「まずは、出発前にここを塞いでおかねばな」
俺達が洞窟から登ってきた崩落跡は、トロルの短い足と太い胴体で登ってこられるとは思えないが、水が溢れてくる事も考えられる。
「トロワ、使わせて貰うぞ?」
「えっ? も、もちろんです。人前というのは流石に恥ずかしいですが、マイ・ロードがお望みな……あれ?」
案の定服を脱ぎだした変態娘をスルーすると、俺は渡されていた魔改造棍棒というか柄付き手榴弾もどきを全て、全力で穴の中に放り込んだ。
「皆、伏せろ!」
俺はトロワについて変態性とアイテム作りの腕だけは疑っていない。声を張り上げ、自分も伏せるとどちらが早かったか。
「くっ」
「ぐほっ?!」
轟音と共爆風と粉塵が穴から噴き出し、続いて洞窟の天井だったらしき地面が崩れ、沈み込んで行く。
(出来ればこれであの猥褻物も完全に埋まってくれると良いんだけど)
きっとそれは望みすぎだろう。
「ふぅ……とりあえず穴はふさげたな。あとは……」
「はぁ、はぁ、はぁ……マイ・ロード」
半裸で地に伏した残念な変態娘をどうにかするだけ、らしい。
「スー様」
「ああ」
服を脱ごうとしていたために伏せるのが間に合わず爆風で飛んできた岩の欠片でも喰らったのだろう。何とも言えない表情をしたクシナタ隊のお姉さんに俺は苦い表情で頷いた。
「全く、いくら変態といえど命懸けで変態するとな……」
「そ、そうじゃありませんよ、スー様。スミレさんが船に残っていて、私は魔法使いですし」
「あ」
慌てた様子のお姉さんにそこまで言われて、俺はようやく気づいた。回復呪文を使えるのは、俺一人。つまりこの場で回復呪文が使える者がゼロであると言うことに。
(そりゃ焦るわな)
ぶっちゃけ、俺がトロワを物陰に連れ込んで回復呪文を使ってしまえばそれで傷は治せるが、どうやって回復したんだという疑問が残ってしまう。
「……まぁ、こんな変態でも従者だからな」
ポツリと漏らすと、俺は横たわる変態娘を抱き上げた。
「ま、マイ・ロード……」
「しゃべるな」
抱え上げた手が汗以外の何かで濡れたのを感じて、命じる。アークマージにイオ系の呪文は聞きにくかったと思うが、ローブを半脱ぎだったからむき出しの肌の部分に欠片は当たったのだろう。
「薬草で応急手当をしてくる。戦闘への参加は無理でもそれで当面はしのげるだろう」
魔物の掃討だけなら、俺単独でも問題ないし、隠れて呪文で回復させるので戦闘面の問題はないのだ。
(みんなの前ではトロワを背負わなきゃいけないかもしれないけど)
流石に自分のミスで怪我をしたのだからそれぐらいは自重してくれると信じたい。
「手当が終われば俺も魔物の掃討に移る」
「怪我をしたままでか? その者に出来るのは応急手当だけなのであろう?」
「言いたいことは解るが、今更担当箇所を変えて混乱を招くのも拙いからな。魔物の気配は概ね察知出来る。安全地帯をつくって、こいつにはそこでじっとしていて貰えば良い」
俺の宣言にオッサンが尋ねてくるが、時間は有限だ。
「日が落ちる前に魔物を全て倒してしまわねばならん」
俺やムール君ならともかく、他の人達は暗くなってしまえば魔物が見つけづらくなるし、人は闇を恐れるモノ。
(と言うか、暗闇から出てくる腐乱死体とか、正直勘弁して欲しい)
実力の方は対したことなくても、心臓に悪すぎる。
(万が一悲鳴の一つでも上げちゃった日には俺の株が大暴落するしなぁ)
そして、変態娘が驚いたふりをしつつ逆セクハラに出る可能性も残っている。
(うん、夜は駄目だ。こいつを聖水責めにしないといけないもんなぁ)
何より、ムール君に協力を頼んでおいて約束を破るのはよろしくない。
「俺は地下墓地から続く道に近い民家十数軒を受け持とう」
「そしていわくの有りそうな家は魔法使いの私同行する班の担当ですね」
「ああ、頼むな」
変態娘の怪我もある。話をするのは、それが限界だった。
(さてと、あそこでいいか)
周囲を見回し、踏み込んだのは一軒の元民家。
「トロワ、待たせたな……今治す」
抱えてた手を片方放し、手探りで鞄から布を取り出して床に敷くと、そこに変態娘を寝かせ。少し抵抗を覚えたものの、意を決してローブをめくる。
「っ」
俺は思わず顔をしかめた。つけていない、大きいとかそういう話ではない、思ったより怪我が深刻だったのだ。
「まずは傷口の洗浄と消毒か、我慢しろよ」
「あぐっ、くっあ……」
飲むためにではなく、こういう時のために用意しておいた小瓶を鞄からとり出し中身を傷口に注ぐ。顔を歪めたトロワが呻くが、気を散らさぬようにして声を出さず呪文を唱え。
「ベホマ」
患部に手を添え呪文を完成させると、傷口の肉が盛り上がって刺さった岩の欠片を押し上げ始める。
「ふぅ、これで大丈夫だろう」
呟くが、油断はしない。この直後、心配して様子を見に来たムール君とかに目撃されるなんてことを世界の悪意は演出しかねないのだから。
(魔物の反応も一つだけ、近くに人の気配は無し)
念のために安全確認をし、中身の減った小瓶に栓をして鞄へしまう。
「さてと、傷は治した。さっさと起き」
「ああ、いいともぉ」
後は魔物の掃討を再開するだけとトロワにかけた声は中途半端なところで遮られる、聞き覚えのない声に。
「トロ……ワ?」
その声を発したのは、横たわっていた筈の変態娘で、身を起こし笑んだ顔が邪悪に歪む。
「ククククク……ヒャハハハハ、フォォォォ、せっかくコイツの身体で良いことしてやろうって思ってたのによぉ、つれねぇじゃねぇか」
「なっ、まさか」
「そうよ、この俺こそがこの村の次期村長様よォ!」
歪んだ顔のまま男が叫べば、トロワの背からエメラルドグリーンをした蝙蝠の様な翼が生える。
「しっかし、ほんト、エロい身体してんな、この女ぁ……俺はよ、他人が楽しんでるのを見るのも大好きだからよぉ、気に入ってたコレクションを台無しにしてくれた貴様にも身体を貰う礼代わりにこいつと楽しんで貰おうと思ってたんだぜ?」
「なっ」
自分の胸を揉みしだきながら凶悪な顔で語り出した自称次期村長の告白に、俺は驚愕した。
「トロワの素じゃ、なかった……だと?」
じゃあ何か、空気の読めない変態っぷりは全部こいつのせいだったってことか。
「おいおい、ひっでーマイ・ロードさんだなぁ。フォォ……まぁ、俺もこいつが弱るまで完全に身体を掌握できなかったからなぁ、こいつが全力で嫌がる様なことは出来なかったんだけどよォ、それもさっきまでだ」
安心すべきか頭をかか得るべきか、悩む補足に俺の目はきっと遠くなったと思う。
「まぁ、いい。一人になってくれたってのは、好都合だ。この村のモノはみぃんな俺のモノ。貴様の身体を奪っててめぇの女達はみんなこの俺が貰ってやるよォ、出ろ、僕共ォ」
「「フオォォォォォ」」
叫び声に応えるようにトロワの身体から出てきたのは、何体もの青いシルエット。
「さぁ、絶望しろォ」
「……断る」
どうするべきか、少しだけ迷ってから口を開くと同時に、俺は青いシルエットを斬り捨てた。
今明かされる衝撃の真実ゥ!
じつは、エロ捨て場のあたりからトロワは村長の息子にとりつかれていたんだ!
とりつかれ、顔芸化しちゃった変態娘ことトロワ。
どうする、主人公?
次回、第三十三話「だいたいこいつのせい」
遅刻、すみませんでした。