強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第八十三話「出会いあれば、別れもまた」

「これでよろしいですね?」

 

 やっぱり天才だったとでも言えばいいのか、始まったじーさんの説明をたちどころに理解したトロワは触手もとい吸水用の管の一本をあっさり固定して見せたのだ。

 

「う、うむ。しかし、本当になんと言えばいいのかのぅ……ワシは井の中の蛙だったようじゃ」

 

 幽霊のじーさんがひきつった顔をするが、無理もない。

 

(と言うか、トロワがこっちに付いてくれて本当に良かった)

 

 母親であるおばちゃんことアンさんも色々油断出来ない所はあったが、あの親にしてこの娘有りと言うことなのか。

 

(才能のベクトルは別方向のような気もするけど、敵対したままだったらどうなっていたことか)

 

 たぶん作成したアイテムが脅威として俺達に立ち塞がっていたと思う。アリアハンで俺がゾーマに敗北を喫したあの時のように。

 

(そう言う意味で、ゾーマ軍に居るトロワの兄弟の事とかが気になるけど)

 

 アレフガルドのことはおばちゃんとシャルロット達に任せてある。

 

(だいたい、全て人任せで良いかとか考えるよりも前に――)

 

 すべき事が、俺にはあった。

 

「トロワ、少し離れていろ」

 

 設備を固定するのは良い。だが、固定すると言うことは固定される設備を別の何かを作業終了までその場に押しとどめて置かねばならず。

 

(数時間ならロープでも充分)

 

 荷物から取り出したロープを俺は設備の上部に引っかけ、ロープを握らぬ手で祭壇の一部を掴む。壁にはロープを駆ける場所が予め存在したのだ、じーさん曰く配管をメンテナンスする時に使うモノとのことだが。

 

「ぬううっ」

 

「マイ・ロード!」

 

「っ、来るな。ふ、些少重いがこの程度っ」

 

 何とかなると言う確信が俺にはあった。

 

「それより、ロープを頼む。あの吊り下げ用の出っ張りにロープでつるし上げられればっ、こうして、持ち上げる必要も、なくなるのだから、なっ」

 

「っ、わかり……ました」

 

「頼む、な」

 

 片手で支えてもう一方の手でロープを引っかけるのも不可能ではないのだが、流石に効率が悪い。

 

(言えないよなぁ、見栄を張って全部自分でやるつもりでいたものの、声をかけられてトロワに手伝って貰った方が早いことに気づいたとか)

 

 よたよたとそれでも着実に前方へ空いた大穴へと設備を担いだ俺は歩み寄る。

 

(足止めの仕掛けに使った分、ここで使えるロープはそんなにないんだよな)

 

 だから、ロープを節約するには穴の向こうの壁に出来るだけ近寄る必要があったのだ。

 

「固定器具を壁に刺せば即席の足場にはなる、か」

 

 視界に入るのは練習として再起程トロワが固定した吸水用の管ではなく、先代の設備を支えていたであろう固定器具の生き残り。

 

(足場にしたら折れて真っ逆さまってのが定番だけど)

 

 片足を穴の上に置く形になれば設備から出っ張りまでの距離は縮まる。

 

(うーん、悩ましい)

 

 見たところ大丈夫そうに見える辺りタチが悪い。

 

(落下したとしても下は川、即死と言うことは無いと思うけど、登って戻ってくるのは絶望的だろうし)

 

 今日中にこの村を後にすることも出来なくなるだろう。

 

(……うん、やっぱりここは安全第一で行くか)

 

 冒険はせず、上も見ない。

 

「トロワ、どうだ?」

 

 下を向いたまま、俺は固定器具を足場に壁を登っているであろうトロワへ問う。

 

「申し訳ありません、もう少しお待ち下さい」

 

 上から降ってくる申し訳なさそうな声に釣られてはいけない。上を見てはいけない。ローブ姿でで壁に取りついたトロワを下から見上げたらどんな光景が広がってるか何てわざわざ考えるまでもなかった。

 

「いや、謝る必要はない。それよりも足下に気をつけろ」

 

「はい」

 

 足下に気をつけなきゃ行けないのは俺もなのだが、こちらは身の軽さが売りの盗賊。

 

(ロープがもっと長ければ、こいつを置いて一人で全部やれるんだけどな)

 

 背中の荷に愚痴や恨み言を言っても事態が好転しないことぐらい解っている。

 

「すまんのぅ。ワシに物が持てれば良かったのじゃが」

 

「気にするな。貰った助言が無ければこいつも完成にこぎ着けられなかった。それに、な」

 

 いつもなら肩でもすくめていたところだが、敢えて逸れはせず視線を後方に流す。

 

「おーい」

 

 入り口の方から声がしたのはその直後。

 

「ムール、か」

 

 安全第一と決めた辺りで気配を感じていた俺に驚きはなく。

 

「うん。あっちは他の人がいれば大丈夫だし、こっちは二人じゃ大変かなって。手伝えること、ある?」 

 

 ムール君の申し出はまさに渡りに船だった。

 

「ああ。トロワと交代して貰えるか? トロワ、ロープがかけられたら降りてきてムールに説明を頼む」

 

 トロワの手が空いたなら、固定器具で壁に近寄る足場を作ってもらうことだって出来る。

 

「……ようやく固定が終わったな」

 

 それから、暫し。三人になったことで効率も上がったからだと思う。大きなアクシデントもなく新しい浄化施設は壁に固定され。

 

「お前さん達には本当に世話になったのぅ。後はこいつを起動させれば、僅かに残ったくさったしたいやがいこつ剣士達も元の骸に戻り、安らかに眠れるじゃろう」

 

「そうか。ではこれでお別れだな……トロワ」

 

「はい」

 

 視線をじーさんからトロワへと向ければ、紫ローブの袖から覗いた手が、指先が、設備の祭壇部分に触れれば、生じた輝きを帯びながら流れ出した水が、受け皿の様な場所を経て、配水用の溝に流れ込む。

 

「おおっ、これじゃ。この」

 

「どうし」

 

 不意にじーさんの声が途切れ振り返った俺が見たのは、満足そうな笑みでぼやけて行くじーさんの姿だった。

 




さらばエロッジ、安らかに。

次回、第八十四話「誓いと別れと」



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