられない」
オッサンへそう申し出つつ、俺はいつかの宣言通りきっちり隣にいる変態娘を横目で見る。途中でトロワを付け加えたのは、絶対ついてくると言い出すであろうことと、もう一つ、二人だけで内密の話がしたかったからだ。
(元バラモス軍の軍師だったわけだしな、こいつ)
変態だったりマザコンだったりはするが、聞いてみて損はないと思う。
「すまぬ。呪文の使い手を紹介して貰った上に」
「気にするな。俺としてはやれる人間がやるべき事をやった方が良いと思ったまでだからな」
せめて道案内をすると申し出たオッサンに人数が増えると見つかりやすくなると同行をお断りすると。
「ゆくぞ、トロワ」
「はい、マイ・ロード」
船を下り、俺達は洞窟の土を踏むのだった。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしますね?
次回、第八話「知らない天井」
洞窟でルーラすると天井に頭をぶつけたって出るので、洞窟でも天井ではあると思うのです。