「少しは反省し――」
そう、にぎにぎした筈だった。
「……ド、マイ・ロード」
だと言うのにトロワの口から出てきたのは、頭を締め付けられているとはとても思えない調子の何処かで聞いた覚えのある呼びかけであり。
「は? ちょっと待、っ」
まさかと思った俺が知覚したのは、誰かに身体を揺さぶられる感覚。
(いや、いつがーたーべるとつけたとかツッコミどころは色々あったけどぉぉぉぉっ)
これも夢だと気づいたことも原因の一つだろう、回りの景色もせくしーぎゃるったトロワも全てがボロボロと崩れ始め。
「……イ・ロード、マイ・ロード」
「ん……」
「大丈夫ですか、マイ・ロード? うなされていたようですけど」
呻きつつ瞼を開けるとぼやけた視界の中、こちらの顔を見下ろす形で覗き込む人影が一つ。
「トロワ、か?」
声で誰かは理解しつつも確認をしてしまったのは、これまでの経緯を鑑みれば仕方がないと思う。
(目を覚ましてさっきまでのは夢だと思ったら、起きたことさえ夢で睡眠が継続中だったとか……まさか、これも夢じゃないよね?)
疑心暗鬼になりつつほっぺに手を伸ばし、つねってみる。
「っ」
感じた痛みに安心を覚えてしまったのは、そのテの趣味だからではない。
「夢じゃ……ない、か」
「マイ・ロード?」
「ああ、すまん。少々ロクでもない夢を見てな。丁度お前に起こされるところから始まる夢だったから……つい、な」
訝しむトロワに少しだけ事情を説明しつつ、ちらりとその肢体に目をやる。
(大丈夫だ、裸とかじゃない)
口調も態度も綺麗な方のトロワだ。
「ともあれ、酷い夢だった。だからこそその内容はお前にも話せそうにはないが……それも終わったことだ。ここからは俺が見張ろう」
トロワに安心して休んで貰うためにも横に添い寝するような形で見張りをすることになるが、それはそれ。
(ほっぺたつねったら痛かったし、このまま夢オチループが続く事なんてない)
酷い目にはあったが、あれは起こりうる最悪展開の可能性を実際の社会的なダメージゼロで学べたと思っておこう。
(そうだ、せめて糧にしないと)
ポジティブに、ポジティブシンキングで行くのだ。
(ええと、最初はトロワやオッサンが転んだり倒れ込んできて惨事の起こる可能性だったな)
原作知識とは違うが、事前に起こりうる危険を知っていれば備えることは出来る。
「ふっ」
「マイ・ロード?」
「布を敷いたとはいえ床の上に寝ていたからな。些少身体をほぐす時間をくれ」
「あ、はい」
下敷きにされて惨事が起こるというなら、その前に起きあがってしまえばいい。旧に上体を起こした俺を訝しみトロワがきょとんとするが、もっともらしい理由をつければすんなり頷き。
(さてと、次は……やっぱり、あれかな)
簡易なストレッチの時間は、俺にとって考える時間でもあった。
「トロワ、雑貨屋の妻から預かった品はどうしている?」
「えっ」
「つけた者の性格を矯正してしまうアイテムと言うのは厄介なモノだからな、着用後の性格に引っ張られて失敗した者も居る……」
唐突に話題を変えたことで驚きの声をあげたトロワへ急な質問の理由を補足する。狙うのは、あくまでもお前を気遣っていると言う形をとりつつ危険なモノであると認識させること。
(旧トロワじゃ有るまいし、きれいな今のトロワがあの忌まわしき品を自分から装備するとは思いづらいもんな)
そこに危険な品であるという認識が加われば、夢で見たような事態が発生する可能性はかなり低くなると思う。
「俺達は比較的女の多い構成だからな。お前は大丈夫でも普通の着衣の一部と間違えて他の者が持っていって身につけてしまう可能性も考えられる」
ダーマの一件を知っているクシナタ隊の面々なら可能性は低いだろうが、例外はある。
(スミレさん辺りが手にしてしまった場合……とかね)
大惨事にはならないと思う。ただ、悪ふざけに繰り回されるのは間違いないだろう。
(トロワにも考えがあって受け取ったんだろうし、段階を踏もう。焦っちゃ駄目だ)
最終的にせくしーぎゃるるパーティーメンバーが出ず、俺が社会的なダメージを負わずに済むならそれで良い。事を急いて失敗なんて良くある話だから。
「お前の物品の管理を疑う訳ではない、単に昔の失敗からアレ持ってる者が側にいるだけで過剰反応する者も居るかも知れないしな、そう言った面も持つことを知って欲しいと思っただけだ……既に知っているようなら余計なことを言ってすまんが」
「いえ。ご忠告ありがとうございます、マイ・ロード」
「そうか。まぁ、寝る前にするような話でも無かった気もするが、そう言って貰えると助かる」
頭を振ったトロワの反応で密かに胸をなで下ろすと身体をほぐし終えた俺は周囲を見回す。
「さて、今のところ怪しい気配はない、か」
気配の察知だけならわざわざ首を巡らす必要もない、これはあくまで演出なのだ。言わばトロワへ先に横になって貰うよう促す為の前振り。
「異変が有れば起こそう。そろそろ横になると良い」
もうあの失敗は繰り返さない。密かな決意と共に俺は自分の寝ていた場所の隣を視線で示し。
「はい」
俺は勝負に勝ったのだった。
世界の悪意「この私が負ける……だと? おのれ、作者め、こんな予定調和……私は、私は認……め、がっぐあああああああっ」
と言う訳で更にもう一度夢オチが残っていたのでした。
確か時間と睡魔への抵抗力とかの都合でそこまで書けなかったんですよね、前回。
次回、第五十九話「現実にもスキップ機能があったらと時々思う」
普通に考えれば、オッサンと主人公の見張り番パートだもんなぁ。
需要、ありまっせんよね?