「イオナズンのような強力な呪文ではありませんし、時間はそれ程かからないと思います」
家具を運び出した元民家に戻る道で、トロワは語る。
「そうか」
俺が付与呪文として選んだのは、ニフラムとバシルーラの二つだった。前者は元の死体を残さず光の中に消し去ってしまうが、精神力をあまり使わず、呪文自体も初級呪文と言って良い程始めの方で覚えた呪文だったはずだ。
(バシルーラの方は天井にぶつかっただけだったってオチになりそうな気もするけれど、あくまでメインはニフラムの方だし)
この呪文のラインナップなら、地下墓地の入り口を破損させる可能性も少ないと思う。
(頭をぶつけたはずみで崩落なんてギャグ展開が無ければだけど)
当初予定していた「魔物と化した死者を死体に戻す攻撃呪文発動型のトラップ」を地下墓地へのダメージを考えわざわざ変更したのだ、失敗なぞご免被る。
「呪文の付与がうまく行けば、後は家具を運んでバリケードをつくって俺達の担当分は終わり、か」
がーたーべると とか のこってるけど、もう すべて おわりってこと に してほしい と いうのは、ぜいだくだろうか。
「後は他の皆様と合流して、村長宅の確認でしたね?」
「ああ。一応地下墓地の方も何とかせねばならんが、流石に今日でそちらも済ますのは無理だろうな」
となると、この村で一夜を過ごすと言うことになる。
(死体が歩き回ってた村で一泊とか出来たら勘弁して欲しいんだけどなぁ)
画面越しのホラー映画とかゲームでも嫌だが、それどころか完全なリアルなのだ。
(男としては怖いとか嫌とか言えないんだろうけどさぁ、うん)
トロワがまともになってくれたのがせめてもの救いか。
(前のままだったら、怖がったフリをしたりしてここぞとばかりに抱きついてきたりしただろうからなぁ)
あの変態ホロゴーストに感謝する気はないが、まともになってくれて良かったと思う。
「あの……と言うことは、ここで一夜を?」
「ああ。交代で見張りを立てれば、後れをとることもないだろうからな。それがどうした?」
中途半端な状態では放り出せないし、ここまで来る道は手榴弾もどきで吹っ飛ばしてしまっている。故に俺がそう答えるとトロワは落ち着かない様子でモジモジし出し。
「ま、マイ・ロード……こんな事をお願いするのは、凄く、申し訳ないのですが……一緒に寝て頂けないでしょうか?」
「え゛っ」
なに、このてんかい。
「……とりあえず、理由を聞いてもいいか?」
先程は素の声が出たが、何とか平静さを表向き取り戻して問えば、きっと気づいておくべきだったのだろう、トロワは言った、まだ怖くてと。
「自分が自分でなくなって行くようでした、あんな感覚……」
「トロワ……」
主語はなかったが、鈍い俺でも察せた。
(くっ、あの変態ホロゴーストめ)
トロワの中では憑依されたことがかなりのトラウマになっているらしく、その村で一晩お泊まりというのは完全に許容量オーバーなのだろう。
(呪文付与の方は何とかなったかと思えばこれか)
理由を言わせ、聞いた上でだが断ると言える程に俺は冷酷非道ではないし、なれない。
「……隣で寝るだけだからな?」
旧トロワであれば、がーたーべるとをつけて襲いかかってきたら放り出すと釘を刺すところだが、多分今のトロワには必要有るまい。
(むしろ、ひつようなのは おれ の りせいだよね)
今のトロワはちゃんと恥じらいを持ち合わせているようだが、それとこれとは話が別。
(状況を鑑みれば抱き枕にされても怒れないし、ここは俺が耐えるしか無いのだろうけれど)
おれ の りせい は どこまで ためされるんだろうか。
「あ、ありがとうございます。マイ・ロード」
「気にするな」
花でも咲いたような笑顔で頭を下げたトロワへ片手を上げて応じると、足を止める。
「さて、と。夜の安全の為にもきっちり完成させんとな」
見据える先にあったのは、一軒の元民家であり、その軒先に立たされたダブルサイズのベッドでもあった。
「素材に込めて終わりなら屋外で良かろう? 始めるぞ」
「はい。お願いします、マイ・ロード」
「ああ。天と地をあまねく精霊達よ――」
トロワの要請を受けて、差し出された白い宝玉の様なモノを握り、呪文を唱え始める。
(石が自分で更に向こうに対象が居るようなイメージ、か)
ただ、付与にあたって加工しやすくなるようなモノにするために呪文にはアレンジを加えるようお願いもされており。
「ニフラム……ふむ」
覚えたのは、いつもと違う形だからこその違和感とでも言うべきか。
「一応、頼まれたとおりやってみたつもりだが、どうだ?」
「……ええ、大丈夫です。では、こちらもお願いします」
暫く裏返したり日の光に透かして見たりした後、OKを出したトロワが差し出してきたのは、別の玉。
「こちらはバシルーラだったな」
「はい。マイ・ロードが呪文を込めて下さったので第一号の方は、そちらの呪文注入が終わる頃には仕上がると思います」
「そ、そうか」
あるぇ、おっかしいなぁ。呪文唱えるのってフル詠唱でも一分かからないんですけど。
(って、いけないいけない。呪文呪文っと)
相変わらずの変態的な天才っぷりに何とも言えない気持ちになりつつも、俺は我に返って呪文を唱えだし。
「バシルーラ!」
「出来ました」
俺とトロワの共同制作第一号が産声を上げたのは、本当に呪文注入完了と同時だった。
まともなはずなのに、旧トロワより主人公を追い込む新トロワ。
どうなる、主人公?
次回、第四十七話「物作り系ゲームには気をつけろ」
執筆時間がなくなっても知らんぞーっ!(ブロックを積み上げて町を作りつつ)