強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第五十五話「この胸のドキドキは」

(寝なくてはいけない)

 

 夜が明ければバリケードを撤去し、地下墓地の魔物を退治するという仕上げ作業が残っているのだから。

 

(その後、再度魔物化するのを防ぐために地下墓地の中をニフラムかけて回って……出来れば地下墓地から腐乱死体漏らした穴も塞いでおきたい所かな)

 

 出来れば聖水を振りまき清めて回りたい所だが、それをするには聖水の在庫がなく、買いに行った場合短時間で戻ってくる手段がない。

 

(今考えられる最短のルートはジパングで水色東洋ドラゴンに協力を頼んだ上、イシス、アッサラーム、バラモス城のどれかにルーラしてそこからドラゴンの背に乗り高山の上を飛び越えるルートだからなぁ)

 

 タカのめで周辺地形を把握、地図上でここがどの辺りなのかを特定出来ればと言う前提条件も付いてくるが、盗賊の俺にムール少年と元盗賊のカナメさんが居るのだ。

 

(あれ? 誰か忘れてるような気が……)

 

 そんなおり、謎の引っかかりを覚えたが、船に残してきたスミレさんはそもそも賢者だし、元々オッサンに同行する予定だった面々でもない。と言うかスミレさんを始め何人かは船に残って貰っているのだ、ここで勘定に入れること自体おかしいだろう。

 

(何だろう、このモヤモヤ)

 

 綺麗なトロワに対して抱くドキドキを緩和してくれる分には良いのだが、一度気になるとそれは眠りを阻害し。

 

「あ、も、申し訳ありませんお姉様っ、あまりに良い匂いで……ひっ、嫌ぁぁぁぁぁっ」

 

 隣室から聞こえてきた変態的な弁解に続く悲鳴によって解消された。

 

(そっか、エピちゃんかぁ)

 

 カナメさんをドン引きする勢いで慕うエビルマージは、今盗賊だったと思う。

 

「盗賊の技をあんな事に使った以上、お仕置きは当然ぴょんよね」

 

「よ、ようやく眠れるところだったのに……」

 

 時間が流れ劣化して穴でも開いてるのだろうか、聞こえてくる声からすると、隣室のお仕置きとやらは最初にあげた悲鳴の分で終了するとは思えず。

 

(エピちゃんは元のまんまだったっけ、そう言えば)

 

 だが、俺は敢えてエピちゃんではなくカナメさんに同情する。

 

「全く、明日も忙しいというのに……」

 

「マイ・ロード、起きてしまわれたのですか?」

 

「あの悲鳴ではな」

 

 目を開き呟いた俺へ気づいたトロワに肩をすくめて見せると壁の向こうへ注意を向ける。

 

(なるほど)

 

 感じる気配のうち一つの希薄さが俺を納得させた。敵と遭遇しづらくなる忍び歩きは、原作だと歩き始めて一定歩数効果が持続した。

 

(カナメさんに良からぬ事をしようとして忍び歩きをし、効果が切れていないと)

 

 忍び足の効果が持続する感覚は自分が何度も経験してるからだいたい解る。一度気配を消すと、つい、身体がその状態を勝手に持続してしまうのだ。

 

(危険地帯を歩くため消していた気配が何らかの気のゆるみで漏れてしまえば、大惨事に繋がりかねない。だから、一度意識すると無意識のうちに気配を殺した姿勢をとり続けちゃうってことだろうなぁ)

 

 身体に直接覚え込ませれてるレベルであり、言わば反射のようなものだ。意思でどうにか出来るモノでもないと思う。

 

(ただし、忍び歩き中でも敵と遭遇することは有る訳で――)

 

 認識され、視界に入っていれば忍び歩きも用を為さない。隣の部屋でエピちゃんをかこんでお冠と思われる女性陣が良い例だ。

 

「大丈夫でしょうか……エピニア」

 

「まぁ、流石に殺すようなことは無かろう」

 

 心配げな視線を壁に向けるトロワへ俺は気休めを口にする。

 

(俺もいるし、何よりトロワも居るからなぁ)

 

 加減を間違えて殺してしまっても蘇生呪文の使い手が居るからOKと考えているとは思いたくない。

 

「それに、だ。こちらに声が聞こえていると言うことはあちらにも声は聞こえていると言うことでもある。もしその『お仕置き』とやらでこちらの部屋の面々の睡眠時間を削るつもりなら、次の日の晩辺りにでも今度は俺達で『お仕置き』すればよかろう? あちらの部屋の面々全員を対象に」

 

 つるし上げに加わっていないお姉さんが居るかも知れないが、同じ部屋なら連帯責任だ。

 

(もちろん、ただのブラフでありやりすぎないようにするための釘刺しでもあるんだけどさ)

 

 少なくともあの部屋に旧トロワみたいな変態は一人しか居ないし、その唯一の変態も好意のベクトルはカナメさんへ向いている。

 

「スー様のOSIOKIは私達の業界にとってご褒美です、ばっちこーい」

 

 とか言い出すような変態があのメンツに混じっていなければ、流石に先程の発言で静かになってくれると思う。

 

(もともとぐっすり眠れるとは思って無かった訳だけど、それでも寝たくはあるし)

 

 みんな揃って睡眠不足は避けたかった。

 

「とにかく、俺はもう一度休む。眠くなれば起こしてくれ。それから、無理はするなよ? お前の睡眠時間を奪う気も譲られる気もない」

 

 時計もなく、時間も夜。交代時間の決定は体内時計頼りという何ともアナログというかファジーなものにならざるを得ないが、一応釘は刺す。睡眠時間はムール君と共通になるから俺のために朝まで起きてるなんて事はやらかさないとは思うが、念には念をである。

 

「はい、おやすみなさいマイ・ロード」

 

「ああ、おやすみ」

 

 今度こそ眠れると良いなぁとどことなく望み薄に感じてしまう願いを胸に俺は目を閉じるのだった。

 




何か忘れてるなぁと思いきや、それは夜中に牙を剥いた。(ただしカナメさんに)

とばっちりを食らって起こされる主人公。

主人公、このまま眠れないの?

次回、第五十六話「俺のターンッ」

デュエルスタンバ……あ、ドローはしません。

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