強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第八十話「そして、俺は――」

「あれは、分岐点か」

 

 両脇に死者が納められていたであろう空の溝が開けられた壁の間を駆け、ようやく正面に見えてきた壁は、残り半分まで来たことを意味していた。

 

(待たされることなく魔物がやって来たし、あまり時間はかかっていないと思うけど)

 

 じーさんとトロワだけを残してきたことが気にかかる。

 

(大丈夫だよな?)

 

 問いの形の独り言を胸中で漏らしつつ、突き当たりは右に。

 

(……トロワの気配はそのまま)

 

 気配なんて分かっても仕方なく、重要なのはもっと詳細な情報。

 

(落ち着け、時間はそんなにかからない。だからこそ、気にすべきは周囲。「ようやく通気口の部屋まで戻ってきたものの、気が逸って注意力が散漫になり躓いて転倒、これにトロワを巻き込む」なんてのが一番拙い)

 

 この身体の身体能力と盗賊という職業を考えれば、足を取られてすっ転ぶなんて醜態を見せるとは思いづらいが、あって欲しくもない逆奇跡(ミラクル)を俺は何度も見てきた。注意しすぎぐらいが丁度良い筈だ。

 

(掘り出した材料は入り口の脇、踏んで転ぶ可能性は少ないが足下は特に警戒して)

 

 作業用に明かりがあるからだろうやがて前方が明るくなり。

 

「すまん、待た」

 

「おお、帰って来おった。の、ワシの言う通りじゃろ?」

 

 部屋に踏み込むなりこちらを見たじーさんは、まるで来るのが解りきっていたかのような態度で傍らのトロワに話しかける。

 

「お帰りなさいませ、マイ・ロード」

 

「あ、ああ。ただいま」

 

 そんなじーさんへの返事より俺の出迎えを優先してくれる辺り、トロワはトロワで。

 

(この様子だと俺が勘ぐりすぎただけ、かな)

 

 俺が戻ってくるタイミングをじーさんが認識していた様なのは気になるけれど。

 

(そんな事より、席を外した分の遅れを取り戻さないとな)

 

 今日中に終わるとじーさんは言うが、この地を去るのが早くなるに越したことはない。

 

「発掘に戻ろう。遅れは取り返す」

 

 俺はすぐさま作業を再開すべく金貨の刺さった場所の元へ向かおうとし。

 

「本当にすまんのぅ。しかし、あの本じゃが」

 

「え゛」

 

 じーさんが投げた一言に固まった。

 

「ワシは幽霊じゃからのぅ、壁なんかも抜けられるんじゃよ。そうしたらお前さんの目的地まではあっという間……まぁ、一部始終は見させて貰った訳じゃな」

 

 ちょ。

 

(なん、ですと? じゃあ、魔物消しに言ったのもばれてて……あ、本に言及するってことはそう言うことか)

 

 つーか、見てたなら本とか言うな。トロワに聞こえるだろうが。

 

「ただ、すり抜けることは出来ても物には触れられんじゃろ? じゃが、急いでこっちに戻ろうとしておった様じゃし、呼び止めるのも気が咎めてのぅ」

 

 いいよ、こんなめんどくさい事になるならあの時呼び止めとけよ。

 

(善意か、100%善意の余計なお世話かこのじーさん)

 

 声に出してツッコミたい所だが、ただでさえ、推定アレな本だ。

 

(これで「ページをめくってワシに見せて欲しいんじゃよ」とか欲望全開の名前通りなエロジジイだったらすべてこのじーさんのせいにしてめでたしめでたしなのに)

 

 賭けても言い、この流れならばその結末はあり得ない、世界の悪意的に。

 

(礼だけ言ってさらりと流して発掘作業に戻ろう)

 

 最悪のパターンは本のことがトロワにも知られ、その上で誤解されることだ。

 

(じーさんの誤解はこのさい目を瞑る。この村に二度と足を踏み入れなきゃいいんだし)

 

 そもそも、今回の件を片付けたらここに立ち寄る理由はもう無い。

 

「すまん、その気持ちだけで充分だ。ではな」

 

 今度こそ発掘作業に戻る。余計な言葉は必要ない。

 

(えーと、何処までやったっけ? 確か、次はこっち……だったっけ?)

 

 記憶を頼りにコインを抜き取り、部品がないかを探る。

 

(んー、お、これかな?)

 

 現実逃避と言うなかれ。遅れを取り戻すには発掘作業に専心せざるを得ないのだ。

 

(でかっ、これ部品ってレベルじゃないんだけど……U字の溝って事は劣化聖水流す部分かなぁ? ん?)

 

 引っ張り出しつつ手応えに違和感を感じ、動かしてみると、広い範囲の礫片が連動して動き。

 

「そうか、同じモノが並んで埋まっているのか」

 

 手を突っ込んでみると案の定、崩れた壁の中にもう一方の手で掴んだのと同じ手触りを感じ。

 

「この調子、だな」

 

 大きいパーツだけに探す必要もない。

 

(トロワから部品指定のリクエストも来てないし、有るだけ全部引っ張り出してしまおう)

 

 引っ張り出しては脇に置き、脇に置いては数を集め、集まったら二人の所へ。

 

「とりあえず、纏まって埋まっていた部品があったから掘り出しておいた。ここに置いておくな?」

 

「あ、ありがとうございます、マイ・ロード」

 

「気にするな。それより、足りない部品、欲しい部品はあるか?」

 

 感謝の言葉に応じ、問いを続けたのも効率のため。

 

(さっさと終わらせてやる、もう誤解は沢山だ)

 

 半日もかからないとエロジジイは言った。なら俺に出来るのは、必要とされる部品を出来るだけ早く確保し、トロワが設備を作り直す為に要する時間を短縮するだけ。

 

「そろそろ良いだろう、レミラーマ」

 

 それから暫くし、刺した目印の金貨が随分減ったところで俺は再び呪文を唱えた。

 

 




そして俺はじさんが壁抜け出来ることを知った……というお話でした。

さすがは幽霊ですね。

次回、第八十一話「本気を出した結果」

このままハプニング無く設備作成は終わるのか?

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