「な」
トロワの口が驚きの声を発すが、構わない。
「これで邪魔者は消えた、いくぞッ」
斬り捨てたことで青いシルエットの魔物で構成された円陣が綻び、生じた穴に飛び込む。
「しま」
「遅い」
慌てて身構えようとする変態娘の身体だが、素早さの差はいかんともしがたい。肉迫するなり、鞄から先程のものとは別の小瓶を取り出すと、瓶を持つ手の指で栓を弾き飛ばし、瓶ごとトロワの口に突っ込んだ。
「んぐッ」
「予定がちょっと前倒しになってしまったがな」
ムール少年との約束の方も果たせるか怪しくなりそうだが、この事態ではやむを得ない。
「俺の除霊は手荒いなんてものではない、ぞっ?」
「ん゛ぉ」
後ろに逃げて瓶を吐き出されては厄介なのでそのまま一気に押し倒す。何せ、憑依を無理矢理剥ぐ方法なんて知らないのだ。
(とりあえず、呪文封じを兼ねて口に聖水の瓶をぶち込んで押し倒して見たけど――)
効果は抜群らしい。
「ん゛んーッ、ん、ん゛んーッ」
何とか瓶を外そうと変態娘の身体がもがくも、純粋な力比べで俺に叶う筈がない。
「「フォォォォ」」
「邪魔だッ」
「「フボッ」」
斬り捨てたもの以外のシルエットが襲いかかってくるが、鎖分銅で薙ぐとそれだけで吹っ飛び消滅する。
「……さて、絶望させてくれるんだったか? よいしょっと」
「ん゛ゥッ」
邪魔者が消えたところで、俺はトロワの鳩尾辺りに腰を下ろす。所謂馬乗りの態勢だろうか。
「正直に言おう……実はな、最近イライラすることが多くて、ちょうど探していたんだ。ん、何をかか?」
もちろん、やつあたりできる あいて に きまってるじゃないですか、やだー。
「ん゛ーッ、ん、んーッ!」
目に涙を溜めた変態娘の顔が左右に振られるが、じゃあ止めてあげようなんてことになるはずもない。
「しかし、さっきから瓶の中身が殆ど減ってないな……ふむ、鼻を摘んでみるか?」
そうしたら、全部飲んでくれるだろうか。
「ん゛んーゥ、ん、んーッ」
「どうした、そんなに喜んで? 礼はいらんぞ?」
何だろう、ここしばらくの頭痛の種にお礼が出来るせいなのか、ちょっと楽しくなってきた。
「実は、こんな事も有ろうかと、お代わりもあるんだが……顔にかけても効果があるか試してみるのもいいか」
「ん゛ーッ!」
俺の独り言で下になったトロワの身体が暴れ出すが、その程度で拘束が外れる筈もない、ただ。
「あまり暴れるなよ、二本目の中身が零れて変なところにかかっても知らんぞ?」
本当に零れるかも知れないので、笑顔で忠告しておく。
(くうぅぅっ、日頃のモヤモヤも解消出来るし、トロワの変態ッぷりも少しはまともになるとか、何、このアクシデント?)
最高じゃないか。
(まぁ、人に見られなきゃだけどね……)
頭の冷静な部分はちゃんと致命的欠点も理解し、
(さて、この辺で根負けして変態娘の身体から抜けてくれないかなぁ)
割と楽しくはあるものの、今のトロワはお子様の情操教育に相応しくない有様になっている。服ははだけてるわ、口の端からは聖水が零れてるわ、涙目だわで、お子様どころか他人が見たら社会的に俺が即死すること間違い無しの犯罪現場である。
「……さて、お待ちかねの二本目だ、何処にかけ」
そして、更に追いつめようと思った瞬間だった。
「んッ」
「な」
瓶を押さえる手に異変を感じ、手元を見れば瓶が凍り出していて。
「ぷはっ、ふうううっ」
「くっ」
反射的に手を放してしまったのが拙かった。俺の手という抑えを失った瓶がトロワの口から吐き出され、瓶を凍らせた余剰のつめたい吐息が俺の上半身を襲ったのだ。
(くそっ、トロワの身体が使っているのに冷たい息を吐けることを失念するなんて)
とっさに瓶を放した手で顔は庇ったが、久しぶりにダメージを受けてしまった。
「がああっ、身体が熱ぃ、んッ……フオォォ、ふ、沸騰しちまいそうだ……貴様、何を飲ませやがったぁぁぁぁっ?」
その上、口が自由になった自称次期村長の発言が、これである。
「いや、何をと言われてもだな?」
じょれい って いったんだし、ふつう せいすい だと おもいませんかね、うん。
「媚薬か? 媚薬だな? ちきしょうっ……あちぃ、あちぃよぉ」
おもいませんでした、どちくしょう。
(まぁ、あんだけ猥褻物ため込んでたトロワを凌駕する変態なら……そうなる、か? ……いや、普通ならないよね? どう考えてもえっちぃ本とかの読み過ぎだよね、こいつ?)
なんだ、こいつは。おれ に どうしろっていうんだ。
「と言うか、止めろ! 服を脱ごうとするな!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、邪魔するんじゃねぇッ……フォォォ」
「くおっ」
服をはだけさせるのを止めようとすれば、吹きかけてくる冷たい吐息。
(っ、なんでこんな事に――はっ、そうか、世界の悪意かッ)
おのれ、せかい の あくい め、いつも おれ の じゃま を してくれる。
(って、歯ぎしりしてもしょうがないかぁ、やむを得ない)
俺は二本目の聖水の封を解くとそれを自分の手とまじゅうのつめにふりかけた。
うむ、清純派の闇谷にはこれが限界でした。
次回、第三十四話「俺のやり方、パートⅡ」
陰陽師だとか、悪霊退散とかにもしようかと思いましたが、サブタイでネタバレしちゃうのですよねー。