強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第六十一話「あんなに可愛い子が女の子の訳(以下略)」

「マイ・ロード?」

 

 驚きではあったが、固まったのは失敗だったかもしれない。

 

「あ……いや、何でもない」

 

 こちらを見るトロワの声で我に返った俺は、何でもない態を装いつつ密かに考える。

 

(ムール少年が実は女の子という可能性、かぁ)

 

 俺としてはまず無いと思っていた。髪型も服装も男性の盗賊のものに近かったし、すらっとした体つきだったのだから。

 

(今思い返すと、固定観念に囚われてたと言われても仕方ないような気もするけど)

 

 もしムール君が女の子なら、朝のラッキースケベでトロワから平手打ちを貰うような事になるだろうかという疑問が残る。

 

(直接密着した訳だもんな、トロワは)

 

 その上で顔に手形が残る程の一撃を見舞ったのであれば、トロワはムール少年を男の子と判断した訳であり。

 

(じゃあ、カナメさんはなんであんな事を言ったのかって事になる訳で)

 

 カナメさんにもカナメさんなりにムール君を女の子ではないかと疑う理由があるはずなのだ。

 

「……はぁ」

 

「ふむ」

 

 とりあえず、ムール少年(仮)の方は朝の事件に思うところあったのか、ため息をつきつつ時折チラチラとトロワを見るものの、心ここに在らずと言った様子であり。

 

(カナメさんの疑問定義もたぶん聞いていなかったんだろうけど、だからってこのまま話題に出すのもなぁ)

 

 当人を前にして堂々と話せる程厚い面の皮の持ち合わせなど無かった。

 

(男の子かって言った時のカナメさんだってそう言えば小声だった気がするし)

 

 疑問が残ってしまうが、面と面と向かって聞くのも憚られる。

 

(「今までどっちの性別なのか解ってなかった」って言ってるようなモノだしなぁ)

 

 隠れてこっそりモシャスの呪文を使って確認すれば良いだけのことでもある。

 

(だから、今考えるべきはムール君の性別がどっちかじゃない)

 

 いかにして地下墓地を攻略するか、だ。

 

「気になるのは、構造と広さだな」

 

「スー様、地下墓地のことですか?」

 

「ああ。内部構造を知っている者が居るとすればムールだけだろうが……あの様子ではな」

 

 朝のことを引き摺っている様子のムール少年(仮)が情報提供出来る状態かと言えば、首を捻らざるをえず。

 

(事前情報は欲しい。けど、諦めざるをえないかな)

 

 状況が悪すぎる。

 

「マイ・ロード、申し訳ありません」

 

「いや、崩落で塞がっている場所や逆に洞窟と繋がってしまった場所もあるかも知れん。それにムールが内部構造を熟知しているかについては疑問も残るしな」

 

 申し訳なさそうな顔をしたトロワをフォローしつつ、硬いパンをスープに浸して口元に運ぶ。

 

「いずれにしても、地下墓地の魔物化した死体を何とかした上で地下墓地事態を清めてしまえば、俺達が為すべき事はそれで終わりだ」

 

 奥さんの埋葬はオッサンの手でやるべき事だろうし、埋葬に立ち会うかどうかは別として、俺達も手伝わなくてはならなくなる程人手が要るとも思えない。

 

「最前列で俺は索敵と殲滅担当、最後尾にエピニアを配置して後方からの奇襲に備え、俺以外の主力も後方に回しておくとして……トロワには俺の補助をして貰おう」

 

「はい、承知しました」

 

 話を進め、地下墓地探索時の配置に言及した俺がトロワのポジションを口にしたのは、気持ちを切り替えて欲しいという思いがあったからだが、その辺りを察してくれたのか応答は早く。

 

「まぁ、その前に入り口でバリケードに使った家具の状態確認や改造も貰わねばならんだろうからな。すまんが、いろいろして貰う事になるぞ?」

 

「大丈夫です」

 

「っ、そうか」

 

 短いが、想像を超えて力強い声に驚きつつも俺は応じる。

 

「ならば、さっさと食べ終えて件の場所に赴かねばな」

 

 そこから先は無言だった。朝食を平らげ、一旦部屋に戻り、再集合。

 

「……揃ったな」

 

「スー様、いつでもいけるぴょんよ?」

 

「ええと……オイラ達の村のためにありがとう」

 

 首を巡らせ確認した時には、ムール君も礼の言葉を口に出来る程度には平常に戻っており。

 

「『気にするな』と言いたいところだが、そう思うなら内部の案内を頼めるか? 出来る限りで良い」

 

「うん。オイラのご先祖様達も眠ってる場所だからね。それは当たり前だよ」

 

 俺のお願いへ首を縦に振ったムール少年(仮)を隣に、俺達は元村長宅を後にする。

 

「さて……バリケードの方は大丈夫そうだな」

 

 そして真っ先に立ち寄ったのは、地下墓地入り口の真上。崖の上から見下ろせば、昨日と位置の変わらぬバリケードがそこにはあり。

 

(となると、夜中にニフラムで消し去った腐乱死体は討ち漏らし、かな? もしくは崩落で他にも村に繋がる穴が何処かに空いてるとか?)

 

 バリケードを突破された線はないものとして有りそうな原因を考える。

 

(一体だったって言うのが微妙だよなぁ。数が多ければ後者の疑いも濃くなるんだけど……)

 

 一体ではどちらもあり得てしまうから始末が悪い。

 

(とりあえず地下墓地に入ってみるか。他にも出入り口が出来てしまってるなら探索中に判明するだろうし)

 

 一人決断を下すと、俺はこの場にもう用はないと判断し踵を返す。

 

「入り口の様子も確認出来た、次は直接バリケードの前に向かうぞ」

 

 ここからだ、ここからが本番だった。

 




ああ、ようやく地下墓地に突入出来る。

次回、第六十二話「奥へ」

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