強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第二十二話「かくされたもの」

「……不気味すぎる程順調だな」

 

 俺達の息づかいや足音を除けば、遠くで水の流れる音がし、何処かで水がしたたり落ちる音がする以外、殆ど物音はしない。魔物の気配もなく、えっちな本やがーたーべるとの入った宝箱を発見するなんてイベントも発生しなかった。

 

(俺としてはありがたいんだけど、こう物事がうまく行く時は落とし穴が待ち受けてるってのがお約束なんだよね)

 

 その落とし穴ならきんのネックレスの入った宝箱で、既にあなたは踏み抜いてますって言われたらどういう顔をすればいいか解らないけれど。

 

(何もないなら良い、ただどこかでとんでもない失敗やらかしてて気づいてないってパターンが有りそうだから困る)

 

 そう、例えば変態娘の口に突っ込んだ布が猿ぐつわ用のじゃなくて、宿に戻ったら洗濯するつもりだった使用済みのパンツだったとか。

 

(あはは、まさかそんな訳――)

 

 無いと笑い飛ばせずに、俺は無言で鞄の口を開けた。

 

(いや、そう言えばクシナタ隊のお姉さん何か言いかけてたよね? あれ、まさか……いや、落ち着け)

 

 ええと、パンツは何処だったっけ。

 

(それから、猿ぐつわ用の布が無いことも確認しないと)

 

 一度履いたパンツを女性の口に突っ込んだとか、いくら相手があの変態娘だったとしても土下座じゃ済まされないレベルの行いだ。

 

「マイ・ロードが丸めたパンツを無理矢理口に――」

 

「あらあらまぁまぁ、それは責任とをってくださると言う事かしら?」

 

 終わる。脳内に浮かび上がったトロワとおばちゃんのやりとりがもしパンツだったら俺がどんな末路を辿るかを暗示していた。

 

「ほら、パンツが焼けたぞ。トロワはバターで良かったな?」

 

「ありがとうございます、マイ・ロード。お腹のこの子の為にも今は朝食もしっかりとらないといけませんから」

 

 ありふれた朝の光景、食卓を前に大きなお腹をいとおしく撫でるトロワと焼けたパンツにバターナイフでバターを塗る俺。

 

(のおぉぉぉぉぉっ! 止めろ俺の想像力っ! そもそも どの あたり が 「ありふれた あさ の こうけい」 で ありやがるんですかぁぁぁぁぁっ!)

 

 何より、まず、なんでパンツ焼いてんだ、俺。

 

(だめだ、絶望色の未来のせいで想像力へ良い感じに狂気が浸食してやがる)

 

 落ち着け、冷静になるんだ、俺。

 

(今は心の平静の為にもパンツを探さねばっ)

 

 一度履いて選択に回す分の下着はトロワの猿ぐつわみたいに口に入れるかも知れないモノがある手前、下の方に入れてある。だからこそ、隠されているかのごとく見つけにくいのだが。

 

(ん? ……そもそもそんな奥の方にあるモノを間違える事なんてないんじゃ?)

 

 多分、考えすぎていたのだろう。

 

(お、俺の同様と苦悩と絶望と焦燥はいったい……)

 

 ふふふ、このもやもや、今晩の折檻に上乗せしても許されるよね。

 

(まぁ、今は夜のお楽しみよりもこの洞窟での目的達成を優先させないと)

 

 憂いが一つ消えただけでも良しとしよう。俺は鞄の奥から手を引き抜くと、奥を見るのに邪魔になってだろうか、もう一方の手に持っていた猿ぐつわ用の布を一番上に入れて鞄を閉じる。

 

「スー様、捜し物ぴょん?」

 

「いや、すまんな。少し気になったことがあったが、もう大丈夫だ」

 

 後ろからかかる声に応じた俺は、意識を再び前に戻した。

 

「ムール、確か鍵はこの先の分かれ道を左に進んだ先、行き止まりにある岩だったな?」

 

「あ、うん。岩には手が突っ込めるぐらいの穴が開いててそこにあるはずだよ。ただ、虫とか住み着いてるかも知れないから、取り出す時は棒とか突っ込んで確認した方が良いかも」

 

「そうか、助言感謝する。まぁ、予備の鍵というなら使われることなど殆どなかっただろうからな……しかし、その鍵がさび付いて朽ちている可能性は?」

 

 ムール君に礼を言いつつも一つの疑問を投げたのは、世界の悪意に曝されてネガティブになっていたから。

 

(錆びていれば常人離れした俺の力でポキッといっちゃってもおかしくないし)

 

 棒で穴を突いて出てきた虫に驚き仰け反った俺が女性陣の誰かを押し倒す何てオチも考えられる。

 

(万全の態勢で臨まないと、世界の悪意は何処に罠を張っているか解らないんだからっ)

 

 俺はこんな所で負ける訳にはいかないんだ。

 

「しかし、棒……か。トロルから奪った棍棒では太すぎるだろうし、さっきの巣で骨か薪に使っていた小枝でも拾って来るべきだったかもしれんな」

 

 まじゅうのつめは切れ味が良すぎて鍵が真っ二つになりそうだし、ブーメランは折れ曲がっているから穴の形状によっては入らない。

 

「あー、だったらオイラのナイフ使ってよ」

 

「いいのか?」

 

「うん。トロルには大したダメージ与えられないだろうし、腐った死体斬ったら手入れも大変そうだからこの探索が終わったら買い換えるからさ」

 

 割り込んできたムール君は俺の問いかけに頷くと、ただしと付け加える。

 

「渡すのは岩の前に着いてからね? 今のところ腐った死体とかは近づいてきていないけどさ、丸腰は心許ないし」

 

「ふ、当然だな。ただ、あの腐乱死体どもが感知出来ないと言う点については一つ思い当たる事がある」

 

「えっ」

 

 あの時はそんなつもりもなかったが、俺の予想通りなら。

 

「岸に流れ着き、すぐ側に大きな肉塊があったらあいつらはどうすると思う?」

 

「あーそっか、トロルの死体かぁ」

 

「そう言うことだ。あの手の魔物を操る魔物も居るが、あの動く腐乱死体共は自然発生だろう?」

 

 なら、遠くの生者より近くの肉に群がったとしても不思議はない。

 

「もっとも、油断は禁物だがな」

 

 今のはあくまで俺の推測なのだ。

 




主人公「おれ は しょうき に もどった」

狂気って業が深いですね。

次回、第二十三話「鍵を求めて」

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