強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第四十一話「見た目は大人、中身は――」

「マイ・ロードっ」

 

「すまん、助かるっ」

 

 差し出された石に礼を言い、投げたそれが動く腐乱死体を動かない腐乱死体へと変える。

 

「……これで九軒目か」

 

 遭遇した魔物は、数こそ多かったものの雑魚ばかり。苦戦する要素がまず見あたらず、魔物退治は順調だ。

 

(ただ、これ呪文付与の時間が徐々に近づいてきてるって事でもあるんだよね)

 

 真っ当な理由もある上、女性側からあんなに申し訳なさそうにお願いされて断れる面の厚さに持ち合わせはない。

 

(くさったしたいに投げて減っていく石の個数がカウントダウンに思えてきた)

 

 厳密には違う。石がなくなっても魔物が居るなら自分で拾うかトロワが渡してくれるし、石が余っていようが、魔物を倒しきったら、それが作業開始のタイミングだ。

 

(適当な元民家に入って、服を脱いで、肌と肌を密着させ、トロワの指示で二人三脚というか二人羽織と言うか……まぁ)

 

 とても人様にはお見せ出来ないような呪文の付与シーンがスタートするという訳だ。

 

(うん、とりあえず、一つ決まった)

 

 トロワは転職させて可能なら賢者にしよう。

 

(今のトロワなら呪文を悪用はしないだろうし、自分が呪文を覚えれば俺が手伝う必要もなくなるもんな。今回だけだ)

 

 それは、便利な呪文だった。

 

「今回だけだ」

 

 その精神力を消費しない呪文によって、迫り来る定めを受け入れた。いや、諦めたが正しいか。

 

(別段やましい事がある訳じゃない、正当な理由だってある。それに代案だってない……なのに)

 

 諦めておきながら、どうして出来たら避けたいなという気持ちは消えてくれないのだろうか。

 

(……シャルロット)

 

 声には出せず、胸中で弟子の名を漏らす。別に恋人とかじゃない、俺にとってはただの弟子で、同時に父親代わりをやっているだけだと言うのに、何故その名が出てくるというのか。

 

(ただの作業、作業じゃないか)

 

 割り切れば良いだけ。

 

(それが、できないのは……)

 

 そう。

 

(初めてが壊れた家具で作るバリケードってのが許せないからだ!)

 

 もしくは付与呪文の方が気に入らないか。

 

(こう、肌を曝すシャルロットを後ろからぎゅっと抱きしめて「いいか、シャルロット? これが俺達の初めての共同作業だ。ギガデインの呪文をこのつめに――」って、違うわぁぁぁぁぁ!)

 

 なにしてくれてはるんですか、おれ の そうぞうりょく。

 

(殆ど裸で密着する俺とシャルロット? 勘弁してくれ、全力で俺が終了する光景じゃないか)

 

 追いつめられてボケに逃避するにしても、やって良いことと悪いことがあるだろう。

 

(そもそも呪文付与の技術もってるのはトロワだけだろうに)

 

 俺とシャルロットが合体したところで呪文付与されたアイテムなんて出来る筈がないのだ。

 

(だから――)

 

 シャルロットにトロワが抱きつくのが、正しい。

 

(ロウソクの灯りが揺れる中、肌を曝した二人はそっと手を重ね、徐に口を開いて……じゃねぇぇぇぇっ!)

 

 だーかーらー、やめろ と いう とろう に おれ の そうぞうりょく。

 

(何故、正しいからって脳内でイメージ映像作ろうとしたし?)

 

 確かに勇者専用呪文の効果がある道具とか武器なんて恩恵は計り知れないだろうけれど、第一に今回の付与は材料が無いからこそこの手段しか執れないという言わば非常手段。材料が揃えばやらなくて良いことなのだ。

 

(ん? 材料が揃えば? 待てよ、一体目のホロゴーストが居たよろず屋、商品が色々残っていたよな……)

 

 もしあそこに呪文付与の助けとなる品があったら、どうか。

 

「ふむ、試してみる価値はあるか」

 

「マイ・ロード?」

 

「ああ、少し思いついたことがあってな。聞きたいことが出来た」

 

 独り言を聞きつけたトロワが訝しげに見てきたので、俺は逆に問う。

 

「付与に適した素材が有れば手伝う必要もないと言っていたが、それはどういう物だ?」

 

 と。

 

「実はこの村のよろず屋に色々と商品が残されていてな。それで代用が効けば、寒い思いも恥ずかしい思いもする必要があるまい?」

 

「マイ・ロード、申し訳ありません。わざわざ……気を遣っていただいて」

 

「えっ、あい、いや、俺自身にも利があるからな。気にするな」

 

 後悔先に立たずと言うべきか。いい思いつきとは思っていたが、トロワを恐縮させてしまったのは、想定外だった。

 

「しかし、口で説明出来ることにも限りがあるか。実際店に入って探した方が良いな。トロワ、それで良いか?」

 

「あ、はい。ま、マイ・ロードがよろしいのでしたら……」

 

 一時動揺を隠すのには失敗したものの、よろず屋に寄って素材探しをすることを承諾させたので、窮地を脱せる可能性はまだ残されており。

 

「ならば、残りもさっさと済ませてしまうとしよう」

 

 俺は近くにあった家具に手をかけるとそのまま担ぎ上げる。

 

「随分軽いタンスだな。この分だと中はか」

 

 空だろうなと続けようとした声が途絶えたのは、傾き開いたタンスから、それが落ちたから。

 

「……ふむ、何か落ちたような気がするが、気のせいか」

 

 そうだ、きのせい に きまっている。ひとつ の むら の なか に にちゃく も あんなもの が あるわけないじゃないか。

 

「ま、マイ・ロード?」

 

「どうした、トロワ?」

 

 おかしいなぁ、とろわ が なにか いいたげ に こちら を みているぞ。

 

(せかい って、ふしぎ だなぁ)

 

 足下にそんざいするがーたーべるとの形をとった質量を持つ幻から目を逸らすと、俺は戸口の方へと目をやった。

 

 




サ ラ「あら、勇者様ご機嫌ですわね?」

シャル「あ、うん。ちょっと良い夢を見たから」

サ ラ「良い夢、ですの?」

シャル「そう。お師匠様と……作りをする夢をね。初めてだから、上手くできたか解らないけど」

サ ラ「勇者様? 途中微妙に聞き取れなかったのですけれど……」

シャル「けど、ちょっと恥ずかしかったなぁ。服を着てでも出来たらいいのに……」

サラ「ゆ、勇者様?!」

と言う訳で、主人公の酷い妄想は夢の形でシャルロットの方に送信しておきました。当人喜んでるし問題ないですよね?(byせかいのあくい)

次回、第四十二話「盗賊が店に忍び込むというのは間違っているのだろうか?」

がーたーべると、それはまともになった筈のトロワを完全体に誘う為の悪魔のトラップなのか、それとも――。



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